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田中正恭の汽車旅日記

ここは、紀行作家・田中正恭 (たなかまさやす) が、つれづれなるままに各地の旅や、鉄道に関する話題について綴っています。原則として毎週日曜日に更新しており、時には鉄道以外の話題になることもありますが、ご了承ください。また、2018年10月より「テツドラー田中の乗り鉄日記」としてYahoo!クリエーターズプログラムにもレギュラー投稿していますので、そちらもご覧頂ければ幸いです。なお、内容につきましてのご感想や、執筆や講演、出演などの依頼がありましたら、お気軽にメッセージをお寄せください。なお、写真や文章の無断転載はご遠慮願います。

神戸新聞「ひょうご駅散歩」6月掲載分

神戸新聞朝刊に昨年掲載された「ひょうご駅散歩」6月分です。
この月は、すでに廃止になった駅を含めてご紹介しています。

s-0601甲南山手s-0602西相生

s-0603洲先s-0604竹野

s-0605丸山

ここからは、すでに廃止された駅をいくつかご紹介します。
s-0606洲本s-0607福住

s-0608甲子園電停s-0609別府港

s-0610円長寺s-0611野口

s-0612鍛冶屋s-0613飾磨港

s-0614国鉄飾磨s-0616尼崎港

s-0617金楽寺s-0618尼崎乗降場
尼崎港支線は、沿線が住宅密集地であるにもかかわらず、最後は旧態依然とした旧型客車が1日2往復だけ走る不思議な路線でした。

s-0619国鉄高砂s-0620三木鉄三木

s-0621石野s-0622菊水山
路線自体が廃止されたわけではありませんが、菊水山駅は、山に囲まれ、周辺に人家もないため、廃止されてしまいました。

s-0623川西池田s-0624三宮花時計前

s-0625鷹取s-0626尼崎センタープール前

s-0627門戸厄神s-0628人丸前

s-0629山の街s-0630ひめじ別所

7月分は7月4日にご紹介する予定です。


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テーマ:駅めぐり - ジャンル:旅行

  1. 2021/06/13(日) 00:02:39|
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昭和50年代の上毛電鉄

今週は、昭和56年と58年に訪れた時の上毛電鉄をご紹介します。

昭和56年の中央前橋駅のホームです。
㉗S56中央前橋

こちらは昭和58年ですが、当時は、こんな古い吊り掛け電車が健在でした。
㉚S58中央前橋

こちらは赤城駅です。
㉜S58赤城駅舎
今は先週ご紹介したとおり、新しい駅舎に建替えられていますが、当時はこんな古めかしい建物でした。

赤城を発車する中央前橋行の電車です。
㉘S56赤城

こちらも昭和58年の赤城付近です。
㉛S58赤城
東武の急行「りょうもう号」が見えます。

こちらは西桐生駅。
㉙S56西桐生
この駅は、いつ訪れても変わることはありません。

当時のきっぷです。
㉝きっぷ

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  1. 2021/06/06(日) 00:02:03|
  2. 関東
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上毛電鉄の旅②

先週に引き続き、上毛電鉄の旅、
⑮大胡~樋越荒砥川
大胡(おおご)を発車した電車は荒砥川を渡ります。

こちらは新屋(あらや)駅に着いた中央前橋駅行の電車です。
⑯新屋駅
住宅地にある小さな駅でした。

新屋~粕川間にある粕川橋梁を渡ります。
⑰新屋~粕川
訪れたのは3月なのに、早咲きの桜が咲いていました。

新屋駅と粕川駅の中間には女渕城趾がありました。
⑲女淵城跡
誰が築城したかわからない戦国時代の城だそうで、あたりは池がある公園になっていました。

こちらは粕川駅です。
⑱粕川駅

そして、こちらは赤城駅です。
⑳赤城ホーム1
上毛線で唯一、他社線と接続する駅で東武鉄道桐生線との共同駅になっています。
㉑赤城駅名票
隣のホームには、東武の浅草行特急「りょうもう号」が停車していました。

これは赤城駅舎です。
㉒赤城駅舎
「赤城駅」の表示の上に「おおまま」の文字がありますが、わたらせ渓谷鉄道の大間々駅がすぐ近くにあります。

富士山下(ふじやました)駅です。まるで富士山の下にある駅みたいですね。
㉓富士山下駅
わざわざ、この駅だけ「ここは群馬県桐生市です」と書いてあるのが面白いです。

富士山下を過ぎると渡良瀬川を渡ります。
㉔富士山下~西桐生渡良瀬川

終点の西桐生に到着です。
㉕西桐生駅ホーム
このホームも、開業時からのマンサード式洋風駅舎も国の登録有形文化財に指定されています。
㉖西桐生駅
西桐生駅からJR桐生駅までは歩いて5分ほど離れています。

来週は昭和50年代の上毛電鉄をご紹介します。

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  1. 2021/05/30(日) 00:00:41|
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上毛電鉄の旅①

今週から3回にわたり、群馬県の上毛電鉄をご紹介します。
上毛電気鉄道は、群馬県の県都・中央前橋駅から西桐生駅までの25.4キロを結ぶ路線です。
両端の終点がJRなど他社の路線とつながっていない独立した線区ですが、
途中の赤城駅で東武桐生線に接続しています。

これが、中央前橋駅です。
①中央前橋駅
JR前橋駅から北へ1キロほどの場所にあり、上毛線の電車に合わせてバスが接続しています。

中央前橋駅に停車中の電車です。
②中央前橋ホーム
この路線に通常運転されている電車は、すべて京王電鉄井の頭線の中古車両で、前面が8色に塗り分けられています。

中央前橋駅を発車しました。
③中央前橋発車
手前の川は広瀬川です。

上泉駅付近を走ります。
④上泉

上泉駅近くにある諏訪神社です。
⑤上泉諏訪神社
本殿脇の祠に、見事な彫刻が施されていました。

上泉~赤坂間の桃ノ木川を渡るを電車です。
⑥上泉~赤坂間桃ノ木川
上毛電鉄の電車はすべて2両編成、あたりは菜の花がいっぱいでした。
⑦上泉~赤坂間2

これは小さな無人駅、江木駅です。
⑧江木駅

大胡(おおご)駅で上下線の電車が交換しました。
⑨大胡駅ホーム

自転車と一緒に電車に乗ろうとする人がいます。
⑩大胡自転車
上毛電鉄の電車には、ラッシュ時を除いて自転車を持ち込むことができます。

大胡駅の駅舎は、周辺の設備とともに国の登録有形文化財に指定されています。
⑪大胡駅舎
1928(昭和3)年の開業以来、この町の玄関として利用され続けています。

大胡には駅構内に車庫があります。
⑫デハ101
ここには開業時の電車「デハ101」が留置されており、イベント時には今でも本線を走行することができます。

こちらは1929(昭和4)年製の電気機関車「デキ3021」です。
⑬デキ3021
これは、東急電鉄の入替用機関車でしたが、2009(平成21)年にここにやって来ました。

大胡駅前には、なぜか、風車のある公園がありました。
⑭風車

この続き、大胡~西桐生間は次週、ご紹介します。

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  1. 2021/05/23(日) 00:00:02|
  2. 関東
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『月刊フェスク5月号』に寄稿しました

この度、日本消防設備安全センターが発行する『月刊フェスク5月号』(電子版)に寄稿しました。
この雑誌は、消防防災関係者のための情報誌で、「震災と鉄道」というテーマの連載の第6回目です。
s-202105表紙

前回までは2011(平成23)年の東日本大震災の東北地方の被害について綴っていましたが、
今回は、1995(平成7)年におきた阪神淡路大震災の時の鉄道被害について書いています。
s-202105記事

26年前のあの日、神戸出身の私は、東京から実家のある実家のある神戸に向かいました。
そこでは信じられない光景を目にすることになりました。

摂津本山~芦屋間で脱線したまま放置された貨物列車です。
s-③貨物列車

こちらは住吉~六甲道間の崩壊した高架橋です。
s-④住吉~六甲道

山陽新幹線の高架橋も崩れていました。
s-②山陽新幹線
地震発生時刻が始発電車の前だったため、鉄道の人的被害が少なかったことが不幸中の幸いでしたが、
この地震で6000人あまりの尊い命が奪われたのでした。

被災地の鉄道は壊滅的な被害を受けましたが、それでも、驚くほどの短期間で運転を再開したのは、特筆すべきことでした。

なお、6回続いた「震災と鉄道」の連載は今回で終了し、あと1回7月号に、九州の豪雨災害による鉄道不通について掲載する予定です。

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  1. 2021/05/16(日) 00:03:15|
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神戸新聞『ひょうご駅散歩』2020年5月掲載分

3月31日で連載を終了した神戸新聞朝刊のコラム、1年前の5月1日~31日掲載分です。この頃から、読者からのご要望により、駅のある市区町名を記載することにしました。

s-0501広畑s-0502県庁前

s-0503丹波大山s-0504谷上

s-0505阪神春日野道s-0506仁川

s-0508北条町①s-0509北条町②
私にとって思い入れのある駅は、昔と今の2回掲載することにしました。

s-0510灘s-0511花隈

s-0512養父s-0513貿易センター

s-0514日生中央s-0515JR曽根

s-0516野里s-0517神鉄道場

s-0518亀山s-0519大物

s-0520阪急六甲s-0521甘地

s-0522藍那s-0523河合西

s-0524生瀬s-0525滝の茶屋

s-0526JR網干s-0527名谷

s-0528三日月s-0529朝霧

s-0530広野s-0531尾上の松


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  1. 2021/05/09(日) 00:03:19|
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桜満開、中央東線甲斐路の旅③勝沼ぶどう郷

桜満開の中央東線・甲斐路の旅、3回目の今週は勝沼ぶどう郷駅をご紹介します。

桜に囲まれた勝沼ぶどう郷駅に上下線の普通列車が到着しました。
①ホーム普通
このあたりも正に満開でした。
②駅名票

上りの特急が通過していきます。
③上り特急通過

甲斐の山々に囲まれたこのあたりは、その名の通り葡萄などの果樹園が多く見られます。
④甲斐の山々

この駅舎の中には観光案内所やカフェがあり、甲州ワインが販売されています。
⑤駅舎

駅前は甚六桜公園として整備され、園内にはかつて、中央東線を走ったEF64形電気機関車が静態保存されています。
⑥EF64

これは、かつて使われていた旧線の大日影トンネルです。
⑦大日影トンネル
遊歩道として整備され、以前は中に入りことができましたが、平成28年から経年劣化の予防措置のため、現在は閉鎖されています。
s-IMG_7368.jpg
この写真は平成26年に訪れた時のものです。

現在のホームに並行して、昔のホームが残されています。
⑧公園満開
駅名は平成5年に改称されるまでは「勝沼」でした。
⑨旧駅名票

上りの「かいじ」です。
⑩上りかいじ
通常、この駅には特急は停車しませんが、時期によって、一部の「かいじ」が土曜休日に臨時停車します。

上り、高尾行の普通列車です。
⑪上り普通

⑫
あたりには、心地よい春風が吹いていました。

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  1. 2021/05/02(日) 00:02:13|
  2. 甲信越
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桜満開、中央東線甲斐路の旅②鳥沢

先週に続いて、桜満開の中央東線甲斐路の旅、今週は鳥沢駅をご紹介します。

鳥沢駅に上り電車が到着しました。
s-①上り電車
この駅の線路際に土手に2本の桜の木があります。
s-②駅名票

こちらは下り電車です。
s-③下り電車

鳥沢駅はコンパクトな新しい駅舎のある無人駅でした。
s-④鳥沢駅

駅の近くも花がいっぱいでした。
s-⑤花いっぱい

鳥沢~猿橋間にある新桂川橋梁(通称・鳥沢鉄橋)です。
s-⑥東京直通電車
東京駅から大月まで直通するE233系電車がやって来ました。

そして、次にやって来たのは特急「あずさ」です。
s-⑦あずさ

鉄橋の脇には「新桂川橋梁架橋記念碑」が建っています。
s-⑧新桂川橋梁架橋記念碑
この鉄橋は昭和43年、中央線が複線化されたときに完成しました。

鉄橋の上でE233系と、211系がすれ違いました。
s-⑨E233系と211系のすれ違い

下りの貨物列車です。
s-⑩貨物列車

そして、今度は「かいじ」が通りました。
s-⑪かいじ

線路を見おろす丘の上に、小さな祠がありました。
s-⑫小さな祠

こんな家を見つけました。
s-⑬古い家

来週は桜のトンネルの中を列車が走る勝沼ぶどう郷駅をご紹介します。

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  1. 2021/04/25(日) 00:00:24|
  2. 甲信越
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桜満開、中央東線甲斐路の旅①上野原

