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田中正恭の汽車旅日記

ここは、紀行作家・田中正恭 (たなかまさやす) が、つれづれなるままに各地の旅や、鉄道に関する話題について綴っています。原則として毎週日曜日に更新しており、時には鉄道以外の話題になることもありますが、ご了承ください。また、2018年10月より「テツドラー田中の乗り鉄日記」としてYahoo!クリエーターズプログラムにもレギュラー投稿していますので、そちらもご覧頂ければ幸いです。なお、内容につきましてのご感想や、執筆や講演、出演などの依頼がありましたら、お気軽にメッセージをお寄せください。なお、写真や文章の無断転載はご遠慮願います。

豊肥本線肥後大津駅と阿蘇くまもと空港

眼下に阿蘇山の噴煙が見えると、飛行機は、ほどなく、熊本空港に着陸します。
s-①阿蘇山上空

これが「阿蘇くまもと空港」の愛称を持つ熊本空港です。
s-②熊本空港
熊本駅など、市内中心部まではリムジンバスで約65分かかります。
でも、時間帯によっては道路渋滞に巻き込まれ、大幅に時間がかかるのがネックでした。

そこで、空港に比較的近いJR豊肥本線の肥後大津駅から、2011年10月から熊本県は肥後大津駅と空港を結ぶ無料の空港ライナーの運用を開始しました。

これが、空港にある肥後大津行の「空港ライナー」です。
s-③空港ライナーのりば
といっても、運用されている車は大型バスではなく、ジャンボタクシーでした。

空港から約15分で肥後大津駅に着きます。
平成29年3月から、この駅には「阿蘇くまもと空港駅」という副称がつけられました。
s-④駅のライナー乗り場
肥後大津駅から熊本駅までは約33分、道路の渋滞がないので、乗り換え時間を入れても、確実に1時間以内で到着します。

駅の正面にも「阿蘇くまもと空港駅」と表示されています。
s-⑤駅正面

s-IMG_5364.jpg

折り返し、八代行となる電車がやって来ました。
s-⑥列車
豊肥本線は、熊本からこの肥後大津間が電化されており、電車が頻繁に運転されています。

けれども、この先、肥後大津~阿蘇間は、平成28年4月の熊本地震の影響で不通になったままです。
この区間の復旧見込みは、令和2年度中とのことです。


かつては、「SLあそBOY」がやって来たものでした。
s-IMG_20190909_0001.jpg
この列車は昭和63年から平成17年まで運転されており、この写真は平成6年にこの駅から乗った時に撮影したものです。

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  1. 2019/09/22(日) 00:02:14|
  2. 九州
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くま川鉄道「おかどめ幸福駅」

今週は熊本県の山間部を走る、くま川鉄道の「おかどめ幸福駅」をご紹介します。

くま川鉄道は、国鉄湯前線を継承した第三セクター鉄道で、
JR肥薩線と隣接する人吉温泉駅から湯前(ゆのまえ)を結んでいます。
おかどめ幸福駅は、平成元年に三セク化と同時に開業しました。

人吉温泉行の列車がやって来ました。
s-①人吉温泉行
この線は、平日の朝夕は高校生で大変な混雑です。

無人駅ですが、神社の本殿を模した瓦屋根の駅舎があります。
s-②駅舎

駅舎には神社の本殿のように大きな鈴があります。
s-③つばめ
鈴の上にはツバメがとまり、可愛らしい声で鳴いていました。

駅近くの踏切です。
s-④踏切
あたりはのどかな田園地帯です。

駅から少し湯前寄りの線路際に、大きな鳥居が立っています。
s-⑤大鳥居

鳥居の脇を列車が走ります。
s-⑥鳥居脇を行く列車

これが、丘の上にある岡留熊埜座神社です。
s-⑦岡留熊埜座神社
幸福の神様を祀っており、別名・幸福神社と呼ばれています。
s-⑧本殿

おみくじを引いてみると、小吉でした。
s-⑨おみくじ

近くにはこんな素朴なお地蔵様がありました。
s-⑩お地蔵様

御神酒?として呑んだ酒は、人吉の球磨焼酎「繊月」でした。
s-⑪繊月

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  1. 2019/09/15(日) 00:04:15|
  2. 九州
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名鉄神宮前駅と熱田神宮

今週は、名古屋鉄道名古屋本線の神宮前駅と、その周辺をご紹介しましょう。
神宮前駅は、名鉄名古屋から豊橋方面へ3駅目にある中枢駅のひとつで、本線と常滑線がこの駅で分岐します。

これが、駅ビルのパレマルシェ神宮です。
①神宮前駅
ここはショッピングモールになっているほか、ビル内には名鉄の運転指令所があります。

ホームには各方面へ向かう電車が次々と発着します。
②ホーム特急
岐阜方面と豊橋方面の本線のほか、常滑線を経由して中部国際空港への特急列車も行き交います。
③ホーム2

これは、駅名になっている熱田神宮です。
④熱田神宮鳥居
緑に包まれた境内を歩くと、その先に本殿があります。
⑤本殿
境内には神の鳥とされているニワトリが、悠々と歩いていました。
⑥神の鳥

こちらは宮の渡し公園です。
⑦宮の渡し公園
宮の渡しとは、江戸時代、宮の宿から伊勢湾を渡って桑名宿までの渡し船です。
これが東海道のルートとなっていました。つまり、当時の東海道は、現在の名古屋の中心部を通っていませんでした。

これは、熱田神宮の近くにある名古屋名物「ひつまぶし」の老舗「蓬莱軒本店」の庭です。
⑨蓬莱軒庭
これが、本場のひつまぶしです。
⑧ひつまぶし
この店は超人気店で、いつも大勢の人が並んでいます。

さて、こちらは昭和58年の神宮前駅です。
⑩S58名鉄特急7000系
かつてパノラマカーと呼ばれた名鉄特急7000系が停車しています。
この電車は昭和36年から平成13年まで走っていた形式です。

当時の駅名票です。
⑪S58駅名票
手書きで、なんともいえない味わいがありました。

こちらは、神宮前を始発駅とするキハ8000系特急「北アルプス」です。
名鉄犬山線の鵜沼から国鉄(現JR)高山本線を経由して富山まで運転されていました。
⑫北アルプスキハ8000系
時期によっては富山地方鉄道の立山まで乗り入れていたこともありました。

そのころの神宮前駅の切符です。
⑬きっぷ
当時は硬券が窓口で普通に販売されていました。

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  1. 2019/09/08(日) 00:01:41|
  2. 東海
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名鉄築港線の今昔

今週は名古屋鉄道築港線の今昔をご紹介しましょう。
築港線は名鉄名古屋から急行で11分、常滑線の大江駅から分岐するわずか1.5キロの短い路線。
しかも、電車が走るのは朝夕の通勤時間帯だけで、日中は1本も走らないという特殊な線なのです。

これが大江駅です。
①大江駅
抜けるような青空でした。

大江駅で発車を待つ築港線の電車です。
②大江駅ホーム

大きなカーブを東名古屋港行の電車がやって来ました。
③カーブ
左側の線路は、工場へ向かう引込線です。

そして、築港線の名物は、ダイヤモンドクロスと呼ばれる線路が直角に交わる地点です。
④ダイヤモンドクロス
かつて、阪急神戸線と今津線が交差する西宮北口のダイヤモンドクロスが有名でしたが、昭和59年に廃止となり、今では路面電車を除くと、ここが日本で唯一のものなのです。
⑤ダイヤモンドクロスを行く
クロスするもう一つの線路は近くの工場に続いています。

⑥
終点の手前にある大きな木が印象的でした。
⑦駅遠景
この先に見えるのは、東名古屋港駅に停車中の電車です。
⑧東名古屋港停車中

⑨駅名票
駅は今では無人駅。
⑩駅舎

上りの電車で大江に戻ると「午前中の運行は終了いたしました」の文字が見えます。
⑪午前中終了

一方、こちらは昭和58年の東名古屋港駅です。
⑫S58駅舎
当時は、こんな小さな駅にも駅員さんが勤務していました。
⑬S58停車中
臨海部で働く大勢の通勤客が降りる姿は、昔も今も変わることはありません。
⑭S58走行中

この当時、使われていた切符です。
⑮東名古屋港きっぷ
自動券売機はなく、駅員さんが手売りで売っていました。

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  1. 2019/09/01(日) 00:03:54|
  2. 東海
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神島の旅

先週に引き続き、三重県の鳥羽諸島の旅、今週は神島をご紹介します。

神島は鳥羽の沖合14キロにある周囲4キロの小さな島です。
s-①神島
鳥羽の佐田浜から直通船で30分、答志島の和具港から20分で着きます。
s-①-2船

神島は三島由紀夫の小説『潮騒』の舞台になったところです。
s-②三島文学潮騒

島の集落は港の近くに密集しています。
s-④坂の多い集落
集落は坂の多いのが特徴です。

集落の真ん中にある時計台です。
s-③時計
昔、この島に薬を売りに来ていたた富山の薬屋さんが、お礼に寄贈した時計だそうです。

煉瓦造りの六角形の井戸がありました。
s-⑤六角形の井戸
島では水は貴重です。いつの時代の物なのでしょうか。

高台にある八代(やつしろ)神社です。
s-⑥八代神社
ここには国の重要文化財に指定されている銅鏡があるそうです。

島の東側にある神島灯台です。
s-⑦神島灯台

そして、こちらは監的哨跡です。
s-⑧監的哨
戦時中に陸軍が対岸の伊良湖岬から撃つ大砲の試着弾を確認するための施設でした。

このあたりからは、対岸にある渥美半島の伊良湖岬がよく見えます。
s-⑨伊良湖岬

島の裏側は、このような断崖絶壁になっています。
s-⑩断崖絶壁

そして、こちらはカルスト地形です。
s-⑪カルスト地形
石灰岩が長年の風雨に浸食されてこのような景観になりました。

荒々しい海岸の、その先の海は太平洋・・・
s-⑫裏側の海岸

島の宿、山海荘の夕食です。
s-⑬山海荘の夕食
海の幸がたくさん。この後も次々と魚料理が出てきました。


翌朝早く、神島漁港を散歩しました。
s-⑭神島漁港

タコツボの手入れをするご婦人と話をしました。
s-⑮蛸壺と婦人
タコはきれい好きなので、タコツボの中をきれいにしておかないと入らないのだそうです。

朝の船で神島を後にしました。
s-⑯さらば神島
さようなら、神島。こんな小さな離島を離れるときは、なんだかいつも胸がきゅんとしてきます。

s-⑰-1きっぷs-⑰-2きっぷ

帰りの船は、途中、菅島に立ち寄りました。
s-⑱菅島
この島にもいつか、上陸してみたいな・・・

鳥羽に着くと、JRの快速「みえ」で名古屋に向かいました。
s-⑲JR鳥羽

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  1. 2019/08/25(日) 00:03:53|
  2. 東海
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答志島の旅

今週は、三重県の鳥羽の沖合に浮かぶ鳥羽諸島のひとつ、答志島(とうしじま)にご案内します。

まずは、名古屋から近鉄特急に乗り、鳥羽までやって来ました。
s-①近鉄鳥羽

これが鳥羽駅です。近鉄鳥羽線とJR参宮線の駅が並んでいます。
s-②鳥羽駅

鳥羽諸島の島々へは、駅から歩いて3分ほどの佐田浜にある鳥羽マリンターミナルから渡し船が出ています。
s-③鳥羽マリンターミナル
答志島は鳥羽諸島の島々の中で一番大きな島で、島には、答志、和具、桃取という3つの集落があります。
その中の一番西寄りにある桃取行の船に乗りました。
s-④桃取行

佐田浜から桃取までは15分足らずの距離です。。
s-⑤桃取沖
船は波静かな伊勢湾をゆっくりと進みます。

桃取の桟橋に着きました。
s-⑥桃取桟橋

こちらは桃取漁港です。
s-⑦桃取漁港

高台から見た桃取集落です。
s-⑨桃取集落

そして、八幡神社です。
s-⑧八幡神社
守り神として、集落ごとに鎮座しています。

s-⑩あじさい
あたりには、紫陽花が咲き誇っていました。
s-⑪キアゲハ
キハゲハが花に寄ってきます。

答志島は東西に6キロの細長い島ですが、西側の桃取と東側の和具、答志を結ぶバスがありません。
s-⑫途中の景色
タクシーもないので、仕方なく歩いていると、こんな美しい風景に出会いました。

これは、1時間以上歩いてたどり着いた和具漁港です。
s-⑬和具港

そして、和具の丘の上にある首塚です。
s-⑭首塚
これは、鳥羽城主で九鬼水軍の大将だった九鬼嘉隆が、関ヶ原の戦いで西軍に味方して敗れ、
この地で自刃した後にここに葬られたとされています。

美しい和具の海岸です。
s-⑮和具サンシャインビーチ
サンシャインビーチと呼ばれているそうです。

そして、こちらは和具から近い答志集落の全景です。
s-⑰答志集落全景
答志の岩屋山には、蟹穴古墳があります。
s-⑯蟹穴古墳

こちらは答志漁港です。
s-⑱答志漁港

集落の女性たちは、夕方になると手押し車を押して買い出しに出かけます。
s-⑲主婦たち

集落の多くの家には、墨で書かれた丸八マークがあります。
s-IMG_9227.jpg
これは八幡神社で焼いた炭でその印を書くと魔除けになるのだそうです。

答志にある旅館「定洋」の夕食です。
s-⑳定洋夕食
伊勢エビやサザエの壺焼きなど、豪華な島の料理でした。

翌日、早朝の答志漁港です。
s-㉑早朝の答志港

朝の散歩に出かけると、錆びた碇にフジツボがへばりついていました。
s-㉒碇とふじつぼ
来週は、鳥羽諸島の一番奥にある神島をご紹介しましょう。

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  1. 2019/08/18(日) 00:02:22|
  2. 東海
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土讃線・土佐久礼駅と久礼の町

今週は高知県にあるJR土讃線の土佐久礼駅と、久礼の町をご紹介しましょう。
土佐久礼駅は、高知から土讃線を西へ53.1キロ、特急列車でおよそ50分の位置にあり、鰹漁業の盛んな町です。

トンネルを抜けて窪川行の下り普通列車がやってきました。
s-①下り列車

この駅で、上りの高知行と交換です。
s-②上下線交換ホーム

これが駅舎です。
s-③駅舎
今はJRの駅員はおらず、委託の婦人が切符を販売していました。

久礼漁港は、駅から歩いて10分ほどの場所にあります。
s-④久礼漁港

こちらは久礼八幡宮です。
s-⑤久礼八幡宮
海の守り神として、古来より信仰されています。

こちらは町の中心にある大正市場。
s-⑥久礼大正市場
鰹の町の鮮魚店が並んでいます。
s-⑦大正市場看板

町の中には、こんなレトロな琺瑯引きの看板がありました。
s-⑧レトロ看板
なんだか、昭和の懐かしい気分になりますね。
s-⑨レトロ看板

土佐の地酒の看板もありました。
s-⑩レトロ看板

この町にある西岡酒造は、江戸時代中期の天明元(1781)年の創業で、高知県で最も古い酒蔵です。
s-⑫西岡酒造
代表銘柄は「純平」「久礼」など。
s-⑬西岡酒造内部

