田中正恭の汽車旅日記

ここは、紀行作家・田中正恭 (たなかまさやす) が、つれづれなるままに各地の旅や、鉄道に関する話題について綴っており、原則として毎週日曜日に更新しています。時には鉄道以外の話題になることもありますが、よろしくお願い致します。内容につきましてのご感想や、執筆や講演などの依頼がありましたら、お気軽にメッセージをお寄せください。なお、写真や文章の無断転載はご遠慮願います。

国鉄民営化、あれから30年

早いものですね。
昭和62(1987)年4月1日、国鉄分割民営化から30年の月日が流れました。
膨大な額の赤字を抱えて経営が破綻した国鉄が民営化され、7つの新会社に分割して新しいスタートを切ったのは、この日のことでした。

その日の朝、「よろしくJR」のヘッドマークを掲げ、東京駅を発車した「ひかり号」です。
①ひかり
この当時は、まだまだ0系が主力車両でした。

東海道本線の主力は113系でした。
②113系
この電車も「こんにちはJR」のヘッドマークをつけています。

山手線と京浜東北線は103系です。
③山手線
有楽町駅ホームで撮影しましたが、このホームのあたりは今もあまり変わっていません。
④京浜東北線
車掌さんの国鉄の制服も懐かしいですね。

さて、この時、国鉄民営化の直前、昭和62年3月26日から3月31日まで、私は東京日本橋の高島屋東京店8階催事場において、「さよなら国鉄・国鉄全線大きっぷ展」という個展を開催しました。
⑤きっぷ展駅名票
この展示会は、国鉄民営化という一大ニュースにタイミングを合わせたものだったので、NHK、TBS、テレビ朝日、日本テレビなどのテレビ各局、新聞社、雑誌社など数多くのマスコミの取材が殺到したため、大変な賑わいでした。

内容は、私は昭和56年までにすべて集めた国鉄全駅の入場券を中心とした国鉄切符の展示です。
⑥北海道
そのほかに、駅弁の掛け紙コレクションや、それまで全国各地で撮影した写真の展示も行ないました。
⑦関東甲信越
⑧国鉄切符
写真は車両写真だけではなく、「終着駅百景」というコーナーも設けました。
⑨終着駅百景
その後、あの時、存在していた多くのローカル線や駅が廃止されてしまったのは、本当に寂しいことです。

⑩グッズ即売
このイベントに合わせて国鉄関連の鉄道グッズの販売も行われ、飛ぶように売れたと高島屋さんに感謝されたものです。
⑪高島屋入口
あれから、30年、次の30年後には、おそらくリニアモーターカーが大阪まで延伸していることでしょう。
でも、その時、現存するローカル線のうち、まだ走っている線はどれだけ残っているのかを思うと、寂しい気持ちになります。
(もっとも、その頃には、私自身の寿命も尽きているかもしれませんが)
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  1. 2017/04/02(日) 00:38:26|
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広島カープ25年ぶり優勝

今週は鉄道の話題はお休みにします。
実は、私、かなりの野球好きです。
おそらく、プロとアマを合わせるとこれまで野球場で1000試合ぐらい観戦していると思います。
かつては、昭和63年に身売りした阪急ブレーブスの私設応援団をやっていたほどでした。
ブレーブスが消滅した平成3年以降は、特定球団を応援せず、12球団の試合を万遍なく観戦しています。

昨夜、広島カープが25年ぶり7回目のセリーグ優勝を決めました。
①カープ電車 (550x367)
広島付近の山陽本線にはこんな赤いカープ列車が走っています。

私は特にカープファンというわけではありませんが、12球団の中で最も長い間、優勝から遠ざかっていたカープが優勝したのは、素晴らしいことだと思います。
広島県民にとってはこの上なく、嬉しいことでしょう。

数年前、山口線の取材に行った帰りに広島駅に近いマツダスタジアムに行きました。
②マツダスタジアム (550x367)
この日の試合は阪神戦で、カープが来日したばかりのエルドレッドの2本のホームランと、福井の好投で快勝しました。
⑥エルドレッド生還 (550x370)
福井投手は、先日、マジックナンバー20が点灯したジャイアンツ戦で好投しました。
④福井 (550x367)

このころ、ベテランの新井選手は阪神にいました。
⑧阪神新井 (550x367)

ラッキーセブンには赤い風船がスタジアムに乱舞します。
⑨赤い風船 (550x361)
こちらはマスコットのスライリーです。
⑦スライリー (550x367)

ここ数年、カープは「カープ女子」に代表されるように、いつのまにか大人気球団になりました。
⑫西武ドーム (550x367)
交流戦の西武ドームもカープファンでいっぱいです。

こちらは、去る8月24日に東京ドームでのジャイアンツ戦に快勝し、マジックナンバー20が点灯した時です。
FullSizeRender (550x401)
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それから、わずか17日後に、同じ敵地東京ドームで行われたジャイアンツ戦で、ぶっちぎりの独走で優勝を決めました。

こちらは今から32年前、カープが日本一になった時の広島球場です。
A⑪広島球場S59 (550x377)
A⑬S59チケット (550x320)
この時の日本シリーズの相手は、私が応援していた阪急ブレーブスでした。
3勝4敗で阪急は敗れ、悔しい思いをして帰ったものです。

その後、平成3年に優勝したのを最後に、25年もの長い間、優勝から遠ざかっていたのです。

こちらは、旧広島球場の跡地です。
B①広島市民球場跡地 (550x367)

跡地に近い「勝鯉の森」には、セ・リーグ優勝6回と、日本シリーズ優勝3回の記念碑が建っています。
B② 優勝石碑 (550x367)
間もなく、新たな優勝の文字が刻まれることでしょう。

近くには広島電鉄の路面電車が走っていました。
B④広島電鉄 (550x343)

そして原爆ドームもすぐ近くでした。
B⑤ 原爆ドーム (550x353)
カープは原爆投下から4年後の昭和24年に、広島復興のシンボルのように設立されたのです。

こちらは、私が三江線の取材に行った時に2回、立ち寄った三次駅前にある居酒屋「りょうちゃん」のご主人(右)と常連さんです。
IMG_1811〇 (550x367)
きっと、今ごろは美酒に酔いしれておられることでしょう。

さて、今年はカープは日本一になれるでしょうか。


  1. 2016/09/11(日) 01:42:28|
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講演会「兵庫県の廃止線とローカル線よもやま話」

10月12日、兵庫県立考古博物館講堂において、「兵庫県の廃止線とローカル線よもやま話」という講演会の講師を致しました。
ポスター
これは、隣接する播磨町郷土資料館で開催中の開館30周年記念特別展「多木のガッタンと兵庫のローカル線 ――懐かしの別府鉄道――」という展覧会に合わせて行われた記念講演会です。
「多木のガッタン」とは、大正10年から昭和59年まで、この地を走っていたローカル私鉄「別府(べふ)鉄道」のことです。多木製肥所(現多木化学)の工業製品を運搬するために敷設された鉄道なので、そのように呼ばれていたそうです。

会場は講演開始の一時間ほど前から行列ができ、定員150名の講堂内はぎっしり満員でした。
講演2
内容は、前段で、別府鉄道をはじめ、高砂線、三木線、鍛冶屋線、飾磨港支線、尼崎港支線、福知山線武田尾旧線、篠山線の8つの兵庫県内にあった廃止線の在りし日のようすを回顧し、後段では、北は北海道の根室本線から南は九州の指宿枕崎線まで、全国18のローカル線を選抜し、鉄道旅行の楽しさや、ローカル線の現状についてお話しました。
講演1
お話の中では、私のテーマである呑み鉄についても触れ、全国の地酒や、駅弁などもご紹介し、講演時間の90分はあっという間に過ぎました。

一方、郷土資料館では、かつての別府鉄道の貴重な資料を中心に、充実した内容の展示を見ることができます。
駅名票
展示
屋外には、かつて別府鉄道土山線を走った懐かしい保存車両が展示されています。
車両
この展覧会は12月6日まで(原則月曜定休)開催されていますので、ご興味のある方は足を運ばれてはいかがでしょうか。郷土資料館の周辺には広大な大中遺跡公園があり、山陽本線土山駅から別府鉄道の廃線跡を整備した「であいのみち」をゆっくり歩いて15分ぐらいの場所にあります。

テーマ:国内旅行 - ジャンル:旅行

  1. 2015/10/13(火) 00:18:41|
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【鉄なお店紹介⑥】東京・バー銀座パノラマと新橋停車BAR

きょうは、9月2日発売の写真週刊誌『FLASH』(光文社)に掲載された「鉄なお店特集」の最終回。
東京の「銀座バーパノラマ」と、「新橋停車BAR」,そして姉妹店の「しんばし電車のりば~」へご案内します。

さて、こちらは、「バー銀座パノラマ」です。ここは銀座八丁目。高級クラブやバーの入ったビルが建ち並び、夜になると華やかな夜の蝶たちが舞う一角にこの店があります。
7パノラマ入口8エントランス
エレベーターを降りると、和風のエントランスに白い化粧砂利と飛び石が敷かれ、いかにも高級バーといった落ち着いたムードが漂っています。
9バーカウンター
カウンターの周囲には複々線の4本のNゲージの線路が敷かれ、新幹線「のぞみ」や「はやぶさ」が行き交っています。カウンター内にはウイスキーや各種リキュールのボトルがずらりと並び、メニューには、ブルートレインのイメージのウオッカベースの「あさかぜ」、やさしいラズベリーリキュール「ロマンスカー」など、鉄道にちなんだネーミングのカクテルも用意されています。場所柄、スーツ姿の紳士や、着飾ったカップルの姿も見られ、正に紳士淑女のための大人の社交場です。

ショーケースには、たくさんの鉄道模型が陳列されています。
9模型
この店は今年9月に10周年を迎えた鉄道模型バーの草分け的な存在で、銀座の他、渋谷、新宿、中国の天津にも支店があります。

【バー銀座パノラマ】
東京都中央区銀座8‐4‐5 GINZA HACHIKANビル8F/03‐3289‐8700
JR・地下鉄新橋駅・銀座駅から徒歩5分



さて、このシリーズ、最後にご紹介するのは、「新橋停車BAR」です。
1停車場バー入口
新橋は小さな飲み屋さんが軒を連ねるサラリーマンの天国。そんなオヤジの集まる新橋駅前ビル1号館の地下にあるのがこのお店です。5~6人も入れば満員になる小さなカウンターバーですが、見知らぬ人と並んでも、すぐに打ち解け、グラスを交わすのが新橋流。
2なっちゃん②
看板娘のなっちゃんのお手製のチャーム三品が新幹線やSL型の器に入り、お好きなドリンク2杯がワンセットで2000円(税別)とお手軽価格になっています。
3チャーム
このように、お箸も新幹線で、灰皿は国鉄時代の車内にあったものです。

店内では小さなNゲージの列車が走り、いつも全国の鉄道DVDが流れています。鉄道ファンでなくても童心に帰れる気楽なお店なのです。
4停車バーサボ
初めて入った客も、思わず目を輝かせ、歓声をあげながら、店内に並んでいる列車の行先表示板や、国鉄時代の案内板を眺めています。

小さなお店なので満員の時は、隣の駅前ビル2号館にある姉妹店の「しんばし電車のりば~」に行きましょう。
5電車のりば
両店をその日のうちにハシゴすると、「飲み継ぎ割引」で2軒目が3割引になるという特典があります。
6のりばサボ
電車のりば~にも、女性乗務員がいて、店内には色々なグッズが所狭しと並べられています。


【新橋停車BAR】 & 【しんばし電車のりば~】
東京都港区新橋2‐21‐1 新橋駅前ビル2号館B1(停車BAR)/1号館B1(電車のりば~)
03-3573‐0080(両店共通)JR・地下鉄新橋駅から徒歩2分


なお、新橋停車BARは、月に3回ぐらい出没する私のホームグラウンドです。
今回のFLASH掲載の企画も、このお店で飲んでいる時に思いつきました。

  1. 2014/11/23(日) 00:01:57|
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【鉄なお店紹介⑤】東京・千駄木「せとうち」と人形町「キハ」

鉄なお店紹介の第5弾、今週は東京メトロ千代田線・千駄木駅そばにある、おふくろの味「せとうち」と、人形町にある立ち飲みバー「キハ」をご紹介します。


千駄木駅の目の前の団子坂交差点の近くの街角に、創業五十年の鉄道居酒屋の老舗、「せとうち」があります。
店の前に並ぶ駅の行先表示板や信号機、さらには新幹線の車体の一部が並んでいるのを見ると、知らない人は驚くことでしょう。
1せとうち外観
熱烈な鉄道ファンだったご主人が脱サラをして店を始めたのが昭和39年のこと。14年前にご主人が亡くなった後も、奥さんがその遺志を継いで店を続けています。
2奥さんは右①
右側が奥さんです。