今週は桜が満開、春の山梨を走る中央東線を3週連続でご紹介します。
まずは、上野原です。

上野原駅は、山梨県の東端に位置する駅です。
s-①駅名票

駅南口です。
s-②上野原駅
改札口が高台にあるため、この建物はエレベーター棟になっていて、1階には観光案内所があります。

南口を出てまっすぐ進む相模川があります。
s-③桂川
相模川はここまで上流に来ると桂川と呼ばれているそうです。

川をはさんで対岸に松本行の下り特急「あずさ」がやって来ました。
s-④下りあずさ

続いてやって来たのは、甲府行の普通電車です。
s-⑤下り普通

桜は正に満開でした。
s-⑥満開

こちらは上りの特急「かいじ」です。
s-⑦上りかいじ

貨物列車もやって来ました。
s-⑧貨物
でも、機関車の後ろの貨車が空車だったので、機関車だけしか見えませんでした。

再び、下りの「あずさ」です。
s-⑨下りあずさ2

川辺は見事なまでに満開でした。
s-⑩桜満開の川辺
でも、その日、ほかに撮影に来ている人も、花見の人も見当たらず、この風景を独り占めすることができました。

s-⑪

来週は、同じ中央東線の鳥沢駅をご紹介します。

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  1. 2021/04/18(日) 00:01:28|
  2. 甲信越
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蓄電式電車が走る烏山線で烏山を訪ねて

今週はACCUM(アキュム)が走るJR烏山線をご紹介します。
烏山(からすやま)線は非電化路線なのに蓄電式の電車が走ります。
正式にはEV-E301系と呼ばれるこの電車は、平成26年に初めて導入され、
平成29年にすべての列車がそれまでのディーゼルカーからACCUMに置換されました。

宇都宮から電化路線の東北本線を走ってきたACCUMが宝積寺駅にやって来ました。
①宝積寺駅
電化区間はパンタグラフを上げて走行し、非電化区間では下げています。

宝積寺を出た列車はパンタグラフを下げて次の駅、下野花岡に向かいます。
②宝積寺~下野花岡

途中の交換駅の大金(おおがね)です。
③大金交換

大金~小塙(こばな)間を流れる荒川を渡ります。
④大金~小塙
この川は東京湾に流れる荒川ではなく、那珂川の支流です。

滝~烏山間にある龍門の滝の上を走る列車です。
⑤滝~烏山龍門の滝

終点の烏山に着きました。
⑥烏山駅ホーム
架線があるのは、充電エリアだけです。

烏山に着いた列車は直ちにパンタグラフを上げて充電を行ないます。
s-IMG_0108.jpg

これが烏山駅です。
⑦烏山駅舎
平成26年にそれまでの木造駅舎から、新駅舎に建替えられました。

烏山では、毎年7月に行われる「山あげ祭り」が有名です。
駅から歩いて5分ほどの「山あげ会館」では、祭りの時に使われる山車が展示されています。
⑧山あげ会館山車

ミニシアターでは、祭りの様子が再現されます。
⑨山あげ祭ミニシアター

これは烏山和紙会館です。
⑩和紙会館
烏山の和紙の歴史は奈良時代から受け継がれており、奈良の正倉院に和紙を納めていた記録が残っているそうです。

そして、こちらは烏山の地酒「東力士」の蔵元、島崎酒造です。
⑪島崎酒造
江戸時代の嘉永2(1849)年の創業以来、172年の歴史があります。

⑫呑み鉄
ACCUMはオールロングシートなので、車内での呑み鉄は控えました。

なお、8年前に、このブログでディーゼルカー時代の烏山線をご紹介していますので、よろしければ、そちらもご参照ください。


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  1. 2021/04/11(日) 00:02:08|
  2. 関東
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神戸新聞コラム『ひょうご駅散歩』掲載終了

昨年4月1日より神戸新聞朝刊に毎朝連載していましたコラム『ひょうご駅散歩』が3月31日で終了しました。
これは、兵庫県にある駅を毎朝、ご紹介する企画で、一部、過去に廃止された駅も取上げました。

ただ、販売エリアが兵庫県内限定なので、それ以外の地区の方からも読みたいというご要望が寄せられました。
そこで、掲載がすべて終わったことを機に、、今月から掲載された記事を1年遅れで1が月ごとにこのブログに公開することと致しましたので、ご興味のある方にお読みいただけると幸いです。

なお、記載内容は、掲載日時点の情報ですので、その後変更になっている場合もあります。
毎月1回の休刊日を除く353回シリーズで、一部の駅は2回掲載としました。

スタートは昨年の4月1日、第1回目は神戸駅でした。
s-0401神戸①s-0402神戸②

s-0403城崎温泉PNGs-0404魚崎

s-0405東觜崎s-0406岡本

s-0407江井ヶ島s-0408土山

s-0409日岡s-0410河野原円心

s-0411竹田s-0412立花

s-0414御崎公園s-0415新在家

s-0416粟生s-0417アイランド北口

s-0418国府s-0419書写山上

s-0420西神中央s-0421JR伊丹

s-0422山陽須磨s-0423阪神芦屋

s-0424西宮北口①s-0425西宮北口②

s-0426上月s-0427JR垂水

s-0428葉多s-0429中公園

s-0430清荒神



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  1. 2021/04/04(日) 00:00:15|
  2. 著作/寄稿紹介/出演/講演など
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天狗の山へ叡山電鉄鞍馬線

先週に引き続き叡山電鉄の旅、今回は鞍馬線の旅にご案内します。

ただし、昨年7月の集中豪雨の影響で、現在、一部区間が不通になっています。

鞍馬線は宝ヶ池~鞍馬間8.8キロの路線ですが、すべての列車が本線の出町柳に直通します。
①宝ヶ池分岐
宝ヶ池を発車した電車は、右手に八瀬方面への叡山本線と分かれて鞍馬の山を目指します。

京都精華大前~二軒茶屋間を走る電車です。
②京都精華大前~二軒茶屋
本線を走る電車は一両なのに、鞍馬線は二両連結です。
距離もこちらの方が長いので、実質的に鞍馬線が本線のようですね。

二軒茶屋駅に停車中の上り電車です。
③二軒茶屋駅

この先、市原駅~鞍馬間が土砂災害で今も不通になっています。
④市原駅名票

二ノ瀬付近を行く緩行電車「きらら」です。この駅周辺は春の新緑、秋の紅葉が見事です。
⑤二ノ瀬付近きらら
けれども、このあたりから山が深くなり、たびたび土砂災害が発生する区間なのです。

貴船口駅に着きました。
⑥貴船口駅
貴船神社への最寄駅です。

そして、終点の鞍馬駅に到着です。
⑦鞍馬到着

訪れたのは昨年の3月、梅の花が咲いていました。
⑧梅ときらら
でも、今年は梅の咲く頃になっても、まだ、電車がやって来ないのは寂しいことです。

駅では鞍馬天狗の出迎えを受けます。
⑨天狗

駅舎の横にも天狗がいました。
⑩鞍馬駅
そして、昔の電車の前面だけがモニュメントとして残されています。

駅から5分あるくと鞍馬寺の山門があり、そこから寺へのケーブルカーに乗り継ぐことができます。
⑪鞍馬寺ケーブル
このケーブルカーは全長、たった207メートル、日本一短い鉄道で、鞍馬寺が運営しています。

そして、こちらが鞍馬寺です。
⑫鞍馬寺
牛若丸伝説が残るお寺はひっそりと静まりかえっていました。

こちらは平成元年の鞍馬駅です。
⑬H1鞍馬駅
まだ、緑色の古い電車が頑張っていました。

1日も早く、鞍馬線が復旧しますように!

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  1. 2021/03/28(日) 00:03:15|
  2. 近畿
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叡山電鉄本線の旅

今週は京都市の北東部を走る叡山電鉄叡山本線をご紹介します。
この路線は京阪電鉄鴨東線に接続する出町柳駅から八瀬比叡山口までの5.6キロの路線です。
開通は大正14年と古く、京都電燈叡山電気鉄道部として開業し、
昭和17年に京福電鉄、そして、昭和61年から叡山電鉄となりました。

これが出町柳駅です。
①出町柳駅
昭和53年の京都市電の廃止後、京阪鴨東線が開通する平成元年までは
ほかの鉄道路線と接続しない路線でした。

出町柳駅におかしな顔の電車が停車していました。
②ホームひえい
これが、八瀬比叡山口行の「ひえい」です。

元田中駅の上り電車です。
③元田中上り

「ひえい」が踏切を通ります。
④元田中ひえい
やっぱり、ユーモラスな顔ですね。

こちらは宝ヶ池駅です。
⑤宝ヶ池駅
この駅で本線と鞍馬線が分岐します。

⑥
三宅八幡~八瀬比叡山口間を走ります。
⑦三宅八幡~八瀬

終点からすぐ近くを走ります。
⑧八瀬の近く

終点の八瀬比叡山口駅に着きました。
⑨八瀬駅
ホームを覆う大きな屋根が印象的です。

駅舎には開業当初の駅名「八瀬」と表示されています。
⑩八瀬駅舎
この駅からは比叡山へのロープウエイが接続しますが、1月4日~3月19日は冬季運休中です。


さて、こちらは昭和60年の出町柳駅です。
⑪S60出町柳
この当時はまだ、京福電鉄でした。

そして同じ日の八瀬遊園駅に停車する電車です。
⑫S60八瀬遊園
この駅は開業時には八瀬駅、昭和40年に八瀬遊園、平成14年に現在の駅名に変更されました。

⑬S42-47きっぷ
昭和42年の乗車券と、昭和47年のロープウエイとの連絡乗車券です。

来週は、同じ叡山電鉄の鞍馬線をご紹介します。

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  1. 2021/03/21(日) 00:01:17|
  2. 近畿
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各地で活躍した185系

今週は先週に引き続き定期運行を終了した185系特集、
「踊り子」以外の列車として各地を走った185系をご紹介します。

昼間は「踊り子」として東京や新宿と伊豆半島を往復していた185系は、
朝夕は東海道本線沿線の通勤客を運ぶ湘南ライナーとして長らく活躍しました。
s-⑧湘南ライナー
こちらは、大船駅に入線する「湘南ライナー12号」です。
大船を発車すると、横浜や川崎は通過して、次は品川まで停車しませんでした。

乗車には、あらかじめライナー券を買っておく必要がありました。
s-⑨ライナー券
1ヶ月分すべてをまとめて前売りするセット券も発売され、列車によっては発売と同時に売り切れる人気でした。

これは藤沢~大船間を疾走する湘南ライナーです。
s-⑩ライナー大船~藤沢


また、今は運行を取りやめた、東海道本線の東京~大垣間を走った夜行快速「ムーンライトながら」に最後に充当されていたのは185系でした。
s-①201312浜松駅
これは、平成25年12月に、深夜の浜松駅で停車中の「ムーンライトながら」です。
先頭には「臨時快速」の表示がありました。

そして、こちらは平成26年、大垣駅に着いた「ムーンライトながら」と、姫路行の普通電車です。
s-②201412大垣223系と並ぶ
JR東日本の185系と、JR西日本の223系がJR東海の大垣駅で並ぶ、とても珍しい出会いでした。

こちらは、上野~万座・鹿沢口間の特急「草津」として運行されていた平成18年の185系です。
s-③200601樽沢トンネル7てん2メートル
長さたった7.2メートル、当時、日本一短いトンネルとして知られていた樽沢トンネルを走行中です。
このトンネルは、群馬県の吾妻線・岩島~川原湯温泉間にありましたが、八ッ場(やんば)ダム建設に伴って線路が高台に移設されたため、消滅しました。