こんな古い瓦の家もありました。
s-⑪古い瓦

近くの小さな川を特急「あしずり」が渡っていきます。
s-⑭特急あしずり

続いて普通列車がやって来ました。
s-⑮普通列車
日中の普通列車は一両編成です。

呑み鉄お酒は、もちろん土佐久礼の酒「純平」。
s-⑯純平
「純平」とは、土佐久礼を舞台にした『土佐の一本釣り』というコミックや映画の主人公の名前です。

岡山行の特急南風がやって来ました。
s-⑰特急南風


さて、こちらは昭和50年の国鉄土佐久礼駅です。
s-⑱昭和50年土佐久礼駅
今は、列車が来てもひっそりとしていますが、当時はこんなに賑わっていました。

そして、昔懐かしい硬券のきっぷです。
s-⑲きっぷ
昭和は遠くなりましたが、この町には昭和の香りが、今も色濃く残っています。

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  1. 2019/08/11(日) 00:02:26|
  2. 四国
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高知・よさこい祭り

今週は、高知の真夏の祭典、よさこい祭りのようすをご紹介します。

よさこい祭りは、徳島の阿波踊りに対抗して、昭和29年から始まったお祭りで、
毎年8月9日から4日間にわたって繰り広げられています。

特急南風に乗って高知に着きました。
s-①南風

高知駅を出ると、あたりにはよさこいの衣装を着た人たちがたくさんいて、お祭りムード満点です。
s-②高知駅前

駅前の会場で踊る人々です。
s-③駅前会場

メイン会場の中央公園に行ってみました。
s-④中央公園
s-⑤舞台
猛烈な暑さの中、熱演が続いています。
s-⑥
s-⑦
子供たちも一生懸命です。
s-⑧

これは、親子で踊る幼稚園のグループでした。
s-⑨

あまりに暑いので、帯屋町のアーケードの中に移動しました。
s-⑩帯屋町アーケード
s-⑪

鳴子とは、踊り手たちが持っている拍子木のこと。
s-⑫鳴子
鳴子を鳴らしながら、よさこい節に合わせて踊ります。
曲のアレンジは自由なので、正調から、ロック調やサンバ調など、色々なバージョンのよさこい節が聞こえてきます。
s-⑱地方車
チーム毎に、地方車(じかたしゃ)という装飾を施したトラックに音響設備を乗せ、
大きな音で独自のよさこい節を流しながら市内をゆっくりと走ります。
s-⑬

若いお姉さんが頑張っていました。
s-⑭女子一人

s-⑮おじさんたち
大人も子供も楽しそうです。
s-⑯子供たち

s-⑰
法被姿の勇ましいお姉さんもいます。

s-⑲
編み笠をかぶったお姉さんたちは昔ながらの正調スタイルです。

外国人のグループもありました。
s-⑳外国人
s-㉑

s-㉒道路上
市内のあちこちの道路上でも繰り広げられています。
s-㉓

お祭りに疲れたら、ひろめ市場で休みましょう。
s-㉔ひろめ市場

土佐電鉄のよさこい電車が走っていました。
s-㉕よさこい電車

はりまや橋付近も賑わっていました。
s-㉖はりまや橋

夜になっても祭りは続きます。
s-㉗夜

暑い夏の夜、高知の町は大いに盛り上がっていました。
s-㉘夜
最近では200チーム、2万人以上が参加するそうです。

テーマ:歴史・文化にふれる旅 - ジャンル:旅行

  1. 2019/08/04(日) 00:01:42|
  2. 四国
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日南線、普通列車の旅②

今週も日南線の旅を続けましょう。

油津(あぶらつ)駅です。
s-⑱油津乗り換え
宮崎から来た日南線の列車のうちの何本かは油津止まりのため、その先に行く乗客は、この駅で乗り換えとなります。

油津から次の大堂津(おおどうつ)の間は、日南線でも最も景色の良い区間です。
s-⑲海岸絶景

列車は、七つ八重と呼ばれる美しい小さな島が並ぶ海岸を見ながら走ります。
s-⑳七ツ八重

隈谷川橋梁を行く普通列車です。
s-㉑橋梁

そして、観光特急「海幸山幸」もやって来ました。
s-㉒隈谷川橋梁海幸山幸
正に絶景です。
s-㉓

これは大堂津駅。
s-㉔大堂津駅
小さな無人駅ですが、何本かの上下線の列車がこの駅で交換します。

南郷駅に停車中の列車です。
s-㉕南郷列車
南郷から先に行く列車は1日8本しかありません。

南郷のお店で買った酒は「松露」。
s-㉖南郷呑み鉄
このあたりのお酒はみんな芋焼酎です。

日向大束駅は、昔ながらの木造駅舎が残されていました。
s-㉗日向大束

野生馬がいる都井岬への玄関口の串間駅です。
s-㉘串間駅
串間市の中心駅ですが、乗降客はわずかでした。

県境を越え、宮崎県から鹿児島県に入りました。
s-㉙大隅夏井~志布志
大隅夏井~志布志間の鉄橋を渡る列車です。
この鉄橋を渡ると、もうすぐ終点の志布志に着きます。

志布志駅に着きました。
s-㉚志布志駅停車中

志布志の地酒は「さつま若黒潮」。
s-㉛志布志黒若潮

駅舎には観光案内所がありますが、こじんまりとした無人駅です。
s-㉜志布志駅舎

かつて、志布志は鉄道の町でした。
志布志からは西都城への志布志線と、国分への大隅線が分岐し、駅構内にあった志布志機関区には蒸気機関車や多くの貨車の姿が見られたものです。

こちらは、志布志機関区跡地にある鉄道記念公園です。
s-㉞鉄道記念公園キハ52
かつて、志布志線で活躍したC58型蒸気機関車や、キハ52が静態保存してありました。
s-㉝鉄道記念公園C58
このC58112号機は、現役時代の昭和49年に同じ場所で撮影していました。
s-C58112.jpg
なんと、45年ぶりの再会です。

朝、志布志港に散歩に行くと、大きなフェリーがやって来ました。
s-㉟サンフラワー
これは、志布志と大阪南港を結ぶ「サンフラワー」です。

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  1. 2019/07/28(日) 02:08:01|
  2. 九州
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日南線、普通列車の旅①

今週は先週に引き続き宮崎県の日南線の旅。
宮崎から途中駅の油津迄をご紹介しましょう

発車した下りの気動車は、日豊本線を南下し、すぐに大淀川の鉄橋を渡りました。
s-①大淀川橋梁

南宮崎から日南線に入ります。
s-②南宮崎

青島駅に着きました。
s-③青島駅
南国ムードが漂っていますね。

青島駅から歩いて10分ほどの位置に鬼の洗濯岩で有名な青島があります。
s-④鬼の洗濯岩
鬼の洗濯岩の端に青島灯台が立っています。

こちらは青島神社です。
s-⑤青島神社
うっそうとしたフェニックスに囲まれています。

こちらは、北郷駅です。
s-⑧北郷駅

そして、内之田~飫肥(おび)間を行く黄色い列車です。
s-⑨内之田~飫肥

花いっぱいの飫肥駅に着きました。
s-⑪飫肥駅

飫肥で呑む地酒は「飫肥杉」。
s-⑩飫肥呑み鉄
飫肥では、多くの観光客が下車します。

この駅で降りた観光客は、みんな飫肥城を訪れます。
s-⑫飫肥城

飫肥城の本丸跡には、立派な飫肥杉が見られます。
s-⑬飫肥杉

そして、城下には、鯉が泳ぐ街並みが残っています。
s-⑭鯉のいる街並み
しっとりとした静かな城下町、飫肥は是非、訪れたい所です。

こちらは、日南駅。
s-⑮日南駅

そして、こちらは油津駅に着いた列車です。
s-⑯油津駅停車中

油津では、2月になると毎年広島カープがキャンプを張るため、駅舎はカープのロゴが描かれた真っ赤な駅になりました。
s-⑰カープ駅


こちらは、日南海岸の絶壁の上に建つ鵜戸神宮です。
s-⑥鵜戸神宮
ここは、日南線からは少し離れており、油津駅から青島方面へのバスに乗り換えます。

日向夏みかんを売るご婦人です。
s-⑦日向ミカンを売る人
一袋買うと、少しおまけしてくれました。

この続き、油津から終点の志布志までは、来週、ご紹介します。


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  1. 2019/07/21(日) 00:02:19|
  2. 九州
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日南線「海幸山幸」の旅

今週から3回にわたって九州南部の太平洋側を走る日南線をご紹介します。
さて、最初は宮崎から南郷までを結ぶ観光特急「海幸山幸」号をご紹介しましょう。

宮崎駅で発車を待つ「海幸山幸」です。
s-①宮崎駅発車前
この列車は、平成17年の台風被害により廃止された高千穂鉄道の車両を改造したもので、内装のほか、外装まで地元の飫肥(おび)杉を使用しています。
s-②木目調の車内
木目調の車内は、JR九州ではお馴染みの水戸岡鋭治さんのデザインによるものです。

車内には、こんな暖簾がかかっていました。
s-③のれん

車内で呑む酒は、「飫肥杉」と「南国ラガー」。
s-④呑み鉄
おつまみは、宮崎地鶏の燻製です。

やがて、車窓からはフェニックスが見えてきました。
s-⑤フェニックス
フェニックスは南国宮崎の県の木で、海岸線に多く見られます。

青島駅に停車します。
s-⑥青島駅
なんだか、南国のムードが漂っています。

青島は鬼の洗濯岩と呼ばれる波状岩で有名ですが、内海駅を過ぎると、列車の車窓からも眺めることができます。
s-⑦鬼の洗濯岩
「海幸山幸」は、この絶景ポイントでしばらく停車します。

北郷駅で、反対列車の待ち合わせのため、しばらく停車しました。
s-⑧北郷

やがて、車内では、アテンダントさんによる神話「うみさち・やまさち」の紙芝居が始まりました。
s-⑨紙芝居


そして、飫肥に到着です。
s-⑩飫肥到着
ホームでは、城下町・飫肥に江戸時代から伝わる泰平踊りの衣装を纏った地元の保存会の方の出迎えを受けます。
s-⑪泰平踊り
多くの乗客が、飫肥で下車しました。

列車を正面から見るとこんな感じです。
s-⑫正面から見ると

大堂津を過ぎると、列車は日南線随一の絶景区間を走ります。
s-⑬海の絶景
沖に浮かぶ岩は、七ツ八重と呼ばれています。

s-⑭海辺を行く
海辺を行く海幸山幸です。
s-⑮橋梁を渡る
この橋梁の上でも、列車は停車します。

やがて、終点の南郷に到着しました。
s-⑯南郷到着
この列車は、土曜休日と、繁忙期に1日往復運転されています。

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  1. 2019/07/14(日) 00:01:04|
  2. 九州
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東海道本線美濃赤坂支線・荒尾駅

今週は大垣駅から分岐する美濃赤坂支線の唯一の途中駅、荒尾駅をご紹介します。
美濃赤坂支線は、たった5キロの短い線ですが、それでもれっきとした東海道本線の一部です。

大垣を出た電車は、東海道本線の下り線と同じ線路の上を走り、
「間もなく荒尾」とのアナウンスが入った直後に右に分岐すると荒尾駅に着きます。
大垣駅から分岐点までは3・1キロ、そこから0・3キロ進んだところに駅があります。
①下り列車到着
美濃赤坂行の下り電車が荒尾駅に着きました。

東海道本線の家でも、この駅は無人駅。
s-②静かな無人駅
下車した人がいなくなると、駅には人影がなくなります。

駅前の踏切を渡ると、そこに御首神社がありました。
③御首神社
ここは、捕らえられてさらし首にされた平将門の首を祀ったと伝えられる千年の歴史がある神社です。

これがご本殿です。
s-④お社
落ち着いた佇まいのお社でした。

同じ境内にはこんな稲荷神社もありました。
⑤稲荷神社

1軒だけ,栗まんじゅうの屋台が出ていました。
⑥栗まんじゅう

そして、境内の桜は満開でした。
⑦満開の桜

やがて、上り電車の時間が近づくと、近所の人が駅に集まってきました。
⑧人がやって来た

そして、美濃赤坂で折り返した大垣行の上り電車がやって来ました。
⑨上り電車が来た

菜の花と停車中の電車、なんだかのどかでした。
⑩停車中

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  1. 2019/07/07(日) 00:03:18|
  2. 東海
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氷見線を行く「べるもんた」の旅

「べるもんた」は富山県の氷見(ひみ)線と城端(じょうはな)線を走るジョイフルトレイン。
変な名前ですが、「Belles montagnes et mer」、
つまり、フランス語で「美しい山と海」の略なのだそうです。
この列車は土曜日は城端線、日曜日には氷見線を走っています。

氷見線の「べるもんた」に乗りました。
s-①新高岡発車前
この列車は北陸新幹線からの乗客を乗せるため、城端線の新高岡を始発とします。

新高岡駅には、大きな富山の寿司のモニュメントがありました。
s-②大きな寿司

「べるもんた」には海側に向かったカウンター席があります。
s-③海側の席

新高岡を出て、3分で高岡に着きます。これは城端線のホームです。
s-④城端線ホーム
このあと、あいの風とやま鉄道(旧北陸本線)の線路を跨いで、氷見線のホームに入線し、氷見へと向かいます。

車内はこんな感じです。
s-⑤満員の車内

車内サービスの「ほろ酔いセット」を注文しました。
s-⑥有磯曙
これは氷見の地酒「有磯曙」です。

続いて、越中五箇山の地酒「三笑楽」。
s-⑦三笑楽
高岡かr氷見までたった30分で着いてしまうので、急いで呑まなければなりません。

次の停車駅で、上り普通列車と交換です。
s-⑧伏木交換
国鉄時代と同じ、たらこ色の列車がやって来ました。

越中国分を過ぎると、やがて、列車は雨晴海岸の絶景を見ながら走ります。
s-⑨越中国分~雨晴

こちらは車窓から見える女岩です。
s-⑩女岩
冬の晴れた日には、ここから真っ白な立山連峰が見えるそうですが、私はまだ、見たことがありません。

これは、駅にあった写真です。
s-IMG_2384.jpg
このようにきれいに見える日に、いつか訪れてみたいものです。

これが雨晴駅です。
s-⑫雨晴駅

ホームからも海が見えます。
s-⑪雨晴駅名票 - コピー

終着駅の氷見に着きました。
s-⑬氷見到着
今はホームが1番線しかないこじんまりとした駅です。
s-⑭氷見駅
列車がいなくなるとひっそりとしています。

氷見は漫画家の藤子不二雄A先生の出身地。
街では、先生の作品の主人公たちに柄会うことができます。
s-⑮ハットリくん
お馴染みの忍者ハットリくんと怪物くん。
s-⑯怪物くん