運賃表や駅名票の並ぶ階段を上がると、そこには壁一面に駅名票、国鉄職員の制帽や鉄道書籍などが、所狭しと並んでいます。
4満員御礼
最大14人も入れば満員の小さな店ですが、椅子は新幹線のグリーン車のシートや、国電の座席で、シルバーシートは「酒豪の方の優先席」。

列車で使うスピーカーで車内放送を体験することもできます。
すっかり車掌気分②ioki
この人、すっかり車掌さんの気分ですね。

そして、トイレの入口は、なんと、初代新幹線0系の扉!
6トイレのドアは新幹線0系のもの
すべて本物なのには驚かされます。これらの鉄道用品は国鉄関係者などから譲り受けたものが多いそうです。

この店には前原元国土交通大臣や、作家の矢野直美さんなど、鉄道好きの著名人がしばしば訪れるとか。
 メニューは、「おふくろの味」の和食おまかせコース(3300円/税別)のみ。茶碗蒸し、刺身、寿司、カボチャの煮つけ、魚の照り焼き、素麺、デザートなど、日替わりで本格的な和食フルコースを堪能できます。
3せとうち料理
ここは予約なしでは、まず入れない人気店。正に鉄道好きの聖地なのです。

【せとうち】
東京都文京区千駄木3-37-19 プレジール千駄木2F/03‐3828‐4001.
地下鉄千駄木駅から徒歩1分



続いては、人形町にある立ち飲みバー「キハ」の登場です。
7キハ外観
この店が人形町にオープンしてから8年目になります。8キハ敬礼
助役の二上さんの「ご乗車ありがとうございます」の声に迎えられて店内に入ると、缶詰が山積みにされています。
9キハ缶詰
まず、500円の乗車券を購入します。ここはカップ酒と缶詰の立ち飲みバー。
鉄道ファンの方はご存知だと思いますが、「キハ」とは車両の種類と等級を示す鉄道用語で、「キ」は気動車(ディーゼルカー)、「ハ」は普通車を表しています。

店の1階は1号車、2階は2号車と呼ばれており、1号車は立ち飲みですが、疲れたら2号車にある電車のシートで座って飲むこともできます。
10キハ2号車
2号車には網棚や吊革もあって、まるで、電車の中で宴会をしているみたいでしょう。
メニューは300~500円区間の缶詰が中心で、各地の地酒のワンカップや、生ビールなどは500円。回数券を買えば割引もあります。
店内には鉄道グッズとともに、AKB48の田名部生来や漫才の中川家礼二など、店を訪れた有名人の色紙や、駅弁の包みなどが並んでいます。11キハ駅弁
ここで出会ったお客さんたちは、すぐに打ち解けていつも旅の話に花を咲かせるのです。

【キハ】
東京都中央区日本橋堀留町1‐6‐11/03‐5651‐5088
地下鉄人形町駅から徒歩5分
  1. 2014/11/16(日) 00:02:13|
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さようなら種村直樹先生

敬愛するレイルウェイ• ライターの種村直樹さんは、11月6日午後8時43分、78歳でお亡くなりになりました。
鈍行会の時日本橋で
これは、平成19年に、群馬県の温泉にご一緒した時と、平成21年に東京日本橋で、日本列島外周の旅を達成された時の写真です。
種村先生は、鉄道作家の先駆者として、故宮脇俊三氏とともに永年鉄道出版界を牽引されました。昭和50年代の鉄道ファンで、先生の名前を知らない人はいなかったことでしょう。先生は本当に読者を大切にされる方で、日本中から届くファンレターのすべてに自筆で返信をされ、多くの鉄道ファンに愛されていました。くしくも、先生がレイルウエイ・ライターとしてデビューされた時期と、私が本格的に汽車旅を始めたのが同時期だったために、私も何度も手紙の交換をさせていただき、先生の名著『鉄道旅行術』や、『旅と鉄道』に私のことを紹介していただいたこともありました。
IMG_6355◎
そんなわけで、私の本棚には、どれだけの先生のご著書があるか、わからないほどです。
直接お会いしたのは、私が拙著『消えゆく鉄道の風景』を上梓したことがきっかけでしたが、初めてごあいさつした時に、私との手紙のやり取りを覚えておられ、「ようやくお会いできましたね」と言っていただいたことが、とても印象に残っています。

本日、営まれましたお通夜に参列してまいりました。
今はただ、ご冥福をお祈りするばかりです。
どうか、安らかにお眠りください。
                                 
         平成26年11月11日 
                                                         合掌

  1. 2014/11/11(火) 22:50:02|
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【鉄なお店紹介④】東京祐天寺「ナイアガラ」と秋葉原「Little TGV」

FLASHに掲載された鉄なお店シリーズ第4弾、今週は、東京の祐天寺にあるカレーショップ「ナイアガラ」と、秋葉原のアキバ系鉄道居酒屋「Little TGV」をご紹介しましょう。

こちらは、東急東横線の祐天寺駅に近いカレーハウス「ナイアガラ」です。
1ナイアガラ外観
「発車しま~す」
3カレーとSL
「お待たせしました。揚げたてのカツカレー到着で~す」。

昭和初期の食堂車の女給さん姿のさくらちゃんの声とともに、蒸気機関車に引かれてカレーライスが運ばれてきました。
2駅長さくらちゃん助役
鉄道好きの内藤駅長(左)が昭和38年にこの店を始めて51年になります。店に入ると国鉄時代の客車のボックス席が3つあり、古き良き時代の汽車旅の雰囲気の中で、昭和の味のカレーを楽しむことができるのです。
カレーの辛さは、特急(辛口)、急行(中辛)、鈍行(甘口)のほか、大辛の超特急まであります。
遠方からの鉄道ファンや、海外からの旅行客も訪れるほどの人気店だ。所狭しと並べられたグッズ類は、国鉄時代の駅名票や案内板、全国の駅長の風情のある色紙などが、ところ狭しと並んでいます。
4ナイアガラ店内
中には北京~モスクワ間の国際列車の行先表示板まであるのは驚きです。
5シベリアサボ
倉庫には、このほか、店に陳列しきれないグッズ類がたくさんあるそうです。帰りには、日付を印字して鋏を入れた硬券入場券を記念にもらえます。

【ナイアガラ】
東京都目黒区祐天寺1‐21‐2/03‐3713‐2602
  東急祐天寺駅から徒歩4分(月・木休)



続いて、秋葉原にある、アキバ系コスプレ居酒屋「Little TGV」をご紹介しましょう。今や世界的な観光地、メイド喫茶やコスプレ店の並ぶ秋葉原にこの店があります。
秋葉原は元々交通博物館があった鉄道にゆかりのある街です。その街に「鉄」と「萌え~」を融合させたこの店は、秋葉原らしいエンタテーメント性のある居酒屋です。
6コスプレ嬢
店内に一歩入ると、可愛いオリジナルのコスチューム姿の乗務員さんが勢ぞろい。乗務員さんもみんな旅行や電車が大好きで、柚留ちゃん(右)は新幹線、せぇらちゃん(左)は丸の内線がお気に入りだそうです。

メニューも鉄道にちなんだネーミングのものが多く、赤いカクテルを頼むと「はやぶさ号、到着しました」、あいたグラスを下げる時は、「回送しま~す」と、明るい笑顔のかわいい乗務員さんたちが運んでくれます。
7メニュー
コスプレファンや鉄道ファンのほか、土日のランチタイムには電車好きの子供連れも多いそうです。

8模型
店内には、Nゲージの模型が走り、実物の列車のシートを使った席もあるなど、鉄道ムード満載。
9駅名票
東京近郊の駅名票がたくさん並んでいました。
10特快
おじさんとしては、ちょっぴり恥ずかしい取材でありました。

【Little TGV】 
東京都千代田区外神田3‐10‐5 イサミヤ第3ビル4F/03‐3255‐5223
JR・地下鉄・つくばEX秋葉原駅から徒歩5分/地下鉄末広町駅から徒歩3分
  1. 2014/11/02(日) 00:04:14|
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【鉄なお店紹介③】静岡・清水「つばめ鮨」と横浜・関内「新横浜機関区」

今週は鉄なお店の紹介第3弾、9月2日売のFLASHに掲載した記事の中から、静岡市の清水にある「つばめ鮨」と、横浜市の関内駅に近い「新横浜機関区」をご紹介しましょう。

こちらは、東海道本線の清水駅から歩いて15分ほどの所にある「つばめ鮨」です。
1つばめ外観
一見、普通のお寿司屋さんに見えますが、よく見ると、入口には新潟県の燕駅の駅名票が掲げられています。

暖簾をくぐって店内に入ると列車の行先表示板や、鉄道写真、駅員の帽子、保線区員のヘルメットなど、鉄道グッズがずらりと並んでいます。
3つばめ店内グッズ
それもそのはずで、店主の岸山さんは、かつて、国鉄東海道本線の東京~大阪間を走っていた急行「なにわ」の食堂車で寿司を握っていたという経歴の持ち主なんです。

こちらが、岸山さん、ご夫妻です。
2つばめご夫婦
ご主人は「スジ(鉄道ダイヤ)が好きだったけど、寿司屋になったよ」と笑う根っからの鉄道好きなのです。
背後には、全国の鉄道ファンから贈られた鉄道写真が飾られています。

これが、急行「なにわ」で寿司を握っていた当時の岸山さんです。
4岸山さん若いころ
昭和43年10月のダイヤ改正で「なにわ」が廃止されると、「金星」「明星」「はくたか」などの在来線特急の食堂車に乗務されていましたが、昭和46年に奥さんの出身地の清水でこの店を開業。以来、この店は地元の人や全国の鉄道ファンたちに愛され続けた創業43年の老舗なのです。

これが当時の食堂車と同じメニューです。
5寿司
地元の海で採れた新鮮な素材で握ったを手軽に味わうことができます。いつまでも、お元気でお店を続けてほしいですね。

【つばめ寿司】
静岡市清水区大手2丁目1−8/054‐366‐5502
JR清水駅から徒歩15分




次にご紹介するのは、根岸線の関内駅から徒歩3分ほどの場所にある鉄道居酒屋「新横浜機関区」です。
ビルのエレベーターを5階で降りると、目の前に新幹線の三人掛けのシートがありました。
11新幹線シート
「区長」の花島さんは元国鉄職員で、店内には蒸気機関車の写真パネルや、国鉄・JRの職員の制服・制帽、行先票などが飾られ、大きなスクリーンには国鉄時代の懐かしい映像が流れています。
6新横浜花島さん
最初に自動券売機で500円の入場券を購入します。
7新横浜店内
このお店の人気メニューは「JNRマークちらし寿司」。8JNRマークちらし寿司
敷き詰められたイクラの上に、昔の国鉄のJNRマークの玉子焼きが乗っています。

こちらは、宗谷本線の音威子府の黒そばです。
9音威子府の黒そば
ほかにも、森駅のいかめし、ジンギスカン、オホーツクコースなど、北海道に特化した献立が多いのが特徴です。。

また、ユニークなのがこの店のオリジナルの焼酎で、客の撮影した鉄道写真をラベルにでき、それらのボトルが店内にズラリと並んでいます。
10ボトル

また、花島区長は大のサッカーファン。日本代表や、横浜Fマリノスの試合がある時は、サポーターが大勢訪れるとのこと。普段は鉄道の映像が流れているスクリーンには、サッカーの模様が映し出され、店はスポーツバーに変身するのだそうです。

【新横浜機関区】 
横浜市中区吉田町10 斉藤ビル5階/045‐242‐8050
JR・地下鉄関内駅から徒歩3分
  1. 2014/10/26(日) 00:04:27|
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【鉄なお店紹介②】尾張一宮「浪漫」と名古屋「十五夜」

今週は先週に引き続き、鉄なお店の紹介、第2回目は、愛知県一宮の鉄道模型喫茶「浪漫(ロマン)」と、名古屋の大曽根にあるコスプレ系鉄道居酒屋「十五夜」をご紹介します。

