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田中正恭の汽車旅日記

ここは、紀行作家・田中正恭 (たなかまさやす) が、つれづれなるままに各地の旅や、鉄道に関する話題について綴っています。これまで毎週日曜日に更新していましたが、2022年4月からは毎週水曜日に更新しております。時には、離島の情報など、鉄道以外の話題になることもあります。また、2018年10月より「テツドラー田中の乗り鉄日記」としてYahoo!クリエーターズプログラムにもレギュラー投稿していますので、そちらもご覧頂ければ幸いです。なお、内容につきましてのご感想や、執筆や講演、出演などの依頼がありましたら、お気軽にメッセージをお寄せください。なお、写真や文章の無断転載はご遠慮願います。

貨物列車も走る水島臨海鉄道

今週は岡山県倉敷市の臨海工業地帯を走る水島臨海鉄道をご紹介します。

水島臨海鉄道水島本線は、JR山陽本線の倉敷駅に隣接する倉敷市駅から三菱自工前までの10.4キロで旅客輸送を行なっています。そのほか三菱自工から0.8キロ先の倉敷貨物ターミナルまでと、途中の水島から分岐する港東線の東水島まで3.6キロの貨物専用線があります。

こちらが始発駅の倉敷市駅です。
①倉敷市駅

折り返しの列車が到着しました。
②倉敷市ホーム

下り列車が倉敷市駅を発車します。
③倉敷市発車
背後に見えるのはJR倉敷駅のホームです。

球場前付近を行く三菱自工前行の列車です。
④球場前付近
工業地帯を走るこの線で、唯一、このあたりだけは緑の公園の中を走ります。

⑤球場前駅名票

これが倉敷市営球場です。
⑥倉敷市営球場
現在は社会人野球や高校野球が行なわれています。

弥生駅に停車中の倉敷市行列車です。
⑦弥生駅上り
弥生駅の手前から高架線上を走ります。

弥生駅を通過する貨物列車です。
⑧弥生駅貨物列車
この線は水島臨海工業地帯で製造される物資を運ぶ貨物列車が数多く運転されています。

弥生駅で、上下線の旅客列車が交換しました。
⑨弥生交換

弥生駅です。
⑩弥生駅

下り列車が水島に到着しました。
⑪水島到着

これが、沿線主要駅の水島駅です。
⑫水島駅
ここで貨物専用線の港東線が分岐します。

旅客列車の終点、三菱自工前です。
⑬三菱自工前ホーム
通勤時刻以外の利用者は、ごくわずかしかいないホームだけの無人駅です。

三菱自工前に上り列車がやって来ました。
⑭三菱自工前キハ37
これは国鉄が1983(昭和58)年に製造したキハ37形です。(尚、昨年末に塗装が赤に変更されました)
旅客営業は三菱自工前までですが、列車はそのまま、車両基地のある倉敷貨物ターミナルまで回送され、発車時刻になると戻ってくるのです。

キハ37の内部はこのようになっています。
⑮キ37内部

さて、こちらは1982(昭和57)年の水島駅です。
⑯水島S57
当時の水島駅は、まだ、地上駅でした。
⑰水島駅S57
この駅が高架化されたのは1992(平成4)年のことでした。

s-IMG_20220707_00.jpg
その当時のきっぷです。
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  1. 2022/08/17(水) 00:01:09|
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JR吉備線(桃太郎線)の旅

今週は、岡山駅と総社駅間20.4キロを結ぶJR吉備線をご紹介します。

岡山駅前には、犬、猿、雉を従えた、桃太郎の像が立っています。
s-⓪桃太郎像IMG_3983
吉備線には平成28(2016)年に、「桃太郎線」という愛称がつけられました。

岡山駅で発車を待つ、吉備線の列車です。
s-①岡山駅IMG_3760

備前一宮付近で、吉備津彦神社の鳥居を見ながら走る上り列車です。
s-②鳥居を見ながらIMG_3773

こちらは、備前一宮を発車する下り列車。
s-③備前一宮下りIMG_3766

これが吉備津彦神社です。
s-④吉備津彦神社
吉備路と呼ばれるこの付近は、1972(昭和47)年の山陽新幹線岡山開業「ひかりは西へ」のキャンペーンで大ブームになりました。

この線は駅名票も桃色に統一されています。。
s-⑤吉備津駅名票IMG_3783

備中高松駅を発車する上り列車です。
s-⑥備中高松上り

備中高松駅は、この線の中心駅ですが、ひっそりとしていました。
s-⑦備中高松駅

備中高松には国鉄時代からの跨線橋が残っています。
s-⑧備中高松跨線橋

服部付近を行く上り列車です。
s-⑨服部上り

服部駅は小さな無人駅でした。
s-⑩服部駅

こちらは終点の総社駅を発車する岡山行の列車です。
s-⑪総社発車
総社では伯備線と井原鉄道に接続しています。

こちらが総社駅です。
s-⑫総社駅
1998(平成10)年に橋上駅舎になりました。

そして、これは1975(昭和50)年の総社駅です。
s-⑬総社駅S50

s-⑭S50入場券
その当時の吉備線のきっぷと、駅のスタンプです。
s-⑮スタンプ

吉備線は、将来、LRT(路面電車)化が計画されており、2028年頃の実現を目指していましたが、今のところ、具体的な進展はありません。

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  1. 2022/08/10(水) 00:02:40|
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昭和平成の一畑電鉄

今週は、島根県の一畑電鉄の3回目、ちょっと昔の様子をご紹介します。

これは、1972(昭和47)年の電鉄出雲市駅です。
①デハ3昭和47年電鉄出雲市駅
停車しているのはデハ3。1927(昭和2)年製造の古参電車です。

こちらは1985(昭和60)年、出雲大社前にて良い車中のデハ3です。
②デハ3s-S60大社前IMG_20220619_0014
この時には車体の塗装がクリーム色に変更されていました。
この車両は1998(平成10)年まで71年間の長きにわたって走り続けました。
現在は、大社線の高浜駅近くにあるさとがた保育園に静態保存されています。今度、出雲に行ったら見に行こうと思っています。

昭和60年のクハ100形です。
③クハ100形s-S60川跡IMG_20220619_0015
角張ったスタイルは、デハ3とよく似ています。

松江温泉駅に停車中のデハ20形と、クハ180形です。
④デハ20形とクハ180形まがたま電車s-S60松江温泉たIMG_20220619_0017
クハ180には「まがたま」というヘッドマークがついています。

かつての松江温泉駅です。
⑥松江温泉駅
1970(昭和45)年に駅名が、北松江駅から松江温泉駅に変更されました。

かつての松江温泉駅の駅舎内は、正に昭和のローカル私鉄といった佇まいでした。
⑧松江温泉駅舎内

1985(昭和60)年、川跡駅でのクハ190形です。
⑦S60やえがきIMG_20220619_0016
この車両は西武鉄道から来た電車でした。

2001(平成13)年の平田市駅(現雲州平田駅)構内の3000形電車です。
⑨s-H13平田市3000形
こちらは南海電鉄の中古車です。

2001(平成13)年当時、平田車庫には、デハニ50形は、お座敷列車の「生ビール電車」として使われていました。
⑩H13デハニ50形

同じく、2001年、秋鹿町(あいかまち)での2100形電車です。
⑪2100形秋鹿町H13
元京王のこの車両は、今も走り続けています。

昭和40年代の一畑電鉄のきっぷです。
⑫s-きっぷIMG_20220619_0008⑬s-きっぷIMG_20220619_0009
今は変更になった、「北松江」や「平田市」の駅名が貴重です。

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  1. 2022/08/03(水) 00:01:25|
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一畑電鉄の旅②

先週に引き続き、島根県の一畑電鉄の旅。

一畑電鉄を見下ろす湖遊館新駅~園間の高台からの眺めです。
s-㉑湖遊館新駅~園IMG_8693◎
線路の向こうに宍道(しんじ)湖が広がっています。

スイッチバック駅の一畑口駅に、新型の7000系電車が停車しています。
s-㉒一畑口1IMG_8711

こちらは、一畑口に松江しんじ湖温泉行の5000系電車が入線してきました。
s-㉓一畑口2IMG_8726
東京の京王電鉄の中古車を改造したものです。
s-㉔一畑口3IMG_8774
やがて、進行方向を変えて左方向の松江方面へと発車していきました。

一畑口には、こんな広告が残るベンチがあります。
s-㉕一畑口広告IMG_8723
明治天然オレンジジュースとは、1954(昭和29)年に日本で始めて発売された缶ジュースです。
いったい、この広告はいつからここにあったのでしょうね。

一畑口の駅前にある、たった一軒のお店で買った出雲市平田の地酒「マルサン正宗」です。
s-㉖のみ鉄2
平田市は2005(平成17)年に、平成の大合併により周辺の町とともに出雲市に吸収合併されて消滅しました。

こちらは一畑薬師です。
s-㉖一畑薬師IMG_20220619_0011
このお寺は駅からバスで12分です。
戦前には一畑口から今は行き止まりになっている車止の先、一畑薬師の門前にあった一畑駅まで線路が続いていました。
それが、戦時中の1944(昭和19)年に「不要不急の路線」として休止となり、そのまま廃止されてしまったのです。

こちらは津ノ森駅で電車を待つ高校生たちです。
s-㉗津ノ森駅IMG_8439
一畑電車は高校生の貴重な通学の足です。

秋鹿町(あいかまち)付近を行く電車です。
s-㉘秋鹿町付近IMG_8747
このあたりは車窓から宍道湖が見えます。
s-㉚宍道湖と大山IMG_8741
宍道湖の向こうにそびえる山は大山(だいせん)です。

これが秋鹿町駅です。
s-㉙秋鹿町駅IMG_8732
1995(平成7)年に酒蔵風の駅舎に建て直されました。

松江イングリッシュガーデン前~松江しんじ湖温泉間の宍道湖沿いを走ります。
s-㉛English Garden~松江温泉IMG_8513
一畑電鉄は長い名前の駅が多いですね。

終点の松江しんじ湖温泉駅構内に並ぶ3編成の電車たち。
s-㉜駅構内の電車たちIMG_8759
やがて、平板な顔の1000形電車が電鉄出雲市に向けて発車していきました。
s-㉞発車

これが、松江しんじ湖温泉駅です。
s-㉝松江しんじ湖温泉駅IMG_8755
それまでのコンクリート造りの古風な駅舎から2001(平成13)年に建替えられました。
この駅は開業時の「北松江」から「松江温泉」、さらに「松江しんじ湖温泉」と、駅名が2度も変更されています。

この駅の売店で買った呑み鉄の酒は「簸 上(ひかみ)正宗」。
s-㉟呑み鉄IMG_8766
奥出雲の地酒です。

松江のシンボル、松江城です。
s-㊲松江城
国内に12箇所しかない現存天守のひとつで、国宝に指定されています。

こちらは小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の旧居です。
s-IMG_8452.jpg
松江は、ゆっくりと巡りたい町です。

ランチは出雲そばでした。
s-IMG_7652.jpg
松江や出雲には出雲そばの店がたくさんあります。

s-㊳きっぷ
来週は、昭和から平成にかけて、少し昔の一畑電鉄をご紹介します。

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  1. 2022/07/27(水) 00:02:58|
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一畑電鉄の旅①

今週から3回にわたって、島根県の一畑電鉄をご紹介しましょう。

一畑電鉄は、宍道湖の北側を走るローカル私鉄で、電鉄出雲市~松江しんじ湖温泉間の33.9キロの北松江線と、川跡~出雲大社前間8.3キロの大社線の2路線があります。

これが、起点の電鉄出雲市駅です。
s-①電鉄出雲市駅IMG_8566
JR山陰本線の出雲市駅に隣接しています。
s-②電鉄出雲市ホームIMG_8569

武志駅に到着した松江しんじ湖温泉行の電車です。
s-③武志到着IMG_8658
この車両は一畑電鉄が製造した86年ぶりの新型車両7000系です。

川跡(かわと)では、北松江線と大社線の電車が接続します。
s-④川跡IMG_8570

出雲大社前行の電車が、川跡を発車しました。
s-⑤大社行川跡発車IMG_8647

浜山公園北口~出雲大社前間の鉄橋を渡ります。
s-⑥浜山公園北口~出雲大社前IMG_8588

大社線の終点、出雲大社前駅には、最新型の電車と、最旧型のデハニ50形が並んでします。
s-⑦出雲大社駅IMG_8595

1928(昭和3)年製造のデハニ50は、2009(平成21)年に現役から退き、駅構内に静態保存されています。
s-⑩デハニ50形IMG_8579

日中は、自由に車内に入れるようになっていました。
s-⑪デハニ50内部IMG_8641

このモダンな西洋建築の建物は出雲大社前駅です。
s-⑧出雲大社駅舎IMG_8598
1930(昭和5)年開業以来のこの駅舎は、国の登録有形文化財、および近代化産業遺産に指定されています。
s-⑨ステンドグラスIMG_8603
駅舎内部のステンドグラスから、やさしい光が差し込んでいました。

こちらはご存知、出雲大社です。
s-⑫出雲大社IMG_8615
出雲大社までは、駅から神門通りをぶらぶら歩いて10分ほどの距離です。

さて、川跡に戻り、北松江線の4つめの駅、雲州平田に着きました。
s-⑬雲州平田IMG_8668 (2)
この駅には一畑電車の本社と車庫があります。
s-⑮平田車庫IMG_8533
車庫にはもう一両のデハニ50形の姿がありました。
こちらは体験運転用に動態保存され、イベント時に構内を走行するそうです。

布崎駅の古びた駅名票です。
s-⑯布崎古びた駅名票IMG_8669

そして、こちらは「湖遊館新駅」駅です。
s-⑰湖遊館新駅IMG_8671
宍道湖公園湖遊館の最寄駅として1995(平成7)年に開業した駅で、正式駅名の末尾に「駅」がつく、全国で唯一の駅です。

s-⑱入場券IMG_20220619_0002
この続きは来週、ご紹介します。

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  1. 2022/07/20(水) 00:01:47|
  2. 中国(山陰山陽)
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伊予鉄道・市内線

今週は伊予鉄道の4回目、松山市内を走る市内線をご紹介します。
市内線は市内中心部に総延長9.6キロの路線があり、環状線など5つの系統があります。
①松山市駅
松山の中心部にある松山市駅です。
②松山市駅
4つの系統路線が、ここを始発駅としています。

松山市駅~南堀端間は、最も運行頻度が高い区間で、次々と電車がやって来ます。
③松山市~南堀端

ここは市役所前付近で、背後には松山城が見えています。
④市役所前

上一万付近です。
⑤上一万

上一万付近を坊ちゃん列車が通過していきました。
⑥上一万坊ちゃん列車
坊ちゃん列車とは、夏目漱石の小説「坊ちゃん」に登場する明治時代の軽便鉄道を模した観光用列車で、現在、土日祭日に運行されています。形は蒸気機関車ですが、実は小型のディーゼル機関車なのです。

松山市駅では、坊ちゃん列車の方向転換が人力で行なわれます。
⑩坊ちゃん列車方向転換
このほか、道後温泉駅と古町駅でも同様の作業が行なわれています。


こちらは、道後温泉付近です。
⑦道後公園付近

終点の道後温泉駅に電車が並んでいます。
⑧道後温泉駅
この駅は伊予の名湯、道後温泉の入口にあります。

道後温泉駅です。
⑨道後温泉駅舎
明治時代の旧駅舎の洋風建築を模して再建したものです。

こちらはJR松山駅前です。
⑪JR松山駅前
ターミナルとしては伊予鉄松山市駅の方が賑やかです。

大手町にある平面交差で、郊外電車の通過を待つ路面電車です。
⑫大手町平面交差

平面交差区間を新型の5000形電車が走ります。
⑬5000形平面交差
ダイヤモンドクロスと呼ばれる平面交差は非常に珍しく、郊外電車と路面電車との平面交差は国内ではここでしか見られません。

こちらは2010(平成22)年の古町です。
⑭2010年古町

そして、こちらは1980(昭和55)年の市内電車です。
⑮S55
愛媛のみかんをイメージしたオレンジ色を基調としていることは、昔から変わりません。


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  1. 2022/07/13(水) 00:01:19|
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伊予鉄道・2010年の横河原線

今週は伊予鉄道の3回目、横河原線をご紹介します。

松山市駅を発車した横河原線の電車です。
s-⑪松山市駅付近
伊予鉄の電車は2021年にすべてオレンジ色に統一されました。

さて、ここからは2010(平成22)年に訪れた時のものです。
s-⑫平井付近
平井駅を発車した横河原行です。

当時の伊予鉄の駅名票は、かつての阪急電車のものと似ていました。
s-⑬平井駅ホーム

平井駅です。
s-⑭平井駅舎
この駅舎は現会いも変わっていないようです。

横河原駅を発車した高浜行の電車です。
s-⑮横河原駅付近
横河原線と高浜線は、松山市駅を経由して直通運転されています。

かつての横河原駅舎です。
s-⑯横河原旧駅舎
開業時から100年以上の歴史のある駅舎でしたが、2016(平成28)年に新駅舎に建替えられてしまいました。

s-⑰IMG_8931
長い歴史を感じさせてくれる趣のある駅舎でした。

この看板はいつからここにあったのでしょうか。
s-⑱たばこ
「たばこ」の下に「玩具」「菓子」『雑貨」「折詰」の文字が見えます。
この駅の売店は、町の小さな百貨店のような存在だったのでしょうか。

s-⑲乗車券拝見s-⑳手動踏切
駅近くの小さな踏切は、歩行者が自分で遮断機を持ち上げて渡る手動式でした。
この踏切は現存するかどうか、今度、もう一度行って確かめてきたいと思います。