笑うセールスマンの喪黒福造、
s-⑰喪黒福造

そして、プロゴルファー猿。
s-⑱プロゴルファー猿

光禅寺というお寺には主人公達が勢揃いです。
s-⑲光禅寺
なぜなら、このお寺は藤子不二雄A先生の実家だからです。

次回訪れた時には、じっくりと魚を味わいたいものです。
s-⑳魚の町氷見



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  1. 2019/06/30(日) 00:03:02|
  2. 北陸
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よこすかYYのりものフェスタ

6月9日、梅雨空の下、神奈川県の横須賀市で行なわれた「よこすかYYのりものフェスタ」に行ってきました。

JR横須賀駅は多くの人で賑わっていました。
s-①横須賀駅

折り返し専用の2番線ホームには、伊豆急行の2100系「黒船電車」の姿があり、
s-②黒船電車
車内では、伊豆各地の観光PRが行なわれていました。

駅のコンコースにあった大きなプラレールです。
s-③プラレール

メイン会場は、駅前にあるヴェルニー公園です。
s-④入り口アーチ
この公園は江戸時代末期に横須賀に製鉄所を建設し、日本近代化に大きな功績のあったフランス人技術者フランソワ・レオンス・ヴェルニーにちなんで名付けられた公園です。
s-⑤ヴェルニー公園陸奥主砲
公園には、戦時中、戦艦陸奥に備えられていた主砲が展示されています。

会場内には、たくさんのブースがあり、鉄道グッズや駅弁、横須賀カレーなどを販売していました。
s-⑥JR東ブース
JR東日本や、伊豆急行、伊豆箱根鉄道が、沿線各地のPRを行なっていました。
s-⑦伊豆急伊豆箱根ブース

その中で目を引いたのは、第三セクター鉄道で唯一ブースを出していた秋田県の由利高原鉄道でした。
s-⑧由利高原ブース
遠路はるばる出展した甲斐があって、土日の2日間で用意したグッズ類は、ほとんど完売したそうです。

さて、公園に隣接する海上自衛隊横須賀地方総督部では、自衛艦の一般公開が行なわれていました。
s-⑨はたかぜ
これは全長150メートル総トン数4600トンの「はたかぜ」という現役の護衛艦です。
s-⑩はたかぜ全景
近づいてみると、かなり大きく感じます。
横須賀には、日露戦争を戦い、すでに引退した戦艦三笠が展示されており、こちらは何度か見学したことがありますが、現役の艦船に乗ったのは初めてのことでした。

主砲の54口径127mm単装速射砲です。
s-⑪主砲
この大砲が実戦で火を噴くことがないことを祈るばかりです。

こちらは、潜水艦うずしおです。
s-⑫潜水艦うずしお

自衛隊のヘリコプターも展示されていました。
s-⑬ヘリコプター

横須賀は明治以来の軍港であり、かつて海軍に所属していた亡父も、戦時中は、横須賀にいました。
s-⑭旭日旗
今は平和な世の中が続いていますが、この旭日旗を見ると、複雑な心境になってしまいます。
  1. 2019/06/23(日) 00:04:24|
  2. その他の話題
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『ああ、昭和のプロ野球パリーグ応援団』トークショー

鉄道とは無関係ですが、さる6月16日に中野にある野球居酒屋「中野塾」にてトークショーを行ないました。
①表紙
この店でトークショーをしたのは2度目のことで、前回は拙著『プロ野球と鉄道』を上梓した時に行ない、その時、好評だったので、再度、別ネタでやってほしいとリクエストが届いたわけです。

実は、私は昭和57年から9年間、当時、パリーグにあったプロ野球阪急ブレーブスの応援団員でした。。。
s-⑥

地方遠征にも足を運び、夜行列車に乗って、チームを追いかけたものです。

トークショーえはガラガラだった当時のパリーグの球場のようすや、
まだトランペットの応援がなかった時代の漫才芸のようなヤジ合戦などの当時のエピソード、
さらに私が実際に見た12球団の印象に残った試合などについて約2時間お話ししました。
s-③本番中

会場は広くないので、午後3時からと6時半からの二部制で行なましたが、
s-②本番中
幸いなことに両方とも満員になりました。
s-④1部

s-⑤2部

お越し頂いた方、ありがとうございました。
s-⑦
あのころは若かったなあとつくづく感じます。
  1. 2019/06/19(水) 16:16:57|
  2. 著作/寄稿紹介/出演/講演など
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貨物鉄道博物館

今週は、三重県いなべ市の三岐鉄道丹生川駅に隣接する貨物鉄道博物館をご紹介します。
ここは、平成15年に開館した日本で唯一の貨物列車だけの博物館で、毎月第1日曜日(1月のみ第2日曜日)のみ開館しています。
入場は無料で、すべてボランティアによって運営されています。

三岐線の電車が丹生川駅に到着しました。
①丹生川駅ホーム

丹生川駅は、昔懐かしい木造駅舎です。
②丹生川駅舎

券売機や自動改札機はなく、、切符は窓口で購入します。
IMG_3260.jpg


駅を出ると目の前にタンク差がずらりと並んでいます。
③タンク車の列

これが鉄道貨物博物館です。
④博物館

明治39年製造のB4形蒸気機関車の前照灯が灯っていました。
⑤B4形明治39
イギリス製のこの機関車は、日本鉄道から国鉄へ、そして、大正11年からは東武鉄道で活躍していたそうです。

これは、大正元年から瀬戸電気鐵道、その後の名鉄で使われていたト1形無蓋貨車です。
⑥名鉄ト1号
当初は、瀬戸の窒器を運んでいたそうです。

こちらは昭和4年から新潟県の蒲原鉄道を走って国鉄に乗り入れていたワ11形有蓋貨車です。
⑦蒲原鉄道ワフ21000形
かつては、全国の中小私鉄でも貨物列車が荷物を運び、国鉄に乗り入れていたのでした。

こちらは昭和30年製造の国鉄のシキ160形という大型の変圧器輸送用の貨車で、荷重130トンまで運ぶことのできる特大車です。
⑧シキ160

これは、昭和37年製造の国鉄のタム8000形です。
⑨タム8000
過酸化水素専用のタンク車で、関西本線南四日市駅を拠点として活躍していました。

こちらは国鉄のタム5000形です。
⑩タム5000形
塩酸専用のタンク車で昭和13年から43年にかけて368両が製造されたそうです。

こちらは昭和9年製造の有蓋緩急車で2名の車掌が乗務できました。
⑪西濃ワフ21000
これは昭和52年に国鉄から岐阜県の西濃鉄道に移籍した車両です。

博物館の建物の内部にはジオラマがあり、貨物列車が走っています。
⑫ジオラマ

館内には、カンテラなどの備品類が雑然と並んでいました。
⑬備品類

丹生川の2駅先の東藤原駅には、三岐鉄道のセメント輸送に活躍したホキ5700形が保存されていました。
⑭ホキ5700
これは昭和45年に製造されたもので、東藤原の小野田セメント(現太平洋セメント)の工場から、近畿各地にセメントを運んでいました。

そして、こちらは、三岐線の終点、西藤原駅に保存されているアメリカ製のED22形電気機関車です。
⑮ED22信濃鉄道T15
この機関車は大正15年から信濃鉄道(現在のJR大糸線)で使われ,その後、昭和31年から59年まで三岐線を走っていました。

このように、三岐線は、丹生川駅だけでなく、あちこちで古い車両たちに出会うことができるのです。

三岐線では、きょうも東藤原から関西本線の富田に向けて貨物列車が走っています。
⑯現役貨物列車

⑰スタンプラリー

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  1. 2019/06/16(日) 00:01:47|
  2. 東海
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三岐鉄道三岐線

今週は三重県の近鉄富田駅から分岐し、西藤原までの26.6キロを結ぶ三岐鉄道三岐線をご紹介します。

近鉄と共用の富田駅で発車を待つ三岐鉄道の電車です。
s-①近鉄富田
三岐線と近鉄との間に乗り換え改札はなく、近鉄の名古屋方面行の電車と同じホームから発着します。

保々駅のホームです。
s-②保々ホーム
この駅には、昔ながらの木造駅舎が残っています。
s-③保々駅舎
嬉しいことに、三岐線には昭和の佇まいの駅舎がたくさん残っています。

そして、三岐線では、昔も今も硬券乗車券が使われています。
s-㉔きっぷ
券売機や自動券売機はなく、昔ながらの鉄道駅の風景を見ることができるのです。

大安(だいあん)駅です。
s-④大安ホーム

これは、大安~三里間にある宇賀川橋梁を渡る電車です。
s-⑤大安~三里間鉄橋
河岸に桜の木がたくさんあったので、花の咲く時期にも訪れたいところです。

この普通の古い民家のような建物は丹生川(にゅうがわ)駅です。
s-丹生川駅
この駅の構内には日本で唯一の貨物鉄道博物館がありますが、こちらの様子は来週、ご紹介します。

屋外に展示されている貨車の横をラッピング電車が通過していきます。
s-⑦ラッピング電車

藤原岳をバックに貨物列車が通過していきます。
s-⑧藤原岳をバックに貨物列車

この線はJR以外で唯一、セメント輸送を行なっている私鉄です。
s-⑨丹生川~伊勢治田貨物
丹生川~伊勢治田(いせはった)間の小さな鉄橋を、2両だけ連結した貨物列車が渡ります。

丹生川駅の近くに、金剛山持光寺という小さなお寺があり、境内には梅の花が咲いていました。
s-⑩金剛山持光寺

伊勢治田駅に西藤原行の電車が到着しました。
s-⑪伊勢治田到着
この駅から比較的近い距離に三岐鉄道北勢線の終点、阿下喜駅があります。
s-⑥丹生川駅


こちらが、東藤原駅です。
 s-⑫東藤原駅名票とタンク車
貨物列車は、すべてこの駅の近くにある太平洋セメントの工場から発着します。
s-⑬東藤原駅構内
そのため、東藤原の駅構内にはいつも、貨車や電気機関車の姿を見ることができます。
 s-⑭セメント工場とタンク車

セメント工場をバックに、長大な貨物列車が発車しました。
 s-⑮工場をバックに貨物列車
ここから発車した貨物列車は、すべて近鉄富田の手前にあるとも朝明(ともあけ)信号場から、JR関西本線に乗り入れます。

こちらは終点の西藤原です。
s-⑯西藤原ホーム
この駅のホームには昔の機関車が静態保存されています。

蒸気機関車をかたどった西藤原の駅舎です。木造駅舎から平成14年に建て替えられました。
s-⑰西藤原駅舎
 この駅から藤原岳へ向かう登山客の利用も多いです。

西藤原を発車した電車が、ススキの穂を揺らしながら去って行きました。
s-⑱西藤原発車
 
こちらは駅から歩いて15分ほどの所にある鳴谷山聖宝寺(めいこくさんしょうぼうじ)です。
s-⑲鳴谷山聖宝寺
晩秋にはもみじ祭りが行なわれ、夜にライトアップも行なわれます。
 s-⑳紅葉の寺
 
こちらはお寺の境内にある鳴谷滝です。
s-㉑鳴谷滝
こ山の中にひっそりと佇む静かなお寺でした。

そして、こちらは昭和57年に訪れた伊勢治田駅に停車する電車です。
s-㉒S57伊勢治田

西藤原駅もまだ蒸気機関車型ではなく、木造駅舎が健在でした。
s-㉓S57西藤原
私は、昔ながらの木造駅舎の方が好みです。

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  1. 2019/06/09(日) 00:03:42|
  2. 東海
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鉄道喫茶みち

今週は、長野県松本市にある鉄道喫茶「みち」をご紹介します。

このお店は、JR篠ノ井線松本駅からアルピコ交通バスでおよそ10分の横田バス停のすぐ近くにあります。
①外観
店内には、昔懐かしい列車のサボや、鉄道写真などが飾られています。
②

国鉄の路線図も貼ってありました。
③

こちらが、店のご主人の島田さんです。
⑦ご主人

島田さんがこのお店を始められたのは、なんと今から50年も前とのこと。

かつては、もっと店は広く、列車の座席やサボなどの備品も、もっとたくさんあったそうです。
けれども、20年ほど前に、交通事故で店に自動車が突っ込んできて店が破壊され、多くの物を失ったそうです。
本当に残念だったことでしょうね。

④

信州を走る「あさま」と「あずさ」のL特急時代のヘッドマークです。
⑤

ご主人は筋金入りの鉄道ファンで、店内にはご自身で撮影された全国の鉄道写真が展示されています。
⑥

でも、それよりすごいのは、全国各地の数多くの展望映像、写真や音声資料を所蔵されていることです。
特に展望映像は28年間に渡って撮影し続け、その数は廃線となった線区を含めて650本以上もあるそうで、それらの展望映像は。お店で頒布しているそうです。

もし、松本に行かれることがあれば、一度、足を運んでみてはいかがでしょうか。

長野県松本市元町2-6-38
電話:0263-35-9557

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  1. 2019/06/02(日) 00:02:34|
  2. その他の話題
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夏の函館本線山線(その2)

函館本線山線シリーズの最終回は、夏の倶知安(くっちゃん)から小樽までの旅。

倶知安駅の背後には羊蹄山(ようていざん)がそびえています。
s-⑮倶知安駅と羊蹄山

倶知安駅のホームで、小樽行の列車を待つ人々です。
s-⑭倶知安ホーム夏

冬には行に包まれる銀山(ぎんざん)駅も夏は緑に囲まれていました。
s-⑯銀山
s-⑰余市

余市~蘭島間の果樹園の中を走る下り小樽行の列車です。
s-⑱余市~蘭島

トンネルを抜けると蘭島に着きます。
s-⑲蘭島付近

蘭島駅には古い堂々とした跨線橋が残っています。
s-⑳蘭島立派な跨線橋

蘭島駅も今は無人駅です。
s-㉑蘭島駅舎

蘭島駅から歩いてすぐ近くにある海岸です。
s-㉒蘭島海岸
真夏には海水浴場になるそうですが、初夏のこの日は海岸には誰もいませんでした。

塩谷を過ぎると、小樽はもうすぐ・・・
s-㉓塩谷駅名票

終点の小樽に着きました。
s-㉔小樽到着
札幌方面は電車にお乗り換えです。

この駅名票は昔からいつ来ても変わることはありません。
s-㉕小樽駅名票

そして、この風格のある駅舎も国鉄時代からずっと変わらぬ小樽の表玄関です。
s-㉖小樽駅

市内の旧手宮駅跡にある小樽市総合博物館では、たくさんの貴重な鉄道車両に出会うことができます。
s-㉗小樽総合博物館

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  1. 2019/05/26(日) 00:41:09|
  2. 北海道
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夏の函館本線山線(その1)