吾妻線の祖母島(うばしま)付近の鉄橋を渡る「草津」です。
s-④200911祖母島

そして、こちらは平成24年、高崎線・岡部付近の「草津」です。
s-⑤201204岡部
なぜか、この時は緑とオレンジの湘南色に塗装されていました。

こちらは平成25年の小淵沢駅での「はまかいじ」です。
s-⑥はまかいじ小淵沢
横浜~松本間を、横浜線経由で運転され、主に週末に運転される臨時列車でした。

「はまかいじ」の車内では小淵沢の名物駅弁「元気甲斐」と山梨県の地酒「桜守」をいただきました。
s-⑦201310きっぷ

このほか、上野~水上間の「みなかみ」、上野~前橋間の「あかぎ」、そして、国鉄時代には、急行列車や東北・上越新幹線の大宮暫定開業時に上野~大宮間を「新幹線リレー号」として運転されたこともありました。

185系の普通車の車内はこんな感じでした。
s-⑪車内

トイレの中に「このトイレはタンク式です」との表示がありました。
s-⑫トイレ表示
185系が登場した昭和56年には、まだまだ線路に垂れ流しのトイレが残っていたのです。

東京駅に到着した「湘南ライナー」。JR東日本の東海道本線沿線ではお馴染みだった車両がついに姿を消しました。
s-⑬東京駅
今後は、臨時列車や団体専用列車として運行されることもあるようですが、定期列車としてはすべての12日に運行を終了しました。
40年間、本当によく走り続けたと思います。



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  1. 2021/03/14(日) 00:00:15|
  2. 国内広域の話題
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さらば185系「踊り子」

この3月13日のダイヤ改訂で、特急「踊り子」「湘南ライナー」として走り続けた185系電車が、定期運用を終えることになりました。
s-①河津

特急「踊り子」は、それまでの特急「あまぎ」と急行「伊豆」を統合し、
東京と伊豆急下田・修善寺を結ぶ特急として国鉄時代の昭和56年に走りはじめました。

東京を発車した「踊り子」の次の停車駅は品川です。
s-②品川

多摩川を渡ると神奈川県に入り、やがて、川崎に着きます。
s-③多摩川

大船駅の駅弁、「しらす弁当」を買いました。
s-④-1しらす弁当
そのほか、大船の駅弁と言えば「鰺の押し寿司」が有名です。

大船~藤沢間を走ります。
s-④大船

二宮駅の近くにある吾妻山公園から眺めた踊り子です。
s-⑤二宮
遠くに相模湾が見えます。

海を眺めながらの呑み鉄は最高です。
s-⑥1相模湾呑み鉄IMG_2835
窓の開閉できる最後の特急列車も間もなく姿を消します。

車内のようすは、こんな感じでした。
s-⑬

熱海に停車中です。
s-⑥1熱海停車中

熱海を発車すると東海道本線から伊東線に入り、伊豆多賀付近を走ります。
s-⑥伊豆多賀

網代(あじろ)を発車しました。
s-⑦1網代発車

伊東からは伊豆急行に乗り入れます。
s-⑦富戸~川奈
海を見ながら富戸(ふど)~川奈間の鉄橋を渡ります。

こちらは伊豆稲取~今井浜海岸付近です。
s-⑧稲取~今井浜
このあたりはずっと海岸に沿って走ります。
s-IMG_9729.jpg
平成27年当時は、こんな塗装でした。

s-⑩河津
河津桜満開の河津付近を走ります。
s-⑪河津

蓮台寺を通過すると、次は終点の下田です。
s-IMG_9623.jpg

伊豆急下田に着きました。
s-⑫下田
この車両は、東京~伊豆急下田間をいったい何往復したのでしょう。

s-⑭サボ
帰りに伊豆急下田駅で買った駅弁は「金目鯛の塩焼き弁当」でした。
s-IMG_9618.jpg

こちらは富士山をバックに伊豆箱根鉄道駿豆線の三島二日町付近を行く「踊り子」です。
s-⑮三島二日町
一部の「踊り子」は伊豆急下田行と伊豆箱根鉄道の修善寺行を併結し、熱海で切り離してそれぞれの行先に向かいます。
この185系電車が、伊豆半島を走るのもあとほんのわずかとなりました。

3月13日以降は、すべて後継のE257系に置換されます。
s-E257系

来週は、「踊り子」以外の列車として走った185系をご紹介します。

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  1. 2021/03/07(日) 00:02:11|
  2. 関東
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『月刊フェスク3月号』に寄稿

この度、日本消防設備安全センターが発行する『月刊フェスク1月号』(電子版)に寄稿しました。
この雑誌は、消防防災関係者のための情報誌で、「震災と鉄道」というテーマの連載の第5回目です。
s-表紙

今回は東日本大震災に伴う津波と原発事故で甚大な被害を受けた常磐線について、
震災直後と復旧後のようすについて綴っています。
s-キャプチャ

これは津波で大きな被害を受けた浜吉田付近です。
s-②浜吉田付近

こちらは震災後、復旧した福島第一原発に近い双葉駅です。
s-④復旧した双葉駅
駅だけはきれいに復旧しましたが、駅周辺の家は放置されたままで、ゴーストタウンのようでした。

なお、この雑誌は会員登録(無料)すれば、どなたでも閲覧することができます。

テーマ:地震・天災・自然災害 - ジャンル:ニュース

  1. 2021/03/04(木) 21:07:42|
  2. 著作/寄稿紹介/出演/講演など
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御在所ロープウエイ

今週は三重県の御在所ロープウエイをご紹介します。

先週、ご紹介した湯の山線の終点、近鉄湯の山温泉駅からバスに乗り、
9分でロープウエイ湯の山温泉駅に着きます。
s-①RW湯の山温泉駅
ロープウエイの全長は2.1キロ、標高差は780メートルもあります。
s-②
湯の山温泉駅と山上公園駅の間を12分で結びます。

この白い鉄塔は、高さが61メートルあり、日本一の高さだそうです。
s-③鉄塔

やがて、伊勢平野が眼下に広がります。
s-④伊勢平野

山上駅近くにある大黒岩です。
s-⑤大黒岩
岩の上に登山者の姿がありました。

山上公園駅には日本で唯一というロープウエイ博物館がありました。
s-⑥RW博物館
三重県にかつて矢ノ川旅客索道という昭和2年二回通した日本初のロープウエイがあったそうです。
尾鷲と熊野の間の山中に観光ではなく、旅客輸送を目的として建設されましたが、
紀勢本線の開通により、役目を終えて廃止されたとのことです。

これは山上にある雨量レーダーです。
s-⑦雨量レーダー

山上公園に小さな祠がありました。
s-⑧小さな祠

御在所岳の頂上へは、さらにリフトに乗り換えます。
s-⑨リフト

このあたりには時折、カモシカが姿をあらわすということで、リフトの駅にこんな名前がついていました。
s-⑩カモシカ駅

これが御在所岳の頂上です。
s-⑪頂上
頂上が三重県と滋賀県の県境になっています。
s-⑫県境

頂上から滋賀県側の眺めです。
s-⑬望湖台
天気が良ければ琵琶湖まで見えるそうですが、この日はあいにく霞んでいて見えませんでした。
三重県側は晴れていたのに、この山を境に天気が変わることもあるようです。

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  1. 2021/02/28(日) 00:01:20|
  2. 東海
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近鉄湯の山線の旅

近鉄湯の山線は、近鉄名古屋線の四日市から湯の山温泉を結ぶ15.4キロのローカル線です。

近鉄四日市駅で発車を待つ湯の山線の電車です。
s-①四日市
湯の山温泉開湯千三百年というヘッドマークを付けていました。

途中駅の伊勢川島で反対電車と交換です。
s-②伊勢川島

こちらは桜駅です。
s-③桜駅

s-④桜~菰野1
桜~菰野(こもの)間を走ります。
s-⑤桜~菰野2

s-⑥s-⑦

大羽根園駅でも途中下車してみました。
s-⑧大羽根園駅

大羽根園~湯の山温泉間の茶畑の中を走る電車です。
s-⑨大羽根園~湯の山温泉

こちらは御在所岳をバックに走る電車です。
s-⑩御在所岳をバックに

s-⑪湯の山温泉駅
終点の湯の山温泉駅です。
s-⑫湯の山温泉駅舎

この町で買った呑み鉄の酒は「伊勢政宗」。
s-⑬呑み鉄

温泉街と御在所岳ロープウエイへは駅前からバスに乗って9分で着きます。
s-⑭バス
来週は御在所岳ロープウエイをご紹介します。


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  1. 2021/02/21(日) 00:02:15|
  2. 東海
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大船~藤沢間に新駅

このほど、JR東日本から、東海道本線の大船~藤沢間に新駅を設置することが発表されました。
s-IMG_20210212_0001_20210212161608b7b.jpg

ここは、大船から2.6キロ、藤沢から2.0キロの場所に位置し、昭和60年まで湘南貨物駅があった場所です。
この場所に新駅を作る構想は30年以上も前からあったのですが、ようやくそれが動き出しました。

その場所の近くにはかつて、国鉄大船工場の広大な敷地がありました。
この工場は戦後間もない昭和20年12月に開設され、民営化後の平成18年に閉鎖されました。

現在、この場所は広大な空き地となって放置されたままです。
s-IMG_2703.jpg

そのまま放置するのはもったいないと、鎌倉市はこの空き地を新たな町の拠点として開発し、
あわせて、現在、鎌倉駅西口にある市役所が老朽化しているため、ここに移転しようという計画を立てたのです。

新駅の予定地は藤沢市村岡東という場所に位置しますが、駅の東側は鎌倉市にも接しています。
大船、藤沢両駅の駅間距離が長く、藤沢市にとっても、藤沢市から遠い市内東部地域の活性化にメリットがあると思われます。
そこで、新駅の設置は両市の意見が合致し、新駅の設置に動き出したのでした。

けれども、駅ができるのは今から11年後の令和14年と予定とか・・・
新線を建設したり、土地を買収したりするわけではないのに、どうしてそんなに時間がかかるのでしょうか?
昨年開設された高輪ゲートウエイ駅は、構想から6年でオープンしたというのに、そのわけが理解できません。

開業後の利用者数は1日6万5000人を見込んでいるとのことでしたが、
鎌倉市側はまだ更地のままで開発されていないため、早期に作っても利用者が見込めないということかもしれません。

今回の新駅開設にあたっては、神奈川県が30%、JRが15%、鎌倉市と藤沢市がそれぞれ27.5%ずつ負担するということですが、
これに対して地元の市民団体が税金の無駄使いだとして反対運動をしているという報道もあります。
東海道新幹線の米原~京都間に新駅を設置するという構想もありましたが、
設置反対派が滋賀県知事に当選し、頓挫したこともありました。

予定通り、11年後にオープンできたとしても構想から40年あまり・・・本当に気の長い話です。

はたして、どうなることでしょうか。
  1. 2021/02/14(日) 00:04:27|
  2. その他の話題
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近鉄田原本線の旅

先週に引き続き、近鉄のローカル線の旅。
今週は奈良県の田原本線(たわらもとせん・・・”たはらほんせん”ではありません)をご紹介します。
田原本線は、近鉄の他の線とはつながっていない独立した路線です。

これが、近鉄生駒線とJR関西本線の王寺駅に近い新王寺駅です。
s-②新王寺駅舎
近鉄王寺駅からは一旦改札口を出て歩いてすぐの位置にあります。
でも、線路はつながっていません。
これは、その前進が、生駒線は信貴生駒電鉄、田原本線が大和鉄道と、別の会社だったことの名残です。

発車を待つ西田原本行の電車です。
s-①新王寺ホーム

新王寺から3駅目の池部で途中下車しました。
s-③池部駅舎
s-④池部駅名票

この駅の近くには、奈良県立の馬見丘陵公園があります。
s-⑤馬見丘陵公園

緑がいっぱいの広大な公園でした。
s-⑥馬見丘陵公園

こちらは但馬~黒田間を行く電車です。
s-⑦但馬~黒田
あたりはのどかな奈良盆地です。

終点の西田原本駅です。前進が大阪電気軌道だった橿原線の田原本駅とは、徒歩連絡です。
s-⑧西田原本駅
開業100周年記念で、昔のダークグリーン塗装の電車が停車していました。

さて、こちらは昭和59年の新王寺駅です。
s-⑨S59新王寺駅

そして、同じく昭和59年の西田原本駅です。
s-⑩S59西田原本駅
当時は趣のある木造駅舎でした。

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  1. 2021/02/07(日) 00:03:01|
  2. 近畿
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近鉄生駒線の旅