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  1. 2022/07/06(水) 00:01:36|
  2. 四国
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伊予鉄道・高浜線

今週は伊予鉄道の2回目、松山市駅と瀬戸内海に面した高浜駅を結ぶ9.4キロの路線です。
運行上は松山市駅をはさんで内陸部に向かう横河原線と、相互に乗り入れる形で運転されています。

松山市駅の次の駅、大手町に到着した高浜行の電車です。
s-①大手町
伊予鉄では2015(平成27)年から、電車やバスの塗装をオレンジ色に変更を進め、現在ではすべての電車がオレンジ色になっています。

大手町駅付近では、全国で唯一、郊外電車と路面電車が平面交差をしています。
s-②大手町平面交差>

三津駅です。
s-③三津駅
かつて、昭和初期に建てられた洋風の駅舎がありましたが、2008(平成20)年に、旧駅舎のイメージを残した新駅舎に建替えられました。

三津付近を行く電車です。
s-④三津付近

s-⑤駅名票

こちらは梅津寺(ばいしんじ)付近の海沿いを走る電車です。
s-⑥梅津寺付近

この付近では間近に瀬戸内の島々を見ることができます。
s-⑦瀬戸内の島々

梅津寺駅に停車中の横河原行の電車です。
s-⑧梅津寺駅
1991(平成3)年には、この駅でテレビドラマのロケが行なわれて、有名になったこともありました。

終点の高浜駅です。
s-⑨高浜駅IMG_4267
昭和初期に建設されたこの駅は、まるで木造校舎のような堂々とした造りです。
s-⑩高浜駅2
その佇まいは、昭和の古き良き時代を思い起こさせてくれます。
s-⑪高浜駅3
s-⑪高浜駅3
駅のすぐ前からは、忽那(くつな)諸島への定期船が発着する高浜港があり、また、広島や小倉方面へのフェリー屋高速船が発着する松山観光港へはバスが連絡しています。

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  1. 2022/06/29(水) 00:01:21|
  2. 四国
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伊予鉄道郡中線

今週から4回にわたって愛媛県の伊予鉄道の4つの路線をご紹介します。
まず、第1回目は、松山市~郡中港間11.3キロをを結ぶ郡中(ぐんちゅう)線です。

これは、松山の中心部にある松山市駅で、駅ビルは「いよてつ高島屋」になっています。。
①松山市駅
郡中線、横河原線、高浜線の郊外電車3路線と、市内電車が発着する大ターミナル駅で、四国で最も乗降客の多い駅です。

松山市駅を発車した郡中線の電車です。
②松山市駅発車

岡田付近の田園地帯を走ります。
③岡田付近

こちらが岡田駅です。
④岡田駅

「駅長室」ではなく「駅長」の看板がなんともレトロです。
⑤駅長看板

松前(まさき)駅で反対電車と交換しました。
⑥松前まさき

松前駅もいかにも昭和のローカル駅の佇まいでした。
⑦松前駅

ICカードの読取り機があるものの、改札口には駅員さんが立っていました、
s-IMG_8918.jpg
これは2010(平成22)年の写真です。今の電車の色とは異なります。

松前付近を走ります。
⑧松前付近

こちらは終点の郡中港を発車した松山市行の電車です。
⑨郡中港発車

終点の郡中港駅です。
⑩1郡中港駅
道路を隔てて目の前にはJR予讃線の伊予市駅があります。
⑩-2伊予市駅


⑪駅名票現在⑫2010年駅名票
現在(左)と、2010年(右)の駅名票です。

さて、こちらは1980(昭和55)年の松山市駅に停車中の電車です。
⑬S55松山市駅

そして、こちらは同じ時の郡中港駅。
⑭S55郡中港駅
この時から42年の歳月が流れました。

その当時の乗車券です。
⑮S55きっぷ


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  1. 2022/06/22(水) 00:01:59|
  2. 四国
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若桜鉄道の旅

今週は、鳥取県の山間部を走る若桜(わかさ)鉄道をご紹介します。
若桜鉄道は、JR因美線の郡家(こおげ)と若桜を結ぶ19.2キロの第三セクター鉄道で、1987(昭和62)年に国鉄若桜線を引き継いで発足しました。

これが起点の郡家駅です。
①郡家駅2015年築

2015(平成27)年に再建されるまでは、こんな駅舎でした。
②2郡家駅旧駅舎

郡家駅で「ハヤブサ号」が発車を待っています。
②郡家駅ハヤブサ
これは、途中にある隼駅にちなんで、スズキのバイク「ハヤブサ」のラッピング車両なんです。

車内にはバイクの運転台が設置されていました。
③ハヤブサ運転台

郡家の次の駅、八頭高校前は、3セク化後に設置された駅。
④八頭高校前
郡家から0.9キロしか離れていませんが、運賃が100円と安く設定されており、それまで郡家駅から学校まで歩いていた多くの高校生が通学に利用するようになりました。

これが、隼駅です。
⑤隼駅s-IMG_9730
若桜鉄道は、6つの駅を始め、鉄橋などの鉄道設備の大部分が登録有形文化財に指定されています。

隼駅に停車中の『昭和号」です。
⑥隼駅ホームs-IMG_9727

ホームには荷物を扱っていた頃の秤が置いてあり、木の改札口もなんとも味わい深いものがあります。
⑦隼秤
こんな素朴な駅ですが、バイクの聖地とされています。
ここはその駅名が縁となってカワサキのハヤブサの愛好者たちが全国から集まるようになり、コロナ禍以前は、毎年夏に彼らを歓迎する大規模な隼駅まつりが行われていました。

隼駅の構内には、かつて北陸鉄道石川線を走っていたED301と、JR四国からやって来たオロ12が留置されています。
⑧ED301オロ12

隼~安部間を走ります。
⑨隼~安部

安部駅周辺は桜の木に囲まれています。
⑩安部上り列車

こちらは八東(はっとう)駅です。
⑪八東駅舎
この駅も昭和そのものですね。

八東~徳丸間で、八東川を渡ります。
⑫八東~徳丸間八東川

こちらが終点の若桜駅です。
⑮若桜駅舎
昭和の頃から、いつ訪れても変わらぬ佇まいで迎えてくれます。

こちらは終点の若桜駅に停車中の「若桜号」です。
⑬若桜駅ホーム

若桜鉄道の呑み鉄の酒は若桜の地酒「辯天娘」。
⑭辯天娘

若桜駅構内にはC12形蒸気機関車が留置されています。
⑯C12167圧縮空気利用機関車
この機関車は、石炭を使わずに、圧縮空気で駅構内を動くことができます。

駅構内で休む「昭和号」と「八頭号」です。
⑰昭和号と八頭号

以前、若桜鉄道の各駅で素朴な案山子(かかし)が出迎えてくれました。
⑱かかし2015
でも、残念ながら、現在は撤去されてその姿を見ることはできません。

こちらは1992(平成4)年の若桜駅に停車中の列車です。
⑲1992H4若桜駅

そして、こちらは1980(昭和55)年、国鉄若桜線若桜駅です。
⑳S55
稚拙な写真しか残っておらず、すみません。

これらは、若桜鉄道と国鉄時代の若桜線の入場券です。
㉑きっぷ
この線の開通は1930(昭和5)年、いつまでも、走り続けてほしいものです。

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  1. 2022/06/15(水) 00:01:30|
  2. 中国(山陰山陽)
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住宅街を行く小さな電車・東急世田谷線

今週は東京世田谷の三軒茶屋と、杉並の下高井戸を結ぶ小さな電車、東急世田谷線をご紹介します。
かつて、この線は、現存する区間のほか、渋谷から三軒茶屋を経て二子玉川園までの玉川通りを走る玉川線があり、玉電と呼ばれていましたが、1969(昭和44)年に廃止され、専用軌道上を走る世田谷線(当時下高井戸線)だけが走り続けています。

こちらが東急田園都市線と接続する三軒茶屋駅です。
s-①三軒茶屋IMG_2669
ヨーロッパのターミナル駅を思い起こさせるような、お洒落な造りです。

三軒茶屋を発車しました。
s-②三茶発車IMG_2695
世田谷線の電車は、色とりどりのカラフルなデザインです。
s-③三茶~西太子堂IMG_2697
三軒茶屋~西太子堂間を走ります。

西太子堂駅の俯瞰写真です。
s-④IMG_7859西太子堂俯瞰
三軒茶屋駅前のキャロットタワーから撮影しました。
s-⑤IMG_7857俯瞰

環状七号線を跨ぐ若林踏切です。
s-⑥若林踏切IMG_7983
大通りを悠々と渡るさまは、なかなか豪快です。

松陰神社前駅に下高井戸行が停車しています。
s-⑦松陰神社前IMG_7991

そして、こちらは吉田松陰を祀った松陰神社です。
s-⑧松陰神社IMG_7994
駅から歩いて3分ほどの場所にあります。

宮の坂付近で上下線の電車がすれ違いました。
s-⑨宮の坂付近

宮の坂駅には古い電車が静態保存されています。
s-⑩600形旧型電車IMG_7932
この600形電車は1925(大正14)年に製造され、1969(昭和44)年までこの線を走り、その後、1990(平成2)年まで神奈川県の江ノ電を走っていました
s-⑪旧型車内IMG_7937
中に入ることもできます。

山下駅です。
s-⑫山下駅IMG_2680
この駅から小田急豪徳寺駅に接続しています。

こちらは豪徳寺の三重塔です。
s-⑬豪徳寺三重塔IMG_7943

豪徳寺には招き猫がたくさんいます。
s-⑭豪徳寺招き猫IMG_7950
このお寺には、世田谷線の山下駅か宮の坂駅から歩いて行くことができます。

山下~松原間を走ります。
s-⑮山下~松原

こちらは下高井戸間を発車した三軒茶屋行の電車です。
s-⑯IMG_2677松原~下高井戸

そして、これが終点の下高井戸駅です。
s-⑰下高井戸IMG_2678
京王線はお乗り換えです。

下高井戸駅前には昭和の香りが残る駅前市場がありました。
s-⑱下高井戸駅前市場

これは、1980(昭和55)年の松原付近を走る電車です。
s-⑲S55松原付近
今も昔も、大勢の沿線住民の貴重な足として、走り続けています。
s-⑳S55-2

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  1. 2022/06/08(水) 00:02:56|
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東急池上線の春

今週は東京の五反田と蒲田を結ぶ、東急池上線をご紹介します。
池上線は延長10.9キロの間に途中駅が13駅もあります。

JR山手線と接続する五反田駅です。
s-①五反田駅

五反田駅を発車するとすぐに目黒川を渡ります。
s-②目黒川
目黒川は桜の名所として有名です。

戸越銀座駅です。
s-③戸越銀座
ホームの木の屋根が斬新なデザインですね。

戸越銀座あたりは庶民的な町、
s-④戸越銀座踏切
踏切をゆっくりと電車が通ります。

こちらは洗足池駅です。
s-⑤洗足池駅

洗足池は駅からすぐそば、人々の憩いの場所です。
s-⑥洗足池
ちょうど、桜が満開でした。

石川台駅付近を走ります。
s-⑦石川台付近

石川台~雪が谷大塚間にも桜が咲いていました。
s-⑧石川台~雪が谷大塚桜

こちらも石川台~雪が谷大塚間、
s-⑨石川台~雪が谷大塚菜の花
線路脇に菜の花が咲いていました。

御嶽山駅です。
s-⑩御嶽山駅
この駅の近くで東海道新幹線の上を通ります。

s-⑪池上
池上駅から歩いて10分のところに池上本門寺があります。
s-⑫池上本門寺
本門寺も桜が満開でした。
s-⑬五重塔s-⑭掃除する地蔵さん

終点の蒲田駅です。
s-⑮蒲田駅
東急多摩川線とJR京浜東北線はお乗り換えです。

さて、こちらは1983(昭和58)年の雪が谷大塚駅です。
s-⑯S58雪が谷大塚
武骨な電車と、運転席脇に掲げられた行先表示が昭和って感じがしますね。
s-⑰S58雪が谷大塚
今でも、当時と同じように踏切を3両編成の電車が通過して行きます。

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  1. 2022/06/01(水) 00:01:03|
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天草の小さな離島③横浦島

今週は、天草の小さな島の3回目、御所浦島の北側に位置する横浦島をご紹介します。
横浦島は人口約600人、面積1.07平方キロ、周囲5.3キロの小さな島です。
s-①横浦港
横浦港にはたくさんの漁船が並んでいました。

投宿した民宿「瀬の浦」です。
s-②民宿瀬の浦

夕食は豪華な海の幸が並びました。
s-③夕食

横浦の夕暮れです。
s-④夕暮れ


さて、翌朝は青空が広がっていました。
s-⑤楠森島
対岸に見える富士山のような印象的な島は無人島の楠森島です。

横浦島には、たくさんの恵比須さま(えべっさん)がいます。
s-⑥えべっさん1
数えると60体以上いるそうです。
s-⑦
各民家の入口に鎮座しており、豊漁と家内安全を祈願するためのものだそうです。
s-⑧えべっさん2
どのえべっさんもにこやかな、笑顔で鯛をかかえています。

これは横浦集落で一番大きなえべっさんです。
s-⑨大きなえべっさん
集落の真ん中の神社の前にありました。

島には春が訪れようとしていました。
s-⑩島の春

横浦島には、与一ヶ浦というもう一つの集落があります。
かつて、島の一周道路がない頃は、山越えの道を行かねばなりませんでした。
s-⑪山道
あえて、その山道を登ってみました。

すると、横浦と与一ヶ浦の間の山の中に、古びた門柱が立っていました。
s-⑫山の中の廃校跡
これは、1880(明治13)年に横浦分教場として開校した、御所浦北小中学校の跡地です。
一周道路がなかったため、2つの集落を結ぶ山の中間地点に学校が設けられたのでした。

その後、島の一周道路が完成し、1980(昭和55)年に道路沿いに新校舎が完成すると、山の中の学校は閉鎖されました。
s-⑬新校舎も廃校
道路沿いに広大なグラウンドと立派な校舎や体育館のある小中学校が完成したのですが、こちらも島の過疎化により、2014(平成26)年に廃校となり、残された島の子供たちは船で御所浦島の学校に通うことになったのでした。

これは与一ヶ浦港です。
s-⑭与一ヶ浦港

ここにはステゴザウルスが立っていました。
s-⑮ステゴザウルス
これは約1億5,000年も前の草食獣だそうです。

与一ヶ浦の漁港近くにも大きなえべっさんがいました。
s-⑯与一ヶ浦のえべっさん

こちらは海を見下ろす金毘羅宮です。
s-⑰金毘羅宮

与一ヶ浦の集落にやって来た移動販売車に島人たちが集まっていました。
s-⑱移動販売車
島には商店も食堂もないため、お隣の御所浦島から1日おきにフェリーでやって来るそうです。

その小型のフェリーが与一ヶ浦港にやって来ました。
s-⑲フェリー
上天草島の大口港、棚底港と、与一が浦港、御所浦港を結んでいます。

午後の三角行の八りゅう丸が棚底港から横浦港にやって来ました。
s-⑳八りゅう丸
乗船客は、すべて、途中に停泊する御所浦、嵐口、小屋河内の各港で下船してしまい、終点の三角まで乗っていたのは私ひとりでした。御所浦島や横浦島のほとんどの島民は、橋で九州本土とつながっている上天草島の港に向かうため、三角まで利用する人は少ないのだそうです。三角港まで行く航路は近い将来、廃止されてしまうかもしれません。

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  1. 2022/05/25(水) 00:00:36|
  2. 九州
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天草の小さな離島②牧島と前島

先週に引き続き、天草の小さな島、今週は御所浦島と橋で結ばれている牧島と前島をご紹介します。

牧島は御所浦島の御所浦集落と嵐口集落の間にある洲ノ田という所から長さ452メートルの中瀬戸橋を渡ると行くことができます。
s-⑧牧島
人口300人、周囲24.8キロですが、リアス式の複雑な海岸が続く面積5.62平方キロの小さな島です。

牧島の樫の浦という集落では、アンモナイト館という小さな建物の中でアンモナイトの化石を見ることができます。
s-⑨アンモナイト
アンモナイトは8500万年も前の軟体動物で、直径60センチあるこの化石ほど大きな物は珍しいのだそうです。

樫の浦近くの風景です。
s-⑩牧島樫ノ浦近く

島の反対側に位置する椛の木漁港です。
s-⑫椛の木漁港

椛の木集落には春の風景が広がっていました。
s-⑪牧島の春


さて、こちらは前島です。
s-㉑前島
御所浦島の嵐口集落の目の前に浮かぶとても小さな島で、100メートル足らずの短い橋で結ばれています。
天草には天草五橋が通る、天草上島の手前にも同じ前島という島がありますが、これとはまた、別の島です。

橋を渡ると、目の前に春日神社のお社がありました。
s-㉒春日神社

そして、その隣にはエラスモサウルスがいました。
s-㉓エラスモサウルス
これも白亜紀後期の恐竜で、国内では北海道から、福島県、兵庫県、鹿児島県でも化石が発見されています。