函館本線山線シリーズ第3回目、今週は初夏の長万部駅から旅が始まります。
先週までにご紹介した冬の旅と比べていただければと思います。
s-①長万部駅

長万部の海岸から内浦湾をはさんで見る渡島駒ヶ岳です
s-②内浦湾駒ヶ岳
函館本線は、函館からこの山の周囲を走り、海岸に沿って長万部に到達します。

一方、こちらは、低い山の向こうに見える羊蹄山(ようていざん)です。
s-③羊蹄山
山線は、この山に向かって走ります。

夏の旅の呑み鉄はサッポロクラシックでした。
s-④サッポロクラシック

発車を待つ倶知安行の列車です。
s-⑤倶知安行2
冬と夏とでは随分印象が違います。

長万部を発車すると、次に停車するのが二股駅です。
s-⑥二股駅
列車が来ても人影はありませんでした。

熱郛(ねっぷ)駅で反対列車に出会いました。
s-⑦熱郛夏

目名を過ぎると、目の前に羊蹄山が見えてきました。
s-⑧目名~蘭越
北海道の夏は、なんとすがすがしいのでしょう。

冬に雪に埋もれる駅名票も緑に囲まれています。
s-⑨蘭越夏

昆布~ニセコ間の車窓風景です。
s-⑩昆布~ニセコ

列車は倶知安に着きました。
s-⑪倶知安到着

倶知安駅も冬とはまったく別の顔を見せてくれます。
s-⑫倶知安駅

駅の近くから見る羊蹄山の雄姿です。
s-⑬羊蹄山
なんと雄大な眺めでしょう。

この続きの旅は来週、ご案内します。

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  1. 2019/05/19(日) 00:02:25|
  2. 北海道
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冬の函館本線山線(その2)

今週は先週に引き続き、北海道の函館本線山線の冬の旅を続けます。

倶知安駅です。
s-⑮倶知安駅
この駅でも多くの外国人が下車しました。

寒いホームで乗客たちが列車を待っています。
s-⑯ホームで待つ人々

やがて、倶知安で折り返して小樽行になる列車がやって来ました。
s-⑰折り返し列車到着

余市駅で、途中下車をしました。
s-⑱余市到着
この町はNHKの朝ドラの舞台になったため、一躍有名になりました。

余市はウイスキーやワインで有名ですが、「ソーラン節」の発祥の地がこの町だとは知りませんでした。
s-⑲余市階段

余市はここまでの駅で一番大きな駅でした。
s-㉑余市駅


小樽行の列車が発車していきます。
s-⑳小樽行発車

駅のすぐ近くにニッカウヰスキーの工場があります。
s-㉒ニッカ工場1
雪に包まれた古風な工場は、なかなか趣があります。
s-㉓ニッカ工場2
ここが朝ドラの舞台になり、この町を訪れる観光客が大幅に増えました。

s-㉔余市ワイン
余市のワインを片手に夕方の小樽行に乗り込みます。
s-㉕夕方の小樽行

すっかり日が暮れた小樽駅に到着。
s-㉖小樽到着

国鉄時代からの駅名票が、旅情を誘います。
s-㉗小樽駅名票

そして、小樽といえば寿司ですね。
s-㉘寿司
寒い夜、熱燗で暖まりました。

来週からは、夏に訪れた山線のようすをご紹介します。

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  1. 2019/05/12(日) 00:01:03|
  2. 北海道
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冬の函館本線山線(その1)

今週から4回に分けて北海道の函館本線のうち山線と呼ばれる長万部~小樽間の冬と夏をご紹介します。

この区間、れっきとした函館本線の一部です。
昭和の時代には函館と札幌を結ぶ特急「北海」や、急行「ニセコ」が行き交う幹線鉄道でした。
けれども、勾配が多く、冬は雪深いため、勾配や雪の少ない室蘭本線、千歳線経由に幹線の座を奪われ、
今では、優等列車は一本もなく、最も閑散区間の長万部~蘭越間を走る列車は1日上下合わせて9本の普通列車だけとなってしまいました。

まず、第1回目は、吹雪の日に長万部(おしゃまんべ)から倶知安(くっちゃん)行の列車に乗りました。
s-①長万部駅

長万部といえば、駅弁のかにめしが有名です。
s-②かなや
ここは製造元の「かなや」です。
かつては駅のホームで立ち売り販売をしていたものですが、今は駅の外の店まで買いに行かねばなりません。

ホームには函館本線下り倶知安行普通列車が発車を待っています。
s-③倶知安行
本線とは名ばかりで、この駅から発車する列車は1日たった4本しかありません。

函館で買った「臥牛山」を片手に出発です。
s-④呑み鉄

そして、もちろん「かにめし」も忘れずに買いました。
s-⑤かにめし

長万部を定時に発車したものの、2駅目の黒松内(くろまつない)で、反対列車の遅れのため、40分も停車しました。
s-⑥黒松内ホーム
冬の北海道ではよくあることです。

黒松内駅です。
s-⑦黒松内駅
かつては急行停車駅でしたが、今では寂しい無人駅になってしまいました。

駅舎には巨大な氷柱がぶら下がっています。
s-⑧氷柱

黒松内は、ブナの木の生える北限の地なのだそうです。
s-⑨北限のブナ

途中駅の駅名票はどこも雪まみれです。
s-⑩熱郛
s-⑪蘭越

こちらは比羅夫(ひらふ)駅です。
s-⑫比羅夫
かつて駅員さんが勤務していた駅舎が民宿になっています。

ニセコ駅です。
s-⑬ニセコ
近年、ニセコを訪れる外国人が急増しています。

列車は終着駅の倶知安に着きました。
s-⑭倶知安到着
小樽方面へはここで乗り換えです。この続きは来週、ご紹介します。

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  1. 2019/05/05(日) 00:02:47|
  2. 北海道
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真冬の石勝線占冠駅

今週は、北海道中央部にある石勝線の占冠(しむかっぷ)駅をご紹介します。

この駅は、昭和56年に札幌と道東を結ぶバイパスとして、新夕張~新得間が開通した際、石勝高原(現トマム)とともに開業しました。

ここは開業以来、普通列車が1本も通らず、停車するのは特急列車だけという全国のJR在来線で唯一の珍しい区間です。
というのも、深い山の中にあるため、隣の駅まではそれぞれ、20キロ以上離れており、開通当初から通勤通学客の利用が見込まれなかったからなのです。

s-IMG_1160.jpg
帯広行の特急「スーパーとかち」が占冠に到着します。
s-IMG_1164.jpg
降りた人は2~3人だったでしょうか。
s-IMG_1163.jpg
この駅で、特急同士がすれ違いました。

駅名票に雪が積もっています。
s-IMG_1175.jpg
このあたりは北海道でも有数の豪雪地帯です。

これが占冠駅。昔は駅員がいましたが、今では委託駅で、地元のご婦人が切符を売っています。
s-IMG_1168.jpg
占冠村の中心駅ですが、あたりはひっそりとしています。

寒い朝でした。
s-IMG_1167.jpg

駅前の占冠村物産館の前に停車しているバンは、日高町行の町営バスです。
s-IMG_1170.jpg
日高町には、かつて日高本線の鵡川から国鉄富内線が通っていましたが、昭和61年に廃止されました。

物産館の中には郷土資料館があります。
s-IMG_1180.jpg
明治の開拓時代、こんな厳寒の山の中に村を築いた人たちの苦労は、いかばかりだったのでしょうか。
s-IMG_1181.jpg

スノーシェルターを抜けて札幌行の特急がやって来ました。
s-IMG_1189.jpg

そして、こちらは釧路行の「スーパーおおぞら」。
s-IMG_1197.jpg
この駅に停車する列車は、1日に上下6本ずつの特急列車しかありません。

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  1. 2019/04/28(日) 00:01:35|
  2. 北海道
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冬の花咲線

先日、北海道浜中町出身の漫画家で、『ルパン3世』の作者として知られるモンキーパンチさんがお亡くなりにました。
その追悼の意を込めて氏の故郷を走るJR根室本線・釧路~根室間(愛称:花咲線)の冬の風景をご紹介します。

根室からやって来た「ルパン3世号」が釧路にやって来ました。
s-①ルパン三世号

こちらは釧路駅で発車を待つ根室本線の根室行の列車です。
s-②釧路駅発車前
根室本線の釧路~根室間は花咲線という愛称で呼ばれています。

釧路川橋梁を渡る根室行の列車です。
s-③釧路川橋梁
かつては急行列車や貨物列車も走っていましたが、今はたった一両の列車が走っているだけになってしまいました。

上尾幌駅です。
s-⑤上尾幌駅
この駅には昔ながらの木造駅舎が残っていますが、今は無人駅・・・

そして、こちらは尾幌駅。
s-⑥尾幌駅
使われなくなった貨物列車の車掌車が駅舎代わりに置いてありました。

s-⑦厚岸湾
厚岸(あっけし)湾を右手に眺めると厚岸駅に着きます。
s-⑧厚岸駅 - コピー

厚岸駅弁のかきめしです。
かきめし
全国の駅弁大会の常連として有名な美味しいお弁当です。

列車は厚岸湖に沿って走ります。
s-⑨厚岸湖

茶内(ちゃない)駅です。
s-⑩茶内駅
駅前にルパン3世が立っていました。

茶内で反対列車と交換します。
s-⑪茶内交換
釧路から根室まで135.4キロ、2時間半もかかるのに途中ですれ違う列車はこの1本だけ。
厚岸から先、根室まで行く列車は1日6本しかありません。

浜中付近を行く列車です。
s-⑫浜中付近

モンキーパンチさんの故郷の駅のホームでは、ルパン3世が出迎えてくれました。
s-⑬浜中駅名票

これが浜中駅です。
s-⑭浜中駅
かつては急行列車も停車する主要駅でしたが、降りたのは私一人だけ。あたりはひっそりとしています。

ルパン3世の仲間たちの「ようこそ浜中町へ」との看板がありました。
s-⑮浜中町へようこそ
モンキーパンチさんのご冥福を心からお祈り致します。

こちらは、荒野にひっそりと建つ初田牛(はつたうし)駅です。
s-⑯初田牛
この駅は利用者が誰もいなくなり、今年3月末で廃止されてしまいました。

車窓からは、時折、エゾシカの姿が見られます。
s-⑰エゾシカ

別当賀(べっとが)~落石間の風景です。
s-⑱大パノラマ
目を見張るような大パノラマが広がります。

落石駅にやって来た列車です。
s-⑲落石付近

そして、これが落石駅。
s-⑳落石駅舎
もちろん無人駅ですが、駅舎の中には町の広報誌と使い捨てカイロが置いてあり、「カイロをお使い下さい」との文字がありました。
s-㉑カイロをお使い下さい

日本最東端の根室の地酒「北の勝」です
s-㉒呑み鉄

これは、日本最東端の駅、東根室。
s-㉓東根室駅

東根室から、列車は根室の市街地をやや西にカーブして終着駅の根室に着きます。
s-㉔根室到着

根室駅のホームです。
s-㉕根室駅ホーム
線路とホームは一本だけしかありません。
s-㉖根室駅舎
翌朝、根室はしんしんと雪が降っていました。

こちらは日本最東端の納沙布岬です。
s-㉗納沙布岬

北方領土の国後(くなしり)島が目の前に見えます。
s-㉘国後島
日本古来の島々・・・国後島、択捉島、色丹島、歯舞諸島が戻ってくる日は訪れるのでしょうか。

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  1. 2019/04/21(日) 00:00:11|
  2. 北海道
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近鉄時代の北勢線

今週は、平成15年に近鉄から三岐鉄道に移管された北勢線の、近鉄時代のようすをご紹介します。

これは、昭和58年の北勢線の電車です。
⑳S56
先週ご紹介したように、北勢線は線路の幅が762ミリの軽便鉄道です。

北大社(きたおおやしろ)の車庫に小さな電車が並んでいます。
s-IMG_20190116_0001.jpg
近鉄の他の路線の普通電車と同じ、エンジ色の塗装でした。

こちらは、当時の終点、阿下喜(あげき)駅です。
s-IMG_20190116_0004.jpg

s-IMG_20190116_0018_2019032311283396c.jpg切符は当時も今も券売機発行です。

さて、こちらは平成14年の西桑名駅です。
s-H14西桑名

s-IMG_20190116_0017_2019032311434526c.jpg

こちらは当時、小さな木造駅舎だった西別所駅です。
s-IMG_20190116_0015.jpg

西別所付近を走る電車です。
s-H14西別所

こちらは北大社駅です。
s-IMG_20190116_0013.jpg
ここには、車庫がありますが、駅は三岐鉄道に移管された後、廃止されてしまいました。
s-IMG_20190116_0014.jpg

北大社付近の田園地帯を走ります。
s-IMG_20190323_0001.jpg
北大社は車庫があり、この駅止まりの電車もある中枢駅でしたが、周囲に民家が少なかったので、駅としては廃止されたのでしょう。
北勢線は、ほかにもいくつかの利用者の少ない駅が廃止され、その代わり、それまで駅のなかった民家の多い場所に駅を新設するなどの改善が行なわれたのです。

こちらは、終点の阿下喜駅のようすです。
s-IMG_20190116_0007.jpg

この翌年、北勢線は三岐鉄道に移管され、今も通勤通学の足として活躍しています。

廃線にならなくてほんとうによかった・・・

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  1. 2019/04/14(日) 00:04:02|
  2. 東海
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三岐鉄道北勢線と軽便鉄道博物館

今週は三重県の西桑名と阿下喜(あげき)を結ぶ三岐鉄道北勢線をご紹介します。
北勢線は大正3年に北勢鉄道として開業から105年の歴史を刻んでいます。
その後、三重交通などを経て昭和45年に近鉄、さらに平成15年に三岐鉄道の路線となりました。

これが、始発駅の西桑名です。
①西桑名駅
JR関西本線と近鉄名古屋線、養老鉄道の桑名駅と隣接しています。
②改札口

北勢線は、全国で3カ所しかない、線路の幅が762ミリしかない軽便鉄道です。
③車内
そのため、車内は非常に狭く、ロングシートの車両では向かい側に座っている人と膝が触れそうになるほどです。
④車内ロングシート

七和(ななわ)駅に着きました。
⑤七和駅ホーム

七和~穴太(あのう)間を小さな電車が走ります。
⑥七和~穴太

こちらは東員(とういん)駅です。
⑦東員
線内では比較的、大きな有人駅で、列車交換が行なわれます。

こちらは楚原(そはら)駅です。
⑧楚原交換
この駅から先は、列車本数が少なくなります。
⑨楚原駅舎
小さな駅ですが、有人駅でした。

楚原で降りて、町を歩いてみると、こんな昔懐かしい看板のあるお店がありました。
⑩古い看板

楚原の先にはねじり橋という変わった石の橋があり、その上を電車が走ります。
⑪ねじり橋

そして、こちらが明智川に架かるめがね橋です。
⑫めがね橋を渡る
どちらも土木遺産に選ばれています。

この八幡神社のすぐ脇を電車が通ります。
⑬八幡神社

麻生田~阿下喜間を行く電車です。
⑭阿下喜の手前

そして、こちらが終点の阿下喜駅です。
⑮阿下喜駅

駅構内には軽便鉄道博物館があり、80年前の古い電車のまわりを無料で乗れるミニ電車が走っています。
⑯ミニ電車
この博物館の開館は原則として毎月第1第3日曜日の2回。
⑰博物館内
1月だけは第2第3日曜日に開館します。