今週は奈良県を走る近鉄生駒線をご紹介します。
生駒線は近鉄奈良線の生駒駅から分岐し、王寺駅までを結ぶ12.4キロの路線です。
s-①生駒駅
生駒駅に停車中の王寺行きの電車です。

こちらは南生駒駅です。
s-②南生駒駅

近くにあるのは菊司醸造。
s-③菊司醸造
生駒の地酒、「菊司」の蔵元です。
s-④呑み鉄

南生駒~萩の台間の竜田川に沿って走ります。
s-⑤南生駒~萩の台
生駒線は竜田川に沿って走ります。

s-⑥東山駅
東山駅の近くの竜田川には、馬鍬(まぐわ)淵があります。
s-⑦まぐわ淵
ごうごうと流れる、深くよどんだ水の色が深い山奥のようです。
s-⑧

川沿いにあった山寺が金勝寺です。
s-⑨金勝寺
境内は静まりかえっていました。

東山~元山上口間で竜田川の鉄橋を渡ります。
s-⑩東山~元山上口

これが元山上口駅です。
s-⑪元山上口駅

「平群」と書いて「へぐり」と読みます。
s-⑫平群駅

そして、終点の王寺駅です。
s-⑬王寺駅
近鉄田原本線とJR関西本線はお乗り換えです。
田原本線は同じ近鉄なのに、一旦改札を出て、新王寺駅という別の駅に乗り場があります。

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  1. 2021/01/31(日) 00:02:51|
  2. 近畿
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紀州鉄道の今昔

今週は和歌山県を走る紀州鉄道をご紹介しましょう。

リゾートホテルなどの不動産業で有名な紀州鉄道は、実は和歌山県御坊市を走る全長2.7キロのミニ私鉄。
JR紀勢本線の御坊(ごぼう)駅から西御坊までをわずか8分で走ります。

御坊駅の片隅の0番線からたった一両のディーゼルカーが発車を待っています。
s-①御坊駅
この車両は、滋賀県の信楽高原鐵道から平成27年に譲り受けたもの。

御坊~学門間の踏切を渡る列車です。
s-②御坊~学門踏切

田園地帯を抜けると、最初の駅、学門に着きます。
s-③御坊~学門

学門とは、学校の正門の前にある駅だから。
s-④学門駅
駅前には県立日高高校と附属中学があります。

ホームには「学門地蔵」がありました。
s-⑤学門地蔵

次の駅、紀伊御坊駅構内には、昔、走っていたキハ603が静態保存されています。
s-⑥キハ603
これは九州の大分交通を走っていた車両でした。

さらに、こちらはキテツ2号と呼ばれるレールバスで兵庫県の北条鉄道の中古車です。
s-⑦キテツ2号
休車中と書いてありますが、もう走ることはないでしょう。

これは中心駅の紀伊御坊駅です。
s-⑧紀伊御坊駅
ここに紀州鉄道の本社があり、現在は唯一の有人駅です。

そして、終点の西御坊です。
s-⑨西御坊駅

この町で買った呑み鉄の酒は「長久」。
s-⑩呑み鉄
和歌山県海南市の地酒です。

この先にはもう行けませんというように柵があり、その前を園児たちが歩いていました。
s-⑪行き止まり
実は、平成元年まで、この先、0.7キロ先にあった日高川駅まで列車が走っていたのです。

西御坊駅付近の古い街並みです。
s-⑫街並み

ここは、日高御坊と呼ばれる本願寺日高別院です。
s-⑬日高御坊
このお寺が日高御坊と呼ばれていたことから、町の名前が御坊になったそうです。

そして、これが、昭和52年に訪れた日高川駅に停車するキハ603です。
s-⑭S52日高川
当時はまだ、貨物列車が走っていたのでした。

こちらは平成14年の御坊駅に停車中のキハ603。
s-⑮H14御坊駅キハ603

この時、紀伊御坊の車庫にはキテツ1号の姿もありました。
s-⑯H14キテツ1号

平成14年に訪れた西御坊~日高川間の廃線跡です。
s-⑰廃線跡

そして、こちらは日高川駅の跡地です。
s-⑱日高川駅跡
今も、ホームや線路が残されているそうです。

紀州鉄道のきっぷです。
s-⑲きっぷ
現在も紀伊御坊駅では硬券きっぷを販売しており、JRへの連絡乗車券も硬券で常備されているそうです。
s-⑳きっぷ

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  1. 2021/01/24(日) 00:03:01|
  2. 近畿
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五日市線の旅

今週は東京の郊外を走るJR五日市線をご紹介します。

五日市線は青梅線の拝島から分岐し、武蔵五日市までの11.1キロの路線です。
拝島を出た電車は、熊川を過ぎると多摩川を渡ります。
①多摩川

②熊川駅名票

熊川~東秋留間の築堤を駆け抜けます。
③熊川~東秋留

こちらは秋川~東秋留間です。
④秋川~武蔵引田
ここが東京とは思えないようなのどかな畑の脇を走ります。

武蔵引田駅に停車中の下り電車です。
⑤武蔵引田停車中
この線は単線で、この駅にはホームが一本しかありません。

これが武蔵引田駅です。
⑥武蔵引田駅

最後は高架線を走って終点の武蔵五日市に着きました。
⑦武蔵五日市到着
平成8年に、この終着駅は高架化されています。
⑧武蔵五日市駅
かつて、ここからスイッチバックする形で武蔵岩井までの岩井支線が延びていましたが、昭和46年に旅客営業を廃止。
貨物専用線となり、昭和57年に全廃されています。

これは昭和52年の武蔵五日市駅です。
⑨S52武蔵五日市駅

その当時の入場券です。
⑩きっぷ
西秋留駅は、昭和62年に秋川駅へと改称されました。

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  1. 2021/01/17(日) 00:01:45|
  2. 関東
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草津線、忍者の里の旅

今週は、関西本線の柘植(つげ)と、東海道本線の草津を結ぶJR草津線をご紹介します。
柘植駅の歴史は古く、明治23年に関西鉄道の駅として開業しました。
関西鉄道(現関西本線)は名古屋と大阪間において、、開業当初、官営の現東海道本線と、国営化後は後発の近鉄と激しい乗客の奪い合いになった末、いずれの争奪戦にも敗れてしまいました。
名古屋と大阪近郊は近代化されたものの、中間の亀山~加茂間は未だに単線非電化のローカル線のままです。
その閑散区間にあるのが柘植駅です。
①柘植駅
近代化に取り残されたおかげで、今も趣のある木造駅舎が残っています。
ただ、現在は平日の昼間だけ駅員がいる簡易委託駅で、中枢駅だった昔の賑わいはありません。

そんな柘植駅の草津線の電車が発車を待っています。
関西本線は非電化で2両編成の気動車なのに、支線であるはずの草津線は電化されており、
4両編成の電車が走ります。
②SHINONITRAIN柘植駅
この電車は「SHINOBI-TRAIN」という忍者仕様のラッピング電車でした。

車内は、中吊り広告の代わりに忍者をあしらった暖簾がかかっています。
③忍者暖簾
そう、草津線は甲賀忍者の里を走るのです。

隣の油日(あぶらひ)で降りると、忍者の出迎えを受けました。
④油日駅の忍者
これは観光協会のおじさんで、写真を撮らせてとお願いすると、随分、緊張されていました。

駅近くにある油日神社の大鳥居の脇を柘植行の電車が通過します。
⑤油日神社大鳥居

落ち着いた瓦屋根の家が並ぶ油日の町のたたずまいです。
⑥油日の街並み
屋根の上を忍者が走っていそうです。

甲南駅で反対列車と交換しました。
⑦甲南駅交換

貴生川(きぶかわ)駅です。この駅で信楽(しがらき)高原鐵道と近江鉄道に接続します。
⑧貴生川ホーム

貴生川駅で、再び、SHINOBI-TRAINに出会いました。
⑨貴生川で忍トレイン
貴生川~草津間は列車本数が大幅に多くなります。

甲西(こうせい)~石部間を走る電車です。
⑩石部~甲西

石部で上下線電車が交換しました。
⑪石部交換

駅前の公園は、東海道五十三次のひとつ、石部宿をかたどった門がありました。
⑫石部宿

呑み鉄の酒は「風に凜」。
⑬風に凜
石部の地酒です。

石部にやって来た草津行は、またSHINOBI-TRAINでした。
⑭石部ホーム
このラッピング電車は、令和3年6月まで運行される予定です。

終点の草津駅に停車中の草津線の電車です。
⑮草津駅
始発の柘植駅とは違って、ここはもう都会の駅の佇まいでした。

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  1. 2021/01/10(日) 00:01:02|
  2. 近畿
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『月刊フェスク1月号』に寄稿しました

この度、日本消防設備安全センターが発行する『月刊フェスク1月号』(電子版)に寄稿しました。
この雑誌は、消防防災関係者のための情報誌で、「震災と鉄道」というテーマの6回連載の第4回目です。


s-1月号表紙

今回は仙台と石巻を結ぶJR仙石線の野蒜付近の震災直後の惨状と、復旧後の状況について書いています。

s-野蒜

なお、この雑誌は会員登録(無料)すれば、どなたでも閲覧することができます。

https://www.fesc119.net/magazine/

  1. 2021/01/03(日) 00:02:43|
  2. 著作/寄稿紹介/出演/講演など
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加古川線の旅

今週は兵庫県のJR加古川線をご紹介します。
この路線は山陽本線の加古川と福知山線の谷川を結ぶ48.5キロのローカル線です。

加古川駅で発車を待つ西脇市行の下り列車です。
s-①加古川駅

加古川の次の日岡駅です。
s-②日岡駅
昭和23年に建てられた木造駅舎ですが、このような趣のある駅舎は、加古川線でも少なくなりました。

神野~厄神間の田園地帯を走ります。
s-③神野~厄神間

かつて、三木線が分岐していた厄神を発車すると、やがて、列車は加古川を渡ります。
s-④厄神~市場

粟生(あお)駅に着きました。
s-⑤粟生
隣に見えるのは神戸電鉄粟生線の電車です。
この駅からは、ほかに北条鉄道に連絡します。

社町(やしろちょう)駅です。
s-⑥社町
地球儀のような待合室が印象的です。

滝野付近を走ります。
s-⑦滝野付近

こちらは西脇市駅です。
この駅から列車本数が大幅に少なくなり、平日9往復となります。
s-⑧西脇市
かつての駅名は野村駅でしたが、平成2年にこの駅から分岐していた鍛冶屋線の廃線と同時に西脇市駅に改称されました。

加古川を渡った所にある新西脇駅です。
s-⑨新西脇
小さな木造駅舎がひっそりと建っていました。

こちらは日本へそ公園駅です。
s-⑩日本へそ公園駅
ここは東経35度(子午線)、北緯135度の交わる場所にあり、日本のへそと呼ばれています。
s-⑪へそ公園
日本へそ公園には、休日には大勢の人で賑わいますが、残念ながら列車で来る人はごくわずかです。

下り列車が黒田庄に到着しました。
s-⑫黒田庄駅


黒田庄駅の近くにある兵主(ひょうす)神社です。
s-⑬兵主神社
本殿の茅葺き入母屋造りは、とても珍しいものです。

久下村付近を行く列車です。
s-⑭久下村

これが終点の谷川駅です。
s-⑮谷川
福知山線のホームの脇にたった一両の電車がポツンと停車していました。

そして、こちらは昭和55年の社町駅に停車する気動車です。
s-⑯S55社町駅
加古川線が電化されたのは平成16年12月のことでした。

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  1. 2020/12/27(日) 00:02:54|
  2. 近畿
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朝夕だけ走る和田岬線

今週は朝夕しか列車が走らないJR和田岬線をご紹介します。
和田岬線は正式には山陽本線の支線で、神戸駅の隣にある兵庫駅から分岐し、和田岬までのわずか2.7キロの路線です。

乗り場は兵庫駅の本線の南側にあり、乗換え口には専用改札があります。
s-①兵庫駅乗換え口
この路線の駅は終点の和田岬駅しかなく、この駅は無人駅のため、この乗り換え改札で和田岬までの切符を回収するのです。

平日の朝、兵庫駅のホームには大勢の通勤客の姿がみられます。
s-②兵庫駅ホーム
この線に走るのは、平日は朝7本、夕方10本ですが、休日には2往復しかありません。
和田岬駅近くにある工場で働く人々の通勤専用路線という性格を持っています。