こちらは、東海道本線・尾張一宮駅、名鉄一宮駅に近い、鉄道模型喫茶「浪漫(ロマン)」です。
1 浪漫
元商社マンだったオーナーの坂崎さんが、定年退職後に遊び心で始めたこのお店には、各地の鉄道模型ファンが訪れます。
コーヒーを飲みながら、のんびりと鉄道模型が走る様子を眺めるのは楽しいものです。店内にあるレイアウトでは、オーナーのコレクションの車両を借りてNゲージの列車を走らせることもできますが、お客さんの多くは自分で持ち込んだ車両を走らせているそうです。
レイアウトは、海辺・操車場・機関区とプラント工場・駅前風景・山のお寺と鎮守の森、の5つのゾーンに分かれています。

こちらは軽井沢近くの旧アプト区間の眼鏡橋です。
3碓氷峠
なぜか、電気機関車に引かれた特急「あさま」が走っています。山の下には、三岐鉄道の黄色い電車も見えますね。

こちらは廃止された名鉄美濃町線の電車と、三木鉄道のレールバスです。
2名鉄谷汲線
現実にはありえない車両たちのコラボが見られるのが、鉄道模型の楽しさです。

こちらは岐阜県の笠松競馬場です。
4笠松競馬場

Nゲージを走らせたい人は、ドリンク代のほかに使用料がかかるとのこと。
5オーナーの坂崎さん
駅長の帽子をかぶり、列車を走らせてくれたオーナーの姿が、いかにも楽しそうでした。

【浪漫】愛知県一宮市本町1‐2‐7/0586‐23‐7375
※JR尾張一宮駅、名鉄一宮駅から徒歩8分



一方、こちらは名古屋の大曽根駅近くにある、コスプレ系鉄道居酒屋十五夜です。
6十五夜

取材した日、たまたま鉄道アイドルの木村裕子ちゃん(右)が来ていました。彼女が来店する日は、お店のホームページで予告されます。
7さつきちゃんと木村裕子
左は、スタッフのさつきちゃんです。このお店の女性スタッフは全員、このようなコスチュームに身を包んでいます。

場所柄、中央西線の行先幕が飾られていました。
8行先幕
そして、中日ドラゴンズの応援扇子もあります。

なぜか、国鉄時代の東北本線を走っていた483系特急「ひばり」の模型をありました。
9 483系ひばり

取材の日は、大いに盛り上がり、みんなで記念撮影。
10全員集合、皆楽しそう
前列の駅長の帽子が店長の右高さんです。

【十五夜】名古屋市北区大曽根3‐10‐16 ライオンビル大曽根2F/052‐912‐3505
※JR・地下鉄・名鉄大曽根駅から徒歩2分
  1. 2014/10/12(日) 00:02:06|
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【鉄なお店紹介①】大阪「駅」と京都「デゴイチ」

今週から去る9月2日売の写真週刊誌「FLASH」に掲載した、各地の「鉄なお店」を順次、ご紹介しましょう。
第1回目の今回は、大阪・上本町にある「駅」と、京都・祇園にある「デゴイチ」にご案内します。

大阪の近鉄上本町駅に近いうえほんまちハイタウンの地下に「駅」があります。
東京・人形町の鉄道バー、「キハ」の常連だったという「駅長」の大西さんが、故郷の大阪に帰って開店したのがこのお店。キハと同じく、カップ酒と缶詰中心の気軽な立ち飲みバーなのです。

仕事帰りのサラリーマンが気軽に立ち寄るビルの一角に、国鉄のディーゼルカーを思わせる外観が異彩を放っています。
1駅店全景 (1)
入口では、難波~奈良間の快速急行の近鉄電車の表示板と、ご存じ、クマモンが駅員の帽子を被ってお出迎えしてくれます。

店内は電車の吊革や特注の中吊広告がぶら下がり、網棚もあって、まるで通勤電車の車内のよう。
4駅車内吊


駅長は近鉄沿線育ちで、近鉄関係のグッズが多く、今はなき近鉄バファローズのものもあります。
2駅長
この店ではメニューは運賃表、開店時刻は始発、閉店は終電という徹底ぶりです。

おすすめは生駒の地酒、上田酒造のカップ酒。
3駅オリジナルカップ酒
この店のオリジナルの近鉄や阪神の絵柄のお酒が楽しめます。

店を出る時は、大西駅長の「ご乗車ありがとうございました」の声に見送られました。

【駅】大阪市天王寺区上本町6‐3‐31 うえほんまちハイタウンB1/06‐4305‐1212
※近鉄上本町駅から徒歩2分/地下鉄谷町九丁目駅から徒歩3分



続いて、ご案内するのは、京都は祇園にある「デゴイチ」です。
5デゴイチ店全景
白壁や格子戸のある家が並ぶ古風な祇園の街にこの店があります。窓からは祇園の屋根瓦見えています。

1階は「キッズデゴイチ」という小さな子供たちを連れた家族で賑わう空間。この店は大人750円、子供550円の入場料を払うと、ドリンクバーが2時間飲み放題と、別料金で食事もできるお手軽なファミリーレストランです。
10キッズ
新幹線をかたどった楽しいケーキが子供たちに人気です。たくさん用意されたプラレールで子供を自由に遊ばせながら、お母さんたちがのんびりとくつろいでいます。

一方、2階の「デゴイチ」は、昼間はレストラン、夜は居酒屋として営業しています。
6レイアウト全景
広大な店内に全長330メートルという、この手のお店では日本最大級のHOゲージのジオラマがあります。

山陰本線の餘部鉄橋や、
7餘部鉄橋
阪急電車も走っています。
8阪急

そして、このお店にもオリジナルのお酒がありました。
9デゴイチオリジナル酒

ここは、「デジタルの時代に昭和時代の懐かしいアナログの世界を伝えたい」という支配人の本山さんの思いがこもったお店。居合わせた中年客も「心の中に忘れていたものに、ポッと灯が着くような落ち着く場所」だと語ってくれrました。
照明は昼と夜とで異なり、夜遅くなると夜行列車が走る幻想的な世界が広がっていきます。

【デゴイチ】京都市東山区花見小路新門前東入ル中之町241 祇園フルリールビル/075‐533‐8196
※京阪祇園四条駅から徒歩8分/地下鉄三条京阪駅から徒歩10分

テーマ:グルメ♪食の記録 - ジャンル:旅行

  1. 2014/10/05(日) 00:03:56|
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「鉄道ナイト」トークショーに出演

去る7月19日夜、横浜市青葉区にある東急田園都市線たまプラーザ駅ゲートプラザの特設会場で行われた「鉄道ナイト」というイベントのトークショーに、ゲストとして出演し、 何人もの鉄道ファンや居合わせた家族連れの皆さんの前で、約30分間、おしゃべりをしました。
DSCN0043.jpg

その中で、お奨めの線を3つあげて欲しいと言われたので、北海道の宗谷本線、静岡県の大井川鐵道井川線、熊本県~鹿児島県の肥薩線の3つをあげさせていただきました。(次点として、青森県~秋田県の五能線と高知県の土佐くろしお鉄道ごめんなはり線をあげました)
DSCN0024.jpg


宗谷本線は、原生林の中や、天塩川に沿った無人地帯、そして、抜海付近の日本海に浮かぶ利尻富士 。
井川線は、日本一の90パーミルの急勾配や高さ百メートル以上の関の沢鉄橋。(井川線は来週、ご紹介します)
肥薩線は、球磨川の流れと、スイッチバック、ループ線の続く矢岳越え、それに駅弁の立売が残る人吉駅と吉松駅。

限られた時間の中でしたが、これら、鉄道旅行の楽しさをお話しました。
ご来場いただいた方、ありがとうございました。
DSCN0021.jpg


  1. 2014/07/22(火) 07:05:04|
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ああ、夜汽車よ!ブルートレイン全廃間近…

日本の夜行列車が絶滅の危機に瀕しています。先日、上野~青森間に唯一残された寝台特急「あけぼの」が来年3月に廃止されることが発表されましたが、それに引き続き、2014年度末には、上野~札幌の「北斗星」が、そして、北海道新幹線が新函館(仮称)まで開通する2015年度末には、豪華寝台の「トワイライトエクスプレス」(大阪~札幌)と「カシオペア」(上野~札幌)までが廃止される見通しであることが、報道されました。
Bあけぼの鷹ノ巣
(奥羽本線・鷹ノ巣駅に到着した「あけぼの」)

A夜汽車の風景
『夜汽車の風景』という本を書き、先日発刊されたばかりの『一度は乗りたい至福の鉄道』をはじめ、雑誌にもしばしば、夜行列車の記事を書いている私にとっては、とても悲しいニュースです。
「あけぼの」「北斗星」に続き、まさか「カシオペア」や「トワイライトエクスプレス」まで、そんなに早く廃止されるとは思いもよりませんでした。
C北斗星2
(大沼付近を行く「北斗星」)

D(敦賀 - 新疋田) 西村剛
(敦賀~新疋田間の「トワイライトエクスプレス」=西村剛氏撮影)

12カシオペア20100117
(白岡~新白岡間の「カシオペア」)

思えば、昔は北海道や九州に旅立つ時は決まって夜行列車でした。ところが最近、次々に夜行列車が廃止されるため、気がつくと私でさえも、長距離移動はつい、飛行機を使っていることに気がつきます。費用と効率を考えると、どうしても飛行機になってしまいます。夜を徹して走り、遠く離れた土地で夜明けを迎える、あのなんともいえない旅情あふれる旅は、もう、日本国内では味わうことができなくなってしまいます。

『夜汽車の風景』の中でも私は主張していますが、飛行機の最終が出発した後に発車し、翌朝、眠っている間に目的地に到着する夜行列車の需要は,まだまだあるはずです。寝台車はもちろんのこと、最近一部の列車で連結されている「ごろんとシート/のびのび座席」の場合、一晩中、横になって休めるわけですから、高速バスよりもラクで、しかも定時性、安全性においても、上回ることはあきらかです。新幹線の駅や空港の遠い町の人にとっては、夜行列車が最も利便性が高かったはずです。さらに、空港は大抵、都市の中心部から離れた不便な場所にありますが、駅はどこも街の中心部にあります。高速バスと比べた場合、渋滞に巻き込まれることはなく定時性において勝っているし、乗り物酔いになる人も少ない。それに、輸送効率や環境への影響を考えた場合、鉄道輸送が最も適していることは言うまでもありません。

そして、夜行列車は飛行機や高速バスよりもはるかに旅好きの人たちから、情緒的に愛されてきたのです。

しかしながら、近年のJR各社の夜行列車の扱い方には、まるでやる気が感じられません。
昔は、少々天気が悪くても、運休などということは滅多にありませんでした。何がなんでも列車を走らせるという鉄道マンの誇りと意地のようなものを感じたものです。さらに、食堂車が全廃されて久しく、最近では車内販売もない列車も少なくありません。乗車駅で弁当を買いそびれた人は、目的地までひもじい思いを余儀なくされてしまうのです。
F銀河2段寝台G銀河表示板

廃止に向かう要因は、利用者の減少と車両の老朽化だとよく言われます。
けれども、JRは、もはや、廃止を前提にしているため、サービスを改善し、利用者を増やそうと言う努力をまったく行なっていません。また、料金面でも、昔からの運転料金体系をそのままあてはめてしまうので、柔軟な運賃を適用する高速バスや、飛行機に乗客をどんどん奪われてしまったのです。
これは、ひとえにJR各社の企業努力の不足があると思います。もはや、夜行列車は消えゆくのみといった後ろ向きの姿勢が顕著な気がします。それは、深夜の人員確保のコストの割に、夜行列車はJRの境界をまたぐことが多く、収入が分散してしまい、各社にとってのメリットが少ないことが大きいのでしょう。つまり、国鉄分割の弊害です。さらに深夜に行なわれる保線作業への影響、遠い他社線内のダイヤの乱れが、ほかの列車の運行に波及するリスクなどを総合的に考えれば、JR各社が夜行列車の運行に積極的になれない理由はわからないでもありません。

それと、多くの場合、運賃格差があまりにも大きいのです。かつては、飛行機より列車の方が廉価性において勝っていましたが、今では航空各社が割引切符や、マイレッジの充実などのサービス向上で逆転しているケースが多く、仮に同額だったとしても、所要時間の差では勝負にならず、どうしても客足は飛行機に向いてしまいます。また、夜行バスに対抗するには、シャワーやサロンなどの設備を充実させ、バスとの違いをアピールするとともに、従来の運賃制度にとらわれない思い切った区間制の寝台特急券込みの格安きっぷを発売すれば、多少、高速バスよりも高価であっても、客足は戻る可能性はあったのではなかったかと思います。
けれども、そのような活性化策は一切行われることなく、あれほどまでに一世を風靡したブルートレインが終焉の時を迎えようとしているのは、残念でなりません。