また、阿下喜駅のすぐ近くには、日帰り温泉の阿下喜温泉あじさいの湯があり、旅の疲れを癒やすことができます。
⑱あじさいの湯


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  1. 2019/04/06(土) 00:02:20|
  2. 東海
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『土木技術(2019年4月号)』に寄稿しました。

この度、土木技術社から3月31日に発行された土木業界の業界誌『土木技術』(2019年4月号)に、「プロ野球と鉄道の密接な関係」と称する記事を5ページにわたって投稿しました。
s-IMG_20190328_0004.jpg
これは、昨年2月に上梓した拙著『プロ野球と鉄道』を5ページに要約したものです。
s-IMG_20190328_0001.jpg
なぜ、土木雑誌から依頼が来たのか疑問でしたが、この号の特集が「野球と土木」だったのです。
s-IMG_20190328_0006.jpg
そういえば、鉄道も土木技術なしでは成り立ちませんね。
  1. 2019/03/31(日) 00:02:30|
  2. 著作/寄稿紹介/出演/講演など
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桑名の3種類の線路幅の踏切

今週は、三重県の桑名にある、日本で唯一、3種類の線路幅を同時に体験できる珍しい踏切をご紹介します。
近鉄名古屋線とJR関西本線の桑名駅と、三岐鉄道北勢線の西桑名駅から南へ約200メートルの地点にその踏切はあります。
3つの路線が並行するこの区間、なんと、それぞれの路線の線路幅が異なるのです。

これが、その踏切です。
①踏切
一見、何の変哲もない歩行者用の踏切に見えます。

その踏切をJRの普通電車が通過していきます。
②JR通過

今度は、その向こうを近鉄電車が通ります。
③おばちゃん自転車
電車が通過しているのに、地元の人がのんびりと自転車を押して踏切を渡っていますが、JRと近鉄とそれぞれに遮断機があり、その間に安全地帯があるのです。
でも、北勢線とJRの踏切は遮断機が共用でなので、両線の間に安全地帯はありません。

これが、軌間762ミリの三岐鉄道北勢線の線路です。
④762ミリ
これはナローゲージと呼ばれ、かつては全国の多くの軽便鉄道で使われていましたが、現在では、この北勢線と同じ三重県の四日市あすなろう鉄道、そして、富山県の黒部峡谷鉄道の3カ所しかありません。

これは、狭軌と呼ばれる軌間1067ミリのJR関西本線の線路。
⑤1067ミリ
JR在来線のほか、南海、名鉄、東急、東武、西武、近鉄の南大阪線系統などで使われています。

そして、これが軌間1435ミリの近鉄名古屋線の線路です。
s-⑥1435ミリ‏
これは、国際的には標準軌といわれ、JRの新幹線のほか、阪急、阪神、京阪、京急、京成、西鉄(大牟田線系統)などで使われています。

このように3種類の線路が同じ場所で並行する区間は全国で桑名しかありません。

踏切近くを、北勢線の西桑名行の電車がやって来ました。
s-⑦北勢線

こちらは、JRの特急ワイドビュー南紀です。
s-⑧南紀

そして、こちらは、近鉄特急アーバンライナーです。
s-⑨近鉄特急

これは、三岐鉄道北勢線のパンフレットから引用しました。
s-⑩パンフ
ちなみに、北勢線の踏切は「西桑名第2号踏切」、JRは「桑名駅構内踏切」、近鉄は「益生第4号踏切」と、それぞれに名前がついています。




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  1. 2019/03/24(日) 00:02:52|
  2. 東海
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さようなら夕張線

3月31日をもって石勝線夕張支線が廃止されることとなりました。
明治25年、追分~夕張間が開通して以来、125年の歴史を刻んできた夕張線は、
かつて、夕張炭鉱で産出された石炭輸送を担い、日本のエネルギー産業を支える重要な路線でした。
⑱昔の夕張線・紅葉山付近S49
07-④昔・夕張駅ホームS49


けれども、時代の流れと共にこの地域の炭鉱がすべて廃坑になり、貨物列車はすべて廃止されました。

一方、夕張線は昭和56年に札幌圏と道東を結ぶバイパス路線として、夕張線の紅葉山を新夕張と改称し、新得までが開通して線名も石勝線と変更と同時に、新夕張~夕張間は夕張支線となりました。

今回、廃止される夕張支線は、その後も地域の貴重な足として旅客輸送を続けてきましたが、沿線の過疎化により、利用者が激減。ついに、終焉の日を迎えることとなったのでした。

かつて、追分駅は室蘭本線と夕張線が分岐する鉄道の要衝で、夕張で産出された石炭が室蘭港を経て全国各地へと運ばれていました。そして、昭和51年に全国の国鉄線から現役の蒸気機関車が姿を消した最後の場所が、この追分だったのです。
IMG_1512.jpg
追分駅前には、往時を偲ぶ蒸気機関車の動輪がモニュメントとして残されています。(夏の写真)

でも、今は、札幌と帯広、釧路を結ぶ特急列車の一部が停車するものの、駅は閑散としています。
IMG_1095.jpg

この発車案内が表示されるのもあとわずか・・・
IMG_1098.jpg

そして、これが、追分駅で発車を待つ夕張行の列車です。
IMG_1100.jpg

廃止まであと2ヶ月と迫った冬の朝、追分を発車した夕張行列車の車窓からは雪原の先に朝日が輝いていました。
IMG_1108.jpg

新夕張駅に着きました。
IMG_1118.jpg

この駅は、石勝線が全通する昭和56年秋までは紅葉山という駅名でした。
⑤紅葉山

石勝線開通後の新夕張駅は比較的、大きな駅でしたが、現在の駅の周囲は閑散としています。
IMG_1115.jpg

ここから先、釧路方面の石勝線の本線と分岐し、いよいよ今回、廃止される区間に入ります。

最初の駅、沼ノ沢です。
IMG_1119_201903132119386df.jpg
国鉄時代からの駅舎が残るこの駅には、大きな氷柱がぶら下がっていました。

そして、南清水沢。
⑩南清水沢
駅名票が雪に埋もれていました。

清水沢駅はかつて、南大夕張鉄道が分岐し、多くの貨車や客車が留置されている主要駅でした。
そのため、今も駅構内に昔の広いヤードの痕跡をみることができます。
そして、平成27年まで委託駅員も勤務して乗車券を販売していました。
⑫清水沢
でも、今はひっそりと雪に埋もれているだけでした。

左手の車窓に夕鉄バスの本社が見えます。
IMG_1130.jpg
鉄道の廃止後は、この会社のバスがその代行をするのでしょう。

鹿ノ谷駅です。
IMG_1132.jpg
この駅にも国鉄時代からの比較的大きな駅舎が残っています。

終点の夕張駅に着きました。
IMG_1142.jpg
⑯駅名票

この駅は、これまで2度、場所を移転しています。
かつてはこの先の炭鉱の中心にあり、その後も町の中心部に移転。そして最後はホテルマウントレースイという大きなリゾートホテルの前に移転して、教会風の駅舎に変わりました。
⑰駅舎

けれでも、私のまぶたに浮かぶのは、初めて訪れた、まだ賑やかだった頃の夕張駅の情景です。
07-③昔・夕張駅S49
長大編成の石炭列車が行き交っていたころの夕張線の風景を忘れることはありません。
07-①昔・紅葉山~沼ノ沢S493

さようなら、夕張線・・・・・・





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  1. 2019/03/17(日) 00:02:53|
  2. 北海道
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名古屋・レトロでんしゃ館

今週は、名古屋市郊外の日進市にある「レトロでんしゃ館」をご紹介します。
①全景
レトロでんしゃ館は、名古屋市交通局の日進工場の敷地内にあります。

入り口には巨大なシールドマシンモニュメントがありました。
②シールドマシンモニュメント
これは、実際に地下鉄名城線の建設工事に使われた時の物です。

館内に入ると、まず、黄色い地下鉄の電車が目に入ります。
③100型S32開業時車両
これは、昭和32年に東京、大阪に次いで日本で3番目の地下鉄として、東山線の名古屋~栄町間24キロが開業した時の100型車両で、その色から「きいでん」と呼ばれていました。

こちらはその内部です。
④100型車内
開業時から昭和60年まで運転されていました。

一方、名古屋市電の歴史は古く、明治31年に京都に続いて日本で二番目の路面電車として名古屋鉄道によって開通しました。
(以下3枚の写真は、館内に展示されていたものです)
⑨明治時代名古屋駅前
その後、大正11年に名古屋市電気局に継承され、市電となったのです。

⑩大正時代納屋橋
こちらは、大正時代の納屋橋お風景です。この橋は今もそのままの姿で今も健在です。

そしてこちらは、昭和35年、混雑する全盛時のようすです。
⑪昭和35年全盛期
この当時の市電の路線網は104キロに達していました。

こちらは1400型市電です。
⑤1400型市電
昭和11年から17年にかけて製造されました。

こちらは2000型です。
⑥2000型市電
走行音が非常に静かな電車だったそうです。

そして、これは連接型の3000型です。
⑦3000型連接市電
戦時中の昭和19年に製造されましたが、戦後、ワンマン化に対応できないため、昭和45年に廃車おなりました。

これは3000型の車内です。
⑧3000型内部

そして、これは行先表示幕です。
⑫行先幕
なんともアナログなのがいいですね。

そんな名古屋市電も昭和49年3月末に廃止されました。
当時、名古屋に縁のなかった私は一度も乗ったことがなかったのが残念です。

また、名古屋市内の東山公園には昭和39年から51年懸垂式モノレールが走っていたそうです。
⑬東山公園モノレール
動物園から植物園まで、全長わずか471メートルしかありませんでしたが、湘南モノレールなどの懸垂式モノレールの先駆けとなるものでした。

このレトロでんしゃ館は、地下鉄鶴舞線と名鉄豊田線が接続する赤池駅から歩いて7分の場所にあります。
⑭赤池駅

地下鉄鶴舞線と名鉄豊田線は相互乗り入れを行なっています。
⑮赤池駅ホーム

それと、名古屋市内の白川公園にある名古屋市科学館の前にも、1400型市電が保存されていました。
⑯1400型白川公園科学館前

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  1. 2019/03/10(日) 00:04:31|
  2. 東海
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富山の鉄道喫茶「ブルートレイン」

今週は富山市内にある鉄道喫茶「ブルートレイン」をご紹介しましょう。
①店外観
「旅を夢見てコーヒーを楽しみましょう」というのがお店のコンセプト。

昭和55年に開店した老舗です。
②オーナー
随所にオーナーのこだわりを感じることができます。

「コーヒーを褒められることが一番うれしい」とオーナーはおっしゃいます。
③コーヒー
手間をかけたこだわりのコーヒーは、深い味わいの一品です。

店内はヨーロッパの豪華列車のようなシックな造り。
④店内
照明や座席のモケットにも高級感が漂っています。
⑤席

店内をHOゲージの列車が走っています。
⑥走る模型
その日に走る列車の発車順番表が掲示されていました。
⑦発車順番表

店内に飾られた車両は、国鉄やJRだけでなく、富山地方鉄道などの私鉄のものもありました。
⑧車両群

さらに、今は廃止された全国各地の路面電車も並んでいます。
⑨路面電車

こんな楽しいお店は、富山地方鉄道市内線の、安野屋電停から歩いてすぐの場所にあります。
⑩安野屋電停



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  1. 2019/03/03(日) 00:02:55|
  2. 北陸
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国府宮はだか祭り

今週は、毎年2月(旧暦1月13日)に行なわれる、愛知県稲沢市にある尾張大國霊神社(国府宮)のはだか祭をご紹介します。
この祭りは厄除けを願った男たちが寒空の下、ふんどし一丁でもみ合う奇祭で、1200年前から続く伝統行事です。

神社の最寄り駅、名鉄本線の国府宮(こうのみや)駅に到着しました。
①到着
この駅は、特急も停車する主要駅です。
②駅舎

岐阜行の電車が発車していきました。
③岐阜行

駅には臨時改札口も設けられ、駅から神社への道は多くの屋台が並んでいます。
④参道

まだ、祭りの開始には2時間もあるというのに、本殿には多くの人が訪れていました。
⑤本殿

本殿に奉納された大鏡餅です。
⑥大鏡餅37年ぶり
これは、毎年、尾張の各地域が持ち回りで担当し、今年は名古屋市守山区が37年ぶりに奉納した物だそうです。

その他の地域からも、鏡餅がたくさん奉納されていました。
⑦その他の大鏡餅

やがて、各地域から願いを書いた布を笹に結びつけた「儺追笹(なおいざさ)」が、わっしょい、わっしょいのかけ声とともに、はだか男たちの手によって次々と本殿に運び込まれます。
⑧儺追笹

七夕飾りのような儺追笹もありました。
⑨七夕飾りのような儺追笹

神官たちが、奉納された儺追笹を並べていきます。
⑩儺追笹

色々な、はだか男がいました。今回は全部で9000人が参加したそうです。
⑪子供たち
子供たちです。

そして、外国人もいました。
⑫外人さん
そして、ここにも・・・
⑬外人2
希望者は、男性であれば地元民でなくても誰でも参加できるそうです。

愛知県の大村知事の姿もありました。
⑭愛知県知事大村秀章氏

背中にスヌーピーを描いている人や、
⑮背中スヌーピー

歌舞伎顔の人もいました。
⑯歌舞伎顔


⑰若者2
若者たちは張り切っています。
⑱若者

おじさんたちも・・・
⑲

赤ふんどしのおじさんたちが寒そうに震えています。
⑳寒そうな赤ふんどし集団
還暦を迎えた人たちでしょうか。

夕方になって、こーとの襟を立てたくなるような寒さになってきました。
s-㉑わっしょいわっしょい
でも、はだか男たちは、ずっとふんどし一丁、お互いに固まってわっしょい、わっしょいと叫んでいます。

やがて、水掛男(?)たちが、木桶を持って飛び出しました。
s-㉒水掛男出動
次ぐ次と冷たい水を汲んでは、飛び出していきます。
s-㉓水掛男出動

そして、はだか男の群れに向かって「それっ」とばかりに、ザブーン!
s-㉔それっ
それ、もう一丁!
s-㉕ザブン!

うわ~~と、大変な騒ぎです。
s-㉖うわ~
s-㉗わお~
もう、何が何だかわからないほど、もみくちゃになっています。
s-㉘もみくちゃ

祭りは最高潮に達し、世の厄災を一身に柄負うとされる、「神男(しんおとこ)」と呼ばれるこの祭りの主役のはだか男が、もみくちゃにされながら儺追殿に引き上げられて祭りは終わります。

終わった直後、はだか男たちは泥んこでした。
s-㉙終わった!
おお~寒い!
s-㉚おお寒!