途中にある兵庫運河を渡る電車です。
s-③運河
この線には国鉄時代から走る103系という古い電車が走っています。

和田岬駅近くにある踏切です。
s-④踏切
この踏切が閉まるのは朝と夕方だけです。

s-⑤サボ
s-⑥駅名票

終点の和田岬駅です。
s-⑦和田岬駅
今は簡素な無人駅となってしまいました。

駅周辺は庶民的な佇まいです。
s-⑧庶民的な佇まい

近くには大きな鳥居が印象的な和田神社があります。
s-⑨和田神社

さて、和田岬線が電化されたのは、比較的新しく、平成13年までは、このようなディーゼルカーが運転されていました。
s-⑩H13キクハ

キクハ35という珍しい車両が連結されていました。
s-⑪サボ
片側にしかドアがない和田岬線専用の改造車でした。

それよりも、もっと前、平成2年まではディーゼル機関車が牽引する客車列車でした。
s-⑫DD13
これは昭和55年、兵庫駅に停車中の列車です。

オハ64という客車も片側しかドアがありませんでした。
s-⑬オハ64

しかも、客車の内部には座席がわずかしかありません。
s-⑭オハ64車内
当時、この路線は混雑が酷く、また、たった一駅だけだったため、客車から座席を撤去してしまったのでした。

国鉄時代の駅名票です。
s-⑮駅名票

そして、このような木造駅舎がありました。
s-⑯S55和田岬駅

国鉄時代の切符です。
s-⑰きっぷ
朝夕しか列車が来なくても、駅員が勤務していました。

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  1. 2020/12/20(日) 00:01:06|
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羽幌線と天売島・焼尻島の思い出

国鉄羽幌線は、北海道北部の日本海側、留萌~幌延間を走る全長141.1キロの長大なローカル線でした。
札幌からの急行「はぼろ」も走っていましたが、普通列車は1日5~6往復しかなく、利用者も極めて少なかったため、国鉄民営化の直前の昭和62年に廃止されました。

私は残念ながらこの線に一度しか乗ったことがなく、写真もほとんど残っていません。
唯一、乗ったのは、今から44年前の昭和51年7月のことでした。
今週はその時に羽幌駅で降りて行った、日本海に浮かぶ天売(てうり)島と焼尻(やぎしり)島をご紹介します。

これが羽幌駅です。
s-①羽幌駅
ホームの案内板に天売島・焼尻島が載っています。
手前にある焼尻島まで定期船で50分と書かれていますが、
実際には天羽丸という1日1本の小さな船が80分かかっていました。
s-②ホーム
s-③羽幌駅DJs-④天羽丸

まずは遠い方の、天売島に行きました。
s-⑤天売赤岩
これは、断崖絶壁にある赤岩という景勝地です。
s-⑥赤岩
ここは海鳥の天国で春には、50万羽も来たそうです。

その中で、これはオロロン鳥(ウミカラス)です。
s-⑦オロロン鳥
この当時はよく見られたのですが、今や天売島では絶滅寸前なのだそうです。

天売漁港です。
s-⑧天売漁港

そして、鄙びた天売の集落です。
s-⑨天売集落
いかにも北国の離島の集落といった佇まいでした。
今はどうなっているのでしょうか。

翌日、焼尻島に渡りました。
s-⑩天売スタンプs-⑪焼尻スタンプ
天売島から焼尻島までは20分で着きます。

焼尻島は今も羊がたくさんいる綿羊牧場の島です。
s-⑫綿羊牧場

焼尻島から眺めた天売島です。
s-⑭天売が見える

こちらは白亜の焼尻灯台です。
s-⑬焼尻灯台

焼尻島にはイチイの木がたくさんあります。
s-⑮オンコ
北海道ではイチイのことをオンコと呼びます。

焼尻の集落には暴風壁が取り付けられていました。
s-⑯暴風壁
冬の寒さは格別なのでしょう。

羽幌線のきっぷです。
s-⑰入場券s-⑱乗車券
過疎地帯の路線なのに、多くの駅が有人駅でした。

私が天売焼尻を訪れてから44年、羽幌線の廃止から33年、
できれば、この地をもう一度訪れてみたいものです。

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  1. 2020/12/13(日) 00:02:30|
  2. 北海道
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今はなき新潟交通電車線

今週は平成11年に廃止された新潟交通電車線をご紹介します。
この路線は、昭和8年に開通した、新潟市中心部の県庁前駅と国鉄弥彦線の燕駅とを結ぶ36.1キロを結ぶローカル私鉄でした。
(県庁前駅は、新潟県庁移転に伴い昭和60年には白山下駅に改称)
県庁前から次の東関屋の手前までは路面を走り、その先は専用軌道を走っていました。

けれども、平成4年には路面区間の白山下~東関屋間2.6キロが、翌年には末端区間の月潟~燕間11.9キロが廃止されています。

こちらは、昭和49年夏、県庁前~東関屋間の路上を走る電車です。
①S49夏
路面区間も単線でした。

こちらは昭和58年2月、雪の県庁前駅を発車する燕行の電車です。
②S5802県庁前
県庁前駅は、煉瓦造りのモダンな建物でした。
③県庁前改札口

雪にまみれた電車が東関屋~県庁前間を走ります。
④県庁前~東関屋

吹雪の中、途中駅の白根で反対列車と交換です。
⑤白根交換吹雪

⑥白根駅名票

雪まみれになって終点の燕に到着しました。
⑦燕駅雪まみれ

なんとも味わい深い駅名票でした。
⑧燕駅名票

当時のきっぷです。
⑨きっぷ

さて、こちらは平成11年の正月の東関屋駅です。
⑩H11東関屋ホーム
この時の7年前に路面区間が廃止され、東関屋が起点駅になっていました。
この駅はJR越後線関屋駅の近くにありました。

東関屋駅構内には車庫がありました。
⑪東関屋車庫
小田急から譲渡された車両が、小田急の塗装のまま走っていましたが、廃線の半年前から運転休止となっていました。

味方~白根間を走る月潟行の電車です。
⑫味方~白根

こちらは東関屋行の電車が白根駅を発車したところです。
⑬白根上り電車発車

白根駅です。
⑭白根駅構内
典型的なローカル駅の佇まいでした。
⑮白根駅舎
この駅は沿線の主要駅で、古い木造駅舎に最後まで駅員さんが勤務していました。

燕までの路線が廃線になった後、6年間、終着駅だった月潟駅です。
⑯月潟駅停車中

この駅にも古風な木造駅舎が残っていましたが、こちらはすでに無人駅でした。
⑰月潟駅舎

月潟駅最後の手書きの発着時刻表です。
⑱月潟時刻表
最後は1日あたり平日16往復の電車が運行されていました。

この日から3ヶ月後、新潟交通電車線は、日本地図から消えてしまいました。

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  1. 2020/12/06(日) 00:02:33|
  2. 甲信越
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今はなき蒲原鉄道

今週は平成11年に廃止された新潟県の蒲原鉄道をご紹介します。
蒲原鉄道は信越本線の加茂駅と磐越西線の五泉(ごせん)との21.9キロを結んでいたローカル私鉄です。

しかし、利用者の減少により昭和60年に加茂~村松間17.7キロが廃止され、
その後13年間は村松~五泉間4.2キロ岳の区間を走り続けていました。

これは昭和55年に訪れた時の五泉駅です。
①五泉駅S55
この駅舎は廃線になるまで変わることはありませんでした。

驚くほど古風な駅名票でした。
②駅名票

なんと、貨車と電車が併結されていました。
③貨車と電車

村松駅には貨物列車の姿がありました。
④村松貨物列車

これは村松~加茂間で唯一の交換駅の七谷駅です。
⑥七谷駅
残念なことに、先に廃止になった区間の写真はこれ1枚しかありませんでした。

こちらは昭和58年2月、吹雪の日の五泉駅です。
⑥-2S5802五泉


当時、使われていた切符です。廃止されるまで硬券が使われていました。
⑦きっぷ
加茂駅の硬券は、国鉄加茂駅の窓口で買ったものです。

さて、こちらは廃線の半年前、平成11年5月の五泉駅です。
⑧H11五泉駅
電車の下半分の塗装が、こげちゃ色から濃紺に変わった以外は、昔来たときとまったく同じでした。
⑨五泉到着
五泉駅に到着するところです。

最後まで昔ながらのサボ(行先表示板)を使っていました。
⑩サボ

今泉~五泉間を走る電車です。
⑪今泉~五泉
線路脇には、菖蒲の花が咲いていました。

五泉~村松間にある唯一の途中駅、今泉です。
⑫今泉駅
小さな無人駅でした。

村松駅のホームです。なんとも昭和レトロな佇まいの駅でした。
⑬村松駅
加茂までつながっていたときには、中枢駅として賑わっていました。

⑭車内ロングシート
電車内はロングシートと4人掛けボックスシートの2種類がありました。
⑮車内クロスシート
乗ったのは、もちろんボックスシートです。

村松駅構内には除雪車の姿がありました。
⑯除雪車
このあたりは豪雪地帯なので、冬には大活躍をしたことでしょう。

村松駅にあったスタンプです。
⑰スタンプ
忠犬タマ公とは、真冬に雪崩に巻き込まれた主人を2度も助けた柴犬のことだそうです。

これは、廃線から8年後の五泉駅の廃線跡です。
⑱廃線跡
すでに線路ははがされていましたが、このカーブから電車がやって来た日のことを思い出しました。

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  1. 2020/11/29(日) 00:02:37|
  2. 甲信越
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今はなき京福永平寺線

今週は平成14年に廃止された福井県の京福電鉄永平寺線をご紹介します。

永平寺線の歴史は古く、曹洞宗の大本山、永平寺への参拝客の輸送を目的に、大正14年に永平寺鉄道によって一部区間が開通、昭和4年には北陸本線の金津駅(現芦原温泉駅)~永平寺門前間24.6㎞が全通しました。

その後、昭和44年に金津~東古市間が廃止されましたが、越前本線と接続する東古市(現永平寺口)~永平寺間6.2キロは、その後も32年間、走り続け、平成12年と13年に京福電鉄は越前本線内で2度の衝突事故を起こして全線運休になった後、永平寺線は、平成14年に正式に廃止になりました。

これは昭和56年の東古市駅です。
①東古市駅
永平寺行の電車が発車を待っていました。

車窓から見えた山は福井県と石川県の県境にある大日山でしょうか。
②大日山
いいお天気でした。

電車は、こんな細い道と並行してのんびりと走りました。
③細い道と並行

終点の永平寺駅です。
④永平寺駅
かつては、永平寺への参拝客で賑わったことでしょう。
⑤路線図
駅舎内に京福電鉄の古い路線図が掲げられていました。

こちらは、平成14年、長期運休中で、もう二度と電車が来ることのない永平寺駅です。
⑥H14永平寺駅

⑦市野々駅
途中駅の市野々駅(上)と諏訪間駅(下)です。
⑧諏訪間駅

線路には、X印の柵が設けられ、すでに雑草に覆われていました。
⑨×印
それから、1ヶ月後、永平寺線は正式に廃止になりました。

昭和56年当時の永平寺線のきっぷです。
⑩きっぷ⑪車内券

永平寺線は廃止されましたが、2度の事故を起こした越前本線は、その後、平成15年に第三セクターのえちぜん鉄道に移管され、勝山永平寺線として生まれ変わり、走り続けています。

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  1. 2020/11/22(日) 00:01:32|
  2. 北陸
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岩手開発鉄道の思い出

今週は、貨物専用線として現存する岩手開発鉄道で、かつて旅客列車が走っていた時代をご紹介します。
岩手開発鉄道は大船渡鉱山の石灰石輸送を目的に昭和35年に鉱山のある岩手石橋から盛(さかり)を経由して小野田セメント(現太平洋セメント)の工場のある赤崎間が全通。そのうち、岩手石橋~盛間間9・5キロには平成4年までは旅客列車が運行されていました。

これは昭和57年5月に訪れた岩手開発鉄道盛駅です。
①盛駅
ホームに停車しているのはキハ202。

そして、車庫にいたのはキハ301でした。
②キハ301

車庫から入線するキハ202です。
③盛駅構内
④キハ202

手書きで平仮名のサボ(行先表示板)、なんとも味わい深いですね。
⑤サボ

こちらは終点の岩手石橋駅のホームです。
⑥岩手石橋駅ホーム
9・5キロのキロポストが見えます。

この当時、盛から岩手石橋間の列車が1日3往復、途中の日頃市(ひころいち)までの列車が2往復の計5往復だけでした。
⑦駅名票
その後、旅客輸送を終える頃には日頃市止まり1往復を含めて1日3往復になっていました。

朝もやの中の岩手石橋駅舎です。
⑧石橋駅舎
この列車で終点まで来たのは私ひとりでした。

岩手開発鉄道のきっぷです。
⑭きっぷ⑮車内券
運賃は極めて安く、当時、全区間の大人が60円、最短区間の子供が20円でした。

さて、こちらは、その時(昭和57年5月)、盛で行なわれたいた盛町五年祭りです。
⑪盛町五年祭1
4年おきに開催され、300年以上も前から現在も続いているという伝統のお祭りでした。
⑫盛町五年祭

この時から38年、このお嬢さんたちも50歳前後になっているはずです。
⑬盛町五年祭
4年おきなのに、五年祭りというのはなぜでしょう?