前島から眺めた天草上島です。
s-㉔前島よりの天草上島

こちらは前島の山から眺めた御所浦島嵐口の風景です。
s-㉕山から見た嵐口
この山で山菜採りの老人に会いました。

来週は、御所浦島の北側にある横浦島をご紹介します。

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  1. 2022/05/18(水) 00:02:55|
  2. 九州
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天草の小さな離島①御所浦島

熊本県を走るJR三角駅のすぐ目の前にある三角港から、小さな定期船に乗って御所浦島(ごしょうらじま)に向かいました。
天草諸島のほとんどの島々は橋で結ばれていますが、これから向かう御所浦島とその周囲の小さな島々へは船でないと行くことができません。
s-①八りゅう丸
三角港で出港を待つ「八りゅう丸」です。19トンの小さな船が、1日2往復、三角港との間を結んでいます。

野牛島(左)と維和島を結ぶ橋の下を通ります。
s-②天草五橋

途中、天草上島の小屋川内港に立ち寄ります。
s-③天草上島小屋川内港
三角港からはすいていたのですが、ここから大勢乗ってきました。
ここには大きな病院があるため、御所浦島から船で通院する人も多いようです。

さらに、御所浦島の嵐口(あらくち)港にも立ち寄った後、三角港を出てから1時間40分で御所浦港に着きました。
s-④ティラノサウルス3
御所浦島は人口約1,700人、面積12.36平方キロ、周囲25.7キロの島です。
御所浦港には恐ろしい顔の肉食獣「ティラノザウルス」の頭部の像がありました。
このあたりでは、白亜紀の恐竜の化石が発見され、御所浦島は恐竜の島としてPRしているのです。

「エンジョイもりえだ」という民宿に荷を解いて2泊しました。
s-⑤エンジョイもりえだ

夕食は素朴な島の幸が並びました。
s-⑥夕食

島人たちの足は小さなコミュニティバスです。
s-⑦コミュニティバス200円
各集落の間を1日3本ほど走り、運転は200円均一でした。

そして、島のレンタカーは小さな電気自動車。
s-IMG_4719.jpg
車体に恐竜の顔が描かれていました。

こちらは、定期船の発着するもう一つの港、嵐口港です。
s-⑬嵐口漁港と前島
向かい側には短い橋で結ばれている前島が見えます。

こちらは島の東海岸のはずれにある烏帽子集落でひじきを干す人々です。
s-⑯東岸烏帽子集落ひじきを干す人
4日間天日干しをするそうで「手間がかかるとよ」、でも、「酒のつまみによか」と話していただきました。

こちらは元浦漁港。
s-⑰元浦漁港

そして、こちらは大浦漁港の近くにある大きな恵比須さまです。
s-⑱大浦漁港のえびす様
豊漁と海の安全を願っているそうです。

御所浦集落から細い山道をクルマで20分ぐらい行った先にある、烏峠(からすとうげ)展望台からの眺めです。
s-⑲烏峠から牧島と上島
手前にある細長い島が眉島、その向こうは、御所浦島と橋でつながっている牧島、遠くに見えるのが天草上島です。

峠から反対側を見ると、九州本土が見えました。
s-⑳九州本土
ここから見えるのは津奈木、水俣あたりです。
水俣には御所浦から海上タクシーで行くことができます。

来週は、御所浦島と橋でつながっている、牧島と前島をご紹介します。

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  1. 2022/05/11(水) 00:01:15|
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天草への道、JR三角線の旅

今週は、熊本県の宇土駅から三角駅25.6キロを結ぶJR三角(みすみ)線をご紹介します。

三角線の列車は、すべて熊本駅が始発で、熊本~宇土間は鹿児島本線を走ります。
これは、熊本駅で発車を待つ特急「A列車で行こう号」です。
①A列車熊本
この列車はJR九州をはじめ、各地の観光列車でお馴染みの水戸岡鋭治さんのデザインによる観光特急です。

「A列車で行こう号」は車内にジャズが流れ、海辺を走るジャズバーというコンセプトの落ち着いたデザインです。
②A列車内部座席

熊本からの走行距離が36.5キロしかないため、わずか37分で着いてしまうのが残念です。
③A列車売店
この列車は、主に土日などの多客期に1日3往復運転されています。
さて、こちらは、宇土を出て三角線に入り、緑川付近を走る普通列車です。
④宇土~緑川
国鉄時代からのキハ47形が、今も走り続けています。

ことらは緑川駅に着いたキハ200形のハウステンボス色です。
⑤緑川駅
ハウステンボスのある長崎県の大村線などから転属になりました。

住吉駅は、神戸や東京の地下鉄にもありますね。
⑥住吉駅名票

初春の肥後長浜~網田(おうだ)間を走ります。
⑦肥後長浜~網田

網田駅は、1899(明治32)年の開業時からの九州で2番目に古い駅舎で、国の登録有形文化財に指定されています。
⑧網田駅

そんな網田駅で列車を待つ間の呑み鉄の酒は、熊本の地酒「瑞鷹」くまモンカップ。
⑨瑞鷹(ずいよう)

やがて、三角行の普通列車がやって来ました。
⑩キハ200ハウステンス色

網田~赤瀬間を走る旧シーサイドライナーです。
⑪網田~赤瀬
この車両も以前は大村線などで見られた列車です。

網田~赤瀬間では、有明海をはさんで雲仙を望むことができます。
⑫網田~赤瀬2雲仙を望む

赤瀬駅に上り列車がやって来ました。
⑬赤瀬駅上り列車
赤瀬駅は山の中の小さな無人駅です。

このトンネルを抜けると波多浦(はたうら)駅に着きます。
⑭波多浦トンネル

波多浦~三角間ではしばし、海沿いを走ります。
⑮波多浦~三角キハ47

静かな内海です。
⑯波多浦~三角静かな海

やがて、「A列車が行く号」がやって来ました。
⑰波多浦Ar列車

菜の花を揺らしながら走ります。
⑱菜の花を揺らす

普通列車は宇土からおよそ38分で三角に到着します。
⑲三角到着

こちらは、三角駅に着いた「A列車で行こう号」です。
⑳A列車三角
家族連れが記念撮影をしていました。

終点の三角(みすみ)駅です。
㉑三角
1903(明治36)年の築造ですが、天草への入口であることから教会を模した尖塔が屋根の上に立てられています。


現在の三角港はえきの近くにありますが、明治時代には、三角駅から北西に2.6キロの位置にある三角西港を中心でした。
このあたりは石炭や製鉄、造船などの産業で栄えました。三角西港は、今では船の発着はありませんが、当時の建物がたくさん残っています。

これは、旧宇土郡役所です。
㉒旧宇土郡役所
高台に位置し、モダンな西洋風の造りが印象的でした。

こちらは旧三角簡易裁判所です。
㉓旧三角簡易裁判所

そして、こちらは旧高田回漕店。
㉔旧高田回漕店
三角西港には、このような建物がいくつも残されており、これらの建物群は、「明治日本の産業革命遺産」として世界遺産の構成資産になっています。

こちらは現在の三角(東)港のシンボル「海のピラミッド」です。
s-IMG_4981.jpg
かつて、島原へのフェリーが運航されていましたが、利用者の低迷により、2006(平成18)年に廃止されました。
現在では、天草諸島への定期船が1日2往復運航されているほか、「A列車で行こう」の運行日には、列車の時刻に合わせて松島港への観光船が運行されています。

来週は、この三角港から発着する天草諸島の小さな島々をご紹介します。

また、こちらは、1982(昭和57)年の住吉駅です。
s-IMG_20220512_0002 (2)
今は簡素な待合所があるだけの無人駅ですが、当時の木造駅舎には駅員が勤務していました。

そして、こちらは同じ時の三角駅です。
s-IMG_20220512_0001 (2)
リニューアルされましたが、現在も同じ建物が使われています。

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  1. 2022/05/04(水) 00:01:41|
  2. 九州
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御殿場線の旅

今週は、富士山を眺めながら国府津(こうづ)から御殿場を経て沼津までを走るJR御殿場線をご紹介します。

この線が開業した1889(明治22)年には、現在の御殿場線は東海道本線の一部でした。
けれども、急勾配の多いこのルートは交通のネックになっていました。
そのため、1934(昭和9)年の丹那トンネルの開通により、国府津から熱海を経由して沼津に至るルートが新しい東海道本線として開通し、このルートは御殿場線という支線になったのでした。

西の分岐駅、沼津に御殿場線の列車がやって来ました。
①沼津駅

沼津駅で買った駅弁は、桃中軒の鯛めしです。
②鯛めし
この駅弁屋さんの開業は、東海道本線が全通した2年後の1891(明治24)年のこと。
老舗の駅弁屋さんが次々と廃業する中で頑張っています。

長泉なめり~裾野間を、富士山を眺めながら走ります。
③長泉なめり~裾野

裾野駅近くの踏切です。
④裾野駅近く踏切

そして、これが裾野駅。
⑤裾野駅
東海道本線の開通と同時に佐野駅という名で開業し、1915(大正4)年に、富士山の裾野にあることから裾野駅に改称されました。

こちらは、中心駅の御殿場駅です。
⑥御殿場駅
この駅には、小田急電鉄の新宿駅から松田駅を経由して直通する特急「ふじさん」が1日3~5往復乗り入れています。

駅前には、かつてこの線で活躍したD52型蒸気機関車が静態保存されていました。
⑦ぽっぽ広場D5272

御殿場で買った呑み鉄の酒は、その名も「富士山」。
⑧呑み鉄

快晴の空の下、富士山をバックに、御殿場~足柄間を国府津行の上り列車が走ります。
⑨御殿場~足柄上り普通

今度は、下りの特急「ふじさん」がやって来ました。
⑩御殿場~足柄下り特急
この時には、富士山の上に、少し、雲がかかっていました。

山間の小駅、谷峨に到着した上り電車です。
⑪谷峨上り

谷峨~山北間の深い山の中を走ります。
⑫谷峨~山北

山北駅近くのみかんの木の横を走る国府津行の上り電車です。
⑬谷峨~山北みかん
このあたりは、春になると桜の名所として知られています。

桜満開の時期の山北駅付近の様子は、以前にご紹介していますので、こちらをご覧ください

開業時には、鉄道の要衝だった山北駅です。
⑭山北駅
この駅が東海道本線だった頃には、駅構内に多くの蒸気機関車が待機し、山北は鉄道の町として賑わったそうでした。
でも、いまは、ひっそりと静まりかえっています。

山北にもかつて活躍したD52が保存されていました。
⑮山北D5270
こちらは、わずか12メートルですが、圧縮空気によって自力走行する動態保存です。

こちらは小田急線から御殿場線への渡り線を通って松田駅に向かう特急「ふじさん」です。
⑯松田渡り線
この特急は以前は「あさぎり」という名前で、沼津まで直通していたこともありましたが、現在はすべて御殿場止まりです。

松田~相模金子間の川音川を渡る列車です。
⑰松田~相模金子
本当に良いお天気でした。

下曽我駅に上り電車が到着しました。
⑱下曽我上り

下曽我を出ると、次は終点の国府津です。
⑲下曽我~国府津

国府津駅の御殿場線乗り場は3番線です。
⑳国府津駅
この駅はJR東海とJR東日本の分岐駅。御殿場線はJR東海、この区間の東海道本線はJR東日本です。

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  1. 2022/04/27(水) 00:01:42|
  2. 東海
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上信電鉄の旅

今週は群馬県の高崎と下仁田間33.7キロを結ぶ上信電鉄をご紹介します。
この路線には、昔ながらの風情ある木造駅舎がたくさん残されています。

高崎駅で発車を待つ下仁田行の電車です。
s-①高崎駅

駅名票は昭和レトロな感じがします。
s-②駅名票

佐野のわたし~根小屋間の烏川を渡ります。
s-③佐野のわたし~根小屋烏川

こちらは佐野のわたし駅に着いた高崎行の電車です。
s-④佐野のわたしホーム
この駅は2014(平成24)年に開設された、比較的新しい駅で、昔、近くを流れる烏川に渡し船があったことに由来します。。

今度は馬庭(まにわ)~吉井間の鏑川を渡りました。
s-⑤馬庭~吉井鏑川

吉井駅です。
s-⑥吉井駅
上信電鉄には自動改札がなく、今も駅員がきっぷを改札する昔ながらの駅の風景が見られます。


こちらは上州福島駅。
s-⑦上州福島駅
昭和レトロな雰囲気が漂う木造駅舎が健在です。

中心駅の上州富岡駅で上下列車の交換がありました。
s-⑧上州富岡ホーム

上州富岡駅の近くには、富岡製糸場があります。
s-⑨富岡製糸場
ここは1872(明治5)年当時の倉庫などの建物が現存しており、2014(平成26)年に世界遺産に登録されました。

こちらも古い駅舎が残る上州一ノ宮駅です。
s-⑩上州一ノ宮駅

近くに国の重要文化財の貫前(ぬきさき)神社があり、それにちなんだ上州かるたが掲示されていました。
s-⑪上州かるた

上州一ノ宮~神農原(かのはら)間を行く電車です。
s-⑫上州一ノ宮~神農原

4月下旬の前方車窓です。
s-⑬花いっぱい
黄色い菜の花や、紫の大根の花が咲き誇っていました。

こちらは南蛇井駅に停車中の高崎行の電車です。
s-⑭南蛇井ホーム
「なんじゃい」と読みます。思わず、笑ってしまいそうな珍読駅ですね。
s-⑮南蛇井駅名票

南蛇井駅も古い木造駅舎が健在です。
s-⑯南蛇井駅

終点の下仁田駅に停車する電車です。
s-⑰下仁田ホーム

いかにも、ローカル線の終着駅という佇まいの駅です。
s-⑱下仁田駅舎
駅舎内は昭和からかわらない風情が、色濃く残っています。
s-⑲下仁田駅舎内

下仁田はネギとコンニャクが有名ですが、温泉もあります。
s-⑳下仁田温泉清流荘
これは、下仁田温泉清流荘の露天風呂です。

さて、こちらは1981(昭和56)年の下仁田駅です。
s-㉑S56下仁田
今とほとんど変わっていませんね。

そして、これも41年前の高崎駅です。
s-㉒S56下仁田
上越新幹線が開業する前の年でした。

その当時のきっぷです。
s-㉓きっぷ
でも、上信電鉄では、今もその頃と同じ駅員が窓口で販売する硬券きっぷを主に使用しています。

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  1. 2022/04/20(水) 00:01:16|
  2. 関東
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春の養老鉄道②

今週は先週に続いて養老鉄道の旅、大垣~桑名間をご紹介します。
s-㉑大垣駅
JR東海道本線大垣駅に隣接した養老鉄道の大垣駅です。

大垣駅で発車を待つ桑名行の電車です。
s-㉒大垣停車中

友江は大垣から3つめの駅・・・
s-㉓友江駅名票
このあたりは田園地帯に住宅が点在しています。

養老駅に到着です。
s-㉔養老駅到着
反対ホームに大垣行が待っていました。

養老駅で途中下車しました。
s-㉕養老駅ホーム

養老駅の改札口付近にはひょうたんがたくさん飾られています。
s-㉖養老駅瓢箪
山の泉から湧き出る酒をひょうたんに入れて持ち帰り、老父に呑ませたという養老伝説があるそうです。

昔懐かしい木造駅舎のまわりには、桜の花が今を盛りと咲き誇っていました。
s-㉗養老駅舎桜

養老公園の桜も満開でした。
s-㉘養老公園

養老の滝は、養老駅から約3.5キロ、養老公園(松風橋)から川沿いに歩いて約25分です。
s-㉙養老の滝
この滝は木曽川水系にあり、日本の滝百選のひとつです。

養老の地酒は「美濃菊」でした。
s-㉚呑み鉄美濃菊

養老鉄道の旅を続けましょう。
s-㉛美濃山崎桜
美濃山崎駅も桜に囲まれていました。

多度駅に停車中の大垣行です。
s-㉜多度駅桜と電車
この駅でも途中下車しました。

多度駅の駅舎は社殿風になっています。
s-㉝多度駅

駅から歩いておよそ20分の所にある多度大社です。
s-㉞多度大社
この神社は創建が5世紀の第21代・雄略天皇の時代と伝えられる古社です。
s-㉟多度大社

再び、養老鉄道に乗って桑名に着いた時は夜になっていました。
s-㊱桑名駅

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  1. 2022/04/10(日) 00:02:12|
  2. 東海
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春の養老鉄道①

今週は、岐阜県の揖斐から大垣を経て、三重県の桑名までの57.5キロを結ぶ養老鉄道の春をご紹介します。
この路線は1911(明治44)年に旧養老鉄道に寄って開業し、その後、揖斐川電気、伊勢電鉄、参宮急行、関西急行など、紆余曲折を経て1944(昭和19)年に近畿日本鉄道(近鉄)の路線となりました。
しかし、乗客の減少により、2007(平成19)年より近鉄の子会社の養老鉄道として分離し、現在に至っています。