祭りが終わった後の山門のまわりの地面もずぶぬれになっていました。
s-㉛大門

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  1. 2019/02/24(日) 00:01:22|
  2. 東海
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京阪京津線の今

先週に引き続き、京阪京津線。今週は、現在の様子をご紹介します。

御陵から地上に上がった電車は、最初に京阪山科に停車します。
①山科駅ホーム
この駅ではJR東海道線と醍醐方面の地下鉄東西線に接続します。

四宮には車庫があります。
②四宮車庫
この先、すぐに京都府から滋賀県に入ります。

大谷で上下線の電車が出会いました。
③1大谷駅上下電車
このあたりは逢坂山の峠に近い山の中です。
③2大谷駅名標

逢坂山の関所跡の石碑が建っています。
④逢坂山関所跡

逢坂山を詠んだ蝉丸の歌碑がありました。
⑤蝉丸の歌碑
蝉丸は百人一首に名を連ねる平安時代の歌人です。

これは、旧東海道本線の逢坂山隧道の廃線跡です。
⑦逢坂山トンネル
左側の小さいトンネルは明治13年に単線で開業し、右側は複線化された明治31年の完成です。
このトンネルは日本人だけの技術で完成させた初めての鉄道トンネルです。

これは最初のトンネルの内部です。
⑧トンネル内部
大正11年に新トンネルが完成するまで、黎明期の汽車がこのトンネルを走り続けました。

逢坂山を越える京津線の電車は、今も急な坂を登ります。
⑥急な坂

61パーミルの急坂を、下り電車が登ってきました。
⑨61‰

やがて、大通りを渡る踏切を通過します。
⑩踏切を渡る

関蝉丸神社の鳥居の横を電車が通ります。
⑪鳥居前

これが関蝉丸神社の本殿です。
⑫関蝉丸神社
昨年秋の台風被害で、まだ、ブルーシートがかけられていました。

大正10年に完成した煉瓦造りの東海道本線の上を電車が走ります。
⑬国鉄トンネルの上を行く

そして、下をJRの貨物列車が通過していきました。
⑭貨物列車

こちらは上栄町駅に着いたびわこ湖浜大津行の電車です。
⑮上栄町駅

上栄町を出ると、併用軌道の上を走ります。
⑯路上を行く運転台

地下鉄に乗り入れる大きな電車が路上を走る姿は、堂々としています。
⑰路面を走る

大きくカーブして終点のびわこ湖浜大津に着きました。
⑱浜大津手前
この駅は石山寺や比叡山への石山坂本線への接続駅です。

琵琶湖観光船のりばの、大津港も駅の目の前にあります。
s-IMG_0688.jpg





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  1. 2019/02/17(日) 00:01:39|
  2. 近畿
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『旅の手帖 3月号』に寄稿しました。

この度、交通新聞社から2月9日に発売された『旅の手帖3月号』に、「ここがおもしろい!終着駅10選」と題する記事を2ページ掲載しました。
本稿では、境港、矢島、新十津川、錦町など、全国10ヶ所の終着駅を厳選してご紹介しています。
無題

  1. 2019/02/12(火) 12:34:29|
  2. 著作/寄稿紹介/出演/講演など
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京阪京津線の昔

今週は京都の三条と浜大津を結んでいた京阪電車京津線の昔のようすをご紹介します。
京津線は、元々、京阪本線と接続する三条から浜大津間11.1キロを結んでいました。
しかし、平成9年に、京都市営地下鉄東西線の開通により、地下鉄と並行する三条~御陵(みささぎ)間を廃止し、同区間は地下鉄に乗り入れるようになったのです。

こちらは、平成9年、廃止される前の三条駅から発車する京津線の電車です。
⑲京津三条H9
当時、本線の駅は京阪三条(または三条京阪)、京津線は京津三条と呼ばれていました。

京津三条~東山三条間の併用軌道を行く電車です。
⑳東山三条
京津線は、三条~蹴上間、日ノ岡~御陵間、上栄町~浜大津間が、自動車と併用の路面を走っていました。

九条山駅付近です。
s-㉒九条山俯瞰
このあたりは専用軌道で、東山の峠越え区間のため、かなりの急勾配でした。
s-㉕九条山S60

九条山も日ノ岡も地下鉄線内には移設されず、駅が廃止されてしまいました。
s-㉑九条山駅名標

地下化される前の御陵駅です。
s-㉓御陵H9
今は地下鉄の駅になり、西に300メートルほど移設されました。


さて、時代はさらにさかのぼり、昭和60年の蹴上付近です。
s-㉔S60蹴上
三条通りのこの付近の様子は今とあまり変わっていませんが、電車だけが地下に潜りました。地下鉄になっても蹴上駅が設置されています。

こちらは日ノ岡~御陵間です。
s-㉖日ノ岡~御陵

そして、御陵~京阪山科間です。
s-㉗御陵~山科
このあたりは専用軌道で、国鉄東海道本線と並行しています。

京津線の終点の浜大津です。今では駅名が「びわ湖浜大津」に変更されています。
s-㉘浜大津S60
当時は、三条から石山坂本線に直通する列車もありました。

現在の京津線のようすは、来週、ご紹介します。

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  1. 2019/02/10(日) 00:01:19|
  2. 近畿
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東海道本線・函南駅

今週は、東海道本線の山間にある函南(かんなみ)駅をご紹介しましょう。

冬の夕方に函南で途中下車をしました。
①下り列車ホーム
西日を浴びながら、313系の下り普通列車が入線してきました。

函南は新幹線の駅がある熱海と三島の中間にある駅です。
②駅名標

伊豆箱根鉄道の修善寺発、東京行の特急「踊り子」がやって来ました。
③185系踊り子
国鉄時代から走り続けているこの185系電車は、あと1年ほどで引退する見込みです。

駅舎は、国鉄の駅の佇まいが残っていますね。
④駅舎
これは国鉄時代の入場券です。
⑨入場券

駅を出ると、正面に「原生林といで湯の里」と書かれた歓迎の石碑が建っていました。
⑤原生林といで湯の里
駅から畑毛温泉へのバスが運行されています。

国鉄時代からの211系の浜松行です。
⑥浜松行

熱海方面からは丹那トンネルを抜けた普通電車がやって来ました。
⑦西日を浴びる普通
静岡エリアのJR東海の普通電車は大半がロングシートなので、長距離を旅するには向いていません。

新丹那トンネルを抜けて新幹線が猛烈なスピードで次々と走り抜けます。
⑧新幹線
函南町には「新幹線」という地名があるそうです。

新幹線が通過した後、あたりには、川のせせらぎが聞こえていました。

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  1. 2019/02/03(日) 00:03:41|
  2. 東海
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南海本線蛸地蔵駅と岸和田の町

今週は、南海本線岸和田駅から蛸地蔵(たこじぞう)駅まで、岸和田の町を散歩してみましょう。

岸和田駅で下車しました。
①岸和田駅
難波と和歌山市を結ぶ特急サザンや、関西空港への特急ラピートなど、すべての列車が停車する南海本線の中枢駅です。

岸和田のシンボル、岸和田城です。江戸時代に落雷により消失した天守閣を昭和29年に復元した物です。
②岸和田城
戦国時代末期の16世紀半ばには松浦氏の居城となってしました。
その後、豊臣氏が滅亡後、寛永17(1640)年に岡部宣勝が入城し、明治維新まで岡部氏がこの地を治めました。

これは櫓門です。
③櫓門

天守閣から望む岸和田市の眺めです。
④岸和田~蛸地蔵間
岸和田~蛸地蔵間の高架線を南海電車が通過していきました。

これはお城の近くにある岸城神社です。
⑤岸城神社
有名なだんじり祭の時に、宮入する岸和田城の鎮守神です。

そして、こちらがだんじり会館にある沼町だんじりです。
⑥だんじり
明治34年以来、百年間使われてきたそうです。
⑦だんじり2
だんじり祭は、毎年、9月に盛大に行われる祭りで、だんじりが猛烈な速度で町中を走り回る勇壮な祭りとして知られています。

本町通りにやって来ました。
⑧本町街並み
このあたりには古い街並みが残っています。
⑪本町2
この通りには江戸時代の紀州街道の面影が残されています。

こちらは円成寺という真宗のお寺です。
⑨円成寺

そして、本町通りでホーロー引きの懐かしい看板を見つけました。
⑩琺瑯引き看板

本町通りの近くに岸和田駅の一駅南にある蛸地蔵駅があります。
⑫蛸地蔵駅
この駅は大正14年に建造された南欧風のモダンな駅舎です。
⑬ステンドグラス
この駅にあるステンドグラスは、戦国時代の「蛸地蔵縁起絵巻」が描かれています。

駅前にある踏切を特急ラピートが通過していきました。
⑭ラピート
この駅には普通電車しか停車しません。
⑮蛸地蔵駅ホーム
やがて、蛸地蔵駅に難波行の電車がやって来ました。

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  1. 2019/01/27(日) 00:02:45|
  2. 近畿
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旧新橋停車場

今週は東京の汐留にある我が国の鉄道発祥の地、旧新橋停車場をご紹介しましょう。
明治5(1872)年10月14日(太陽暦)、新橋~横浜間に開通した陸蒸気が汽笛を鳴らし、日本の鉄道の歴史が始まりました。
以来、大正3(1914)年まで、銀座の入口の汐留にあった旧駅舎は、東京駅が新設されるまで東京の旅客ターミナルとしてその役目を果たしてきました。
IMG_20181229_0002 (2)

東京駅開業後、旧新橋駅は、貨物専用の汐留駅となりましたが、旧駅舎は大正12(1923)年の関東大震災で焼失してしまいました。
しかし、それ以降も物流の一大拠点として戦前戦後にわたって機能しましたが、昭和61(1986)年にその使命を終えたのです。

その後、汐留再開発にあたっての発掘調査により、旧新橋駅の遺構が発掘され、同じ場所に再建されたのが、現在の旧新橋停車場です。
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今は、汐留駅跡地を再開発された高層ビル街の中に、ひっそりと旧駅舎が建っています。
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開業当時は、銀座に向かって偉容を誇っていたそうです。
それまでは新橋から横浜まで歩いて10時間もかかったのが、1時間足らずで行けるようになったのでした。

開業当時の写真が正面入口にあります。
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駅舎正面には9段の石段がありました。
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その一部が発掘され、同じ場所に保存されています。

西洋式の建物は正に文明開化の象徴でした。
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プラットホームの横には当時の線路の一部が再現されています。
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創業時の線路の断面は上下対称のI型で双頭レールと呼ばれていました。

こちらは、プラットホーム側にある0哩(ゼロマイル)標識です。
当時はキロ表示は採用されておらず、欧米式にマイル表示だったのです。IMG_0988.jpg
この場所に再建され、モニュメントのように立っています。

復元されたプラットホームです。
IMG_0983.jpg
12月の夜になると、このようなイルミネーションが美しく輝いています。
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旧駅舎の内部は、鉄道歴史展示室とレストランになっています。
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展示室は年に何度か入れ替えが行われ、現在は3月3日まで『NIPPON鉄道の夜明け』と題して明治の黎明期の歴史をたどる展示を見ることができるほか、昭和中期までの映像が随時、放映されています。
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新橋駅から徒歩5分ほどの場所にあり、入場は無料ですので、お近くに行かれた際は、足を運ばれてはいかがでしょうか。

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  1. 2019/01/20(日) 00:02:48|
  2. 関東
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モスクワ・ヤロスラベリ駅に到着

北京からモスクワへの旅の最終回、
列車はスベルドルフスクを過ぎると、ウラル山脈のなだらかな丘陵地で、アジアとヨーロッパの境界線を越えます。
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その地点には、アジアとヨーロッパの境界線を示すオベリスクが建っていました。

でも、モンゴル商人を目当てに駅のホームに群がるロシア人たちの姿は変わりません。
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ここ、ベルミ駅でも大群衆が大変な騒ぎを繰り広げていました。
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シャリア駅には、かつてソ連時代にはどこにでもあったレーニン像が、まだ撤去されずに残っていました。
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いよいよ、この列車の最後の停車駅となるダニロフでも、モンゴル商人たちの商いは続いていました。
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列車の中でウランバートルから5日間、一緒に旅をしたモンゴル人たちです。
左側のアムジンちゃんという小さな子供は、ママと二人でパパのいるドイツに向かうと言っていました。
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たまたま会った二人の女の子が、アムジンちゃんの面倒をよく見ていました。
また、右側の青年、バルフー君は、モンゴル人商人、英語の話せる彼には通訳や両替など、随分、お世話になりました。

母なる大河、ボルガ川を渡ると、ほどなくモスクワに着きます。
IMG_20181124_0032_20181129162241df7.jpg

列車はモスクワ時間で16時27分、モスクワ・ヤリスラベリ駅に到着しました。
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こうして、ウランバートルから130時間37分、距離にして6304キロ、
北京から7865キロの大陸横断悦同の旅は終わりました。
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雨のモスクワに着いた時、まだ、列車を降りたくないなあと強く思ったのでした。


その後の数日をモスクワで過ごしました。
これは、これは赤の広場にあるヴァシリー寺院です。
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1555年にイヴァン4世が創設したロシアを代表する聖堂建築で、世界遺産に登録されています。

クレムリンと赤の広場です。
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そして、こちらはクレムリン内部の庭園です。
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心落ち着くような静かな場所でした。


赤の広場の横にあるグム百貨店です。
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ソ連時代からある古い百貨店です。

アルバート通りで見かけた似顔絵描きです。
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似顔絵は、なんとなく、ユーモラスでした。

イズマイロボ公園のフリーマーケットです。
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ヴァイオリン弾きの少女もいました。
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でも、ヴァイオリンは上手jじゃなかったことを記憶しています。

そして、ロシアと言えば、マトリョーシカ。
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あちこちで色々な種類のマトリョーシカを売っています。

あれから20年、ロシアはその後、どうなったでしょうか。
できれば、もう一度、様子を見に行きたいと思っています。
もちろん、シベリア鉄道に乗って・・・

なお、この旅の様子は、拙著『モンゴル発シベリア行商列車』に詳しく書いていますが、
残念ながらすでに絶版になっています。
IMG_20181124_0001 (2)
Amazonなどで、中古本をお取り寄せ頂ければ幸いです。

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  1. 2019/01/13(日) 00:03:28|
  2. 海外の旅
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シベリア鉄道を東へ

今週は北京からモスクワへの大陸横断鉄道の旅、第3回目。
一夜明け、ウランバートル発モスクワ行「第5列車」は、モンゴル・ロシア国境を越え、シベリア鉄道との合流地点のウランウデに停車しました。
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この駅はこの時から13年前のソ連時代、ハバロフスクからイルクーツクまで旅した時に通った駅です。
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この時、駅構内には蒸気機関車の姿がありました。

ウランウデを発車すると、列車は延々2時間余りバイカル湖畔を走ります。
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スリュジャンカの駅では、多くの群衆がホームに集まっていました。
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この人たちは列車に乗るのではなく、この列車の乗客のモンゴル人たちが持ってきた商品を買うことが目当てなのです。
この先、モスクワに着くまでに間、このような風景を何度も見ることになりました。

バイカル湖を高台から見下ろします。
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シベリア東部の主要都市・イルクーツクに着きました。
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ここは13年前に降りた駅。この先は未踏の地へと列車は走ります。

ジマ駅です。
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列車はだいたい2~3時間ごとに停車し、ほとんどの駅で15分前後停車します。