2015年度には豪華列車としての付加価値性の高い「カシオペア」や「トワイライトエクスプレス」までが廃止されるということに衝撃を感じます。これらは、多少高価であっても、列車の旅に夢を求める人々でなかなか寝台券が確保できない人気列車です。
これからは、唯一、当面、廃止を免れた「サンライズ」のほか、先日、九州にデビューした「ななつ星」のような特別なクルーズ列車以外には、夜行列車の旅ができなくなってしまいます。おそらく、JR九州の「ななつ星」の成功を真似て、「カシオペア」や「トワイライト」よりはるかに高額のクルーズ列車を、将来、走らせることになるのでしょう。

そうなると、もはや、それは、ごく一部の富裕層だけのための列車であり、あの哀愁漂う夜汽車の旅とは異なる世界なのに違いありません。
E銀河大船駅
(大船駅に到着した「銀河」)


数限りない夜行列車の旅の思い出は、心の中にいつまでも大切にしまっておくつもりです。
  1. 2013/11/10(日) 00:00:01|
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碓氷峠鉄道文化むら

今週は群馬県の横川にある碓氷峠鉄道文化むらの話題です。

碓氷峠といえば、かつて信越本線に特急列車が走っていた頃、すべての列車にEF63の補機を連結して最大斜度66.7パーミルの急勾配を列車が登っていました。明治26年に開通したこの区間は、当初、ラックレールに歯車を噛ませて走るアプト式という方法が採られていました。その後、昭和38年にアプト式を廃止し、EF63を補機として峠を克服する方式に変更。峠の下の横川駅と、上の軽井沢駅間では、どの列車もEF63を後方に連結して運転されていたのです。けれども、平成位9年の長野新幹線開通に伴って信越本線の横川~軽井沢間が廃止され、EF63の役割が終了したのでした。

碓氷峠鉄道文化むらに入ると、まず、かつて特急「あさま」として信越本線を走っていた189系が目に入ります。
①189系あさま
この形式は、その後も中央本線の「あずさ」として走っていました。

ここには、全国各地の電気機関車がたくさん集められています。
右側の青い機関車は昭和33年に製造されたEF58です。この形式は東海道・山陽・東北・上越などの幹線で幅広く旅客列車の先頭に立ちました。
②EF58EF30
また、左側の銀色の機関車は昭和43年のEF30です。この機関車は下関~門司間の関門トンネル専用に作られた交直両用電気機関車で、塩害防止のため、ステンレス製でした。

こちらは常磐線を走ったEF60です。
③EF60s42
昭和42年生まれです。

そして、こちらは昭和39年生まれのEF70です。
④Ef70S39北陸
北陸本線などで活躍しました。

こちらは、かつて全国の非電化区間で見られた昭和37年製造のDD51です。
⑤DD51s37
蒸気機関車に代わって各地のローカル線に投入されました。SL末期のころ、デゴイチを撮影しようと待っていたらこのDD51がやって来たので、「なんだ、デラックスデゴイチか」と言ってがっかりしたものです。この形式は朱色の塗装の方が有名ですが、初期はこの色でした。今でもごくわずかに貨物列車などに使われています。

これは昭和7年のEF53です。
⑥EF53-S7セノハチ
東海道本線や高崎線で旅客列車を契印し、後年、山陽本線の難所「セノハチ」こと瀬野~八本松間の補助機関車として使われていたこともあるそうです。この武骨なスタイルの機関車は、私の幼年時代に何度も東海道本線で見かけました。

そして、これは昭和13年生まれの、ご存知デゴイチことD51形蒸気機関車です。
⑦D51
貨物列車と旅客列車に幅広く活躍し、同形式は1115両も作られ、蒸気機関車の代名詞とまで言われました。
このタイプは集煙装置が横に長細いため、俗に「ナメクジ」と呼ばれていました。

こちらはかつて、全国のローカル線でよく見かけたキハ20です。
⑧キハ20S37
昭和33年から製造が開始され、1126両も作られた最もポピュラーな気動車でした。

そして、こちらは昭和38年のキハ35です。
⑨S38キハ35
川越線、八高線、水郡線など都市近郊の非電化路線用に作られ、車内はすべてロングシートでした。

鉄道文化むらの呼び物は、本物のEF63の体験運転です。
⑩EF63運転体験
受講料を払い、講習を受けると誰でも本物の運転席に座って運転することができます。

そして、「アプトくん」という蒸気機関車が、園内に敷設された一周800メートルの線路を走ります。
⑪アプト君

一周300メートルのミニSLもあります。
⑫ミニSL

鉄道資料館の中では鉄道ジオラマを眺めることができます。
⑬ジオラマ

こちらは、廃止された信越本線の下り線を走るトロッコ列車「シェルパくん」です。
⑭シェルパ君
2両のトロッコを牽引して、片道20分かけて碓氷峠の中腹の峠の湯駅まで走ります。

こちらは、トロッコ列車の途中にある旧丸山変電所です。
⑮丸山変電所
これは、横川~軽井沢間の電化に伴い、明治45年に建設された。国鉄が全国で初めて造った変電所で、煉瓦造りでは日本最古のものです。平成6年には国の重要文化財の指定を受けました。

トロッコ列車の終点には「峠の湯」という日帰り入浴施設があります。
⑯峠の湯
露天風呂からは妙義山が見える気持ちの良い温泉でしたが、こともあろうに今年、7月31日に漏電で火災になり、現在は営業を休止中です。一日も早い再会を望みたいところです。


さて、これは平成9年1月、廃止間際の碓氷峠を行く「あさま」の先頭に立つEF63です。
峠越え
その年の10月に長野新幹線の開通と共に、信越本線横川~軽井沢間が廃止されました。

峠の湯から先の廃線跡は、すっかり草に覆われています。
⑰廃線跡
けれども、峠の湯から先も安中市が保有し、線路が剥がされないままになっています。安中市では、ここから先の廃線跡を活用して再び軽井沢までを線路で結び、観光客誘致につなげたいとの意向があるそうです。京都の嵯峨野観光鉄道のように廃線跡を利用してこの地域の活性化に結び付けることができればいいなと思います。
  1. 2013/11/03(日) 00:01:50|
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種村直樹レイルウエイ・ライター40周年記念トークショー

さる10月20日に、東京・秋葉原にある書泉ブックタワー9階のイベント会場にて、宮脇俊三さんと並んで、鉄道ライターの先駆者である種村直樹さんのデビュー40周年を記念するトークショーが開かれ、その第二部の司会を、不肖、私めが努めさせていただきました。
b_20131021182020b58.jpg
朝からあいにくの雨模様にもかかわらず、会場には熱心な昔からの鉄道ファンの方々が大勢詰めかけました。
コメンテーターは種村さんとゆかりの深い皆さんばかりで、かつての種村事務所のアルバイターの方たちや、編集者として長年、種村さんとお付き合いのあった方々、そして、種村さんの長女のひかりさんも出演され、終了後には皆さんと親しくお話させていただきました。

種村さんの読者を大切にする姿勢と、仕事に対する厳しさ、そして新聞記者として培った情報の正確さ、整理の方法など、身近な方ならではの様々な興味深いお話を伺うことができました。


これは、40周年を記念して発刊された『旅と鉄道増刊号』です。
c_201310211820229b6.jpg
この増刊号の発刊には私は携わってはおりませんが、種村さんのこれまでの偉大な軌跡が克明に綴られていますので、ご興味のある方は、是非、お求めください。


私が本格的に列車の旅を始めた時期と、種村さんがレイルウエイ・ライターとしてデビューされた時期が一致するため、私は若いころから何度も手紙のやり取りをさせていただきました。そして、代表作である『鉄道旅行術』や、『旅と鉄道』の中に、当時の「ヤング」の一人の「田中クン」として私のことを書いて頂いたこともありました。それからおよそ30年、私がライターの端くれとして、初めて本を出版した時に拙著をお送りすると、すぐに感想を送っていただきました。さらに、縁あって鉄道ジャーナリストの親睦会「どん行会」に入会し、中央本線の茅野駅で初めてご挨拶した時に「ようやくお会いできましたね」とおっしゃられたのには感動しました。

これは、2010年秋に群馬県の四万温泉で行なわれたどん行会の写真です。
どん行会
左から南正時さん、種村直樹さん、荒川好男さん、芦原伸さんと、この業界の重鎮たちが楽しそうに熱唱されています。

その後、どん行会で各地の温泉に何度もご一緒したほか、どん行会のメンバーの出版披露パーティーや、種村さんの長年のライフワークだった外周の旅のゴールの時に、私も最終地点の日本橋にかけつけ、お祝いの宴に出席しました。
ご夫妻IMG_20131024_0002.jpg
これは、お祝いの宴でご挨拶される種村さんと奥様です。そして、右側は今回の『旅と鉄道増刊号』に載ったその時の記事ですが、その写真の中で、種村さんの隣で白いシャツ姿で拍手をしているのは私です。
宴会の席上、百人以上の出席者がおられたにもかかわらず、種村さんは私の隣に10分以上も座られて、色々なお話をしてくださいました。その時、「外周の旅で、数多くの島にも行かれたそうですが、その中で一番印象に残っておられる島はどこですか?」と私が尋ねますと、先生は間髪をいれず「それは山口県の蓋井島(ふたおいじま)です」とおっしゃいました。そのわけは。島人たちの明るい表情がとても印象的だったからだそうです。私は、その直後に蓋井島を訪れました。大型時刻表に載っていない人口わずか92人の島で、島内には交番も中学校も郵便局もなく、わずかに走っているクルマにはナンバープレートもないという、本当に小さな島でした。
蓋井夕景蓋井
この島は、山陰本線の吉見駅近くにある吉見港から小さな船で30分あまりの日本海上にあります。港まで出迎えに来てくれたおばあちゃんの民宿では、2か月ぶりの泊まり客だと大歓迎されました。よその人が島に来るのは大変珍しいことらしく、会う人、みんなに挨拶され、先生の言われるように本当に明るい島でした。そして、その次に種村さんにお会いした時に、その話をさせていただくと、懐かしそうにされていました。

そんな種村直樹さんですが、ご本人は、現在病気療養中で、トークショーの会場に姿を見せられなかったことが、誠に残念でした。どうか、一日も早く回復され、また、ご一緒に杯を交わす日が来ることを心から願っております。
  1. 2013/10/27(日) 00:00:17|
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大阪・交通博物館

先日、大阪環状線の弁天町駅前にある「交通博物館」に行ってきました。
この博物館は、鉄道を中心に、自動車や飛行機、船舶など、交通機関全般の歴史を展示した博物館です。昭和37年に開館以来、半世紀にわたって親しまれてきましたが、残念ながら来年春に閉館することが発表されました。展示物は、京都にある梅小路蒸気機関車館を拡張し、新しい鉄道博物館として生まれ変わる予定です。

まずは屋外の展示場から見て行きましょう。
②
右手に見えるのは、昭和25年に初めて長距離用の電車として開発され、東京~沼津間を走った80形電車です。

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この電車は湘南電車と呼ばれて親しまれ、それまで、蒸気機関車牽引の客車列車であった長距離列車の歴史を変えました。正に、その後の電車王国日本の礎となった名車です。この電車はその後、二枚窓になって長らく親しまれましたが、昭和58年に飯田線ですべて現役を退いたのち、残念ながら2枚窓車は一台も保存されていません。

展示場に設置されたホームに80形電車とマロネフ59が並んでいます。マロネフは昭和13年に皇室などの貴賓車として製造された車両を昭和30年に2等寝台車(現在のA寝台)に改造したものです。
⑤マロネフ59
昭和30年代、客車には帯はあり、1等は緑、2等は水色、3等は赤(朱色)と決められていました。

こちらは明治36年に初めて日本で製造された233号蒸気機関車です。
③233号M36
イギリスの機関車を参考にして製造されたものです。

こちらには、デゴイチの愛称でおなじみの蒸気機関車D51と、特急用の大型蒸気機関車C62が並んでいます。
①
そして、その隣は、昭和35年に製造されたキハ81で、北海道や紀勢本線の特急列車として活躍しました。

ガラスのショーウインドーの中に入っているのは、義経号と呼ばれる7100形蒸気機関車です。
④7100形M13
明治13年にアメリカから輸入され、北海道最初の鉄道である幌内鉄道で走っていたものです。同機は、平成2年の大阪鶴見緑地で開かれた花の万博では、イベント列車を牽引して場内を走りました。今でも走れる状態とのこと、130年以上過ぎてもまだ、走れるなんてすごいですね。