岐阜県側の終点の揖斐駅です。
s-①揖斐駅
昔ながらの趣のある木造駅舎が健在なのが嬉しいですね。

揖斐駅で発車を待つ、大垣行の電車です。
s-②揖斐駅電車
養老線の電車は、大垣駅を境に揖斐~大垣間と、大垣~桑名間に完全に運行形態が分かれています。

池野駅付近は桜が満開でした。
s-③池野駅桜と電車

これが池野駅です。
s-④池野駅舎

養老線の電車には、平日は日中のみ、土休日は終日、自転車とともに乗車することができます。
s-⑤自転車持ち込み

s-⑥広神戸駅名票

北大垣駅です。
s-⑦北大垣駅
北大垣付近も桜がたくさん咲いていました。
s-⑧北大垣付近

桜並木を眺めながら、北大垣~室間を走ります。
s-⑨北大垣~室

このあたりは笠縫堤と呼ばれる桜の名所です。
s-⑩笠縫堤桜

笠縫堤のあたりで養老鉄道と交差するJR東海道本線の貨物列車が、桜並木の脇を通り抜けていきました。
s-⑪貨物列車

JRと樽見鉄道に接続する大垣駅です。
s-⑫大垣駅ホーム
1番線からは桑名行、2番線からは揖斐行の電車が発車します。

それぞれの電車は行き止まりのこの駅ですべて折り返しとなります。
s-⑬イラスト駅名票

大垣城も桜が満開でした。
s-⑭大垣城

こちらは1982(昭和57)年の揖斐駅に停車中の電車です。
s-⑮昭和57揖斐駅
当時は近鉄養老線でした。

この続き、大垣~桑名間は来週、ご紹介します。

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  1. 2022/04/03(日) 00:01:35|
  2. 東海
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神戸新聞『ひょうご駅散歩』2021年3月掲載分(最終月)

今週は、昨年1年間連載した神戸新聞朝刊コラム「ひょうご駅散歩」の最終月、2021年3月掲載分をご紹介します。
s-0301稲野s-0302大蔵谷

s-0303佐津s-0304阪神住吉
阪神住吉駅は、特急停車駅の御影から至近距離にある小さな駅ですが、モダンな造りの高架駅でした。

s-0305兵庫s-0306北鈴蘭台
JR兵庫駅も大正時代のモダニズムを感じる高架駅ですが、1階の先頭ホームからは朝夕しか電車が走らない和田岬支線が発着します。

s-0307久崎s-0308猪名寺

s-0309苦楽園口s-0310上郡
阪急苦楽園口駅付近は、春になると桜の花が咲き乱れ、桜のトンネルの中を電車が走ります。

s-0311久谷s-0312甲東園

s-0313南公園s-0314志染

s-0316はりま勝原s-0317黒井

s-0318江原s-0319青野ヶ原

s-0320太市s-0321阪急春日野道
阪急春日野道駅の狭い島式のホームを特急電車が通過していくのは、ちょっと怖いぐらいです。

s-0322久下村s-0323北埠頭

s-0324篠山口s-0325須磨浦公園
須磨浦公園駅の回りは、美しい松林がひろがっており、この駅から鉢伏山へのロープウエイが発着します。

s-0326鉢伏山上s-0327溝口
鉢伏山の山上では、今頃は梅の花が美しく咲き乱れていることでしょう。

s-0328甲子園s-0329山陽姫路
阪神甲子園駅はタイガーズファンと高校野球の聖地、今年も野球シーズンが始まりますね。

s-0330三ノ宮①s-0331三ノ宮②
そして、1年間の連載の最後はJR三ノ宮駅でした。

コロナ騒動の最中、度々、コロナの影響で、しばしば、原稿の変更や書き換えを余儀なくされましたが、1年間353回、休刊日を除く毎朝の朝刊に休みなく最後まで掲載を続け、丁度1年前、昨年の今頃、連載を終えました。
このコラムの取材を通じて、これまで知らなかった私のふるさと兵庫県の町を隅々まで歩くことができました。
また、幸いにして、読者の反響も良かったようで、多くの方がコラムを切り抜いて保存してくださったそうです。

ありがとうございました。

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  1. 2022/03/27(日) 00:00:58|
  2. 著作/寄稿紹介/出演/講演など
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3月15日売『EX大衆』に寄稿しました。

この度、3月15日に双葉社から発売された『EX大衆』4月号に「消えゆくローカル駅よ、いつまでも」と題する記事を寄稿しました。
s-IMG_20220313_0004.jpg

これは、ここ数年、3月のダイヤ改正と同時に、JR北海度を中心に全国のローカル駅が次々に廃止されることにちなみ、消えゆく駅たちへの、惜別の思いを綴ったものです。

昨年19駅、今年は9駅もの駅たちが、日本地図から姿を消しました。
その大半が、JR北海道の駅でした。

かつて、町への玄関口だった駅も、モータリゼーションの発達と、過疎化の進行により、利用する人がが激減し、そして、廃屋が並ぶ原野に取り残され、そして消えていく駅も珍しくはありません。

その中で、根室本線の糸魚沢駅と函館本線の流山温泉駅、そして、2016年前に相次いで廃止された石北本線の上白滝、旧白滝など、「白滝シリーズ」と呼ばれた駅たちについて書きました。

ご興味のある方は、ご一読いただけると幸いです。

これが、役目を終えて消えていった駅立ちの一部です。
s-糸魚沢①
こちらは、この3月に廃止された根室本線の糸魚沢(いといざわ)駅、

そして、函館本線の流山温泉駅です。
s-流山温泉③H20

s-●上白滝駅①
そして、こちらは2016年に廃止された石北本線の上白滝駅(上)と旧白滝駅(下)です。
s-●旧白滝駅


なお、この雑誌は男性向けの月刊誌で、アイドル女性の記事が満載ですが、ヌードの掲載はありません。
s-IMG_20220313_0003.jpg
ご興味のある方にお読みいただければ幸いです。

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  1. 2022/03/20(日) 00:01:11|
  2. 著作/寄稿紹介/出演/講演など
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唐津線の旅②

先週に引き続き、佐賀県のJR唐津線の旅、今週は厳木(きゅうらぎ)~西唐津間をご紹介します。

厳木駅に着いた下りのキハ125です。
㉑厳木下り

こちらは岩屋~相知(おうち)間を走ります。
㉒岩屋~相知間
日中は一両だけで走ることが多いようです。

相知に上り佐賀行が到着しました。
㉓相知下り到着

こちらは古い駅舎が残る山本駅です。
㉔山本○
山本では、伊万里方面の筑肥(西)線と接続します。
㉕伊万里方面乗換え

鬼塚駅は、松浦川と並行しています。
㉖鬼塚

唐津に着きました。
㉗唐津駅ホーム

唐津駅で買った呑み鉄の酒は、「聚楽太閤」。
㉘呑み鉄太閤
唐津の地酒です。

唐津駅は高架駅になっています。
㉙唐津駅
福岡市営地下鉄空港線の福岡空港、博多方面から姪浜を経て、筑肥(東)線を直通する電車が発着します。

唐津のシンボルは唐津城。
㉚唐津城
5月になると藤の花が咲き乱れます。

こちらは、国の重要文化財に指定されている旧高取邸です。
㉛高取邸
明治時代の炭鉱王と言われた高取伊好(これよし)の邸宅で、この屋敷内には能舞台があります。

さて、こちらは唐津線の終点、西唐津駅です。
㉜西唐津ホーム
唐津~西唐津間2.2キロだけが電化されており、福岡空港方面からの筑肥(東)線の電車が西唐津まで乗り入れています。

西唐津駅です。
㉝西唐津駅

駅構内には車両基地があり、筑肥線への電車が留置されていました。
㉞車両基地

駅の近くに赤い煉瓦造りの建物がありました。
㉟倉庫
これは、旧唐津鐵工所の火力発電所跡で、1912(大正2)年に建てられたものです。

これは、今から47年前、1975(昭和50)の唐津駅です。
s-IMG_20220313_0002.jpg
当時は、ローカル線の大半の有人駅が、こんな木造駅舎でした。
唐津線では、今も小城、厳木(きゅうらぎ)、山本の各駅に同様の木造駅舎が残っています。

そして、こちらは、国鉄時代の唐津線の入場券です。
㊱入場券
今では、ほとんどの駅が無人駅になってしまいました。

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  1. 2022/03/13(日) 11:20:00|
  2. 九州
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唐津線の旅①

今週から2回にわたって佐賀県を走るJR唐津線の旅をご紹介しましょう。
唐津線は長崎本線の久保田から西唐津を結ぶ42.5キロのローカル線です。
ですが、列車の運行上は、佐賀駅が始発となっており、佐賀県第1の都市、佐賀市と第2の都市、唐津市を結んでいます。

佐賀駅に停車中の唐津線の列車です。国鉄時代からのキハ47系気動車が今も現役で走っています。
①佐賀駅
一部、途中の多久(たく)止まりの列車もあります。

佐賀を発車すると長崎本線を西に走り、2駅目の久保田から唐津線に入ります。
こちらはキハ125系です。
②久保田駅
平日の朝、久保田駅からは大勢の高校生が乗ってきました。

夕方の久保田駅です。
③久保田駅夕方跨線橋
昔ながらの跨線橋が残っています。

久保田~小城(おぎ)間を走る西唐津行の列車です。
④小城到着

瓦屋根の美しい小城駅です。
⑤小城駅T6
この駅舎は1917(大正6)年からこの町の玄関として役目をはたし続けています。

小城で買った呑み鉄の酒は「東一」。
⑥呑み鉄
佐賀県嬉野市の地酒です。

佐賀行の普通列車が小城駅を発車します。
⑦小城駅ホーム
唐津線の列車は、すべて各駅停車です。

途中の主要駅、多久駅です。
⑧多久駅今
2008(平成20)年に、多久市の区画整理により南側に移転しました。

こちらは、移転前の旧駅舎です。
⑩多久駅昔

多久には国の重要文化財に指定されている多久聖廟があります。
⑨聖廟
これは、孔子を祀った中国風の聖廟で17085(宝永5)年に建造されました。

厳木(きゅうらぎ)に下り列車が到着しました。
⑪厳木下り到着

この駅にも古い木造駅舎が残っており、この駅舎が建てられたのは1930(昭和5)年のことでした。
⑫厳木S5

厳木駅にはその昔、蒸気機関車が水を補給した給水塔が今も残っています。
⑬給水塔

この給水塔は中に入ることもできるんです。
⑭給水塔内部
幾何学的な煉瓦造りの造形が、なんともいえない美しさを保っています。

厳木駅の近くにある室園神社です。
⑮室園神社石造肥前鳥居
この変わった形の太い鳥居は、石造肥前鳥居と呼ばれており、佐賀県の重要文化財に指定されています。

急な石段を登り、小高い丘の上に小さな本殿がありました。
⑯室園神社本殿

この続き、厳木~西唐津間は、来週、ご紹介します。

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  1. 2022/03/06(日) 00:03:48|
  2. 九州
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なにわの大動脈・大阪環状線

今週は、大阪市中心部をぐるりと一周する大動脈、大阪環状線をご紹介します。

大阪駅を発車した外回り大阪環状線は、京橋、鶴橋、天王寺、新今宮、西九条などを経て再び、大阪駅に戻る21.7キロの路線です。東京の山手線と異なり、環状線内だけでなく、各方面から様々な形式の電車が乗り入れているのが特徴です。

大阪駅です。
①大阪駅
大阪環状線の他、東海道本線(JR神戸線・JR京都線)、福知山線(JR宝塚線)の列車が頻繁に行き来する大ターミナルです。
そのほか、阪急電車、阪神電車、大阪メトロ四つ橋線、御堂筋線、谷町線に接続しています。
けれども、「大阪駅」を名乗るのはJRだけで、阪急・阪神は大阪梅田、大阪メトロはそれぞれ、西梅田、梅田、東梅田と駅名が異なります。地元の人以外は、最初はとまどうでしょうね。

天満~桜ノ宮間を走る323系電車です。
②天満~桜ノ宮323系
この323系電車が環状線を走る主力車種です。

淀川(大川)橋梁を渡ります。
③大川橋梁

京橋~大阪城公園間の寝屋川橋梁で221系電車同士がすれ違います。
④寝屋川橋梁221系
この形式の電車は主に関西本線(大和路線)へと乗り入れる大和路快速として運用されています。

天王寺駅は大阪市南部の大ターミナルです。
⑤天王寺駅名票
関西本線、阪和線のほか、近鉄南大阪線(大阪阿部野橋)、阪堺電気軌道(天王寺駅前)、大阪メトロ御堂筋線、谷町線と接続します。

天王寺~新今宮間で通天閣をバックに走ります。
⑥天王寺~新今宮間通天閣

木津川橋梁を渡り、大正駅に入線する221形電車です。
⑥木津川橋梁大正駅221系

こちらは関西空港行の特急「はるか」です。
⑧271系はるか
現在はコロナ禍の影響で大幅に運転本数が削減されています。

そして、これは、阪和線から紀勢本線(きのくに線)に乗り入れて和歌山、白浜、新宮方面に向かう特急「くうろしお」です。
⑨287系くろしお大正
中には、白浜のアドベンチャーワールドにいる7頭のパンダにちなみ、パンダ顔にラッピングされた車両も走っています。

西九条駅の225系電車です。
⑩225系関空快速西九条
この電車は、天王寺から阪和線に乗り入れ、紀州路快速として和歌山までと、関空快速として関西空港までを結んでいます。

西九条からは桜島線(ゆめ咲線)が分岐しています。
⑪桜島線283系ラッピング電車
水色にラッピングされた電車は、ユニバーサルシティを経て桜島まで走ります。

大阪環状線の4号車は女性専用車両です。
⑫女性専用車両
時間が限定されている東京近郊の女性専用車と異なり、大阪近郊の電車は終日女性専用となるので、男性は注意が必要です。

さて、こちらは、2012(平成24)年に撮影した天満駅での201形電車です。
⑭201系2012年(2019年6月終了)
大阪環状線の主力車両として活躍していましたが、2019(令和元)年6月に運用を終えました。

このようにラッピングされた103系電車が走っていたこともありました。
⑮ラッピング201系2017年
2017(平成29)年に大正駅で撮影した写真です。

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  1. 2022/02/27(日) 00:01:33|
  2. 近畿
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神戸新聞『ひょうご駅散歩』2021年2月掲載分

今週は、一昨年4月から昨年3月まで、神戸新聞朝刊に掲載した『ひょうご駅散歩』の2月1日から28日分をご紹介します。

s-0201地下鉄新神戸s-0202谷川
地下鉄の新神戸駅から、六甲山の長いトンネルを隔てた隣の谷上駅までは、一昨年5月までは、北神急行電鉄でしたが、6月より、神戸市営地下鉄に統合されたため、大幅に運賃が安くなりました。

s-0203JR住吉s-0204東姫路
住吉駅は、昔の駅舎とは比較にならないほど、大きな駅ビルに変わりました。

s-0205藤江s-0206芦屋川

s-0207鎧s-0208ライナー魚崎
魚崎駅あたりは、戦前は多くの村に分かれていましたが、戦後、昭和25年に神戸市に併合されました。

s-0209神鉄六甲s-0210阪神元町
神戸電鉄の六甲駅は、阪急六甲駅とは、六甲山を隔てて、はるかに離れた場所にあるんです。

s-0211本竜野s-0212新西脇

s-0213中山観音s-0214緑が丘

s-0216浜の宮s-0217下滝

s-0218山下s-0219東加古川

s-0220生野s-0221逆瀬川
生野は、かつて銅山で栄えましたが、今はひっそりとした山あいの町になっており、銅山観光が往時を偲びます。

s-0222柴山s-0223打出
打出駅の所在地は、「打出小槌町」、地元の商店街のキャラクターは打出の小槌でした。

s-0224山陽天満s-0225樫山

s-0226JR道場s-0227地下鉄長田
道場駅は、神戸市内発着のきっぷに「道場駅を除く」と書かれていますが、れっきとした神戸市内に位置する駅です。

s-0228神戸空港

次回、『ひょうご駅散歩』の最終回、2021年3月掲載分は、3月27日にご紹介する予定です。

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  1. 2022/02/20(日) 00:00:54|
  2. 著作/寄稿紹介/出演/講演など
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五島列島の旅⑥奈留島

今週は五島列島の旅の6回目、列島のほぼ中央にある奈留島(なるしま)をご紹介します。
奈留島は人口およそ2,000人、周囲75.4キロの非常に複雑なリアス式海岸の地形をした島です。

これは奈留島港に停泊中の九州商船の「フェリー椿」です。
長崎港から福江港を経て、奈留島港に1日1回やって来ます。
s-①フェリー
奈留島港を出港すると、中通島の奈良尾港に立ち寄った後、再び長崎港に戻ります。

奈留島港に虹がかかっていました。
s-②奈留港の虹

これは奈留の町の中心部にある奈留公開です。
s-③奈留教会

そして、奈留高校の校門の近くにある「ユーミンの歌碑」です。
s-④ユーミンの歌碑
これは、荒井(松任谷)由実さんの奈留島ゆかりの曲「瞳を閉じて」の歌詞が彼女の直筆で刻まれています。