さて、この鉄道は旅客営業の廃止後も、貨物専用鉄道として走り続けています。
⑯長安寺駅線路
こちらは途中の長安寺駅です。
⑰長安寺改札口
旅客駅だったころの佇まいが、そのまま残っています
⑲長安寺駅舎

駅舎の中にはタブレットが置いてありました。
⑱タブレット

そして、現在も運休日を除いて、1日最大18往復の貨物列車が運転されています。
⑳貨物列車
(この写真はリンクフリーの岩手開発鉄道さんのホームページからお借りしました)

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  1. 2020/11/15(日) 00:01:31|
  2. 東北
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『月刊フェスク11月号』に寄稿

この度、日本消防設備安全センターが発行する『月刊フェスク11月号』(電子版)に寄稿しました。
この雑誌は、消防防災関係者のための情報誌で、「震災と鉄道」というテーマの6回連載の第3回目です。
s-キャプチャ11月号
今回は宮城県の石巻線女川駅の震災直後と、現在の様子を綴りました。

震災2ヶ月後に訪れた時は、高台の墓地の上に津波で列車が打ち上げられており、言葉にならないほどの衝撃を受けました。
s-①墓地の上の列車
線路脇には、列車と車が流されて横たわっていました。
s-②線路脇に流された列車と車

女川港も悲惨な状況でした。
s-③女川港

現在の駅舎は200メートル内陸部に移動し、かさ上げされた場所に立っています。

この雑誌はネットで会員登録(無料)すれば、誰でも閲覧可能です。
https://www.fesc119.net/magazine/

テーマ:地震・天災・自然災害 - ジャンル:ニュース

  1. 2020/11/08(日) 00:03:40|
  2. 著作/寄稿紹介/出演/講演など
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浦和にて「一度は乗りたい 特選ローカル線の旅」卓話

さる10月29日に、さいたま市浦和区の浦和中ロータリークラブ様から、お招きをいただき、
「一度は乗りたい 特選ローカル線の旅」という卓話(講演)をさせて頂きました。
s-キャプチャ
ロータリークラブとは、異業種、異文化が集う地域ごとの国際的な親睦組織で、1905年にアメリカで始まったそうです。
世界200ヶ国以上に約33,000のクラブがあり、会員数は120万人以上とのこと。

さて、浦和駅で降りたのは久しぶりです。
①浦和駅名票

なんと1,428回目の例会だそうです。
③

全国各地のローカル線の中から、Yahoo!クリエイターズプログラムで公開した動画を交えながらご紹介しました。
④講演風景
今までは、1回90分でお話するのですが、今回は30分だけなので、中味を絞り、北海道の富良野線から、宮城県の陸羽東線、山梨県の富士急行、山口県の錦川鉄道、宮崎県の日南線など10カ所を厳選してお話ししました。

終了後はたくさんの質問を頂戴し、その後、親睦会にも参加させて頂いて、夜の浦和駅をあとにしました。
⑤夜の浦和駅
ロータリークラブに参加されている方々は、いずれも地域で活躍される名士ばかり。
熱心にお聞きいただいて光栄なひとときでした。

テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

  1. 2020/11/01(日) 00:02:16|
  2. 著作/寄稿紹介/出演/講演など
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今はなき、くりはら田園鉄道

今週は先週ご紹介した「栗原電鉄」は、細倉鉱山の閉山に伴い、昭和62年に貨物列車が廃止された後、旅客輸送も激減しましたが、地元の鉄道存続の熱意により、平成5年に第三セクターとなり、2年後に電車をやめて、ディーゼルカーによる運行となって、社名を
「くりはら田園鉄道」に変更しました。

けれども、乗客の減少に歯止めをかけることができず、平成19年、その86年の歴史の幕を閉じたのでした。

平成18年の夏、始発駅の石越です。
①石越駅
一面だけのホームに列車がやって来ました。この時、すでに石越駅は無人駅でした。

2つ目の若柳付近にやってきた下り列車です。
②腕木式若柳色調整済
腕木式信号機が現役でした。

若柳駅ではタブレット(わっか型の通票)の交換が行われていました。
③タブレット若柳補正済

若柳駅の駅舎内には、七夕飾りがありました。
④若柳待合室

ホームには2度と走ることのない、廃車になった電車の姿がありました。
⑤若柳ホーム
車庫だった駅構内はまるで、電車の墓場のようでした。
⑥廃車IMG_0546

朽ち果てそうな」電車に手書きの「栗原電鉄イベントカラオケ号」のヘッドマークが散りつけられたままになっていました。
⑦廃車
廃止直前の、なんとも悲しい風景です。

沢辺駅の風景です。
⑧沢辺駅員トリミング済
すべてがアナログの正に昭和の残像でした。

おそらく、大正時代の開業時からあると思われる木造駅舎です。
⑨沢辺駅
「乗って残そう 孫子のために」の文字が虚しいですね。

沿線の中心駅だった栗駒駅に到着した列車です。
⑩栗駒駅到着

栗駒駅前には「交通安全宣言の町」という大きなアーチが掲げられていました。
⑪栗駒駅舎

栗駒~栗原田町間の三迫川橋梁を行く列車です。
⑫栗駒~栗原田町

こちらは小さな無人駅の尾松駅。
⑬尾松駅

いかにもウグイスが鳴いていそうな山の中の駅でした。
⑭鶯沢駅名票

これは平成2年に廃止された細倉駅です。
⑮旧細倉駅
廃止から17年間放置され、かつての終着駅は廃屋になっていました。

細倉の先、0.2キロ延伸されてできた終着駅、細倉マインパーク前駅です。
⑯マインパーク駅
近くに細倉鉱山跡にできた鉱山のテーマパークにあわせてできた駅です。
(書類上は細倉駅は廃止ではなく、移転の上、駅名改称という扱いになっています)

駅前にはかつて鉱山列車をけん引したED202電気機関車が留置されていました。
この機関車は、今も同じ場所に保存されているそうです。
⑰ED202
ここにも「乗って残そう」の看板がありました。

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  1. 2020/10/25(日) 00:00:56|
  2. 東北
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今はなき栗原電鉄

今週は平成19年に廃止された宮城県の「くりはら田園鉄道」の「栗原電鉄」時代をご紹介します。
この路線の歴史は古く、大正10年に「栗原軌道」という軽便鉄道が、東北本線の石越から沢辺まで開業したことに始まります。
昭和16年に「栗原鉄道」となった後、細倉まで路線を伸ばし、細倉鉱山から産出された鉛、亜鉛などを輸送する」貨物列車が活況を呈しました。そして、昭和25年に電化され、昭和30年に「栗原電鉄」になりました。その後、一時、バス会社の「宮城中央交通」の路線になったものの、昭和44年からは「栗原電鉄」を名乗り、地元では「くりでん」と呼ばれて親しまれていました。
しかし、昭和62年に鉱山が閉山してからは衰退の一途を辿り、平成5年に第三セクターの「くりはら田園鉄道」に転換されたのでした。

これは昭和57年に訪れた始発駅の石越駅です。
①石越駅舎
国鉄東北本線の石越駅に隣接し、廃線時まで同じ駅舎が使われていました。

一面だけの小さなホームにたった一両の電車が」発車を待っています。
②石越

途中の若柳駅構内には車庫がありました。
③若柳駅構内

こちらは終点の細倉駅です。
④細倉駅

手書きの駅名標は、なんとも言えない味わい深いものでした。
⑤駅名票

細倉駅舎です。
⑥細倉駅舎
昭和63年に、この先0.2キロの地点の細倉マインパーク前駅まで延伸したため、この駅はその時に廃止されました。

栗原電鉄のきっぷです。
⑦きっぷ
もちろん、手売りの硬券でした。
右下は「くりはら田園鉄道」になってからのものです。

こちらは車掌が車内で売っていた車内乗車券です。
⑧車内券

来週は「くりはら田園鉄道」になってからのようすをご紹介します。

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  1. 2020/10/18(日) 00:01:23|
  2. 東北
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今はなき国鉄仁堀航路

今週は、戦後の動乱期の昭和21年に開設され、瀬戸内海を渡って広島県と愛媛県を結んでいた国鉄仁堀(にほり)航路をご紹介します。
①堀江駅ホーム
仁堀航路は広島県の仁方港から愛媛県の堀江港を1時間40分で結んでいた国鉄の定期航路でした。
呉線の仁方駅と、予讃本線の堀江駅が最寄り駅でしたが、両方とも港は駅から離れており、特急や急行と接続する宇高連絡船や青函連絡船とは異なる地味な存在でした。ただ、この航路をはさんで呉線と予讃本線のきっぷを通しで買うことができました。

昭和55年に訪れた愛媛県の堀江駅です。
②堀江駅舎
松山駅から3つ目の駅ですが、この時、すでに無人駅になっていました。
ここから徒歩8分の位置に堀江港がありました。でも、とても、本州連絡の接続駅とは思えません。

これはたった1隻、就航していた瀬戸丸で、仁方~堀江間70キロを1日2往復していました。
③瀬戸丸
399トンの中型船で、定員は200名、中型自動車を24台まで積むことができました。

こちらは広島県側の呉線仁方(にがた)駅です。
④仁方駅
仁方港からは歩いて12分でした。

こんな地味な航路でしたが、利用者の低迷により、昭和57年に廃止されてしまいました。

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  1. 2020/10/11(日) 00:01:47|
  2. 四国
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今はなき国鉄宮田線

福岡県の廃止線の4回目は、筑豊本線の勝野から筑前宮田までの5.3キロを結んでいた国鉄宮田線をご紹介します。
この路線は明治35年に沿線の石炭輸送のため、貨物線として九州鉄道が開通させたのが最初で、その後、明治45年から旅客輸送も行ないました。した。しかし昭和51年に貝島炭鉱が閉山になり、その後、国鉄民営化後の平成元年に廃線となりました。

昭和58年の勝野駅です。
①勝野駅
左側は筑豊本線の列車ですが、この当時は、まだ、筑豊本線も電化されていませんでした。

直方(のおがた)から、宮田線に乗り入れている列車もありました。
②サボ

唯一の途中駅、磯光です。
③磯光駅名票
かつて磯光から菅牟田まで2.2キロの貨物支線がありましたが、昭和52年に廃止されています。

終点の筑前宮田駅です。
④宮田駅ホーム
客がいないホームで、ポケットにとを入れてうつむき加減に歩く職員の姿に、当時の国鉄の惨状が表われているような気がします。
⑤駅名票
なんとも古風な駅舎でした。
⑥筑前宮田駅舎
⑦きっぷ

廃止から15年後の平成16年に、宮田線の廃線跡を訪れました。
⑧踏切跡
これは、勝野~磯光間に残る踏切の跡です。

そして、こちらは筑前宮田駅跡です。この時、すでに線路跡は自然に帰ろうとしていました。
⑨宮田駅ホーム跡
この時からもすでに16年、廃止から32年が過ぎた宮田線跡が、今はどうなっているかはわかりません。

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  1. 2020/10/04(日) 00:01:34|
  2. 九州
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今はなき国鉄矢部線