さて、屋内に入ってみましょう。

⑥ML500s52

まず、目につくのがML500という、昭和52年に製造された国鉄のリニアモーターカーの実験用無人車両です。当時、宮崎県にあった実験線によるテスト走行で時速571キロを記録しました。この時の技術がJR東海が推進する中央リニア新幹線に生かされようとしているのですね。

ご存知、初代新幹線0系です。
⑦0系
東海道新幹線も昭和39年の開業から来年で50年を迎えます。

こちらは、151系特急用電車です。
⑧151系こだまS33
東京~大阪間を日帰り可能にしたビジネス特急で、当時、大きな話題になりましたが、この列車が東海道本線を「こだま」として6時間半で駆け抜けたのは昭和33年から新幹線が開通するまでのわずか、6年間だけでした。

こちらは昭和3年に製造されたEF52形電気機関車です。

⑨EF52形S3

東海道本線の急行列車などを牽引しました。

これはサンフランシスコの路面電車です。
⑩
昭和34年に大阪市に寄贈されました。

こちらは、日本初の国鉄ハイウェーバス「ドリーム号」です。
⑪1969
昭和44年に初めて走り始めた第1号ですが、ハイウェーバスの台頭で夜行列車が淘汰されるとは、この時には思いもよらないことでした。

館内には、そのほかにも昔の飛行機や自動車も並んでいます。
⑫
京都の博物館に移設される時、これらの展示物がどうなるのか、気になるところです。


こちらは、昭和初期の駅を復元したものです。
⑬
「金澤行」「米原行」の表示があるので、北陸本線の駅を模倣したようです。

そのほか、鉄道模型のジオラマも運転されています。
⑭
JR西日本の車両だけでなく、大阪を走らない「カシオペア」やJR東日本のキハ110が走っているところが、好感が持てます。

この博物館は、2014年4月6日をもって、その歴史に幕を降ろします。
ご興味にある方は、是非、今のうちに足を運んでみてはいかがでしょうか。
  1. 2013/10/06(日) 12:36:51|
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リニア中央新幹線ルート発表

JR東海はこのほど、2027年に開業を目指すリニア中央新幹線のルートを正式に発表しました。
リニア鉄道館
これは、名古屋市の金城ふ頭にあるリニア鉄道館に並ぶN700系のぞみと、リニア新幹線です。

発表された計画によれば、東京の品川を起点として、相模原市橋本~甲府市~飯田市~中津川市の順に通過する各県に一駅ずつ設置し、名古屋に至るというものです。これは、東京~名古屋間をほぼ直線に結び、その8割以上がトンネルの中で、地上部分も騒音や自然災害を防止するためシュエルターの中を時速500キロ以上で突っ走る計画です。途中区間で列車の姿が見えるのは、富士山の北側のほんのわずかの区間といくつかの川を越える場合に限られるということです。また、富士山が見えると言っても、時速500キロで走れば、それはわずかに3秒のことだとか…これは、もはや、鉄道の概念をははるかに超えた別次元の交通機関と言えるでしょう。


こちらは、平成17年に愛知県長久手町で開催された愛知万博でのJR東海パビリオンです。
リニア東海館外側377
このパビリオンでは、観客はリニア新幹線の擬似乗車体験をすることができました。
リニア東海館内部◎
それは、正に真っ暗なチューブの中を走る長大な金属の塊でした。まるで、真っ暗闇の滑走路をどこまでも疾走するジェット機のようでした。飛行機なら、窓から下界を眺める楽しみがありますが、リニアは、ひたすら闇の中を突っ走るだけ。その時、私はちっとも乗ってみたいとは思いませんでした。これに汽車旅の楽しさを求めることは無理なことで、単なる点と点との移動手段に過ぎないと思います。

もちろん、日本の技術力は世界に誇るべき素晴らしい進化を遂げ、目的地に一刻も早く到達することを目指すのは当然のことだと思います。これをあえて、否定しようとは思いません。JR東海が自己資金だけで建設しようという資金力はすごいことです。また、途中駅周辺地域が、リニアの開通によりどのように発展していくのかも楽しみであります。

けれど、よく考えてみると、そんな莫大な経費を使い、自然環境を大きく破壊してまで作る必要があるのかな、と思うこともあります。それだけ資金力があるのは、東海道新幹線という超ドル箱路線を一社で独占し、お荷物のローカル線が殆どないJR東海の恵まれた環境のおかげであることは明らかです。その一方で、元は同じ国鉄でありながら、利用者の激減に苦しむJR三島各社のことを思うと、あの分割ははたしてよかったのかなと考えてしまいます。
また、少子化により、今後、人口が減少していく中で、リニアの開通により、乗客が激減すると思われる東海道新幹線の採算が取れるのかという懸念もあります。思えば、新幹線が開業した昭和39年に国鉄は初めて赤字に転落したのですから。

とはいえ、時代は確実に変わっていきます。最初、陸蒸気が走った時、それまで馬か駕籠しか知らなかった人々は蒸気機関車を見て仰天しました。また、新幹線が日本の戦後の経済発展を支えたことはまぎれもない事実です。
何かが変わる時、人は懐疑的な考えに陥りがちですが、そのような否定的な意見を押し切って、これまで人類は進歩してきたのです。リニアが大阪まで開通する時まで、私の寿命はもたないかもしれませんが、リニアによってもたらされる世の中のの変化するのか、次の世代の人たちがその答えを知ることになるでしょう。

リニア記事〇382

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  1. 2013/09/29(日) 00:02:17|
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相次ぐJR北海道の不祥事に思う

JR北海道の不祥事の続出には本当に困ったことです。
JR北記事381

事の発端は平成23年5月27日に起きた石勝線・占冠~新夕張間のトンネル内で起きた「スーパーおおぞら14号」の脱線炎上事故から始まりました。あの事故の時JR側の誘導のないまま、248名の乗客は自ら危険を察知し、非常コックでドアを開けてトンネル外に歩いて脱出しました。その後、列車は炎上して全焼したののですから、もし、JR側の指示に従って脱線したのとは別車両に移動したまま待機していたら、大惨事になっていたことは間違いありませんでした。幸いこの事故で死者は一人も出なかったものの、後日、この事故の責任を感じたJR北海道社長が自殺するという結果となりました。

事故による死者が出なかったのは、不幸中の幸いでしたが、この事故の教訓がまったく行かされず、その後も気動車の列車火災や、脱線事故が頻発しているのはどうしたことでしょうか。乗客の安全を第一にすべき公共交通機関としての義務をまったくはたしていないと言わざるを得ません。それにより、著しく利用者の信用を失墜し、ドル箱である特急列車の長期運休を余儀なくされたのはどうしようもありません。

ましてや、北海道は都市部以外は過疎化が進み、また、高速バスや航空機との競争で厳しい経営状況の中、益々、JR離れが加速されるのではないかと心配でなりません。

そんな中で、安全運行に欠かせない保線作業に手を抜き、その結果、脱線事故を起こしたとは、もはや救いようのないほどの危機だと思います。これは人命にかかわることだし、また流通にも大きく影響する問題です。

ほかのJR各社や私鉄等でこんなに不祥事が相次いだことは、聞いたことがありません。また、北海道においても国鉄時代にはなかったことです。

もはや、ここまで来ると企業としての存亡の危機であり、猛省を促すというような生易しいことでは立ち直れないと思います。これは、一旦、JR北海道を解散し、経営陣を一掃して、JR東日本に吸収合併するしかないと思います。こういうことがなかったとしても、いずれ、三島各社の乗客減少による経営難は目に見えており、このままの旅客会社6社の体制を見直す時期に来ているのではないでしょうか。

鉄道をこよなく愛する一人として、北海道の鉄路が健全な形で再生することを心から願っています。


  1. 2013/09/24(火) 00:05:18|
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清水・鉄道ファンの聖地「つばめ寿司」

先日、知る人ぞ知る鉄道ファンの聖地「つばめ寿司」に行って来ました。
清水の地酒「次郎長」を飲みながらご主人と国鉄時代の昔話に花を咲かせた

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この店は静岡県の東海道本線・清水駅から歩いて15分ほどの場所にあります。


ご主人は、昭和43年まで東海道本線の急行「なにわ」の食堂車で寿司を握っていたという経歴の持ち主です。
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店内には、列車のサボや鉄道写真がズラリと並んでいます。
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東海道本線の東京〜大阪間に急行列車が走っていたこと、食堂車が連結されていたこと、そして、寿司のカウンターがあったことなど、今では考えられないことばかりです。
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ご主人は根っからの鉄道好き。鉄道ファンだけでなく、JRなどの鉄道会社の社員、鉄道ライター、カメラマンなども全国各地から来店するそうです。私が寄稿したMOOKが店内にあったのも嬉しいことで、話し込むうち、私の知人のライターを何人もご存知でした。

そして、お寿司は、夜に行ってもこの盛り合わせが1000円と、とても良心的なお値段です。
IMG_3463.jpg
この同じメニューが45年前の食堂車では300円だったそうです。

もし、鉄道好きの方で、静岡県の清水に行かれることがあれば、是非、お立ち寄りください。
なお、水曜日が定休日ですので、ご注意ください。
  1. 2013/09/08(日) 00:02:30|
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北海道鉄道博物館

函館駅前にあるWACOビルの5階に、北海道鉄道博物館があります。
1 入口
ここには、国鉄時代の懐かしい北海道の鉄道に関する品々がズラリと並んでいます。

場内には炭鉱で使われていたトロッコの線路が敷設されており、有料でこれに乗ることもできます。
2トロッコ線路
トロッコの線路の脇に函館市電のポールが立っている所が面白いですね。

旧型客車の座席が懐かしいです。こんな座席の夜行列車に乗って、道内各地を行脚したものです。
3座席
浜頓別行、瀬棚行、松前行、寿都行…今は地図から消えた懐かしい駅名が並んでいます。

鉄道ではありませんが、バスのサボ(行先表示板)もありました。
6バスサボ
北桧山というのは、道南の町の名前で廃止された瀬棚線の駅にありましたね。

これは貴重な写真です。
4稚内桟橋
稚内桟橋に停泊する戦前の稚内から樺太を結ぶ稚泊連絡船です。

こちらは昭和18年の稚内桟橋駅の窓口です。
5稚内桟橋窓口
「道内・本州・樺太行」の文字に時代を感じます。こんな戦時中に「旅行記念スタムプ」が備え付けられていたことは驚きです。

場内ではこんな物が売られていましたが、はたして買う人がいるのでしょうか?
7石炭
そのほか、列車のサボ、古い切符類、国鉄職員の制服など、色々な鉄道に関するものが販売されていました。


なお、このブログはこれまで出来る限り週に2回を目安に更新してまいりましたが、今後、諸般の事情により、原則として毎週1回日曜日に更新することとさせていただきますので、ご了解ください。
  1. 2013/06/30(日) 11:25:42|
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鉄道居酒屋「せとうち」

先日、知る人ぞ知る、鉄道居酒屋「せとうち」に鉄道仲間と行ってきました。
このお店は東京メトロ千代田線の千駄木駅のすぐ近くにあります。このお店を開かれた鉄道趣味人だったご主人が亡くなった後、奥様が故人の遺志を継いで続けているお店です。
せとうち11
コンビニ「ポプラ」の隣にこんな看板が立っています。


階段を登ると、駅名票や案内表示などがずらりと並んでいます。
せとうち①

湊町(現JR難波)、麻積(おみ=現聖高原)など、今は名前の変わった駅のものもあります。
せとうち②
シルバーシートが酒豪の方の優先席というのが笑えます。


せとうち③

まあ、とにかく色んなものが並んでいるんです。中には私が寄贈した本も置いてあります。
小2
席は新幹線のグリーン車の座席だったり、トイレの扉も新幹線のものなんです。
小1小3
コレクションは国鉄時代のものが多いですね。鉄道関係の人が集まってきて、これらのサボや部品などを置いて行ってくれるのだそうです。

そして、肝心の料理は、「おふくろの味」定食フルコース(と私が勝手に名付けているのですが)の一品のみ。
3000円+税(飲み物別)で日替わりのお母さんの味がボリュームたっぷりに楽しめます。



店内は定員12名ほどの小さな空間ですが、事前に予約しないと絶対に入れません。
それもかなり前から電話しないと、なかなか空いていないという超人気店なのです。
私はいつもこのお店を借り切って予約し、10人以上の鉄道ファンと楽しい時間を過ごしています。
今回は定員オーバーの14人が集まる大盛況、
い
これは今回の記念写真です。