こちらは島の北西部にある江上天主堂です。
s-⑤江上天主堂
1906(明治39)年に建てられたこの教会は、世界遺産に登録されています。

江上天主堂の南にある小田河原展望台からは美しい五島の島々を眺めることができます。
s-⑥小田河原展望台
右手に見えているのは久賀島(ひさかじま)です。

皺ノ浦(しわのうら)は、島の北西の果てにある集落。
s-⑦皺ノ浦
静かな佇まいの漁港でした。

皺ノ浦の近くの大串集落にある日枝神社から、キラキラと輝く海を眺めます。
s-⑧日枝神社

奈留島のコミュニティバスの停留所は、なんだかお洒落です。
  s-⑨バス停1s-⑩バス停
皺ノ浦にも、1日5本のバスがやって来ます。

白這(しろばえ)漁港で蛸壺の掃除をするおじさんとお話しました。
s-⑪白這漁港
蛸壺をきれいにしておかないと、蛸が入ってこないそうです。

これは2007(平成19)年に廃校になった船廻小学校です。
s-⑬旧船廻小学校
現在は奈留島出身で2005(平成17)年に亡くなった笠松宏有(ひろとも)画伯の記念美術館として活用されています。
s-⑭笠松宏有記念館

こちらは宮ノ森総合公園です。
s-⑮宮ノ森総合公園
広大なこの公園にはキャンプ場があります。

奈留島で借りたレンタカーは、小さな電気自動車でした。
s-⑯電気自動車
宮ノ森総合公園内に、その充電設備があります。

城岳展望台から眺めた五島の島々です。
s-⑰白岳展望台

展望台からこの日、二度目の虹を見ることができました。
s-⑱白岳展望台虹
この日は雨が降ったり、晴れたりとおかしな天気でした。

東風泊(こちどまり)湾と東風泊集落の風景です。
s-⑲東風泊湾
島には静かな集落が点在しています。

こちらは島の南東部にある舅ヶ島(しゅうとがしま)千畳敷です。
s-⑳舅ヶ島千畳敷
波も穏やかで、静まりかえった夕方の千畳敷でした。
s-㉑千畳敷夕方

これは2泊した福良旅館です。
s-㉒福良旅館

この宿の食事は驚くほど豪華でした。
s-㉓夕食1

2泊目には五島牛のすき焼きまでついていました。
s-㉔夕食②

今回の五島の旅では6つの島を訪れ、あわせて8泊を過しました。
今回訪れた島々は五島列島の南西部の下五島と呼ばれる地域にあり、すべてが五島市に属します。

北東部の上五島には若松島、中通島、小値賀島(おじかじま)、野崎島、宇久島などの島々があります。
いつの日か、これらの島々にも足を運べたら良いなと思っています。

これで、6週連続でご紹介した五島列島の旅はおしまいです。
来週以降は、また鉄道の話題に戻ります。

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  1. 2022/02/13(日) 00:01:00|
  2. 九州
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五島列島の旅⑤久賀島

五島列島の旅、5回目は隠れキリシタンの歴史を持つ久賀島(ひさかじま)をご紹介します。
福江島の北東に位置する久賀島は、人口およそ300人、周囲52キロの馬蹄形をした島です。

久賀島南部にある田ノ浦港に福江港からの定期船「シーガル」が着きました。
s-①シーガル19t
総トン数19トンの小さな船が、福江港から20分、久賀島との間を1日3往復しています。

港の近くにあった田ノ浦神社です。
s-②田ノ浦神社
人の住む島には、必ず神社があります。

でも、この島は江戸時代、隠れキリシタンの島でした。
s-③浜脇教会
港に近い丘の上にある浜脇教会です。

こちらは島の北西にある細石流(さざれ)集落です。
s-④細石流
小さなこの集落には、今は人の住む家が2軒しかないそうです。
s-⑤細石流の海
静かな細石流の海、波の音しか聞こえません。
s-⑥細石流漁港
それでも、週にたった1便だけ、この集落にもコミュニティバスがやって来るそうです。

こちらは馬蹄形の島の内側にある久賀湾です。
s-⑦久賀湾

その湾の近くにあるのが、牢屋の窄(ろうやのさく)殉教記念教会です。
s-⑧牢屋の窄
明治元年、明治維新を知って姿を現した隠れキリシタンたちが、明治政府からこの場所で激しい弾圧を受けました。。
五島藩は広さ約20平方メートルの狭い牢屋敷に200名のキリシタンを入牢させ、厳しい拷問を加えました。
拷問は8か月間も続き、42名もの信者が亡くなったのでした。
s-⑨信仰の碑
その場所に建てられた信仰の碑の周囲には、亡くなった信者の名前と年齢が刻まれた碑が立っています。亡くなった人のほとんどは老人と幼い子供でした。

さて、こちらは島の北東部にある折紙展望台から眺めた久賀湾と湾を隔てた同じ久賀島の対岸です。
s-⑩折紙展望台久賀湾

そして、こちらは、手間に蕨小島と、向こう側に見えるのは奈留島です。
s-⑪折紙展望台なるしま

山の中の道端に罠にかかった猪がいました。
s-⑫猪
かわいそうですが、畑の作物を荒らすので駆除しているそうです。

島の北東にある蕨(わらび)集落です。
s-⑬蕨集落

比較的大きな集落で1875(明治8)年に開校した蕨小中学校がありましたが、2009(平成21)年に廃校になったそうです。
s-⑭蕨小中
現在では島のまん中に統合された久賀小中学校があり、9人の生徒が通っていますが、その多くは県外からの離島留学の子供たちだそうです。

沖合を行くフェリーオーシャンが見えました。
s-⑮フェリーオーシャン
この船は久賀島には立ち寄らず、福江島と、奈留島、若松島を結んでいます。

海辺に建つのは、旧五輪教会です。
s-⑯旧五輪教会
これは、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」のひとつとして世界文化遺産に登録されています。

これは旧五輪教会の内部です。
s-⑰旧五輪教会内部
この教会は1881(明治14)年に浜脇教会として浜脇地区に建てられましたが、1931(昭和6)年に五輪地区に移築されました。
その後、老朽化のため1985(昭和60)年に、隣接する場所に新しい五輪教会が新築され、教会の役目を終えました。

こちらが新築された現在の五輪教会です。
s-⑱新五輪教会

田の浦港に「フェリーひさか」がやって来ました。
s-⑲フェリーひさか
この船は、田の浦港と、福江島の奥浦港、福江港とを結びます。

五島の夕暮れです。
s-⑳夕陽

来週は五島列島の第6回目、奈留島(なるしま)をご紹介します。




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  1. 2022/02/06(日) 00:01:07|
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五島列島の旅④椛島

今週も汽車旅日記ではなく、五島列島の島旅日記です。
今回は第4回目、福江島の北東に浮かぶ椛島(かばしま)をご紹介します。

椛島は、周囲27キロの蝶々が羽を広げたような形の島です。
この島には伊福着(いふき)と本窯(ほんかま)という二つの定期船が発着する集落があります。
福江港から原則として1日3便が行き交っています。

伊福着港に着いた定期船「ソレイユ」です。
s-①ソレイユ19トン
わずか19トンの小さな船ですが、福江港から伊福貴港まで19分で着きます。

伊福貴港の小さな待合所です。
s-②伊福貴渡船待合所
なんだか、公衆電話が懐かしいですね。でも、使う人はいるのでしょうか。

港の近くにある蛭子神社です。
s-③蛭子神社

伊福貴集落はひっそりとしていました。
s-④伊福着集落
かつて、この島には4,000人もの人が住んでいたこともあるそうですが、現在の人口は約120人とのこと。

伊福貴には、島で唯一のお寺、西蓮寺があります。
s-⑤西進寺

これは、伊福着港の沖に浮かぶ無人島、椎の木島です。
s-⑥椎の木島

そして、こちらのまん丸の島はツブラ島です。
s-⑦ツブラ島と久賀島
現在は無人島ですが、この島にも人が住んでいたこともあるそうです。

伊福貴からもうひとつの集落、本窯までは5.3キロ離れています。
けれども、バスやタクシー、レンタカー、レンタサイクルなど何もないので、歩くことにしました。

途中の山の中に入ると、長刀岩(なぎなたいわ)と呼ばれる大きな岩がありました。
s-⑧長刀岩
そそり立つその姿は、正に男性のシンボルのようです(笑)。

山の中で蛙さんに会いました。
s-⑨蛙

道には蟹さんも歩いていました。
s-⑩蟹

無人地帯に美しい切り立った断崖がありました。
s-⑪野崎海岸

伊福貴から本窯に行くまん中にある椛島小中学校です。
s-⑫学校2017休校
立派な校舎がありますが、2,017(平成29)年を最後に生徒がいなくなり、休校になっています。

学校のある首ノ浦では、蝶々の形をした島の、羽の付け根の部分にあり、陸地の幅は200メートルしかありません。
s-⑬首の浦
学校のほかに家が数軒ありましたが、人が住んでいるかどうかは確認ませんでした。

遠くに霞んで見えるのは久賀島(ひさかじま)です。
s-⑭遠くに奈留島

こちらは本窯の集落です。
s-⑮本窯集落

港の近くに椛島神社がありました。
s-⑯椛島神社

夕方、この島に来るこの日、最後の定期船がやって来ました。
s-⑰夕方のソレイユ

来週は、椛島の隣にある世界遺産のある島、久賀島をご紹介します。




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  1. 2022/01/30(日) 00:09:57|
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五島列島の旅③黄島

五島列島の旅、第3回目は列島の南端に位置する小さな島、黄島(おうしま)をご紹介します。
黄島は、赤島から10分、福江港から40分の、五島列島最南に位置し、周囲5.5キロの小さな島です。
室町時代から海上交易で栄え、かつては福江島よりも栄えていたこともあったとか。
けれども、大正時代には1200人もいた島人は、今では35人だけになってしまいました。

黄島港から福江に向かう夕方の定期船「おうしま」です。
s-①黄島港
この島に来る船は赤島と同様、一日2便だけ。舟が小さいので波が高いと欠航する日も多いそうです。

港の近くにある黄島神社です。どんな小さな島にも必ず神社だけはありますね。
s-②黄島神社

ここは延命院というお寺です。
s-③延命院
民宿を兼営していて、この夜の宿となりました。

赤島と同じく、集落は石垣で囲まれています。
s-④-1集落

そして、この島にはたくさんの島猫がいて、人口の10倍ぐらいいるそうです。
s-④-2島猫
なぜか、黒猫が多いようです。

島の北西にある細ヶ岳に行ってみました。
s-⑤細ヶ岳
この山は、海抜23メートルの長崎県で一番低い山だとか・・・。

細ヶ岳からは西に福江島が見えます。
s-⑥西に福江島

そして、北側には赤島です。
s-⑦北に赤島

夕暮れの黄島港です。
s-⑧夕暮れの黄島港


さて、翌日は、お寺のご住職が船長を勤める小舟(海上タクシー)に便乗させてもらって、釣人を福江島の塩津港まで迎えに行き、黄島沖の無人島まで送るのに同行しました。
s-⑨夜明け前のイーグル
夜明け前の海上タクシー「イーグル」(4トン)です。


s-⑩夜明け前に出港
出航すると、やがて東の空が赤くなってきました。

やがて、真っ赤な太陽が東シナ海の水平線に登ってきました。
s-⑪夜明け
すでに、出漁している漁船の姿が見えます。

これが、黄島の南東にある無人島、美漁島(びろうじま)です。
s-⑫美漁島
ここで、釣り人たちは、夕方まで釣りをするそうです。

島に戻ると島内を散歩しました。
これは2000(平成12)年に廃校になった黄島小中学校です。
s-⑬小中学校
島には、廃校になった時以来の、5歳の男の子がひとりいるそうです。
その子が1年生になる年には復活するのでしょうか?

島の裏側まで歩いて行くと、八十八地蔵という古いお地蔵様が並んでいました。
s-⑮八十八地蔵
以前は延命院にあったのをこちらに移し、お寺には新たなお地蔵様を造ったそうです。

八十八地蔵の近くの断崖を降りると、丈の穴と呼ばれる溶岩トンネルがあります。
s-⑯溶岩トンネル丈の穴

この洞窟は最深部まで130メートルあり、途中に坂やカーブがあるため、完全に真っ暗になります。
s-⑰溶岩トンネル
照明などはないので、宿で借りた懐中電灯だけが頼りです。

すると、闇の中から不気味な笑い声のような声が聞こえてきました。

やがて、それはコウモリだということがわかりました。

洞窟の奥の真っ暗な中に祭壇があり、そこにはたくさんの供え物とともに、観音様が祀られていました。
s-⑱観音様
この観音様は延命院のご住職が、定期的におつとめに来られるとのことです。

洞窟の入口近くの溶岩におおわれた海岸です。
s-⑲南海岸
黄島は五島列島最南端の島、この先の南側の海に島影はありません。

集落に戻り、見つけた石仏は、お不動様でしょうか。
s-⑳お不動様
その向こうの家は、島でたった一軒しかない商店です。
食料品や雑貨などを売っていました。

集落にはいたるところに猫がいます。
s-㉑餌島猫
猫好きのおじさんが餌を雨樋に並べると、島猫たちが大喜びで食べていました。

港近くの海岸です。
s-㉒狭い砂浜
火山島のこの島で、ごく小さな砂浜がありました。

この島での滞在は25時間、さようなら、黄島。
s-㉓さらば黄島
島を離れる時、とても、センチメンタルな気持ちになってしまいます。
特に、それが、小さな島であればあるほど、その気持ちは強くなるのです・・・。

次回は、五島列島の旅の4回目、福江島の北東にある小さな島、椛島(かばしま)をご紹介します。

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  1. 2022/01/23(日) 00:01:36|
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五島列島の旅②赤島

先週に引き続き五島列島の旅、今回は福江島の南東に浮かぶ小さな島、赤島をご紹介します。
福江港からは1日2本の定期船「おうしま」が赤島とその南にある黄島(おうしま)を結んでいます。

福江から赤島までは30分、総トン数42トンの小さな船が住民の足です。
s-①定期船おうしま
現在の島の人口はわずかに9人、赤島で降りた客は私ひとりでした。

赤島港についても、何の案内板や看板もなく、あったのは昭和7年に建てられた「防波堤築造記念碑」だけでした。
s-②防波堤築造記念碑S7

沖には大きな岩礁が見えました。
s-③沖の岩礁

福江島を眺める港近くの海岸はエメラルドグリーンに輝いています。
s-⑤福江島を望む

そして、出迎えてくれたのは2匹の島猫だけ。
s-④島猫

坂を登ってしばらく歩くと赤島神社がありました。
s-⑥赤島神社
島で会った長老の話では、昔はこの神社の境内で島の子供たちが大勢遊んでいたそうです。

集落の中心にある赤島総合集会所です。
s-⑦赤島総合集会所
ここは集会所と消防格納庫と診療所とを兼ねていますが、扉は施錠され、人の姿はありませんでした。
ちなみに、診療所には医師がやって来るのは月に1度、診療時間は30分だけだそうです。

11月というのに、ハイビスカスの花が咲いていました。
s-⑧ハイビスカス
このあたりは暖流の対馬海流が流れているので、暖かいのでしょう。

民家の入口に珊瑚とアワビの貝殻が並べてありました。
s-⑨珊瑚とあわび

でも、集落の中はこのような廃屋ばかりです。
s-⑩廃屋

この島で見かけた唯一のクルマです。
s-⑫廃車
廃車になってから、いったい何年が過ぎたのでしょうか。

ここには立派な家が建っていたのかもしれません。
s-⑬これはなに?