今週は福岡県の廃止線の3回目、昭和60年に廃止された国鉄矢部線をご紹介します。
矢部線は鹿児島本線の羽犬塚から、内陸部の黒木までの19.7キロを結ぶ路線でした。
開業は昭和20年12月、終戦からわずか4ヶ月後、戦後初めて開通した路線でした。

これは昭和55年に訪れた終着駅の黒木駅です。
s-IMG_20200814_0022.jpg

当時、よく見られた木造駅舎でした。
s-IMG_20200814_0023.jpg
このああたりは八女茶の産地として知られています。

羽犬塚駅にある矢部線の乗り換え案内板です。
s-IMG_20200814_0024.jpg
けれどもそこに矢部線の名はなく、終点の黒木方面の文字しか表示されていません。

矢部線という路線名は、黒木の先、矢部まで延伸する予定があったので、その名がつきました。
さらにその向こうの山を越えた熊本県の肥後小国までも延伸する計画もありましたが、実現しませんでした。

残念ながら、写真はこれだけしか残っていません。
廃線から35年、矢部線の想い出はわずかな記憶とこの切符しか残ってはいません。
④きっぷ

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  1. 2020/09/27(日) 00:02:26|
  2. 九州
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今はなき国鉄室木線

福岡県の廃止線。今週は昭和60年に廃止された国鉄室木線をご紹介します。
室木線は沿線の石炭輸送を主目的として明治41年に開業した古い路線で、鹿児島本線の遠賀川から室木までの11.2キロを結んでいました。
けれども、筑豊地区の他の路線と同様に炭鉱の衰退とともに需要が激減し、廃止されてしまいました。

これは昭和47年、遠賀川駅の近くの西川橋梁を渡る上り列車です。
①西川橋梁S47
当時、貨物を含むすべての列車が蒸気機関車の牽引する列車でした。

遠賀川~古月間を行く下り室木行の列車です。
s-IMG_20200816_0001.jpg
ターンテーブルがなかったため、下り列車の機関車はすべて逆行運転でした。


古風な旧型客車が連なる列車です。
②旧客
1日の旅客列車の本数は6往復だけでした。




昭和49年の室木駅です。
③S49室木駅
いかにも昭和のローカル駅の佇まいでした。
④ホーム側
この頃、国鉄のトラベルニュースがどの駅にも貼ってありました。

無煙化3日前のハチロクです。大正生まれの老機関車が最後まで頑張っていました。
⑤ハチロク⑥旧客車内
客車の車内もなんともいえない風情がありました。
この線は廃線になるまでディーゼルカー機関車が牽引し、最後までこの旧型客車が走り続けました。

室木線のきっぷです。
⑦きっぷ
ここにある鞍手駅は、室木線の途中駅です。現在、筑豊本線に同名の駅がありますが、こちらは室木線が廃止された2年後の昭和62年に開業した駅で、別の場所にあります。

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  1. 2020/09/20(日) 00:01:08|
  2. 九州
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『月刊フェスク9月号』(電子版)に寄稿しました

この度、日本消防設備安全センターが発行する『月刊フェスク9月号』(電子版)に寄稿しました。
この雑誌は、消防防災関係者のための情報誌で、今回は「震災と鉄道」というテーマで6回連載の第2回目です。
①フェスク9月号

今回は2011年の東日本大震災に伴う大津波で甚大な被害を受けたJR大船渡線と気仙沼線の震災直後のレポートです。
②9月号キャプチャ
一ノ関~盛間の大船渡線のうち、沿岸部を走る盛~気仙沼間、および前谷地~気仙沼間の気仙沼線のうちの盛~気仙沼間は、大津波により線路や駅が流され、長期間の不通を余儀なくされました。

これは大船渡線の鹿折唐桑(ししおりからくわ)駅付近の惨状です。
③IMG_1030鹿折唐桑駅前
巨大な漁船が打ち上げられ、周辺は瓦礫の山でした。

そして、こちらは気仙沼線の志津川駅です。
④IMG_1081志津川駅

結局、この両線は、三陸鉄道のように鉄道として復活することはなく、BRTというバス高速輸送システムにより運転が再開されています。
  1. 2020/09/13(日) 00:02:40|
  2. 著作/寄稿紹介/出演/講演など
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今はなき国鉄勝田線

今週は昭和60年に廃止された福岡県の勝田線をご紹介します。
勝田線は鹿児島本線の吉塚と筑前勝田を結ぶ13.8キロの路線でした。
宇美八幡宮への参拝客と石炭の貨物輸送で活況を呈した時期もありましたが、昭和38年に沿線の糟屋炭田が廃坑になると、この線の需要は徐々に低下し、国鉄末期の昭和60年に廃線になりました。

これは昭和57年の終点、筑前勝田駅です。
s-①勝田駅
典型的なローカル駅の風情がある木造駅舎でした。

ホーム側から見た駅舎です。
s-②駅舎ホームより
いずれも手書きの、駅名票、キャンペーン告知がなんとも味わい深いですねえ。

吉塚行の列車が停車しています。
s-③ホームに停車中の列車
でも、乗客の姿はほとんどありませんでした。
s-④サボ

次の駅は宇美でした。
s-⑤宇美駅名票s-⑥宇美駅
宇美駅は現存する香椎線にもありますが、元々、開業時には別の鉄道会社だったため、勝田線の駅と香椎線の駅とは道路を歩いて100メートルほど離れていました。


志免駅は、この時点の途中駅で唯一の有人駅でした。
s-⑦志免駅名票

勝田線の切符です。
s-⑧きっぷ

最後は1日6往復の列車しか走らなかった勝田線でしたが、実は、この沿線はこの時点でも福岡市のベッドタウンとして人口が激増しているエリアでした。もし、国鉄がやる気を出して、列車本数を大幅に増やし、設備の近代化を進めていたなら、勝田線は今頃、通勤通学客路線として、大いに活躍していたことでしょう。

けれども、当時の国鉄に、そんな前向きな姿勢はなく、寂れるがままに放置され、終焉を迎えたのでした。

廃線から35年、今や地元住民でさえもその存在を知る人はほとんどいないのではないでしょうか。

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  1. 2020/09/06(日) 00:02:50|
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今はなき南九州の廃止線

今週は、国鉄民営化に前後して廃止された南九州のローカル線をご紹介します。

妻線は、宮崎県の日豊本線佐土原駅から分岐して杉安までを結ぶ19.3キロの路線でした。
大正3年に宮崎県営鉄道の路線として一部区間が開通、大正11年に全線が開通しています。
s-①妻
これは妻線の中心駅だった妻駅の昭和52年の写真です。近くに西都原古墳群がありました。
この線の終点、杉安から熊本県の湯前線の湯前(ゆのまえ)までをつなぐ計画がありましたが、実現しませんでした。


こちらは昭和55年、鹿児島県の日豊本線国分駅で発車を待つ大隅線の列車です。
s-②国分
大隅線は大正4年開通の南隅軽便鉄道を前身とし、昭和47年に国分~海潟間が延伸開業して、国分~志布志間98.3キロの長大な路線でした。けれども、全通からわずか15年後の昭和59年に廃止されています。

これは途中駅、大廻の駅名票です。
s-③大廻駅名票
開通から15年で廃止になった区間にあった小さな無人駅でした。

車窓からは鹿児島湾の向こうに桜島が見えました。
s-④鹿児島湾と桜島

これは、大隅線の中心駅、鹿屋(かのや)です。
s-⑤鹿屋駅
別府や西鹿児島からの急行列車も発着していました。

こちらは、昭和55年に訪れた宮之城(みやのじょう)線の薩摩山崎駅です。
s-⑥薩摩山崎
宮之城線は鹿児島本線の川内(せんだい)から薩摩大口を結ぶ66.1キロの路線でした。
大正11年に一部区間が開通し、昭和12年に全通しましたが、国鉄民営化直前の昭和62年に廃止されました。

こちらは中心駅の宮之城に着いた列車です。
s-⑦宮之城

そして、こちらは羽月駅。
s-⑧羽月
山の中の小さな駅でしたが、ちゃんと駅員さんがいて窓口で硬券きっぷを売っていました。

こちらは宮之城線の終着駅の薩摩大口です。
s-⑩薩摩大口
この駅では、山野線に接続しました。

山野線は熊本県にある鹿児島本線の水俣駅から薩摩大口駅を経て、鹿児島県の肥薩線栗野駅までを結ぶ55.7キロの路線でした。
s-⑪薩摩布計

熊本県と鹿児島県の県境にはループ線がありました。
s-⑫川沿い
薩摩布計(さつまふけ)は、そんな山の中にある駅でした。

そして、山野線の終着駅の栗野です。
s-⑬栗野
栗野駅は肥薩線と接続しており、現存する駅です。

これらの線が廃止されて30年あまり、これらの各線には一度だけしか乗ったことがありません。
もし、現存していたら、何度も訪れただろうにと残念に思います。
s-⑭入場券s-⑮きっぷ1

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  1. 2020/08/30(日) 00:01:33|
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今はなき高千穂線

今週は平成17年9月の台風で鉄橋が流されるなどの甚大な被害を受け、そのまま廃止された宮崎県の高千穂鉄道(旧国鉄高千穂線)をご紹介します。

高千穂線は、昭和14年、延岡~日之影間の国鉄日之影線として開業。
その後、昭和47年に日之影~高千穂間が開業して線名を高千穂線と改称し、延岡~高千穂間50.1キロが全通しました。

これは昭和55年、日豊本線と高千穂線が接続する延岡駅です。
s-①延岡駅
隣のホームには日豊本線の急行「日南」が停車しています。

川水流(かわずる)駅で交換する高千穂線の列車です。
s-②川水流

列車は五ヶ瀬川に沿って走りました。
s-③五ヶ瀬川

途中の吾味駅の駅名票です。
s-④吾味駅名票
途中の駅はほとんど無人駅でした。

岩戸川を渡る高千穂橋梁です。
s-⑤岩戸川高千穂橋梁
水面からの高さ105メートル、日本一高い鉄橋でした。


終点の高千穂駅です。
s-⑥高千穂駅
高千穂からさらに熊本県との県境を越えて高森まで延伸し、すでに開通していた高森線、豊肥本線と接続して熊本までの九州横断鉄道になるはずでしたが、計画が実現することはありませんでした。

さて、こちらは平成6年、三セクの高千穂鉄道に転換された後の延岡駅です。
s-⑦H6延岡駅

こちらは指定席車両です。当時、時間帯によって連結されていました。
s-⑧指定席車両

川水流駅です。
s-⑨川水流
三セク化後も、この駅が唯一の交換駅でした。
s-⑩川水流交換

ゴールデンウィークには沿線の川にこんなたくさんの鯉のぼりが泳いでいました。
s-⑪鯉のぼり
でも、この美しい川が氾濫し、鉄橋が流されてこの線は命脈を絶たれたのでした。

終点の高千穂駅です。
s-⑫高千穂駅

国鉄時代の入場券と、三セク化後のきっぷです。
s-⑬国鉄入場券s-⑭きっぷ

そして、高千穂鉄道開業5周年の記念きっぷです。
s-⑮記念切符カバー
s-⑯記念切符
高千穂線の三セク化は平成元年、それから16年後の平成17年の台風で被災し、そのまま復旧することなく平成20年に正式に廃止されてしまいました。
列車が走ったのは、国鉄日之影線として一部開通してから66年、全線開通から33年が過ぎていました。

高千穂峡の美しさだけは、今も昔も変わらないことでしょう。
s-⑰高千穂峡

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  1. 2020/08/23(日) 00:02:39|
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今はなき国鉄篠山線

かつて、兵庫県の丹波篠山に、篠山(ささやま)線というローカル線がありました。
この線は福知山線の篠山口から山陰本線の園部を目指して建設が進められ、戦争末期の昭和19年に篠山口~福住間、17.6キロが開通しましたが、その先の工事は中止され、昭和47年に廃線になりました。

これは昭和47年1月、廃線を2ヶ月後に控えた篠山線の列車です。
s-①福住駅カラー
たった1枚だけ、カラー写真が残っていました。

篠山口から終点の福住までの間に4つの途中駅がありました。
s-②篠山口s-③篠山
篠山駅は、篠山町(当時)の中心部にありました。
s-④八上s-⑤丹波日置
途中駅では一人の乗降客もいませんでした。
s-⑥村雲s-⑦福住