せとうち⑤

気がつくと夜7時から始まった宴は11時を過ぎていました。
  1. 2013/05/09(木) 19:45:24|
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那珂川清流鉄道保存会

好天に恵まれた連休に、栃木県那須烏山市にある「那珂川清流鉄道保存会」に行ってきました。
ここは、運送業・葬儀社・温泉施設など、地元で手広く事業を展開しているオーナーが、趣味で役目を終えて使われなくなった鉄道車両を集めて整備し、一方で実際に走る模型車両を製作して展示するという大掛かりな施設です。
IMG_1547車両群1

資料館の中には明治22年にドイツで製作されたクラウス17号が展示されていました。
IMG_1513クラウス
きれいに整備されていますね。

また、これは、平成25年、つまり今年、国内で唯一蒸気機関車の製作技術を継承する福島県の協三工業で作られた小型蒸気機関車です。この会社は、ディズニーランドのウエスタンリバー鉄道の蒸気機関車も製作しました。
IMG_1528H25新造SL
IMG_1515H25銘板
もちろん、この機関車も実際に走ることができます。

また、屋内にはあの原鉄道模型博物館もびっくりしそうな精巧にできた模型の車両がたくさん並んでしました。
IMG_1518C59模型
これはC59型蒸気機関車。

IMG_1519EF65模型
そして、こちらは「出雲」のヘッドマークをつけたEF65型電気機関車です。

こんなのもありました。
IMG_1520井笠模型
岡山県の井原と笠岡を結んでいた井笠鉄道の機関車です。

さらに、江戸時代に使われていた籠や、
IMG_1524籠
大正時代の消防団の散水用の大八車も置いてありました。
IMG_1527大八車
もう、なんでもありですね。

さて、外に出てみましょう。
IMG_1532寝台車
これは、つい数年前まで「はやぶさ」「あさかぜ」などに使われていたブルートレインです。こんな大きな車両をどうやって線路のつながっていないこの山里まで運んできたのでしょうね。

こちらは愛知県の豊橋鉄道市内線の電車です。
IMG_1538豊橋市電
いつまで現役だったのでしょう。かなり古いスタイルの電車ですね。

これは、福島県の会津鉄道で使われていた「マウントエクスプレス」です。
IMG_1544マウントエクスプレス
この車両は会津に来る前は名鉄からJR高山本線に直通していた特急「北アルプス」として使われていました。

このほかにも構内には数え切れないほどたくさんの車両が集められています。
IMG_1545車両群
いずれ、再び動くように装備したいとのことでした。

おっと、ここに住みついたネコが、貴重な車両の上でおしっこをしています。
IMG_1541ネコおしっこ
係のお姉さんが慌てて水で流しました。


また、ディーゼル機関車も新造しています。
IMG_1563新造DL
ちょうど、手前にあるミニSLとともにトラックで運ばれてきました。

このあたりはツツジの咲き誇るのどかな所です。
IMG_1565つつじ

交通の便はJR烏山線の終点・烏山駅から発着するバスしかありません。
IMG_1567バス
休日は一日3往復(平日5往復)しかないこのバスに乗って帰りました。

テーマ:鉄道の旅 - ジャンル:旅行

  1. 2013/05/05(日) 23:51:09|
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山陽本線東加古川~土山間の踏切障害事故について

去る3月16日、鳥取から「スーパーはくと10号」に乗りました。
kippu.jpg
姫路までは順調に走行していたのですが、16時36分ごろ、東加古川で急に臨時停車しました。
当初の放送は、「この先の踏切で危険を知らせる信号が発信されたため」とのことでした。このようなことはしばしば発生することで、大抵の場合は10分前後停車すると「安全が確認されましたので、運転を再開します」となるので、まあ、そのうち動き出すだろうと高をくくっていました。
すると「この先、東加古川~土山間の踏切で車が脱輪しましたとの連絡が入りました」との放送が入り、それでも、衝突事故や人身事故なら、時間がかかるかもしれませんが、車が線路上に脱輪しただけなら、すぐに自走して脱出するだろうと思いました。

ところが、その後は何度も同じ内容の放送しか入らず、どうも、長引きそうな気配です。
東加古川駅のホームで辛抱強く普通電車を待ち続けていた人たちも、諦めたのか、いつしか誰もいなくなりました。利用者にとっては大変な迷惑ですね。
事故現場2
これは、ネット上に掲載されていた写真を使わせていただきました。(撮影者不明)
どうやったら、こんな角度で線路上に脱輪するのかわかりません。あとからの報道で知ったのですが、加古川市のゴミ収集車が運転を誤って線路上で身動きが取れなくなったのでした。
私たちは先頭車両の6号車に乗っていたのですが、運転席脇から前方を見ると、臨時停車して以来、この先の踏切は警報器が鳴り続け、遮断機は閉まり放しのようです。そのため、現場周辺道路は、大渋滞になっていることが予想されます。あとから聞いた話ですと、現場周辺の道路は道幅が狭く、一方通行も多いため、袋小路に入ったように身動きが取れなくなったようです。そのため、クレーン車などの救援車両が容易に現場に近づけなかったと思われます。
そうこうするうちに、日が暮れて、鳴り続ける踏切の警報器の赤い点滅だけが目立ちます。その間、およそ7割の乗車率の乗客たちは、誰ひとり文句も言わず、諦めきったかのように静かに待っていました。
やがて、「クレーン車が現場に到着」「撤去作業中」「撤去が完了しました。安全が確認され次第、発車します」と、次々に放送が入り、2時間ぶりに列車は最徐行で発車したのです。
現場は、東加古川駅から数えて3つ目の踏切でした。そこに至る並行する道路や、踏切の前には数珠つなぎになった長い車の列ができていました。これは、ドライバーに多大な迷惑をかけるだけでなく、復旧を遅らせた原因のひとつではないかと思います。

なんらかのアクシデントがあり、列車が臨時停車した場合、周囲の踏切はすべて閉塞されたままになります。先の東日本大震災の時にも同じ状況になり、踏切によって多くの交通が遮断され、避難が遅れたり、津波から逃げ遅れたケースもあったと聞きます。
この状態はなんとかならないものかと、いつも思います。
今回の事故の場合、列車が踏切上に停車したわけではなく、また、信号がすべて赤で列車は発車できない状態であったのだから、JRの係員か警察官の誘導で、踏切を通すことはできないものなのでしょうか。

さて、現場を過ぎると、列車は全速力で走り始めました。
JRには、列車の遅延が2時間を過ぎると特急料金を払い戻すという規則があります。
「只今、列車は約1時間59分遅れて走行中です」との車内放送がありましたが、私の時計では明らかに2時間を超えていました。
ところが、明石や、私たちが下車する三ノ宮に着いた時にも、車掌からは払い戻しについて何の案内もなく、また、到着した駅の放送もありませんでした。多くの人たちは、この規則を知らずに、そのまま払い戻しもせずに泣き寝入りだったと思われます。

国鉄時代に遅れた時にはそんなことはありませんでした。これは、JR内部で自分たちに不利になる情報は、極力、乗客に知らせないという内規でもあるのではないかとさえ思えます。

商品やサービスに不備があれば、交換したり、返金するのはメーカーでは当たり前のことです。それでこそ、消費者の信頼を得られるというものです。それなのに、このようなことでは、JR西日本は、まだまだ民間企業になりきっていないなあと感じます。

その後、対照的なJR東海の事例を聞きました。
上り「サンライズ」が大幅に遅延した時に、「①このまま目的地までご乗車の場合は特急料金を払い戻す」「②静岡から新幹線に乗り換えた場合、サンライズの特急料金の払い戻しはないが、新幹線料金なしで乗ることができる」という丁寧な案内放送があったそうです。この対応の違いは、同じJRでも企業体質の差なのかと思います。

ちなみに、私は国鉄時代に東北本線の夜行列車が大幅遅延した時、東北新幹線で同様に特急料金なしで代替輸送してくれた経験があります。

今回の事故はJRに非はなく、JRにとってもダイヤ改正初日にとんだ迷惑を被った事故だと思います。
けれども、利用者にとってはその原因は誰が悪いかにかかわらず、大幅遅延により迷惑を受けたことに変わりはないのですから、顧客に対して最善の対応をするのが、義務なのではないでしょうか。

それにしても、この事故は、私が乗っていた列車が現場に差し掛かる直前に起きています。
もう少し早く現場を通過していたら、足止めを食わなかったのにと思う一方で、もし、踏切の非常停止ボタンを押すのが少しでも遅れていたら、衝突していたかもしれません。まして、先頭車両に乗っていたので、私も怪我をしていたかもしれないと思うと、大きな事故にならなかったことに感謝すべきなのかもしれません。

なお、当然のことながら、特急券は全額払い戻してもらいました。「スーパーはくと」はJRと智頭急行とに跨って運転されており、料金の中に510円の智頭急行の特急料金が含まれていますが、この場合の両社間の精算はどうするのか私にもわかりません。アクシデントはJR線内で起きたことで、智頭急行線内は定時で運行されていたのですから、その後、JR線内で起きたトラブルのせいで収益が減るのは、智頭急行にとっては迷惑な話だと思います。おそらく、両社間で事前に何らかの取り決めがあるのでしょう。

色々なことを考えさせられた今回の踏切障害事故でした。
  1. 2013/03/20(水) 11:29:29|
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首都圏JR、今朝の大混乱に思う

ニュースなどでご存知の通り、今朝の首都圏のJRは大幅な間引き運転により大混乱が発生しました。
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これは、昨日の天気予報が最初、南関東地方も含めて朝から大雪と報じていたため、JR東日本が通勤時に列車の30%を間引いたことが原因です。
通勤時間帯は普段でもすし詰めの満員電車を30%も間引くとどのようなことになるかは、容易に想像できます。
湘南新宿ライン、各地からの通勤ライナーも早々に運休を決定し、JRの駅ではどこも大勢の通勤通学客であふれました。特に品川と赤羽は殺到した乗客で収拾がつかないほどの大混雑になり、極めて危険な状態になっていたとのことです。また、常磐緩行線では混雑のため、窓ガラスが割れるトラブルもありました。
私も、その時、京浜東北線に乗っていたのですが、横浜駅などパニック寸前の大混雑の上、各駅の乗降に時間がかかったことや、新子安付近で異音を感じたことなどが原因でノロノロ運転が続き、1時間以上の遅延となりました。

ところが、外は雪はほとんど降らず、ただの雨が降っていただけでした。もちろん、北関東など、一部の地域では数センチ積雪のあったところもあるようですが、それも列車の運行に支障をきたすほどの雪ではなかったと思われます。なのに、なぜ、30%も列車を間引いて大混乱を発生させたのかは理解に苦しみます。それは、昨日の早い段階で早々に間引き運転を決定してしまったからです。けれでも、昨夜遅い時間での天気予報では、すでに朝の予報は雨に変わり、雪の降り始めが遅れるとなっていました。当初の予想より気温が高かったからでしょうね。でも、一旦間引きを決定したJRはそのまま、30%カットのまま通勤ラッシュを迎えたのです。

実は、15年ほど前の大雪の夜、私は東京を21時30分ごろに発車した東海道本線の満員電車に乗り、朝の5時半まで閉じ込められるという悲惨な目にあったことがありました。しかも停車した場所が駅ではなく蒲田~川崎間の踏切の上で、降りようにも降りられないという状況で、気分の悪くなる人もいて、満員の車内は大変な状態でした。しかも、その前の電車に乗っていた人が待ちきれず、非常ドアを開けて線路の上を歩き始めたので、余計に運転再開が遅れました。
これは、あきらかにで駅でない場所に電車を停めさせてしまった運転指令のミスであると思います。そして、当然のことながらJRに非難が殺到しました。
そのような状況を回避するための運休・間引きはやむをえないと思います。
けれども、天気予報が変わっているにもかかわらず、臨機応変な対応ができず、当初の予定通り30%間引きをラッシュ時に行なって大混乱を招いたのは、どうも、納得がいきません。私鉄各社や地下鉄は、一部で運休はあったものの、正常に近い形での運転を確保しようという努力が感じられました。でも、JRからの振り替え乗車客や、JRとの相互乗り入れ区間などでは、JR間引きの影響を受け、いつもよりかなりの混乱したようです。
そして、あの東日本大震災当日のJR東日本とその他の鉄道との対応の差のことを思い出しました。あの時は私鉄各線や、地下鉄、JR東海道新幹線は当日のうちに安全点検を済ませて運転を再開したのに、JR東日本各線は早々にその日の運休を決定し、山手線の駅などではシャッターまで降ろして乗客を締め出してしまったのです。その時にも、JRは世間から大いに批判され、特に当時の石原東京都知事までが激怒したことは大きく報じられました。