石垣に囲まれた家々も、すべて今は住む人がいません。
s-⑭海辺の廃屋
この島も、昔は鯨や鰹漁で栄え、島には鰹の加工工場もあったそうです。
そのころの島の人口は500人を超えていたとのこと。けれども、人々は次々と島も離れ、今、この島に住む人は9人だけ。
かつて、島にあった学校は跡形も残っていません。

石垣に囲まれた道の両側には、かつて家が建っていたのでしょう。
s-⑪石垣に囲まれた道
昔はこの狭い道で人と人との肩が触れあうぐらい人が大勢いたそうです。

それでも、3人の漁師さんたちが沖に出かけていきました。
s-⑮漁師たち
聞けば、沖に網を仕掛けて翌日取りに行くと、エビやイカがかかっているそうです。

海辺に古びた墓地がありました。
s-⑯墓地
枯れススキが風に揺れ、傾いた墓石もありました。その数は百基以上もあったでしょうか。

朽ち果てそうなお地蔵様もありました。
s-⑰お地蔵様
ここには、昔は確かに大勢の人たちが住んでいたのです。

細い道をたどって島の反対側まで行ってみました。
s-⑱獣道と石垣
今は獣道のようになった道の脇にも石垣が続いており、ここにもかつて人が住んでいたのでしょう。

森の中に池がありました。
s-⑲池

そして、途中に謎の物体がぶら下がっていました。
s-⑳なぞの物体

みかんの木もありました。
s-㉑みかんの木
かつて、ここはみかん畑だったのかもしれません。

そして、たどり着いた島の反対側は、ゴツゴツとした岩が続く溶岩海岸になっていました。
この島ははるか昔、福江島の火山が噴火してできた火山島だそうです。
s-㉒溶岩海岸
対岸に見えるのは福江島です。

観光客がまず訪れることのないこの小さな島には、かつての栄華を偲ぶかのように静かな時間が流れていました。

来週は、赤島の南側にある黄島をご紹介します。

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  1. 2022/01/16(日) 00:00:55|
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五島列島の旅①福江島

今週から、しばらく列車の旅を離れ、長崎県の五島列島のうち下五島の6つの島々の旅にご案内します。
今回は、その第1回目、五島列島最大の島で約34,000人が暮らしている福江島をご紹介します。

私がこの島を訪れたのは45年ぶりのことでしたが、福江の中心部にはドラッグストアや、リゾートホテル、コンビニなどがあり、随分、都会になったと感じました。

福江島が近づいてきました。
s-①五島へ
長崎港を出たフェリーは3時間10分で福江港に着きます。

福江港内を行く「フェリー椿」です。「フェリー万葉」と交互に運航されています。
s-②-1フェリー椿
福江島を出ると、奈留島(なるしま)、中通島の奈良尾港を経て、再び長崎港に戻ります。

こちらは博多港からやってきた「フェリー太古」です。
s-②-2フェリー太古
この船は博多港から、五島列島北部の宇久島、小値賀島、中通島の青方港を経て、福江港まで8時間30分かけてやって来ます。
このほか、福江島には、長崎港からの高速船ジェットフォイルと、福岡空港、長崎空港からの飛行機も飛んでいます。

さて、こちらは福江の中心部にある福江城です。(石田城とも呼ばれます)
s-③福江城 (2)
幕末の1863(文久3)年に、黒船来航に備えて造られた日本で一番新しいお城だそうです。

城内にある五島氏の心字が池庭園です。
s-④五島氏心字が池庭園
訪れた日は雨でしたが、しっとりとした風情を感じることができました。

こちらは五島観光歴史資料館です。
s-IMG_1287.jpg
地方の資料館としては充実した内容で、五島の遣唐使やキリシタンの歴史、バラモン凧などの文化などを知ることができました。

これが福江島に伝わるバラモン凧です。
     s-IMG_0090.jpg
子供の健康祈願や魔除けの意味を持ち、男の子の発節句の時に祖父が贈る風習があるそうです。

これはお城にほど近い武家屋敷通りです。
s-⑤武家屋敷通り

こちらは明人堂です。
s-⑥明人堂
室町時代に明との交易が盛んだったころ、航海の安全を祈るために建てられた廟堂の跡地に建てられたものです。

これは、島の南西部の玉之浦にある井持浦教会です。
s-⑦井持浦教会
この教会には日本で最初のルルド(聖なる泉)があります。
s-⑧ルルド

こちらは福江島の西端に位置する大瀬崎灯台です。
s-⑨大瀬崎灯台
この海の向こうの方角には韓国の済州島があります。

こちらは島の北西部にある高浜海岸です。
s-⑩高浜海岸
45年前の夏に、この海岸で海水浴をしたことがありました。

こちらは、島の北東部にある堂崎天主堂です。
s-⑪堂崎教会
1908(明治41)年に、五島で最初に建てられた洋風建築です。

1873(明治6)年、キリシタン弾圧の歴史が解除されました。
その時、最初に五島に来島したマルマン神父と、その後を継いだペルー神父の像です。
s-IMG_1371.jpg
堂崎天主堂は、ペルー神父によって建てられました。

このまん丸の山は、五島のシンボルといわれる火山、鬼岳です。
s-⑫鬼岳

鬼岳の麓に広がる鐙瀬(あぶんぜ)溶岩海岸です。
s-⑬鐙瀬あぶんぜ溶岩海岸
ここは約1万年前に鬼岳が噴火したときの溶岩が流れ出てできた海岸で、荒々しい海岸美を見せてくれました。

対岸に見える島は黒島です。
s-⑭黒島
人口はひとりだけ。定期航路は廃止され、今は70代の女性がたったひとりでお住まいだそうです。

11月7日の夜、福江港では、福江みなとまつりガ行なわれていました。
s-⑮みなと祭
コロナ禍の影響で、1年前は中止だったそうですが、この年は規模を縮小して行なわれました。

炎上太鼓は、1,962(昭和37)年の福江大火の後に、大火に立ち向かう火消したちをイメージして始まったとのこと。
s-⑯炎上太鼓

夜には花火が夜空を彩りました。
   s-⑰花火1  s-⑱花火2

そして、福江で何度も呑んだ焼酎が、その名も「五島」。
s-⑲麦焼酎五島
福江島の三井楽で作られています。

来週からは、福江港から定期船が発着する小さな島々をご紹介します。

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  1. 2022/01/09(日) 00:01:07|
  2. 九州
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神戸新聞『ひょうご駅散歩』2021年1月掲載分

今週は、一昨年4月から昨年3月まで、神戸新聞朝刊に掲載した『ひょうご駅散歩』の1月1日から31日分をご紹介します。

s-0101湊川s-0103湊川
湊川駅は、元々は神戸電鉄の起点となるターミナル駅でしたが、神戸高速鉄道の開通後はターミナルの座を新開地駅に明け渡し、今ではひっそりとしています。

s-0105市島s-0107佐用

s-0108御着s-0109阪神御影
阪神御影駅の高架下に「霊泉・沢の井」という湧き水があることは、以外に知られていないかもしれません。

s-0110高速長田s-0111マリンパーク

s-0112福崎s-0113西鈴蘭台

s-0114JR宝塚s-0115西飾磨

s-0116さくら夙川s-0117中央市場前

s-0118須磨海浜公園s-0119八鹿

s-0120箕谷s-0121法華口

s-0122市場s-0123城崎温泉山頂
城崎温泉ロープウエイの山頂からは、円山川や遠く日本海の眺望が楽しめます。

s-0124湊川公園s-0125石生
「石生」と書いて「いそう」とはなかなか読めない難読駅ですね。

s-0126西新町s-0127魚住

s-0128一の鳥居s-0129医療センター
一の鳥居駅の背後にある天守閣は何だろうと思ったら、大学の博物館でした。

s-0130横山s-0131阪急伊丹
阪急伊丹駅は、阪神大震災で崩壊しましたが、今では立派な駅ビルに生まれ変わりました。

次回、2021年2月分は、2月20日にご紹介する予定です。

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  1. 2022/01/02(日) 00:01:24|
  2. 著作/寄稿紹介/出演/講演など
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伊東線各駅・途中下車の旅

今週は静岡県の熱海と伊東を結ぶJR伊東線とその周辺にご案内しましょう。
伊東線は東海道本線の熱海駅から伊東駅とを結ぶ16.9キロの路線です。
運行形態は伊東からさらに伊豆半島の東岸南に走り、伊豆急下田までを結ぶ伊豆急行と一体となっています。

熱海駅で発車を待つ普通電車です。
s-①熱海駅

熱海の次の来宮(きのみや)で、早速、途中下車しました。
s-②来宮伊豆急2100系金目電車
伊豆急下田行の「キンメ電車」が発車です。
反対ホーム側には並行する東海道本線の電車も見えます。

来宮駅です。
s-③来宮駅舎
伊東線の途中駅の駅舎は、どこも昭和初期建造のモダンな建物ばかります。

駅のすぐ近くに来宮神社があります。
s-④来宮神社

境内には樹齢二千年と言われる大楠があり、国の天然記念物に指定されています。
            s-⑤樹齢2000年大楠

また、来宮駅から徒歩10分ほどの場所に熱海梅園があります。
s-⑥熱海梅園
1月下旬から2月にかけて、園内は花盛りになります。

伊豆多賀付近で車窓から見る相模湾です。
s-⑦伊豆多賀付近の相模湾

伊東線の駅名票は、どの駅もこのようなイラストが描かれています。
s-⑧伊豆多賀駅名票

来宮~伊豆多賀間を行く「黒船電車」です。
s-⑨来宮~伊豆多賀黒船電車
「黒船電車」は、「キンメ電車」とともに「リゾート21」と呼ばれる伊豆急ご自慢の2000系電車です。

こちらは伊豆急8000系。
s-⑩伊豆急8000系
伊東線を走る普通列車は、大半が伊豆急行の車両です。

こちらはE257系の特急「踊り子」です。
s-⑪E257系踊り子
東海道本線を経由して首都圏と伊豆急下田を結びます。

そして、こちらは今年3月に惜しまれながら引退した185系「踊り子」です。
s-⑫185系踊り子

伊豆多賀駅もモダンな駅舎です。
s-⑬伊豆多賀駅

網代(あじろ)駅のホームです。
s-⑭網代駅ホーム

ここにも、同じような駅舎があります。
s-⑮網代駅
でも、特急停車駅なのに無人駅です。

網代港はのどかな佇まいです。
s-⑯網代港

網代温泉で、間近に海を眺める露天風呂を見つけました。
s-⑰網代温泉 (2)

こちらは宇佐美付近を特急「サフィール踊り子」がやって来ました。
s-⑱宇佐美付近E261系サフィール踊り子
昨年春にデビューした全車グリーン車の豪華列車です。

これが宇佐美駅。
s-⑲宇佐美駅
どの駅も、お洒落な造りですね。

宇佐美駅に「キンメ電車」がやって来ました。
s-⑳宇佐美駅ホーム
「キンメ電車」は伊豆の特産の金目鯛をイメージしたものです。

そして、こちらが伊東駅です。
s-㉑伊東駅
多くの列車は、伊東から先、そのまま伊豆急下田に向かいます。

伊東の中心部、伊東大川沿いに趣のある2軒の和風旅館の建物があります。
s-IMG_9884.jpg
現在は、伊東市の交流施設と、主に外国人向けのゲストハウスになっていますが、どちらも日帰り入浴が可能です。

伊東駅のホームに、熱海行の「黒船電車」が発車を待っています。
s-㉒伊東駅ホーム黒船電車

「黒船電車」の内部です。
s-㉓黒船電車内部
海側の座席は外の方を向いていて、絶景を堪能できるようになっています。

帰りは「黒船電車」の中で、海を眺めながら呑み鉄・・・。
s-㉔呑み鉄
伊東で買ったお酒は、静岡県藤枝市の「志太泉」でした。

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  1. 2021/12/26(日) 00:01:40|
  2. 東海
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晩秋の雲仙ロープウエイ

今週は、長崎県の島原半島にある雲仙ロープウエイをご紹介します。
雲仙ロープウエイは、雲仙岳の麓、仁田峠から妙見岳を結ぶ、標高差173メートル、延長500メートルのロープウエイです。
s-①仁田峠駅
晩秋の日曜日に仁田峠を訪れました。
s-②仁田峠
紅葉の季節、大勢の観光客を乗せてピストン運転をしていました。
s-③

車窓からは、有明海をはさんで宇土半島や天草の島々が見えました。
s-④宇土半島天草

妙見岳駅までは3分で到着します。
s-⑤

山上付近は紅葉が真っ盛りでした。
s-⑥

s-⑦妙見岳

山上からは平成新山を間近に見ることができます。
s-⑧平成新山
この山は1991(平成3)年の普賢岳の大噴火によって生まれた山です。

やがて、山上からは橘湾に沈む真っ赤な夕陽を望むことができました。
s-⑨夕陽

なお、仁田峠駅への公共交通機関はありません。
また、峠への道は上りと下り専用の細い一方通行路しかなく、シーズン中の休日は大変な渋滞となるため、平日がお薦めです。
s-⑩渋滞する道
私がクルマで訪れた時、麓から7キロの道を通って仁田峠まで2時間もかかりました。
そのおかげで、美しい夕陽を見ることができたのですが・・・。

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  1. 2021/12/19(日) 22:50:20|
  2. 九州
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北上線の旅

今週は東北北部の山の中を走るJR北上線をご紹介します。
この線は岩手県にある東北本線北上駅と秋田県の奥羽本線横手駅を結ぶ61.1キロの路線です。

北上駅で発車を待つ横手行の列車です。
s-①北上
北上線は北上駅の西の外れの0番線から発車します。

朝の通学時間帯は藤根駅で反対列車と交換します。
s-②藤根交換

立川目~横川目間を流れる尻平川を渡ります。
s-③立川目~横川目尻平川
「このあたりでは熊も出没するべ」と、ここで出会った釣りのおじさんが言っていました。

横川目~岩沢間で、黄金色の田の中を走ります。
s-④横川目~岩沢

岩沢駅です。
s-⑤岩沢駅
このあたりは、かつて鉱山で栄えたそうです。

s-⑥和賀仙人

ゆだ錦秋湖~ほっとゆだ間の第1和賀川橋梁です。
s-⑦ゆだ錦秋湖~ほっとゆだ
あたりは、深い山の中です。
s-⑧ゆだ錦秋湖~ほっとゆだ

ほっとゆだ駅付近の和賀川第2橋梁です。
s-⑨ほっとゆだ付近

ほっとゆだ駅に着きました。
s-⑩ほっとゆだ到着

朝、ほっとゆだに着いた列車から高校生が大勢降りました。
s-⑪高校生

これがほっとゆだ駅です。
s-⑫ほっとゆだ駅
以前は陸中川尻という駅名でしたが、駅に「ほっとゆだ温泉」という日帰り温泉施設が開設されたことに伴い、1991(平成3)年に改称されました。
s-⑬温泉
これがほっとゆだ温泉です(誰も入浴していない時に撮影)。
風呂場に信号機が設置されており、列車の時刻が近づくと黄色や赤に信号が変わりましたが、残念ながら今は故障したまま稼働しません。もう、修理する部品がないのだそうです。

こちらは黒沢駅です。
s-⑭黒沢駅
この駅は北上線で唯一、国鉄時代からの木造駅舎が残されています。

終点の横手に着きました。
s-⑮横手到着
駅舎は2011(平成23)年に橋上駅舎に建替えられました。
s-⑯横手駅

冬のほっとゆだ駅です。
s-⑰雪のほっとゆだ
北上線沿線は間もなく、このように深い雪に閉ざされます。

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  1. 2021/12/12(日) 00:01:03|
  2. 東北
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神戸新聞『ひょうご駅散歩』2020年12月掲載分

今週は、昨年1年間、神戸新聞朝刊に掲載した『ひょうご駅散歩』の12月1日から31日分をご紹介します。
s-1201竜野s-1202みなと元町
山陽本線の竜野駅はひっそりとしていて、姫新線の本竜野駅の周辺の方が栄えているのは意外でした。

s-1203船町口s-1204丹波竹田PNG
丹波竹田を過ぎると、兵庫県から京都府に入ります。

s-1205園田s-1206山陽垂水

s-1207和田山s-1208みなとじま

s-1209二郎s-1210JR元町

s-1211夢前川s-1212武庫川

s-1213相生s-1215西神南

s-1216武田尾①s-1217武田尾②
複線電化前の武田尾駅は山の中にひっそりと佇む駅でしたが、今は半分トンネルの中にある駅になりました。

s-1218手柄s-1219鵯越
鵯越(ひよどりごえ)は、源平合戦の一ノ谷の戦い舞台とされる場所で、静かな山の中にあります。

s-1220川西能勢口s-1221新井
新井と書いて「にい」と読みます。かつて、明延鉱山の入口でした。

s-1222西明石s-1223新三田
西明石駅は、新幹線側と在来線側では、まるで雰囲気が異なります。

s-1224有馬口s-1225駒ヶ林

s-1226諸寄s-1227播磨下里
播磨下里は、月に2回、鉄道ファンの僧侶がやって来て、無人駅の駅舎で「下里庵」というお寺を開くという、変わった駅です。

s-1228滝野s-1229多田

s-1230岩屋s-1231播州赤穂
大晦日は、やはり忠臣蔵にちなんで、播州赤穂にしました。

次回、2021年1月分は、1月2日にご紹介する予定です。

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  1. 2021/12/05(日) 00:00:05|
  2. 著作/寄稿紹介/出演/講演など
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北陸鉄道・浅野川線

今週は石川県の北陸鉄道浅野川線をご紹介します。
この線は、北陸新幹線金沢駅前の北鉄金沢駅から内灘までを結ぶ6.8キロの路線です。

北鉄金沢駅は、地下駅になっており、次の駅、七ツ屋までのうち約0.5キロは、北陸地方で唯一の地下鉄区間になっています。
①北鉄金沢

地下区間を抜けると、すぐに七ツ屋に着きます。
②七ツ屋
上に見えるのは北陸新幹線とIRいしかわ鉄道(旧北陸本線)の高架橋です。
やって来た電車(8000系)は元京王井の頭線を走っていた電車です。

こちらは磯部駅です。
③磯部
こちらの電車は元東京メトロ日比谷線の03系。
2種類の車両が交互にやって来ましたが、徐々に03系に置換されるようです。

北間駅にやって来た内灘行の電車です。
④北間

浅野川線は浅野川に並行していますが、堤防などに遮られて車窓からその流れを見ることができません。
s-IMG_8175.jpg
これが、北間付近を流れる浅野川です。


割出(わりだし)~三口(みつくち)間を走ります。
⑥割出~三口

北間~蚊爪(かがつめ)間です。
⑤北間~蚊爪
浅野川線の電車は、日中は30分おきに走ります。

蚊爪~粟ヶ崎間で大野川の鉄橋を渡ります。
⑦蚊爪~粟ヶ崎
車窓から見えない浅野川は、河口近くでこの鉄橋のある大野川と合流し、日本海に流れます。

⑧粟ヶ崎駅名票

粟ヶ崎を過ぎると、間もなく、終点の内灘に着きます。
⑨間もなく内灘

これが、終点の内灘駅です。
⑩内灘駅
内灘砂丘が、駅から1キロほどの場所にあります。

内灘駅構内には、この線の車庫があります。
⑪車庫

やがて、折り返し、北鉄金沢行の電車が発車していきました。
⑫内灘発車

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  1. 2021/11/28(日) 00:01:39|
  2. 北陸
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越美北線の旅②

先週に引き続き福井県の越美北線の旅、今週は越前大野駅から終点の九頭竜湖駅までの旅をご紹介します。

越前大野に九頭竜湖行の午後の列車がやって来ました。
s-①大野駅
この先を走る列車は1日、たった4.5往復だけです。
(早朝の下りは回送扱い)