寂しい冬の田園地帯を走りました。
s-⑧前方田園地帯

篠山駅に、貨車がたった一両だけ留置されていました。
s-⑨篠山駅
背後に貨物の集積場が見えます。かつては、盛んに貨物輸送が行われていたのでしょう。

終点の福住駅に着きました。
s-⑩福住到着
この先、園部まで線路が延びることはありませんでした。

s-⑪福住駅ホーム
福住駅のホームに2両編成の列車が停車しています。
s-⑫停車中
この時、駅は静寂に包まれ、ディーゼルカーのアイドリング音だけがあたりに響いていました。
s-⑬寂しい風景
この駅にやって来る列車は平日1日5本、休日4本だけでした。

福住駅舎です。
s-⑭福住駅舎
この時、すでに無人駅になって久しく、古びた木造駅舎には駅名を表示した看板すらありませんでした。

この当時は、まだ廃線を惜しむ鉄道ファンが訪れることも滅多になく、廃線2ヶ月前の休日だったというのに、乗客はほんの数名しかいませんでした。

廃線から48年、今は、まるで墓標のように「福住駅跡」という石碑が立っているそうです。

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  1. 2020/08/16(日) 00:02:11|
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今はなき阪神北大阪線

今週は昭和50年5月に姿を消した阪神電車の軌道線(路面電車)の3回目、廃止間際の北大阪線をご紹介します。
北大阪線は、阪神電鉄本線の野田阪神駅を起点に天神橋筋六丁目(通称天六)までの4.3キロを結んでいました。

野田駅で並ぶのは左側が北大阪線の、右側が国道線の電車です。
s-①野田阪神

野田の次の海老江で乗降する人々です。現在のJR東西線海老江駅の近くでしょうか。
s-②北大阪線海老江付近
北大阪線、国道線、甲子園線の停留所は、路上に安全地帯などのホームがなく、道路から直接乗降していました。

上海老江付近です。
s-③上海老江付近
まだまだ、行き交うクルマが今よりは少ない時代でした。

北大阪線は路面だけでなく、専用軌道を走る区間もありました。
s-④北大阪線前方

最終日に中津付近の鉄橋を渡る「さよなら電車」です。
s-⑤さよなら電車中津

中津~北野間の鉄橋上で上下線の電車がすれ違います。
s-⑥中津付近
この区間は梅田~中津間の阪急電車と並行していました。

s-⑦さよなら電車2
1枚だけカラー写真が残っていました。
s-⑧大阪相互銀行天六支店
大阪相互銀行は、今は平成元年になにわ銀行となった後、合併や分割を繰り返して、りそな銀行などになっていますが、もはや前身後継がどこの銀行だかわからなくなってしまいました。

天六で発車を待つ野田行のさよなら電車です。
s-⑨天六
なんだか寂しそうです・・・
廃止から45年、3回にわたってご紹介した阪神電車の路面電車の痕跡は今ではほとんど残されていません。

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  1. 2020/08/09(日) 00:03:18|
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今はなき阪神甲子園線

今週も先週に引き続き、阪神の路面電車、今週は上甲子園~浜甲子園間2.8キロを結んでいた甲子園線をご紹介します。

甲子園線は、国道線の上甲子園から分岐し、浜甲子園まで結ぶ2.8キロの路面電車でした。この路線の開通は国道線が開通する1年前の大正15年の、甲子園~浜甲子園間の開業に始まり、国道線が開通した昭和3年には上甲子園まで延伸。昭和5年には、浜甲子園~中津浜間1.8キロが延伸されましたが、この区間は昭和20年に休止され、そのまま廃止になっています。

昭和50年5月5日、最後の運転日にカラー写真を1枚だけ撮っていました。
s-⑩甲子園三番町カラーー
甲子園三番町付近です。
s-⑨甲子園三番町
当時、このあたりは閑静なお屋敷が並んでいました。

本戦に接続する甲子園電停付近です。
s-⑪甲子園電停

こちらは背後に阪神パークが見えます。
s-⑫阪神パーク前
ライオンとヒョウの混血のレオポンがいたことで有名だった阪神パークも平成15年に廃園になってしまいました。

浜甲子園電停の「さよなら電車」です。
s-⑬浜甲子園

浜甲子園にあった運賃表です。
s-⑭浜甲子園運賃表
廃止時点の甲子園線の運賃は40円でした。

甲子園線の時刻表です。
s-⑮浜甲子園時刻表
かなりの本数が運転されていたことがわかりますが、本線にあたる国道線は廃止時点では1時間に1~2本程度しかありませんでした。

国道線、甲子園線、北大阪線の廃止を告げる看板です。
s-⑯浜甲子園廃止告知
廃止から早くも45年の月日が過ぎてしまいました。



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  1. 2020/08/02(日) 00:03:49|
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今はなき阪神国道線

今週から3回にわたって、昭和50年に全廃された阪神電車の軌道線(路面電車)、国道線、甲子園線、北大阪線をご紹介します。

まずは第1回目は国道線です。この路線は、その名の通り、国道2号線上に大阪市西部の野田から神戸市東部の東神戸までの26.0キロを走る路面電車でした。このうち、東神戸~西灘間0.9キロは昭和44年に、西灘~上甲子園間14.4キロは昭和49年に廃止され、残された上甲子園~野田間10.7キロも翌年5月に全線が廃止されたのでした。

これは、西の終点だった西灘です。
s-①西灘
国道線の電車は「金魚鉢」と呼ばれた、窓の大きな電車でした。

西灘は阪神電車の本線の駅と接続していました。
s-②西灘 (2)
ここに写っている子供たちも今は50代後半になっているはずです。

昭和47年の甲南学園前~田中間を走る下り電車です。
s-③甲南学園前~田中

こちらは同じあたりの上り電車。
s-④甲南学園前~田中v2

神戸銀行甲南支店があります。
s-⑤神戸銀行
神戸銀行は、その後、太陽神戸銀行、さくら銀行を経て、今は三井住友銀行に併合され、
今も同じ場所にこの支店が存在しています。

国道線の前方展望です。
s-⑥国道線前方
まだまだ、この時代、そんなにクルマが多くはありませんでした。

終点の野田です。ここでも本線に乗り換えることができました。
s-⑦野田2
左側が接続する北大阪線の電車、右側が国道線の電車です。

昭和49年の西灘~上甲子園間の廃止告知看板です。
s-⑧西灘廃止告知
この翌年には全線が廃止されてしまいました。

来週は上甲子園から分岐していた甲子園線をご紹介します。

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  1. 2020/07/26(日) 00:01:28|
  2. 近畿
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『月刊フェスク7月号』(電子版)に寄稿しました

日本消防設備安全センターが発行する『月刊フェスク7月号』(電子版)に寄稿しました。
この雑誌は、消防防災関係者のための情報誌で、これから隔月で6回連載することになりました。
s-キャプチャ
このような専門外の雑誌に寄稿することになったのは、東日本大震災の時に刊行した『よみがえれ東日本!列車紀行』がきっかけでした。

第1回目のテーマは「奇跡の三陸鉄道」。
s-奇跡の三陸鉄道

被災直後のようすから、復興に至るまでを端的に記しています。
s-①1南リアス線陸前赤崎駅
これは、旧南リアス線、陸前赤崎駅付近の惨状

こちらは津波で崩落した旧JR山田線、宮古~磯鶏(そけい)間の鉄橋、
s-①3宮古~磯鶏間

そして、復旧した島越(しまのこし)付近の線路です。
s-①2島越

現在は電子版のみで発行されており、「月刊フェスク」で検索の上、会員登録をすれば、どなたでも無料でお読みいただけます。
次回は9月号に掲載する予定です。

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  1. 2020/07/19(日) 00:01:28|
  2. 著作/寄稿紹介/出演/講演など
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今はなき池北線(ちほく高原鉄道)

今週は、平成18年に廃止された北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線をご紹介します。

この路線は、根室本線の池田から石北本線の北見を結ぶ140.0キロの長大な路線でした。
国鉄網走線として全通したのは明治44年のこと。
大正元年には網走まで延伸して網走本線となり、札幌から網走への幹線鉄道となりました。
その後、昭和36年に新旭川~北見~網走間が石北本線となり、池田~北見間は、線名を池北(ちほく)線に変更されました。

国鉄末期には廃止対象線区となったものの、JR北海道に継承された後、
平成元年に第三セクターの北海道ちほく高原鉄道として新たなスタートを切ったのです。

しかしながら、元々沿線には大きな町がなく、過疎化がさらに進行して平成18年に廃止、
95年間の歴史に幕を下ろしたのでした。

こちらは昭和49年、国鉄時代の池北線・仙美里(せんびり)~足寄(あしょろ)間を行く急行「池北」です。
①S49足寄仙美里急行
北見と帯広の間を1日1往復走っていました。

そして、同じ区間を走る貨物列車です。
②S49SL
当時は、まだ貨物列車が残っていて、主に木材などを運んでいました。

さて、こちらは平成9年に訪れた時、北見駅に停車するふるさと銀河線の始発列車です。
③北見H9
4両編成なのには驚きましたが、乗客は私を含めて2人だけ。
途中の置戸(おけと)駅で後ろの2両を切り離して、折り返し北見行の通学列車となるのです。

④北見案内板
北見駅の跨線橋にあった案内板です。

こちらは訓子府(くんねっぷ)駅です。
⑤訓子府
この時は、まだ国鉄時代の木造駅舎が残っていましたが、その後、建替えられました。

陸別駅で高校生が乗ってきました。
⑥陸別高校生

こちらは大誉地(およち)駅。
⑦大誉地
古い駅舎が最後まで残っていました。

本別駅です。
⑧本別駅
昔ながらの跨線橋がなんともいえない風情を醸し出していました。

根室本線と合流すると、終点の池田に着きました。
⑨池田

さて、ここからは平成17年です。
⑩H17日ノ出駅
日ノ出駅は三セク化後に建て直されました。

境野駅です。
⑪境野駅
女子高生がひとり、乗ってきました。

車内は大勢の高校生が乗っています。
⑫車内の高校生
でも、この翌年からは列車通学ができなくなったのです。
そんな彼らも、もう30歳前後になっているはずです。

沿線の主要駅だった置戸駅です。
⑬置戸駅
三セク化後の平成8年にこんな立派な駅舎に建替えられましたが、10年後に廃止され、
今は「置戸ぽっぽ絵画館」になっています。

置戸~小利別間は駅間が15.9キロもあり、途中で池北峠を越えます。
けれども、この路線にはトンネルは1カ所もありませんでした。
⑭小利別~置戸間
このように何もない雑木林の中をひたすら走りました。

峠を越えた秘境駅、川上です。
⑮川上
かつては集落があったようですが、周囲には何もありませんでした。

川上~分線間を行く銀河鉄道999ラッピング列車です。
⑯川上~分線
実は、最前部で前を見ているのは私なんです。(撮影KK氏)

陸別駅です。
⑰陸別駅
この駅も三セク化後に建て直し、現在も営業している道の駅とホテルを併設しています。

西一線駅は、屋根のないホームと小さな小屋のような待合室があるだけの駅でした。
⑱西一線

仙美里~足寄間の鉄橋を走る列車です。
⑲仙美里~足寄
昭和49年に蒸気機関車を撮影したのと同じ場所です。

仙美里付近の池田行列車です。
⑳仙美里付近

こちらは高島駅。
㉑高島駅
最後まで国鉄時代の木造駅舎が残っていました。

国鉄池北線時代のきっぷです。
㉒国鉄時代切符

そして、こちらは、ちほく高原鉄道時代のきっぷ。
㉓三セクきっぷ
ほとんどが硬券きっぷでした。

これはJRが管轄する両端の池田駅と北見駅で降りた乗客が、運賃を支払った後にもらう精算済み証明書です。
㉔精算済み証明書
券の左側の絵の部分はプレゼントがもらえる抽選券になっていました。

そんなふるさと銀河線が廃止されて14年も過ぎてしまいました。

陸別駅跡では、春から秋にかけて月に2~4回、「ふるさと銀河線りくべつ鉄道」として気動車の動態保存を行なっており、運転体験もできるそうです。(現在はコロナ禍で休止中)

機会を見つけて、また訪れてみたいと思っています。

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  1. 2020/07/12(日) 00:02:56|
  2. 北海道
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