ロシアに入って最初の日が沈みます。
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まだまだ、モスクワまでは3日の道のりです。

翌日、目が覚めるとクラスヤノスクでした。
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朝からモンゴル商人目当てのロシア人たちが、ホームに大勢詰めかけていました。
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「これ、買ってよ」と、照明器具をロシア人に勧めるモンゴル人女性です。
大抵のモンゴル人はロシア語が話せます。

アチンスク駅も大変な騒ぎでした。
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バゴドル駅でも、ロシア人女性たちが列車に群がっています。
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モンゴル商人たちは「カスチューム、カスチューム!」と叫びながら、衣服を売っていました。

シベリアの主要都市、ノボシビルスク駅です。
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立派な駅舎がありました。
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駅の近くにはアパートとみられる大きな建物が見えます。

深夜に到着したバラビンスク駅です。
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真夜中でも大勢の人たちがホームに群がり、モンゴル商人たちは「カスチューム、カスチューム!」と叫んでいました。
大変な騒ぎで、とても、寝ている場合ではありません。

翌日も列車は白樺林の中を淡々と走ります。
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どこまでもほとんど変わらない車窓風景です。

ズベルドルフスク駅でも大騒ぎです。ここは当時のエリツィン大統領の故郷です。
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この時、すでにソ連は崩壊し、資本主義国家になっていましたが、地方都市の物不足はかなり深刻だったことがわかります。
はたして、この時から20年たった今、シベリアの人たちの生活は少しは豊かになったのでしょうか。
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モンゴル人たちが持ってきた商品を品定めをする婦人たちの目は真剣でした。

列車はさらに西へ向かってひた走り、アジアからヨーロッパへと入っていきます。
モスクワへの旅は、来週ご紹介しましょう。



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  1. 2019/01/06(日) 15:02:15|
  2. 海外の旅
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モンゴルを駈けるモスクワ行の列車

先週に引き続き、北京からモンゴル経由でモスクワへの旅。今週は草原の国、モンゴルを行く列車の旅とウランバートルをご紹介します。

中国の二連を発車した列車が国境を越え、すぐに着いたモンゴル側の最初の駅、ザミンウデです。
①深夜のザミンウデ
深夜の駅に人影はなく、ひっそりと静まりかえっていましたが、キリル文字のネオンが、国境を越えたことを示しています。

翌朝、目が覚めると、列車は緑の広大な大地の中を駈けていました。
②モンゴルの大地

草原の中の小さな駅、チョーヨアです。
③チョーヨア駅ホーム
ロシアの影響を受けた駅舎の建物は、明らかに中国の駅とは異なります。

乗客がホームの人から何やら買っています。
④チョーヨア駅物売り
モンゴルの駅は中国と違ってホームが地面と同じ高さなので、背伸びをしないと届きません。

モンゴルの食堂車です。
⑤食堂車
中国から連結されていた食堂車は切り離され、モンゴルの食堂車が新たに連結されました。

大平原にたくさんの羊たちの姿が見えました。
⑦羊たち

やがて、モンゴル特有のゲル(テントの家)が見えました。
⑧ゲル

チョーヨア駅を出てから3時間半、草原の中をひた走った列車は、ウランバートルに到着しました。
⑨ウランバートル到着
大勢の人たちとともに私はここで降りました。この列車は30分、停車した後、モスクワまでの長い長い旅を続けるのです。

これがウランバートル駅です。
⑩ウランバートル駅
ウランバートルは、人口60万人のモンゴルの首都です。

でも、あたりはのんびりとしており、住宅地の近くでも牛がのんびりと草を食んでいました。
⑫町中の牛

こちらは町の中心にあるスフバートル広場です。
⑪スフバートル広場
でも、人の数は少なく、人だらけだった天安門広場とは大違いです。

こちらはゲルの近くで馬に乗る女性です。
⑬ゲルと馬に乗る女性
モンゴルでは普通に馬に乗れる人が多いそうです。

市内にあるガンダン寺でお祈りをする老人です。
⑭ガンダン寺老人
過去には仏教徒が弾圧されていた時代もあったそうですが、今ではモンゴルは敬虔な仏教国です。

こちらはボクトハーン寺院博物館です。
⑮ボクトハーン寺院博物館
立派な木造建築ですね。

さて、2日後に、私はモスクワに向かって再び列車の旅を再開しました。
⑯ウランバートル駅発車前
こちらは発車前のウランバートル発モスクワ行第5列車です。

ウランバートルの旅行社で入手したモスクワまでの5列車の乗車券です。
⑰切符
でも、まったく判読できません。

ホームで列車を見送る人々です。
⑱見送る人々
乗客の大半はモンゴル人でした。

発車するとすぐに、ゲルや小さな木造の民家が見えました。
⑲車窓からのゲル

最初に停車したのはズハラ駅です。
⑳ズハラ駅
ホームに物を売る人が並んでいます。

こちらはダッハム駅。
㉑ダッハム駅
時刻は午後7時ごろですが、夏のモンゴルは時差の関係で、まだまだ昼間のように明るいのです。

ようやく日暮れ時を迎えたモンゴル北部の湖沼地帯です。
㉒夕方の湖沼地帯
国境の駅、スフバートルを過ぎると、列車はいよいよ、ロシア領に入ります。
このあと、シベリア鉄道を通り、モスクワまでの長い旅は続きます。


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  1. 2018/12/30(日) 00:02:08|
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北京からモンゴル国境へ

これは北京站で発車を待つモスクワ行、3次列車です。
⑬機関車
今週から4回にわたって、今から20年前、1998年の夏に北京からモンゴルのウランバートルを経て、シベリア鉄道に入り、モスクワまでの列車旅をした時のようすをご紹介します。

北京からモスクワまでの鉄路は7865キロの壮大な旅。
途中、モンゴルのウランバートルで途中下車し、2泊したほか、あわせて車中5泊の汽車旅でした。

大陸横断鉄道の旅立ちの3日前に、私は北京入りしました。
①天安門
ご存じ、天安門です。この前にある広場は、中華人民共和国のシンボルのような場所ですね。

天安門広場を警備する警官です。
②天安門警官
ビーチパラソルの下に真面目な表情で立っているのがおかしいです。

こちらは故宮です。
③故宮
広大な紫禁城ともいわれる故宮の域内は、巨大な博物館になっています。

暑い夏でした。
④暑い夏
故宮の中の御花園で休む人たちです。

こちらは天壇公園にある祈念殿です。
⑤天壇

大通りを走る自転車の列ですが、今ではそのようすも変わっていることでしょう。
⑥自転車の列

そして、こちらは地下鉄です。
⑦地下鉄
今では、当時より、かなり路線網が増えているそうです。

こちらは北京站(駅)です。
いよいよ、壮大な汽車旅の時が近づいてきました。
⑧北京駅待合室

北京からウランバートルまでの2等乗車券です。
⑨切符

そして、北京からモスクワ、大陸横断鉄道のサボ(行先表示板)です。
⑩サボ
ロシア語、中国語、モンゴル語と、3カ国語で書かれており、ロマンを感じます。

発車前の北京站のホームです。この列車の北京発は朝7時40分です。
⑫北京站ホーム
このホームから発車するモスクワ行の列車は週に一便だけしかありません。

列車は15両の長大編成。
⑭長大編成
北京を発車すると、中国の広大な大地を悠々と走ります。

最初の停車駅、南口站です。
⑮南口站ホーム
北京を出てからおよそ1時間で着きました。


やがて、車窓に万里の長城が見えてきました。
⑯長城
世界一長い長城を、延々と車窓から眺めることができました。
でも、残念ながら、現在では経路が変更になり、万里の長城は見えなくなってしまったそうです。
⑰長城を見ながら
青尤橋(チーロンチャウ)站に着きました。
⑱青尤橋站
山峡に佇むこの駅からも万里の長城を見ることができました。

こちらは永定河です。
⑲永定河
まるで湖のような大河で、蘆溝とも呼ばれています。

窓の外に別線を走る列車が見えました。
⑳別線を行く列車
どこへ行く列車なのでしょうか。しばらく並行して走りました。

集宁南(じにんなん)站です。
㉑集宁南站
ホームで販売人が暇そうにしていました。

やがて、大地に日が沈みます。
㉒日暮れ
この列車が終点のモスクワに着くのは6日後の夕方です。

モンゴルとの国境の駅、二連(アーリエン)到着は20時43分。
この駅で2時間半停車します。
㉓車両持ち上げ
中国とモンゴルでは線路の幅が異なるため、長い停車時間中に、列車は車庫に入り、一両ずつ持ち上げて車輪の台車を取り替えるのです。

乗客たちはその間に二連の町へ出て、夜の散歩を楽しみます。
㉔二連すいか売り
スイカを売る人たちがいました。
㉕二連の夜
国際列車が停車する間、国境の町の夜は賑やかに更けていきます。

来週は国境を越え、モンゴルのようすをお伝えします。

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  1. 2018/12/23(日) 00:04:47|
  2. 海外の旅
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ソ連時代のシベリア鉄道(その2)

今週は、先週に引き続き、ソ連時代のシベリア鉄道極東の旅にご案内します。
⑮大地を行く
緑の大地を列車はひたすら走り続けます。

チェルヌイショルスク駅に着きました。
⑯チャルヌイシェルスク駅
2~3時間おきに駅に停車すると、列車は15分前後小休止するため、乗客たちはその間、ホームに出て体を動かします。

ペドロフフスキーザボード付近の木造家屋です。
⑰ぺペトロフスキーザポード付近
木の板塀に囲まれた飾り気のない家が並んでいました。

「ロシア号」の食堂車の前菜です。
⑱食堂車の朝食
彼らにとって値段が高いのか、ロシア人は食堂車を使う人が少なく、いつも空いていました。

ウランウデに郊外電車が止まっていました。
⑲ウランウデ郊外電車
この駅からは、モンゴル方面への線路が分岐します。

ウランウデを過ぎると、やがて、列車はバイカル湖に沿って走ります。
⑳バイカル湖畔を行く
この大きな湖の南岸を2時間にわたって走るのです。

バイカル湖に近い駅、セレンガです。
㉑セレンガ駅ホーム (550x383)

これは、車掌さんとその娘さんたちです。
㉒車掌さん親子 (388x550)
各車両に車掌さんが2人ずつ乗っていて、子供たちがそのお手伝いをしていました。

列車はやがて、雄大なループ線を通り、バイカル湖を眺める地点を通ります。
㉓バイカル湖大パノラマ (550x381)

そして、着いたのがイルクーツク駅です。この駅で、私は列車を降りました。
㉔Irkutsk駅 (550x360)
この駅はウラジオストクから4106キロ、モスクワまで5191キロの地点にあります。

これは、カールマルクス通りです。
㉖カールマルクス通り (550x385)
イルクーツクは、シベリアのパリと言われるほど、美しい町並みが続きます。

そして、この町にも路面電車が走っています。
㉕路面電車 (550x387)

イルクーツク中心部にある市場です。
㉗市場 (550x382)
太ったご婦人が目立ちました。

そして、バイカル湖畔にも足を延ばしました。
㉙バイカル湖 (550x382)

いかにも素朴な田舎の風景です。
㉘バイカル田舎の風景 (550x385)

イルクーツクから東、モスクワまでのシベリア鉄道に私が乗ったのは、この時から13年もあとのことでした。

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  1. 2018/12/16(日) 00:02:05|
  2. 海外の旅
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ソ連時代のシベリア鉄道(その1)

今週から2回にわたってソビエト連邦時代の1985年の夏に乗ったシベリア鉄道、ハバロフスク~イルクーツク間のようすをご紹介します。
シベリア鉄道は、モスクワ~ウラジオストク間を結ぶ9297キロの世界最長の大陸横断鉄道です。
ですが、ソ連時代、軍港のあるウラジオストクは、外国人の立ち入りを認めていなかったため、ウラジオストクの北766キロにある極東主要都市ハバロフスクからしか乗ることができませんでした。

これがハバロフスク駅です。
①ハバロフスク駅
シベリア鉄道の駅の時計には短針がふたつあります。
黒い針が現地時間、赤い針がモスクワ時間を示しています。広大な領土のロシアには11個の時差がありますが、紛らわしいのでシベリア鉄道の列車はすべてモスクワ時間で運転されています。それで、駅の時計には短針が2つあるのです。

ハバロフスク市内を走るトロリーバスです。
②市内を行くトロリーバス

そして、こちらは路面電車。
③路面電車
ソ連をはじめ、旧東側諸国の街では、トロリーバスや路面電車が多く見られました。


ソ連時代にはどこの町にもあったレーニン像です。
今は撤去されてしまったことでしょう。
④レーニン像と釜とハンマー
背後の建物にはハンマーと釜をあしらったソビエト連邦のマークがありました。

いよいよ、シベリア鉄道の旅が始まります。
⑤ロシア号到着
ウラジオストクを前夜に発車した「ロシア号」が静かに入線してきました。
ロシアの駅のホームは、線路と同じ高さです。

ロシア号の窓から、若き日の私です。
⑥ロシア号と私


ハバロフスクを出て、最初の停車駅、ビロビジャンです。
⑦ビロビジャン駅の貨車
古い貨車が止まっていました。

極東シベリアの大地を列車はひたすら走り続けます。
⑧シベリア極東の大地を行く
「ロシア号」は20両の長大編成です。

モスクワまであと8000キロ、シベリアの大地に夕方が訪れました。
⑨モスクワまで8500km 
時差の関係で、夏のロシアは夜9時になってもまだこの明るさです。

翌朝、エロフェイパブロビッチ駅のキオスクです。
⑩エロフェイパブロビッチのキオスク
各停車駅では、このような素朴な売店で、地元の婦人たちが農作物などを売っていました。

アマザール駅に停車中のロシア号です。
⑪アマザール
跨線橋がなく、ホームが低いので、人々は平気で線路を渡っています。

どこの駅だったでしょうか。構内の引き込み線に列車たちが佇んでいました。
⑫どこかの駅の車両群
まるで、鉄道模型のレイアウトのような風景でした。

そして、この時すでに廃車になっていた何両もの蒸気機関車の姿も見られました。
⑬SL廃車
この大きな蒸気機関車が、長大なシベリア鉄道を引く姿は、どんなに力強かったことでしょう。

どこまでも続くシルカ川に沿って、列車は淡々と走ります。
⑭シルカ川に沿って
来週は、バイカル湖からイルクーツクへと旅が続きます。

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  1. 2018/12/09(日) 00:01:28|
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山陰本線「あめつち」の旅

今週は、今年7月から山陰本線の鳥取~出雲市間で運転を開始した観光列車「あめつち」の旅にご案内します。

鳥取駅で発車を待つ「あめつち」です。
①鳥取駅ホーム - コピー
この列車は、キロ47形を改造したオールグリーン車の2両編成で、週末などをを中心に臨時快速列車として運転されています。