この線の呑み鉄の酒は「一之谷」
s-②呑み鉄
越前大野の地酒です。

越前大野駅を発車しました。
s-③大野駅発車

ひっそりと佇む下唯野(しもゆいの)駅です。
s-④下唯野駅

下唯野~柿ヶ島間を走るのは福井行の上り列車です。
s-⑤下唯野~柿ヶ島

s-⑥柿ヶ島

柿ヶ島~勝原(かどはら)間の第2九頭竜川橋梁を下り列車が渡ります。
s-⑦柿ヶ島~勝原第2九頭竜川橋梁
ここは越美北線一番のビュースポットです。

勝原付近を走ります。
s-⑧勝原近く

これが勝原駅です。
s-⑨勝原駅
1960(昭和35)年に越美北線が開業した時はここが終着駅でした。

勝原駅を発車していく九頭竜湖行下り列車です。
s-⑩勝原発車
勝原~九頭竜湖間が開通したのは1972(昭和47)年のことでした。

越前下山駅を発車する上り列車です。
s-⑪越前下山駅
越前下山駅の近くには、九頭竜温泉「平成の湯」があります。
s-⑫九頭竜温泉平成の湯

そして、終着駅の九頭竜湖に停車中の列車です。
s-⑬九頭竜湖駅発車待ち

これが九頭竜湖駅です。
s-⑭九頭竜湖駅

駅前で動く恐竜の出迎えを受けました。
s-⑮駅前の恐竜
でも、隣接する道の駅の方が賑わっていました。

駅近くに生態保存されている大正8(1919)年生まれの8620形蒸気機関車です。
s-⑯8620形
最後は1973(昭和48)年まで越美北線を走っていました。

蒸気機関車の前には、源義平にちなむ珍しい平安時代の笛の展示館があります。
s-⑰宍馬民俗館

こちらは九頭竜ダムです。
s-⑱九頭竜ダム
駅から7キロほど離れていますが、路線バスはありません。

さらにその奥にある九頭竜湖です。
s-⑲九頭竜湖
ダムを造るために九頭竜川をせき止めてできた人造湖です。

そして、これは、冬の訪れた時の九頭竜湖駅です。
s-⑳冬の九頭竜湖駅
冬になるとこのあたりは深い雪に包まれます。

なお、越美北線は福井から岐阜県の美濃太田を結ぶ鉄道として計画され、美濃太田~北濃間は国鉄越美南線として開通し、越美北線の終点九頭竜湖と結ばれて越美線となるはずでしたが、国鉄の財政破綻により計画は頓挫し、九頭竜湖~北濃間が開通することはありませんでした。未開通区間を結んでいたバスも2002(平成14)年に廃止されてしまい、今では同区間に公共交通機関はありません。

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  1. 2021/11/21(日) 00:01:05|
  2. 北陸
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越美北線の旅①

今週から2回にわたって福井県の越美北線(九頭竜線)をご紹介します。
越美北線は北陸本線の越前花堂から九頭竜湖までの52.5キロのローカル線です。
起点は越前花堂ですが、列車はひと駅先の福井駅から発車します。

福井駅で発車を待つ九頭竜湖行きの列車です。
s-①福井駅
北陸新幹線開業を見据えて、福井駅葉高架駅となりましたが、越美北線の列車は北陸本線上りホームの西端にある3番線から発車します。

越前東郷駅です。
s-③越前東郷駅
この駅は国鉄時代からの駅舎が残されていますが、駅員の姿はありません。

東郷の町には、しっとりとした水路をはさんだ遊歩道があります。
s-④水路のある街並み

そんな東郷にある地酒が「桂月」と「白岳仙」。
s-⑤呑み鉄桂月と白岳仙

越前東郷~一乗谷間を走る下り列車です。
s-⑥越前東郷~一乗谷

ひっそりとした一乗谷駅です。
s-⑦一乗谷駅
近くに越前朝倉氏の一乗谷遺跡や資料館があります。

一乗谷~越前高田間の第3足羽川(あすわがわ)橋梁を渡る列車です。
s-⑧第3足羽川越前高田~一乗谷間
このあたりでは足羽川を渡る橋梁が7つもあります。
s-⑨第6足羽川橋梁小和清水~市波
こちらは市波~小和清水(こわしょうず)間の第6足羽川橋梁です。

こちらは小和清水駅です。
s-⑩小和清水駅
福井には名水がたくさん湧き出ていて、それを「しょうず」と呼びます。

美山駅です。
s-⑪美山駅
この線では比較的大きな駅ですが、今は無人駅です。

越前薬師駅です。
s-⑫越前薬師駅
越美北線には、こんな小さな無人駅がたくさんあります。

緑の中の計石(はかりいし)~牛ヶ原間を行く下り列車です。
s-⑬計石~牛ヶ原

計石駅です。
s-⑭計石駅
駅前に並行するバスの停留所がありました。

北大野~越前大野間を行く列車です。
s-⑮北大野~越前大野

そして、この線の中心駅、越前大野に着きました。
s-⑯大野到着
福井から2両編成でやって来た列車は、前1両が終点の九頭竜湖まで行き、後ろ1両は折り返し、福井行きになります。

線路脇には列車と乗客の安全を祈る「安全の鐘」がありました。
s-⑰安全の鐘

越前大野駅です。
s-⑱越前大野駅
城下町大野を表わしたどっしりとした造りです。

こちらが町のシンボル越前大野城です。
s-⑲大野城
1575(天正)年、織田信長の配下の金森長近が初代の城主でした。

市内にはいくつかの武家屋敷が残されています。
s-⑳内山家武家屋敷
こちらは、旧内山家の武家屋敷、

そして、こちらは旧田村家です。
s-㉑田村家武家屋敷
たくさんの風車が飾られていました。

この続き、越前大野から九頭竜湖までの旅は、来週、ご紹介します。

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  1. 2021/11/14(日) 00:01:28|
  2. 北陸
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神戸新聞『ひょうご駅散歩』2020年11月掲載分

今週は、昨年1年間、神戸新聞朝刊に掲載した『ひょうご駅散歩』の11月1日から30日分をご紹介します。

s-1101別府s-1102中山寺


s-1103阪神三宮s-1104武庫之荘

s-1105宝殿s-1106大池

s-1107摂津本山①s-1108摂津本山②
摂津本山駅は、私の故郷の駅。それだけ思い入れがあるので、昔と今の2回掲載しました。

s-1110妙法寺s-1111六甲山頂
六甲有馬ロープウエイの大きな窓から眺める絶景は最高でした。ただ、六甲ケーブルに接続していた表六甲線が2004(平成16)年から運転休止になっているのが残念です。
s-1112ロープウエイ有馬温泉s-1113三木

s-1114備前福河s-1115大塩
兵庫県にあるのに、備前と名がつく備前福河駅は、かつての岡山県福河村が、県を跨いで兵庫県赤穂市に併合されたためものの、駅名はそのままになっているのです。

s-1116苔縄s-1117鶯の森

s-1118武庫川団地前s-1119居組
武庫川団地前には、この掲載の後、阪神本線でも長年親しまれて運用を終えた「赤胴車」が静態保存されました。

s-1120厄神s-1121塩屋

s-1122高速神戸s-1123宝塚南口

s-1124ウッディタウン中央s-1125柏原

s-1126香住s-1127須磨寺

s-1128寺前s-1129杭瀬

s-1130コウノトリの郷
コウノトリの郷駅は、京都丹後鉄道で唯一の兵庫県にある途中駅です。

次回、12月分は、12月5日にご紹介する予定です。

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  1. 2021/11/07(日) 00:01:50|
  2. 著作/寄稿紹介/出演/講演など
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世界の駅いろいろ②

先週に引き続き、これまで訪れた世界各地の駅をご紹介します。

最初は、オーストラリアのシドニー・セントラル駅です。(1986年訪問)
s-⑮シドニーセントラル1986
オーストラリア西部の街、パースから3泊4日のオーストラリア大陸横断の旅を終えて、この駅に到着しました。
イギリスの影響を強く受けた格調高い駅でした。

次はカナダのバンクーバー中央駅です。(1988年訪問)
s-⑯バンクーバー中央1988
この駅を訪れたのは東部の街、トロントまでの大陸横断鉄道の旅に出発したときで、やはり3泊4日かかりました。

こちらはアメリカのサンディエゴ・サンタフェ駅です。(1996年訪問)
s-⑰サンディエゴサンタフェ1996
ロサンジェルスから約2時間のアムトラックの旅で訪れました。
ここはメキシコのティファナとの国境の町、メキシコ側にも行ってみました。

これは、エジプト・カイロのラムセス中央駅で発車を待つアスワン行の夜行列車「ナイル特急」です。(1990年訪問)
s-⑱カイロラムセス中央1990
「ルクソールには何時に着きますか?」と車掌に尋ねると「We don't know !」「アラーの神のみが知っている」と答えました。
3時間や5時間、遅れるのは当たり前だからです。(結局3時間遅れでした)

こちらはインドのニューデリー駅に到着したカルカッタからの「ルシタニア・エクスプレス」です。(1994年訪問)
s-⑲ニューデリー1994
雑然としたホームの佇まいがいかにもインドといった感じです。

それは、タイのバンコク・フォアランポーン駅です。(1990年訪問)
s-⑳バンコクフォアランポーン1990
庶民的な雑然とした駅でした。この時はマレーシアのバターワースまでの夜行列車に乗りました。

これはマレーシアのクアラルンプール中央駅です。(1990年訪問)
s-㉑クアラルンプール1990
長らく中心駅として機能していましたが、現在では多くの長距離列車はこの駅に停車せず、新設されたセントラル駅にその役目を譲っています。

こちらは、シンガポールにあったマレー鉄道のタンジョン・パガー駅です。(1990年訪問)
s-㉒シンガポール1990廃止2010
かつては、シンガポールの中心部にあるこの駅までマレーシアからの国際列車が発着するターミナル駅でした。この時はクアラルンプールからの列車で到着しました。駅の入国審査では麻薬探査犬がおり、麻薬の取り締まりに厳しいシンガポールではこの犬に吠えられたら死刑になると言われていました。
ところが、2011年に、シンガポール側の国境にあるウッドランド・チェックポイントと、タンジョン・バガー間の24.5キロが廃止され、ウッドランド・チェックポイントが終点となりました。

こちらは、インドネシアのジャワ島の東部にあるジョグ・ジャカルタ駅です。(1993年訪問)
s-㉓ジョグジャカルタ1993
ジョグ・ジャカルタはインドネシアの首都のジャカルタとは別のジャワ島西部にある町で、世界的な古代仏教遺跡として知られるボロブドゥールの玄関口となっています。この駅からは、ジャカルタやスラバヤなどへの長距離列車が発着しています。

こちらはモンゴルのウランバートル駅です。(1998年訪問)
s-㉔ウランバートル1998
北京やモスクワとを結ぶ国際列車が発着しています。この写真の列車はウランバートル発モスクワ・ヤロスラベリ行の国際列車で、ロシアのウランウデからシベリア鉄道に乗り入れます。私はこの時、この列車で4泊5日かけてモスクワまで旅をしました。

この大きな駅は中国の北京駅です。(2000年訪問)
s-㉕北京2000
古くからの北京の中心駅で、ウランバートルや平壌、遠く、モスクワまでに国際列車も発着していますが、2011年に開業した上海との間を結ぶ高速鉄道は北京南駅から、今年開通したばかりの北部のハルピンへの高速鉄道は北京朝陽駅からそれぞれ発車します。

これは韓国の旧ソウル駅です。(2009年訪問)
s-㉖ソウル2009
この駅舎は日本統治時代の1925年に建築家の塚本靖氏の設計で完成したもので(当時の駅名は京城駅)、KTX(高速鉄道)が開業する前年の2003年まで使われていました。現在は資料館などの文化スペースとして今も活用されています。


こちらは、台湾の北西部にある新竹(シンチュー)駅です。(1984年訪問)
s-㉗新竹1984
この駅も日本統治時代の1913年に建築家の松崎萬長の設計によって完成した建物で、台湾最古の駅舎です。この建物は嬉しいことに台湾の国定古蹟として保護され、現在も現役で使われています。

そして、最後は、ご存知、東京駅の丸の内駅舎です。(2021年撮影)
s-㉘東京2021
1914(大正3)年に完成したモダンな煉瓦駅舎は辰野金吾博士により設計され、以来、首都東京の一大ターミナルとして機能し続けています。戦争末期の1945(昭和20)年5月に米軍機の空襲により損壊したが、2年後に一部を除いて修復。2012(平成24)年に建築当時の姿に完全復元されました。

まだまだ、海外で乗ってみたい鉄道、訪れたい駅や町はたくさんあります。
このコロナ禍の状況で、未だ、海外旅行は厳しい状況が続いていますが、時期が来れば、また、海外の列車の旅を楽しみたいと思っています。ただ、それまで、私の寿命や体力が残っていればよいのですが・・・

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  1. 2021/10/31(日) 00:01:07|
  2. 海外の旅
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世界の駅いろいろ①

今週から、2回にわたって、今までに訪れた世界の駅(各国1カ所)をご紹介します。
訪れた年は、30年以上も前のものもあり、現在と大きく変わっている可能性もありますので、ご承知おきください。

今週は、ヨーロッパの各国です。
まずは、鉄道発祥の地、イギリスのロンドン・ヴィクトリア駅です。(1994年訪問)
s-①ロンドンヴイクトリア1994
この駅はウオータールー駅などと並ぶ、ロンドンの大ターミナルの1つで1860年に設置された歴史ある駅で、まるで宮殿のようなその格調の高さに圧倒されます。
豪華国際列車の「ベニス・シンプソン・オリエントエクスプレス」はこの駅から発車します。

続いてはアイルランドのダブリンにあるヒューストン駅です。(2017年訪問)
s-②ダブリンヒューストン2017
首都ダブリンから南部と西部を結ぶアイルランド最大の駅で、駅前には市内を走る路面電車「ルアス」が発着しています。
訪れたのは3月中旬でしたが、駅前の桜の木が満開だったのにはびっくりしました。

次はポルトガルの首都、リスボンにあるセントアポローニャ駅です。(1986年訪問)
s-③リスボンセントアポローニア1986
パリからの長距離夜行列車「SUD EXPRESS」(写真)で到着しましたが、リスボンはいかにもヨーロッパの最果てという感じの哀愁漂う街でした。なお、現在は「SUD EXPRESS」はパリ発ではなく、スペインとフランスの国境の駅、ヘンダイヤとリスボン間に短縮されています。これは、パリ~ヘンダイヤ間にTGVが開通したためです。

その次はスペインのマドリッド・アトーチャ駅です。(1986年訪問)
s-④マドリッドアトーチャ1986
ヨーロッパのターミナル駅に多いのですが、このようなドーム状の屋根の下にホームがあります。
左側に停車しているのは軌間の異なるフランスとの間を行き来するフリーケージトレインの「タルゴ」です。

そして、こちらはフランスのパリ東駅です。(2008年訪問)
s-⑤パリ東2008
パリの東側にあるわけではなく、ドイツ、ポーランド、ロシアなど、フランスの東側にある各国への国際列車が発着します。

こちらは、ドイツのミュンヘン中央駅です。(2008年訪問)
s-⑥ミュンヘン2008
パリ、ウィーン、ブダペスト、プラハなど、ヨーロッパ各地との国際列車が発着する大ターミナルです。

これは、ベルギーのアントウエルペン中央駅です。(1991年訪問)
s-⑦アントウエルペン中央1991
英語ではアントワープともいいます。頭端式の実に格調の高い駅で、これぞ、ヨーロッパという、とても印象に残った駅です。

これはオーストリアのウィーン西駅です。(1987年訪問)
s-⑨ウィーン西1987
ウィーンから西に向かうローカル列車が停車しています。ホームにある公衆電話が時代を感じさせてくれます。

こちらはピサの斜塔で有名なイタリアのピサ駅です。(1986年訪問)
s-⑩ピサ1986
この時点でイタリアでは蒸気機関車が現役だったことに感激しました。

これは、チェコのプラハ本駅です。(1987年訪問)
s-⑪プラハ本駅1987
この時点ではまだ、国名はチェコスロバキアで、その後、チョコとスロバキアに分離しました。
プラハは、古き中世の佇まいが残された素晴らしい街でした。この駅からウィーン行きの夜行列車に乗り込んだのです。

次は、ハンガリーのブダペスト東駅です。(1987年訪問)
s-⑫ブダペスト東1987
この町は、ドナウ川の西岸のブダと、東岸のペストが合体したもので、ここも中世の佇まいを残す美しい都です。


こちらはトルコのイスタンブール・ハイダルパシャ駅です。(1989年訪問)
s-⑬イスタンブールハイダルパシャ1989
この駅はイスタンブールのボスポラス海峡をはさんだアジア側の終着駅で、オスマントルコ時代の1909年に建設された格調高いもので、訪れた当時、首都アンカラや、イラン、シリアへの国際列車が発着するターミナルでした。しかしながら、残念なことに2013年に廃止され、アンカラへの高速鉄道の開通により、現在のターミナルは郊外のペンディック駅となっています。