さらに、ここ数年、冬になると「北斗星」「あけぼの」「カシオペア」などの夜行列車の運休率が極めて高くなります。また、秋田県や青森県などの豪雪地帯でのローカル線も同じことがいえます。2年前に北上線に行った時、地元の人が「このごろは冬になると汽車が来るんだか、来ねえんだか、さっぱりわからねえ」と言っていたことが印象に残っています。これでは、通学生たちは、JRを利用して学校に行きたくても行けないので、益々ローカル線離れを起こしてしまうでしょう。

かつて、国鉄時代はそんなことはありませんでした。(ストではよく止まりましたが…)
少々の雪や雨が降っても、遅れることはあっても、最初から運休なんてことは、気象警報でも出ない限り、まず、考えられないことでした。北海道や、青森県、秋田県、山形県、新潟県などの山間部は今も昔も豪雪地帯であることに変わりません。でも、当時は国鉄マンの使命感を持った魂を感じたものです。

確かに企業としてはリスクは避けた方が無難という考え方はあると思います。けれども、それは、乗客に精神的・肉体的に大きな負担を強いることになり、その大混雑で、怪我人や病人が出ることも考えられるでしょう。さらに大勢の人が失う時間的損失は、社会全体として経済的に大きなマイナスであると思います。そして、私鉄各社と比べて、あまりにも違う対応に疑問を感じてしまうのです。

今回は、大雪の天気予報がはずれた気象庁にも批判が集まっているようですが、皆さんはどのようにお考えでしょうか。

  1. 2013/02/06(水) 23:58:06|
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原鉄道模型博物館撮影会

2月2日、横浜駅に近い横浜三井ビルディングにある『原鉄道模型博物館』で撮影会が行われました。
この博物館は、世界的に有名な鉄道愛好家である大正8年生まれの原信太郎さんが個人所有されている鉄道模型の数々が展示されており、広大なレイアウトは世界最大級とのこと。

普段は写真撮影は禁止されているのですが、この夜だけは特別にキヤノンのカメラユーザー300人限定の撮影会。私も愛機のキヤノンEOSを持参して参加しました。


これが、ヨーロッパの街並みを再現した巨大なレイアウトです。
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電気機関車は、本物と同じようにパンタグラフから電気を取って走っているという本格的なもの。
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線路端には雑草まではえています。思わずため息が出そうなほどリアルでした。


扇状の機関庫に蒸気機関車が並んでいます。
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これはドイツの列車でしょうか。
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巨大な時計台のある駅の向こうに、模型の列車を操作する人の姿が写ってしまいました。
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白い蒸気機関車がやってきました。
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さすがに煙までは吐きませんでした。


一両で走りまわっているこのシルバーの列車はなんでしょう。
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黄色い蒸気機関車もいました。
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そして、ヨーロッパの街の脇を、なぜか昔の近鉄電車が走っているのでした。
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所変わって、これは横浜ジオラマです。
夕暮れのみなとみらい地区を京浜東北根岸線の電車が走っていました。
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でも、なぜか、手前には昔の日本の街が見えるのが面白いところです。


これは、大正3年に東海道本線に初めて走った電車です。
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そして、これは大正10年の阪神電車です。
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こんなコレクションもありました。
ひかり1号ひかり2号
東海道新幹線の開業日、昭和39年10月1日に東京と新大阪から朝一番に発車するひかり号の特急券です。
さすがに、私もこれは持っていません。

いやあ、鉄道模型を撮影するのは、本物よりも、むしろずっと難しいことを痛感しました。思ったより速いのと、撮影するには照明があまり明るくないからです。それに、気をつけないと、ほかの人や、操作する係員が写ってしまいますからね。でも、普段は撮影禁止なだけに、とても貴重な体験でした。

これらの模型がすべて原さん個人のコレクションだというのだから驚きます。これだけの量の貴重な模型を収集する財力と、保管するだけのスペースがよくあったものだと、無粋ながら感心してしまいました。



  1. 2013/02/03(日) 12:05:17|
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藤沢・鉄道模型バー「ジオラバー」

昨日、東海道本線・藤沢駅南口にある鉄道模型バー「ジオラバー」に行ってきました。
この店のカウンターには、山あり谷あり海あり町ありの見事な鉄道ジオラマが展開されています。それは、この手のお店としては私の知る限り最も大規模なもので、マスターが自ら製作した傑作を目の当たりに見ることができます。

そして、店内では週替わりで様々な列車が走り回っています。
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今週、複々線の線路を走っていたのは、新幹線16両フル編成のN700系のぞみ、500系こだま、北陸本線サンダーバード、そして、磐越西線や只見線で走っているキハ40でした。
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このお店では、通常価格よりも廉価で鉄道模型の販売も行っています。
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鉄道ファンならずとも、見ているだけでも楽しいお店です。
居合わせた人たちと鉄道談義を交わしつつ、カクテルのグラスを傾けるうちに夜は更けていきました。

  1. 2012/12/20(木) 23:46:14|
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しんばし「電車のりば~」

今夜は新橋駅前ビル1号館に1週間前に開店したばかりの「電車のりば~」に行ってきました。
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このお店は、以前にご紹介した「停車bar」のすぐそばにある姉妹店。
店内には、列車のサボ(行先表示板)、プラレール、懐かしい写真などが所狭しと並んでいます。


こちらは、「停車bar」と共通の女性スタッフです。
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JR3社のキャラクターを手にポーズを取ってくれました。
最近は女性の鉄道ファンも多くなってきましたが、この両店では、お客さんも、結構、女性が多いのには驚かされます。


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新橋駅前ビルというと、いかにも昭和の香りのする「オヤジビル」なのですが、ここだけが、鉄道好きが集まる異空間になっているのでした。
  1. 2012/11/30(金) 22:54:58|
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新橋駅前ビル「停車BAR」

ここは新橋駅前ビル西館地下にある「停車BAR」です。
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カンテラを手に、国鉄職員の帽子で笑顔を見せてくれているのは看板娘のなっちゃん。定員5人ほどの小さな店ですが、店内は鉄道グッズがズラリ。いつも、日本のどこかの鉄道DVDが流れ、箱根登山鉄道が走り回ります。
私は月に3回ぐらいこの店に鉄道仲間と出没しています。
  1. 2012/09/13(木) 23:23:55|
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汐留・鉄道歴史展示室「百年前の修学旅行 ハイカラさんと東京駅の時代」

今日は汐留にある鉄道歴史展示室で、明治から大正にかけての百年前の汐留界隈の風景に浸ってきました。
この展示室は、鉄道発祥の地、陸蒸気が日本で最初に走り始めた旧新橋駅があった場所に、当時の駅舎を復元し、鉄道の歴史展示室として無料開放しているものです。
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銀座は日本一古い駅前商店街として栄えてきたのですね。横浜港に入って来る諸外国の文明が、陸蒸気で運ばれて来て、銀座は文明開花の最先端をゆく街になったのです。それが明治時代の大火で消失し、モダンな煉瓦造りと生まれ変わりました。ところが、関東大震災、そして東京大空襲と苦難を経て、現在の繁栄へとつながっているという歴史の一端を知ることができました。そして、その中心になったのが、汐留にあった陸蒸気の駅であり、東京駅だったのです。

展示室には、鉄道関連の資料が意外に少ないのが残念ではありますが、大正時代から昭和にかけての東京の地図や、都電の路線図、当時の街の写真など、貴重な資料が並び、当時を知る映像が流されていました。

  1. 2012/08/18(土) 22:24:31|
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鉄道イベント「テツ道」

今日は東京・九段にあるホテルグランドパレスで行われた鉄道イベント「テツ道」に拙著の版元の編集長と一緒に参加しました。
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私が会場に到着した時は、鉄道写真の第一人者、広田尚敬さんのトークショーが始まるところでした。
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広田さんは、鉄道写真一筋60年という大ベテラン。鉄道写真好きの人で彼の名前を知らない人はいないほど著名なカメラマンです。にもかかわらず、語り口はとてもソフトで、にこやかな方でした。とても、今年77歳とは思えないほどお元気で、つい最近もインドネシアの鉄道の撮影に行かれたとか。
司会者で女優の村井美樹さんが「鉄道写真をうまく撮るコツってなんでしょう?」といういかにも素人の質問をすると、広田さんは間髪を入れず「それは、人の作品を見ない(参考にしない)ことですよ」と言われました。
つまり、人の真似をするのではなく、自分の感じたままに、自分の感覚に撮るのが一番だとおっしゃるのです。
インドネシアでは、意外に対日感情がよく、戦争に敗れた日本が退散する時、「またオランダに統治されるのはいやだから、そのまま残って欲しい」と言われ、残留した日本兵が1000人以上もおり、今でもご存命の方もいるという話を聞きました。インドネシアやタイ、台湾、韓国など、アジア各国を占領していた日本はとかく悪く言われることが多いのですが、実は日本人は現地のインフラを整備し、公共施設を造るなど、欧米列強がしなかった良いこともたくさんしていたことは事実のようです。
インドネシアでは今も貨車を牛が引くという鉄道もあるということで、なかなか面白いお話でした。
また、イギリスはボランティアが運営している保存鉄道が100か所以上ありますが、そのうちの1つが資金難で存続の危機に陥った時、起死回生の打開策として、女性ボランティアがヌード姿で乗務員をやったら、超満員になったという日本ではありえない話も聞かせていただきました。
ロビーには広田さんの長年の作品群が展示されていましたが、昭和20年代の北海道の炭鉱鉄道の写真から、最新鋭の特急列車まで、いきいきとした作品が並べられ、近年の作品の若い作風に驚かされました。


そして、食堂車風ディナーに、飲み放題のアルコール類でいい気持ちになり、
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続いてはSuper Bell’sの愉快なトレインライブで大笑い。
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彼らは車掌DJとも言われる知る人ぞ知る異色のシンガーなのです。

http://www.superbellz.com/index.php

電車の走行音や、ドアの閉まる音、発車の警笛に車内アナウンスなどを巧みに織り込みながら、大爆笑へと会場を盛り上げます。

さらにコアなクイズ大会60問と続きましたが、この鉄道クイズはかなりの鉄道通でもわからない、なかなかの難問ばかりで、私も6割ぐらいしか正解できませんでした。

会場では広田さんの他、全駅下車の鉄道ライターの横見浩彦さん(彼は私が到着する前にトークショーをやったのです)や、鉄道書の殿堂、書泉グランテの方ともお話をするうち、あっと言う間に時間が過ぎて行きました。
  1. 2012/08/17(金) 00:21:03|
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池袋鉄道模型店「モデルバーン」




今日は、先日の鉄道居酒屋「せとうち」で、初めてお会いした鉄道模型店の店長の上田さんに、ブログの立ち上げ方法を教わりに、クラッセの富田編集長とともに池袋に行って来ました。
このお店は、ヨーロッパやアメリカを中心に世界中の鉄道模型が揃う専門店。実を言うと、私は鉄道模型は中学生時代に卒業してしまい、実物の世界に傾注してしまったのですが、やはり、精巧な模型を見ていると、胸のときめきを感じます。
さて、本題のブログですが、1年前に、著書の編集長の勧めで始めようとしたものの、操作方法がイマイチ理解できず、一年近くも放置したままになっていました。今の時代、この先、ノンフィクションライターとしてやっていく上でブログは不可欠、ここは、一念発起してマスターしようと思って、ブログに詳しい店長さんの教えを請うことにしたわけです。内容の充実までは、まだまだ時間がかかりそうですが、なんとかこれを使いこなせるように努力したいと思っています。


さらに時間がある時にホームページも立ち上げたいと思っています。
  1. 2012/07/15(日) 23:10:00|
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鉄子さん3名と鉄男君9名の飲み会




今夜は、いつもの鉄道居酒屋、千駄木にある「せとうち」にて、鉄子さん3名と鉄男君9名の大宴会!きょうもお母さんの手作りのおいしい料理に大満足で、初対面の人も、いつもの人も、大いに盛り上がった鉄道談義の夜でした(笑)
  1. 2012/06/21(木) 00:15:00|
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JRの窓口は新入社員