鳥取県琴浦町浦安の地酒「鷹勇」で、朝から呑み鉄です。
②呑み鉄「鷹勇」 - コピー

列車のボディには、誇らしげにエンブレムが掲げられています。
③Emblem - コピー

車内はこんな感じです。
④車内オールグリーン - コピー
日本海や宍道湖を正面に見るカウンター席も設けられています。

車内は、あちこちに山陰の素材が生かされています。
⑤隠岐の黒松 - コピー
これは隠岐の黒松を用いた装飾で、列車の壁に飾られています。

こちらは石州瓦を使った装飾用タイルです。
⑥石州瓦 - コピー

洗面台には岩美町の岩井窯が使われていました。
⑦洗面台岩井窯(岩美町) - コピー

車内でもお酒を売っていたので、色々並べてみました。
⑧窓酒瓶 - コピー
これらを全部一人で呑んだわけではありません(笑)。

やがて、おみくじのサービスがありました。
⑨おみくじ
神の国、出雲に向かう列車ならではのサービスですね。

途中の赤崎駅で運転停車し、普通列車と行き違いました。
⑩赤崎運転停車
本線とはいえ、山陰本線は大部分が単線区間なのです。

車窓に日本海が見えてきました。
⑪風力発電風車と日本海 - コピー
その手前には風力発電の風車が見えています。

やがて、「天地御膳世明」という地元の食材を生かしたお弁当が配られました。
⑫天地御膳夜明 - コピー
この弁当は事前申し込み制で、当日、車内で買うことはできないのでご注意を。

米子駅で停車中の「あめつち」です。
⑬米子駅ホーム - コピー
米子駅では8分停車します。

続いて停車した安来駅のホームでは、安来節を披露してくれました。
⑭安来節 - コピー

松江駅に到着です。
⑮松江駅ようこそ山陰へ - コピー
ホームでは、「ようこそ山陰へ」との横断幕を掲げた駅員さんたちの歓迎を受けました。

そして、松江の開府の祖・堀尾吉晴公などに扮した武者装束の人たちもいました。
⑯堀尾吉晴

松江駅で停車中、岡山から出雲市へ向かう特急「やくも5号」を先に通しました。
⑰松江駅やくも
「あめつち」はあくまでマイペース。この観光列車の乗客で、先を急ぐ人は誰もいません。

松江を発車すると、やがて、シジミで有名な宍道湖が見えてきます。
⑱宍道湖

これが出雲大社の本殿を模した終着の出雲市駅です。
⑲出雲市駅
鳥取を発車してからのんびりと過ごした3時間47分、「あめつち」の旅は終わりました。

出雲市では出雲そばをいただきました。
⑳出雲そば

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  1. 2018/12/02(日) 00:03:13|
  2. 中国(山陰山陽)
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智頭急行の旅

今週は山陽本線の上郡(かみごおり)駅と因美線の智頭(ちず)駅を結ぶ全長56・1キロの智頭急行をご紹介しましょう。
智頭急行は、国鉄時代に兵庫県~岡山県~鳥取県を結ぶ、山陽と山陰との短絡線として計画され、民営化後の平成6年に第三セクター鉄道として開業しました。
この線は、鳥取と、京都、大阪、岡山を結ぶ陽陰連絡線としての重責を担い、何本もの特急列車が走っています。
そのため、多くの第三セクター鉄道が赤字経営に苦しむ中、安定した黒字路線なのです。

こちらは、上郡駅の普通列車の乗り場です。
IMG_9474.jpg
大原行の列車が発車を待っています。
IMG_9478.jpg
特急列車はすべてJRに直通するので、JRのホームから発車します。

苔縄~河野原円心間を行く岡山行特急「スーパーいなば」です。
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鳥取~岡山間をおよそ1時間50分で結んでいます。

ほとんどの普通列車は、一両だけの単行運転です。
IMG_9502.jpg
このあたりは千種川のゆったりとした流れに沿って走ります。

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こちらは、倉吉・鳥取~大阪・京都間を結ぶ「スーパーはくと」です。
IMG_9490_20181028204713c23.jpg
京都~倉吉間をおよそ3時間40分で走ります。

こちらは河野原円心間駅です。
IMG_9484.jpg
駅名は鎌倉時代末期にこの地を治めた赤松円心にちなんでいます。

河野原円心~久崎間で千種川を渡る「スーパーいなば」です。
IMG_9516.jpg
特急列車が次々とやってきます。

久崎駅で反対列車と交換です。
IMG_9530.jpg
開通が比較的あたらしいので、この線は多くの区間が高架線上を走ります。

佐用(さよ)駅で、普通列車が特急に道を譲ります。
IMG_9533.jpg
佐用はJR姫新線との接続駅です。
IMG_9532.jpg

宮本武蔵駅でも降りてみました。
IMG_9591.jpg
ここはその名の通り、剣豪宮本武蔵の故郷です。
IMG_9577.jpg

宮本武蔵駅を特急「いなば」が通過していきました。
IMG_9583.jpg

こちらは特急停車駅の大原です。
IMG_9538.jpg
IMG_9537.jpg

この町は因幡街道の大原宿があったところです。
IMG_9548.jpg
今も当時の面影を残す街並みが残っています。

大原駅構内には車両基地があり、ここは智頭急行の中枢駅なのです。
IMG_9567.jpg

途中駅の恋山形です。
IMG_9606_20181028213853715.jpg
その駅名から、恋の叶う駅として駅全体がピンク色に塗られています。

智頭急行の終点、智頭駅に着いた特急列車です。
IMG_9618.jpg
智頭止まりの普通列車も停車しています。

智頭急行の本社がある智頭駅です。
IMG_9612.jpg
この駅舎のあるホームに入線するのは普通列車だけで、すべての特急列車はJR智頭駅のホームに入線し、JR因美線に乗り入れて鳥取に向かいます。

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  1. 2018/11/25(日) 00:01:37|
  2. 中国(山陰山陽)
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境線はゲゲゲの鬼太郎一色

今週は鳥取県の米子~境港間17・9キロを結ぶJR境線をご紹介します。

境線の列車は米子駅の0番ホームから発着します。
①米子駅
この線は、終点の境港が、漫画家の故水木しげるさんの故郷であることにちなんで
全線にわたってゲゲゲの鬼太郎とその仲間たちが満載です。

米子駅のホームには、ねずみ男や妖怪たちが並んでいます。
②米子駅ホーム2
③米子駅ホーム3

境線の駅にはすべて妖怪の名前がつけられており、河崎口駅は「傘化け」、米子空港駅は「べとべとさん」
④傘化け河崎口⑤べとべとさん米子空港

中浜駅は「牛鬼」、上道駅は「一反木綿」といった感じです。
⑥牛鬼中浜⑦一反木綿上道

しばらく走ると右手の車窓に大山(だいせん)が見えてきました。
⑧大山

弓ヶ浜駅では「目玉おやじ号」との列車交換です。
⑨弓ヶ浜あずきあらい目玉おやじ号
境線は駅間距離が短く、まるで路線バスのように停車します。
観光客だけでなく、地元の通勤通学客や米子空港への客に利用されています。

これが米子空港駅です。
⑩米子空港駅
この駅はかつては大篠津駅と呼ばれていましたが、平成20年に米子空港側に線路を移設し、空港連絡駅として生まれ変わりました。

米子空港駅にやって来た「ねずみ男列車」です。
⑪大篠津~米子空港
この列車の天井には、ねずみ男の姿が描かれています。
⑫ねずみ男天井

小さな無人駅、中浜で降りてみました。
⑬中浜駅

駅の近くに日御碕神社というお社がありました。
⑭日御碕神社

中浜付近を行く上り列車です。
⑮中浜~空港

そして、こちらが終着駅の境港です。
⑯境港駅ホーム
停車しているのは「こなきじじい号」です。

⑰鬼太郎駅名標
そして、この駅のもう一つの名は「鬼太郎駅」でした。

これは境港駅の駅舎です。
⑱境港駅舎
灯台を表わしていますが、駅前は妖怪だらけでした。

そして、駅前のポストには鬼太郎が乗っています。
⑲駅前ポスト

駅のすぐ近くには千代結び酒造があります。
⑳千代結び酒造

主要銘柄の「千代結び」おほか、「鬼太郎純吟」というカップ酒もありました。
s-㉙呑み鉄


橋のたもとに、目玉おやじを手の上にのせた鬼太郎がいました。
s-㉑鬼太郎
駅から続く商店街は、鬼太郎ロードと名付けられ、たくさんの妖怪に出会うことができます。
s-㉑鬼太郎ロード
s-㉒妖怪2
s-㉓妖怪1

そして、ねずみ男がうろうろしながら愛嬌を振りまいています。
s-㉔ねずみ男

これが水木しげる記念館です。
s-㉕水木しげる記念館

ここには「お化けのポスト」がありました。
s-㉖お化けのポスト

境港駅は港にも近く、巡視船「おき」が停泊していました。
s-㉗巡視船おき

岸壁で釣をする人たちがいました。
s-㉘境港で釣する人
この港からは隠岐諸島への定期船が発着しています。










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  1. 2018/11/18(日) 00:12:17|
  2. 中国(山陰山陽)
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伊豆箱根鉄道駿豆線と、晩秋の富士

今週は静岡県の伊豆半島内陸部を走る伊豆箱根鉄道駿豆線と、美しい晩秋の富士山をご紹介します。
駿豆線は、東海道新幹線・東海道本線の三島駅から修善寺までの19・8キロを結んでおり、地元の通勤通学の足として、また、修善寺温泉などへの行楽の足として活躍しています。
①三島駅
こちらが始発の三島駅です。

こちらは三島田町~三島二日町間を行く、東京発の直通特急「踊り子」です。
②185系踊り子
車両は国鉄時代から走り続けている185系ですが、あと数年後にこの形式は姿を消すことになっています。

こちらは三島二日町駅です。ホームからも純白の富士山を眺めることができます。
③三島二日町駅
このあたりまでは、三島市の住宅地が続いています。

④三島二日町~大場
三島二日町を過ぎると、田園地帯を走り、雄大な富士の山があちこちで見ることができました。
⑤三島二日町~大場

よく実った柿の木の脇を電車が走り過ぎていきます。
⑥三島二日町~大場

⑦三島二日町~大場
のどかな風景が続きます。
⑧三島二日町~大場

⑨三島二日町~大場

こちらが大場(だいば)駅です。
⑪大場駅

上下線の列車が、この駅ですれ違いました。
⑩大場駅交換


⑫韮山~伊豆長岡
韮山~伊豆長岡間を行く電車です。
⑬韮山~伊豆長岡
このあたりも、富士山がくっきりと見えていました。

こちらは世界遺産に認定された韮山の反射炉です。
⑭韮山反射炉
明治時代の産業革命遺産のひとつで、ここで大砲が製造されていました。

こちらは重要文化財の江川家の邸宅です。
⑮江川邸
ここは江戸時代の代官屋敷でした。

伊豆長岡駅です。
⑯伊豆長岡駅ホーム
この駅は長岡温泉の玄関口で、ちょうど東京行の特急列車が停車していました。
⑰伊豆長岡踊り子

終点の修善寺駅です。
⑱修善寺駅ホーム
この駅には、週末は4往復、休日は2往復の「踊り子」が乗り入れています。
⑲修善寺駅舎
駅舎はきれいにリニューアルされていました。

こちらが修禅寺です。駅や温泉の名前は修善寺(しゅぜんじ)ですが、お寺の名は修禅寺(しゅうぜんじ)といいます。
⑳修善寺
平安時代初期に弘法大師が開基した古刹です。紅葉が真っ盛りの晩秋の時期、大勢の参拝客で賑わっていました。

修善寺の温泉街です。
s-㉑温泉街
昔ながらの温泉地の風情が漂っていました。

帰りの列車での呑み鉄の酒は「富士に四季」。
s-㉒呑み鉄
三島に戻った時はすっかり暗くなっていました。
s-㉓夜の三島駅

さて、こちらは昭和56年に初めてこの線に乗った時の三島駅です。
s-㉔S56三島駅
37年過ぎても、この駅の雰囲気は変わっていませんでした。
s-㉕S56三島駅

そして、こちらは37年前の修善寺駅。
s-㉖S56修善寺駅

昭和の時代、切符は硬券が使われていました。
s-㉗きっぷ
きっと、この線は、いつまでも変わることなく、地域住民と観光客の足として走り続けることでしょう。


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  1. 2018/11/11(日) 00:00:29|
  2. 東海
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Yahoo! 『テツドラー田中の乗り鉄日記』に投稿開始

この度、Yahoo! JAPANが立ち上げた「クリエーターズプログラム」に参加し、全国各地の魅力あふれるローカル線をYahoo上で写真や動画を交えてご紹介することになりました。
その中で私は友人のCMプランナー氏の命名により「テツドラー田中」というハンドルネームで『テツドラー田中の乗り鉄日記』として投稿してまいります。
YahooCREATORS.jpg

まずは、明知鉄道(岐阜県)、JR夕張支線(北海道)、嵯峨野観光鉄道(京都府)、ひたちなか京浜鉄道(茨城県)、JR指宿枕崎線(鹿児島県)、ごめんなはり線(高知県)、のと鉄道(石川県)、JR赤穂線(岡山県・兵庫県)の8つの路線を第一弾としてご紹介しています。
20170624205152fd1[1]

20171022164646417[1]

今後、順次、定期的に各地の路線もご紹介していきますので、よろしくお願いします。

アドレスは以下の通りです。1本あたり1分少々ですので、最後まで見てくださいね。

https://creators.yahoo.co.jp/tetsudoratanaka

  1. 2018/11/04(日) 00:03:23|
  2. 著作/寄稿紹介/出演/講演など
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レイクサイド&ハバースウェイト鉄道

イギリス保存鉄道の旅、第三弾、きょうは、イングランドのウインダミアにある、レイクサイド&ハバースウェイト鉄道をご紹介します

この鉄道は、ウインダミア湖の遊覧船と接続して、レイクサイド駅からハバースウエイト駅までを、レヴァン渓谷を眺めながら片道20分で走ります。

レイクサイド駅で発車を待つ列車です。
①ハーバースウエイト駅
実際にイギリス国鉄で走っていた本格的な列車で、大きな蒸気機関車が牽引します。
②SL

機関車を飾るエンブレムが誇らしげです。
③エンブレム

真っ白な煙を吐いて列車は走ります。
④走行中1

こちらは一般のオープン車両。
⑤一般座席

そして、こちらは、コンパートメント車両の内部です。
⑥コンパートメント
まるで、名探偵ホームズが、助手のワトソンと一緒に乗っていそうな列車でした。
⑦走行中縦


途中駅のニュービーブリッジ駅の駅名標です。
⑧終点

そして、終点のハバースウェイト駅では、トンネルの向こうで方向転換をした機関車が戻ってきました。
⑨機回し

レイクサイド駅に戻ると、近くには「きかんしゃトーマス」の仲間たちがいました。
⑩トーマス

イギリスにたくさん現存する保存鉄道の運営には、多くの鉄道ファンによるボランティアの力を借りて運営されているそうです。

テーマ:イギリス旅行 - ジャンル:旅行

  1. 2018/10/28(日) 00:03:49|
  2. 海外の旅
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