そして、こちらはロシア・モスクワにあるヤロスラベリ駅です。(1998年訪問)
s-⑭モスクワヤロスラベリ1998
シベリア鉄道の起点駅として知られ、遠く、モンゴル、中国、北朝鮮方面への長距離列車が発着しています。
この時、北京からウランバートルを経て7865キロ、長い大陸横断鉄道の旅の終点がこの駅でした。

また、機会を見つけて大陸横断鉄道やヨーロッパ各地の列車の旅をしたいと願っていますが、残念ながらコロナ禍のために、今はすぐに実現しそうにないのが残念です。

来週はヨーロッパ以外の各国の駅をご紹介します。




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  1. 2021/10/24(日) 00:00:01|
  2. 海外の旅
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猿橋駅と日本三奇矯のひとつ「猿橋」

今週は山梨県にある中央東線、猿橋駅とその周辺をご紹介しましょう。

猿橋駅に着いた上り高尾行き普通列車です。
s-①IMG_9590
この駅には普通列車しか停車しません。

これが猿橋駅です。
s-②猿橋駅

中央東線は東京と長野県の塩尻を結ぶ大幹線。色々な列車が通ります。
s-③特急
新宿や東京と、甲府・松本などを結ぶ「かいじ」「あずさ」が交互にやって来ます。

これは普通電車。
s-④普通

そして、時折、貨物列車の姿も見られます。
s-⑤貨物列車

これが、日本三奇矯のひとつと言われている名勝・猿橋です。
s-⑥猿橋1
猿橋駅から歩いて15分ほどの場所にあります。

この橋の起源は明らかではありませんが、戦国時代は甲斐武田氏の戦略上の要であったそうです。
過去、何度も架け替えガ行なわれており、現在の橋は江戸時代の建築方式に基づいて1084(昭和59)年に架橋されたものです。
s-⑦猿橋2
崖があまりに高いため、橋桁を作ることができず、両岸から張り出した跳ね木によって支えられた特殊な構造で作られています。

猿橋の下を流れる桂川の清流です。
s-⑧桂川
秋には紅葉の名所として知られています。

近くにある猿橋公園です。
s-⑨猿橋公園
公園の中には地元大月市の郷土資料館があります。
s-IMG_9580.jpg

駅からの途中にこんな酒屋さんがありました。
s-⑩酒屋さん
そのお店で買った山梨の地酒は「甲斐の開運」。
s-⑪呑み鉄
河口湖の近くで造られたお酒です。

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  1. 2021/10/17(日) 00:02:48|
  2. 甲信越
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上田電鉄のかかし

今週は上田電鉄別所線の沿線に飾られている案山子(かかし)たちをご紹介します。
以前にもご紹介しましたが、上田電鉄は、北陸新幹線としなの鉄道の上田駅から接続し、別所温泉までの11.6キロのローカル私鉄です。1921(大正10)年の開通以来、沿線の通勤通学の足として、また、別所温泉への観光客の足として長年活躍してきました。
ところが、一昨年10月の台風被害により、千曲川の鉄橋が崩落してしまいました。けれども、地元上田市などの支援により、今年3月に1年半ぶりに復旧しました。

そんな上田電鉄を応援しようと、別所線沿線の駅や線路脇にたくさんの案山子を立てて、盛り上げようというプロジェクトが9月11日から期間限定で行なわれています。

これが、復旧した千曲川橋梁です。
s-①千曲川鉄橋

上田の次の駅、城下には地元の高校の野球ユニホームを着たかかしがホームに立っていました。
s-②城下

上田原駅には、法被を着たかかしや、ボーイスカウトスタイルのかかし、駅長さんのかかしなどが並んでいます。
s-④上田原

このプロジェクトは地元の上田東ロータリークラブが中心となって実施されています。
s-③看板

こちらは大学前駅です。
s-⑤大学前
駅周辺には長野大学のほか2つの短大があります。

下之郷~中塩田間の田園地帯の線路脇にもかかしたちが立っていました。
s-⑥下之郷~中塩田
上り電車に手を振っています。

なんだか、愛嬌のあるかかしですね。
s-⑦下ノ郷~中塩田

こちらは同じ場所の下り電車です。
s-⑧下之郷~中塩田

舞田駅の前にもたくさんの、かかしたちがいました。
s-⑨舞田「温泉いぐだ」1

鬼のかかしです。
s-⑩舞田鬼

舞田駅のホームには「へのへのもへじ」のかかしがいました。
s-⑪舞田へのへのもへじ

上田電鉄のキャラクター「八木沢まい」と、かかしたちです。
s-⑫舞田駅名票

そんな駅に上田行の電車がやって来ました。
s-⑬舞田電車到着

これは、八木沢駅前にいた真田十勇士のかかしです。
s-⑭八木沢・真田幸村と十勇士

こちらは、同じく八木沢駅近くにいた映画「兄消える」を題材にしたかかしです。
s-⑮八木沢兄消える
上田市でロケが行なわれた映画だそうです。

終点の別所温泉駅でも、かかしたちの出迎えを受けました。
s-⑰別所温泉
着物の女性のお面が、ちょっと怖い感じがしました。

別所温泉駅の使われなくなった反対ホームにもかかしたちが立っていました。
s-⑯別所温泉旧ホーム

沿線には秋風が吹き、コスモスの花が揺れていました。
s-⑱コスモス
(中塩田駅付近)

このプロジェクトは10月30日まで行なわれています。
今年初めて行なわたそうですが、毎年、恒例になればいいのになあと思いました。

なお、以前、ご紹介した上田電鉄につきましては、ここをクリックしてください。

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  1. 2021/10/10(日) 00:02:47|
  2. 甲信越
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神戸新聞『ひょうご駅散歩』2020年10月掲載分

今週は、昨年1年間、神戸新聞朝刊に掲載した『ひょうご駅散歩』の10月1日から31日分をご紹介します。

s-1001JR西ノ宮s-1002押部谷

s-1003阪急御影s-1004学園都市

s-1005摩耶ケーブルs-1006星の駅
摩耶ビューラインは、ケーブルカーとロープウエイを乗り継いで摩耶山上まで行くことができます。

s-1007飾磨s-1008今津
かつて、阪神今津駅と阪急今津駅は線路がつながっていましたが、今はそれぞれが高架駅となって接続しなくなりました。

s-1009明石s-1010神鉄長田

s-1011鼓が滝s-1013東二見 - コピー

s-1014市民広場s-1015社町

s-1016玄武洞s-1017播磨新宮①
播磨新宮は学生時代に合宿で何度か訪れた思い出の駅なので、今と昔を載せました。

s-1018播磨新宮②s-1019北伊丹
北伊丹駅は大阪国際空港に最も近く、飛行機の爆音で列車の接近音が聞こえなくなるため、注意するようにとの案内がされています。

s-1020大石s-1021山陽曽根

s-1022英賀保s-1023鈴蘭台
鈴蘭台は神戸電鉄、有馬線と粟生線が分岐するターミナル。この駅を過ぎると、両線とも急な坂を登ります。

s-1024上沢s-1025JR尼崎

s-1026長s-1027青木
阪神青木駅は「おうぎ」と読む難読駅。幼少のころ、私はこの近くに住んでいました。

s-1028売布神社s-1029仁豊野

s-1030小野s-1031日本へそ公園
日本へそ公園は、休日には家族連れで賑わいますが、ほとんどの人が車で訪れるため、残念ながら駅は閑散とした無人駅です。

次回11月分は、11月7日にご紹介する予定です。


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  1. 2021/10/03(日) 00:01:29|
  2. 近畿
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昭和の福知山線と武田尾旧線廃線跡

福知山線の第3回目、今週は電化される前の懐かしい国鉄福知山線の風景をご紹介します。

これは昭和30年代前半に道場付近を行く急行出雲です。
s-㉘出雲S30
このころ、私はまだ幼児でした。この写真は小倉さんという年配の方から頂いたものです。

こちらは1972(昭和47)年に、武田尾~道場間を行く特急「まつかぜ」です。
s-㉙まつかぜ
大阪から福知山線と山陰本線を延々と走り、博多まで行く長距離特急列車でした。
今は廃線になった武庫川沿いの旧線です。
s-㉚まつかぜ2
食堂車連結の堂々たる長大編成でした。

こちらはディーゼル機関車に牽引された旧型客車による普通列車です。
s-㉛客車列車
山間に悲しげなホイッスルを響かせながら、ゆっくりと走っていました。

こちらは気動車の普通列車です。
s-㉜気動車普通
篠山口行など、比較的短距離の普通列車は気動車でした。

旧武田尾駅です。
s-㉝武田尾駅昭和47年11月
山の中にひっそりと佇む趣のある駅でした。

そして、石生駅に停車中の出雲市行普通列車です。
s-㉞ 石生駅客車
当時、大阪から、の米子、出雲市行などの長距離普通列車が何本もあり、それらはすべて客車列車でした。

さて、ここからは複線電化前の旧線廃線跡です。
s-㉟川沿い
生瀬~武田尾間は、今はハイキングコースになっていますが、武庫川の清流は、列車が走っていたころと変わっていませんでした。

トンネルを抜けるとすぐに鉄橋がありました。
s-㉞廃線トンネル

トンネル入口似合った標識です。
s-㊲トンネル入口標識

線路脇にあったキロポストも残っていました。
s-㊳キロポスト
起点の尼崎からの距離を表わしています。

武田尾~道場間のトンネルの先にあった鉄橋は、すでに撤去されていました。
s-㊴鉄橋はない
ここは、昔、特急「まつかぜ」を撮影した場所です。なんだか、悲しい気持ちになりました。

国鉄時代の、福知山線の入場券の一部です。
s-㊵入場券
s-㊶スタンプ
そして、昭和47年に押した駅のスタンプです。

国鉄民営化から34年、時の流れるのは早いものです。




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  1. 2021/09/26(日) 00:01:25|
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福知山線の旅②

先週に引き続き、福知山線の旅。
篠山口を発車した特急「こうのとり」は、丹波大山を過ぎ、篠山川に沿って走ります。
s-⑭丹波大山~下滝

ここは下滝駅の南にある丹波竜の里公園で、電車の窓からもよく見えます。
s-⑮丹波竜の里公園
これは2006(平成18)年に、このあたりで発見された白亜紀(1億1000万年前)の恐竜の化石が発見されたことにちなむ公園です。この恐竜、「タンバティタニス」と命名され、丹波竜の愛称で親しまれています。

下滝駅で上下線の普通列車が交換します。
s-⑯下滝駅交換

こちらは加古川線との交換駅の谷川駅です。
s-⑰谷川駅
昔ながらの趣のある駅舎が残っています。

柏原(かいばら)駅です。
s-⑱柏原
関西には柏原と書いて、この「かいばら」のほか、滋賀県にある東海道線の「かしわばら」、大阪府にある関西本線の「かしはら」と3つの同じ字の駅があります。

この町で買った地酒は市島の「奥丹波」。
s-⑲柏原呑み鉄
すっきりとした呑み応えのあるお酒で、地元での評判もいいようです。

柏原~石生(いそう)間を行く普通列車です。
s-⑳柏原~石生

そして、こちらは石生~黒井間を走ります。
s-㉑石生~黒井

特急列車もやって来ました。
s-㉒石生~黒井こうのとり
これも石生~黒井間です。

こちらは黒井~市島間を走る普通列車。
s-㉓黒井~市島普通
このあたりを走る日中の普通列車は2両編成です。

同じ区間を走る「こうのとり」です。
s-㉔黒井~市島こうのとり
特急列車も3両の短い編成でした。

丹波竹田駅に到着した下り列車です。
s-㉕丹波竹田
次は、終点の福知山。この駅を過ぎると京都府に入ります。

終点の福知山駅です。山陰本線と京都丹後鉄道宮福線に接続しています。
s-㉖福知山駅
普通列車はこの駅止まりですが、「こうのとり」は山陰本線に乗り入れて城崎温泉(きのさきおんせん)まで走ります。

駅前広場には蒸気機関車C11が静態保存されていました。
s-㉗C11
1933(昭和8)年生まれのこの機関車は、最初、紀勢本線を走ったあと、1956(昭和31)年から1971(昭和46)年に廃車となるまで、福知山機関区所属で活躍していたそうです。

来週は、昭和のころの福知山線と、福知山線生瀬~道場間の旧線廃線跡をご紹介します。

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  1. 2021/09/19(日) 00:00:36|
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福知山線の旅①

今週から3回にわたって兵庫県東部を南北に走るJR福知山線をご紹介します。
福知山線は、東海道本線(JR神戸線)の尼崎と山陰本線の福知山を結ぶ106.5キロの路線です。
この線の起点は尼崎ですが、運行系統城は、東海道本線の京都・大阪方面、および、JR東西線・片町線の北新地・木津方面から直通運転されています。

昭和50年頃の福知山線は、全線単線非電化で、1時間に1本程度の客車列車がゆっくりと走っていたものです。
ところが、その後、複線電化を進め、1986(昭和61)年に尼崎~新三田間の複線化と全線の電化が完成し、大幅なスピードアップが行なわれ、三田・宝塚・川西方面からの通勤通学の足として進化を遂げました。そして、1988(昭和63)年には、大阪~篠山口間にJR宝塚線という愛称が付与されています。

大阪駅で発車を待つ特急「こうのとり」です。
s-①大阪駅
新大阪と福知山・城崎温泉を結んでいます。

東海道本線と福知山線が分岐する尼崎駅です。
s-②尼崎駅
以前は、普通列車しか停車しませんでしたが、現在は東海道本線の新快速と快速、福知山線のすべての特急、および快速が停車するターミナル駅になりました。

北伊丹駅には、国鉄時代の古い駅名票が残っています。
s-③北伊丹
国鉄時代の北伊丹駅は普通列車の一部も通過する無人駅でした。

川西池田駅です。
s-④川西池田
この駅で、阪急宝塚本線と能勢電鉄の川西能勢口駅と連絡通路で接続しています。

阪急宝塚駅の前を通過する福知山線の普通電車です。
s-⑤宝塚
複線電化以前は、宝塚から大阪への人の流れは圧倒的に阪急電車が優位でしたが、その後、JRが逆転しています。

宝塚を過ぎると六甲山系の山並みをトンネルで抜けていきます。
s-⑥武田尾
武庫川を渡って武田尾(たけだお)駅に入線する下り電車です。
s-⑦武田尾
かつて、生瀬(なまぜ)から武田尾を経て道場(どうじょう)に至る区間は、武庫川の清流に沿って走る風光明媚な区間でしたが、近代化の際に旧線はすべて廃線となり、トンネルで一気に抜ける新線へと切り替わったのです。
(この区間の旧線の当時の様子は2週間後の次々回、ご紹介します)

道場駅を丹波路快速が通過します。
s-⑧道場丹波路快速
道場駅は福知山線で唯一の神戸市内にある駅ですが、JRの運転計算上の大都市区分の「神戸市内」には含まれていません。

三田駅です。
s-⑨三田
この駅からは1943(昭和18)年まで国鉄有馬線が接続していました。現在は、神戸電鉄三田線に乗換えることができます。

こちらは広野駅です。
s-⑩広野
駅前に旧武庫川橋梁の一部が展示されています。

古市駅に停車中の普通列車です。
s-⑪古市
山の中の小さな無人駅ですが、江戸時代には、京都と丹後、播磨を結ぶ交通の要衝だったそうです。

篠山口(ささやまぐち)に停車中の「こうのとり」です。
s-⑫篠山口こうのとり
かつて、この駅と福住駅を結ぶ国鉄篠山線が分岐していましたが、1972(昭和47)年に廃線となりました。
s-⑬篠山口駅
国鉄篠山線につきましては「こちら」をご覧ください。

この先、福知山までの様子は来週、ご紹介します。

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  1. 2021/09/12(日) 00:01:21|
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神戸新聞『ひょうご駅散歩』2020年9月掲載分

今週は昨年度に掲載した神戸新聞朝刊コラム『ひょうご駅散歩』のうち、9月1日から30日の掲載分をご紹介します。

s-0901深江s-0902網引
北条鉄道の網引駅の近くで、戦時中に悲劇があったことは、現地に行くまで知りませんでした。

s-0903夙川s-0904大久保

s-0905鈴蘭台西口s-0906簗瀬

s-0907八家s-0908笹部
笹部駅は、山の中にあるひっそりとした小さな駅でした。

s-0909JR芦屋s-0910西脇市
かつて、国鉄鍛冶屋線の野村駅は、西脇市駅と改称されました。

s-0911山陽網干s-0912ハーブ園山麓
新神戸駅の近くのハーブ園に登るロープウエイは、気持ちのいい空中散歩でした。

s-0913ハーブ園山頂s-0915岡場

s-0916西宮名塩s-0917阪急宝塚
いつの間にか、阪急宝塚駅より、JR福知山線の宝塚駅の方が利用者が多くなっていたのには驚きでした。

s-0918山陽明石s-0919大倉山

s-0920京口s-0921須磨

s-0922南魚崎s-0923ハーバーランドeight="300" />

s-0924荒井s-0925神野

s-0926有馬温泉s-0927小林
有馬温泉駅は、コロナ禍以前は、外国人観光客の姿も多かったそうです。

s-0928有年s-0929阪神尼崎
有年駅の兵庫県内最古の駅舎が取り壊されたのは残念でした。

s-0930西代

ここまでで、1年間のうち、ようやく半分の掲載が終わりました。
次回、10月分は10月3日に公開予定です。

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  1. 2021/09/05(日) 00:01:19|
  2. 著作/寄稿紹介/出演/講演など
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