きょうは、JRの新人君の話題です。

さきほど最寄りの大船駅に明日の両毛線への切符を買いに行ってきました。
窓口にはあどけない顔をした少年のような駅員が見習の腕章をつけて座っています。

いつもなら湘南新宿ラインでのんびり行くのですが、明日は両毛線の全駅に下車して駅周辺を取材しなければならないので、東京から高崎まで始発の新幹線で行くことにしました。乗車券は①東京(新幹線)高崎(上越線)新前橋(両毛線)小山(東北本線)大宮と、②大宮~東京の連続乗車券です。
鉄道ファンの方はご存じだと思いますが、Suicaの使用範囲拡大に伴い、関東の大部分の線相互発着の乗車券は距離に関係なく通用当日限りで途中下車前途無効となってしまいます。ただし、途中で新幹線をはさむとこのルールが適用されず、①は3日間有効、②の1日をあわせて4日間有効となります。そして①の区間の途中駅では何回でも改札口の外に出られるのです。

さて、MAXとき301号の指定席特急券と、この連続乗車券を発券するのに、少年駅員は、横で先輩社員が指導しているにもかかわらず、2度も失敗し、とても時間がかかってしまいました。

まず、特急券は、値段が高いなあと思ったら、高崎までと用紙に書いているのになぜか新潟まで発券してしまい、やり直し。
そして、乗車券もルートを書いて説明しているのに、やはり間違えて、これまたやり直し(笑)。横に先輩がついていて、この始末では先が思いやられますが、まあ、頑張ってねと思いながら苦笑い。後ろには長蛇の列ができてしまいました。

私は、全国各地に頻繁に出かけるので、ローカル線への乗車券や、あまり関東では馴染みのない列車の指定券などをよく買うのですが、よ~く発券された切符を見ていないと、新入社員でなくとも誤発券ということがしばしばあります。
いつかは出張の時、翌日の新幹線特急券を変更したら、日付が当日になっていて、翌日になって気が付いて真っ青になったこともありました。(その時は、本来なら前日の特急券は無効になってしまうので、抗議すべきですが、そんなことをしていたら仕事に間に合わなくなるので、知らん顔をして強硬突破しましてことなきをえました。ちなみにその時の窓口氏はベテランでした)

皆さんも駅で切符を買ったあとは、列車名と行先、経路、日付をよ~く確認されることをお勧め致します。

  1. 2012/05/03(木) 17:38:00|
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人形町キハで大オフ会!




今夜は、ネットつながりの鉄道ファンの大オフ会!知る人ぞ知る人形町のキハにて男女25人が集合して、鉄道話三昧の夜でした。あまりの心地良さにかつてない程、酔っ払いました(笑)
驚いたことは、女子の参加者が多かったことです。鉄道趣味もかなり一般的になってきた証拠ですね。

  1. 2012/01/19(木) 01:01:00|
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久々の鉄道談義の飲み会



今夜は8ヵ月ぶりの鉄道談義の飲み会、福岡の本社に栄転したO氏を含む5人の広告放送業界の、コアな飲み会で、いい気持ちで酔っ払っています(笑´∀`)
以前の日記にも書きましたが、このメンバーは、現役の鉄道に乗るより廃線跡巡りの好きなヘンなおじさん、全国の駅のトイレ制覇を目指す大先輩、カメラを持たずに全国のローカル線を行脚する某放送局役員、そして、遊園地のミニ汽車やゴルフ場のスロープカーまで含めた全てに乗らないと気がすまない某放送局営業局長という癖のあるおじさんたちばかり。今夜もコアな鉄道ファンの夜を長崎皿うどんや薩摩揚げ、辛子レンコンなどの九州料理三昧で、新橋の「九州藩」で過ごしました。
  1. 2011/11/16(水) 22:36:00|
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鉄道居酒屋せとうちの夜



今夜は、千駄木にある鉄道居酒屋せとうちで鉄道ファンの楽しい飲み会。初対面の人を含めて総勢13人の鉄分300%のコアな飲み会でした。
料理は、せとうちのお母さんの手作り、お袋の味!
初対面の人も、いつもの見慣れた人も、和気あいあいの鉄道談義です。
中には、紅一点の鉄子さんもいて、あっという間に時間に時間が過ぎてしまいました。
  1. 2011/10/27(木) 23:16:00|
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台風…今度は紀勢本線の鉄橋流出


最近はなんと自然災害が多いのでしょうか。今回の台風で、またも、多くの人命が失われたことは、本当に痛ましいことです。
そして、JRの鉄橋がまたも流失してしまいました。今回は紀勢本線の那智勝浦付近との報道です。
思えば、10年ほど前に宮崎県の高千穂鉄道が台風により鉄橋が流失したことがきっかけで廃止されたのに始まり、現在も長期不通になっているのは、先の震災で流された八戸線、山田線、大船渡線、気仙沼線、石巻線、仙石線、常磐線、三陸鉄道北リアス線、南リアス線に加え、豪雨や台風で岩手県の岩泉線、三重県の名松線、山口県の美祢線、福島県と新潟県を結ぶ只見線、磐越西線、新潟県から長野県への飯山線と各地で大量の不通区間が発生しています。私にとって鉄道路線が寸断されることは手足をもがれるようにツラいことです。
昔はこんなに短期間に自然災害が頻発し、各地で鉄道路線が不通になった記憶はありません。津波はともかくとして、やはり、よく言われるように、地球温暖化の影響で異常気象が発生しやすいのでしょうか。
亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、どうか、1日も早く被災された地域が復興し、新たな災害が発生しないことを祈りたいと思います。



【死者27人・行方不明54人に…台風12号】<台風12号による大雨は4日も近畿、中国地方など広い範囲で続き、奈良県上北山村で8月30日の降り始めからの雨量が1800ミリを超えるなど、紀伊半島を中心に記録的な豪雨となった。
和歌山、奈良両県では土砂崩れや河川の氾濫で民家が流されるなどの被害が多発し、読売新聞のまとめでは、5日午前0時現在、9県で死者27人、行方不明者54人に上っている。那智勝浦町では、JR紀勢線の那智川橋梁(長さ40メートル)の橋桁が流され、江川橋梁(同16メートル)も橋脚が崩れた。
  1. 2011/09/05(月) 08:12:00|
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鉄道カメラマン山崎友也写真展『RaiIway Symphony』




きょうから銀座で開催される、鉄道写真家の山崎友也氏の写真展と近くのホテルで開催されたパーティーに行って来ました。山崎クンは、鉄道ジャーナリストの親睦会「どん行会」の仲間で今では若手鉄道写真家の第一人者の一人です。

彼は、夜の鉄道の風景を得意としており、今回の作品はいずれも夕暮れ時以降のものばかり。それと、必ずしも鉄道車両がメインではなく、鉄道を取り巻く風景を独特の情緒的な表現の作品が並んでいます。
線路の光だけが妙に印象的な肥薩線嘉例川、真っ暗な闇の中に小さく浮かぶ陸羽東線の堺田駅の気動車、夕闇の叡山電鉄の車内で窓の外を見る少女たちといった感性に訴えるような作品が印象的です。
悲しいのは吹雪の只見線会津宮下駅の風景です。先の豪雨で只見線の鉄橋が流され、復旧の見込みが立っていません。はたして、この駅に再び列車がやって来る日が来るのかと思うと、寂しい気持ちにならざるをえません。

展覧会を鑑賞した後は、近くのホテルでの記念パーティです。会場には、鉄道界、写真界などの重鎮、関係者が一堂に会し、100人以上の出席者で熱気がムンムンです。司会は鉄道アイドルの木村裕子さん、ほかにも鉄道アイドル…というか、鉄道ジャーナリストの史絵さんの姿もあり、しばし歓談。南正時さん、松本典久さんら、大勢のどん行会の仲間のみなさんと楽しいひと時を過ごしました。

なお、直接、この写真展に行けない方は、『魅惑の夜感鉄道』という写真集が9月11日にクラッセから発売されます。この本には、写真展に出展されていない作品が多数含まれており、こちらもおすすめです。


  1. 2011/08/11(木) 23:47:00|
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中国列車事故、ありえない当局の対応



鉄道を愛する者としてとても悲しい事故ですが、中国当局の対応には、まったくあきれてしまいます。
あれだけの大事故を起こしておきながら、ロクに原因調査や、負傷者の救出もせず、原因究明の証拠となるべき先頭車両の運転席をその場で粉々に破壊し「クズ鉄」として埋めてしまうとは…
発表は「落雷による事故」とまるで天災事変のような簡単なものだけで報道規制をしてしまうし、あの国の体質はどうしようもありません。
原因は明らかに異常時の運転制御装置が働かなかったことによる、技術的な問題です。それを天災でかたづけ、重要な証拠をすべて隠滅し、何の再発防止の対策も取らないまま、運転を再開させるなんて。まったく人命軽視もはなはだしいですね。これでは、この事故で亡くなった人たちも浮かばれません。

それでもなお、「中国の鉄道技術は最高水準」だなんて、よくもまあ、そんなことが言えたものです。この国の当局者の言うことはまったく信用できません。

そして、日本やドイツから技術提供を受けた車両でなくよかったと思います。独自開発といって特許申請までしても、その車両で事故が起きたら、日本の技術の稚拙さが原因とか、平気で言うでしょうから。
とはいえ、この事故で尊い生命を奪われた中国の方々には、心から哀悼の意を表したいと思います。

【中国高速鉄道:事故車両の“埋葬”で上海鉄道局「くず鉄だ」】
23日夜に浙江省温州市内で発生した高速鉄道車両の追突事故で、現場では24日、重機で土を掘り車両を埋める作業が始まった(写真)。中国のインターネットでは「事故原因を隠すための“埋葬”ではないか」との声が広まった。上海鉄道局の関係者は「事故原因の究明には役立たない。もはや、くず鉄だ」などと話した。
  1. 2011/07/25(月) 18:26:00|
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懐かしい北の鉄路




昨日、時間があったので、前から見たかったDVDをゆっくりと見ることができました。

『スイッチバック 北の鉄道』と題するこの作品は、札幌テレビが制作した今は地図から消えてしまった北海道のローカル線の現役時代の姿と、現在のようすをまとめたものです。
取り上げられていたのは、定山渓鐵道・手宮線・万字線・根北線・白糠線・相生線・湧網線・興浜北線・興浜南線・三井芦別鉄道の10線で、そのうち、6つの線に乗ったことのある私にとっては、懐かしさがこみ上げてくる昭和の北の大地を行く鉄路たちでした。
廃止前日のサヨナラ列車よりも、在りし日の日常の走行シーンに思わず胸が熱くなります。特に興浜北線・興浜南線の流氷を見ながら走る風景は、あまりの懐かしさに、万感胸に迫るものがありました。あの車窓から眺めるオホーツクの流氷のことは拙著『消えゆく鉄道の風景』にも書きましたが、それは本当に息を飲むほど素晴らしい風景でした。これらの鉄路が歴史の彼方に消えてから、20~40年の歳月が過ぎ、今は、その多くは自然に帰っているのです。

2枚目の写真は万字線さよなら列車、1枚目は定山渓鐵道の在りし日の姿です。

  1. 2011/07/19(火) 21:22:00|
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高速道最大1,000円はきょうで終了

きょうで休日高速道路1,000円と、一部区間での無料化実験が廃止されます。
クルマ好きの方には申し訳ないですが、私はこの廃止に大賛成です。というのは、この制度ができてから、どれだけ公共交通機関が打撃を受け、全国の鉄道会社やバス会社、フェリー会社が窮地に立たされたかわかりません。
特に鉄道は、大量輸送によるエネルギー効率において、マイカーをはるかに上回り、省エネ時代に適合し、定時制、安全性においても、優っていることは明らかです。そもそも高速道無料化は、地球温暖化防止CO2削減とまったく矛盾した政策だと思います。また、渋滞による時間のロス、物流遅延による悪影響、交通事故の可能性の増大など、デメリットばかりが思い浮かびます。
この制度が開始されてから乗客が激減し、危機に陥っていた全国の公共交通機関に利用者が戻り、経営状態が改善されることを強く願っています。

【高速「1000円」最後の週末、駆け込み混雑】
(読売新聞 - 06月18日
高速道路の「休日上限1000円」料金割引制度や無料化実験が19日で中止・一時凍結されるのを前に、最後の週末となった18日、各地の高速道路では午前中、小雨交じりの天候にもかかわらず、朝から行楽地などに向かう車で混雑した。
  1. 2011/06/19(日) 06:52:00|
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列車火災は心が痛む




こよなく鉄道を愛する私は、列車事故が起きると心が痛みます。今回の北海道のトンネル内で起きた列車火災事故は、幸い死者が出なかったからよかったものの、一つ間違えば、昭和47年に北陸トンネル内で起きた急行きたぐに炎上事故のような大惨事になるところでした。
今回は列車が脱輪したという事情があるにせよ、火災の時はトンネルを出るまで走るというのが北陸トンネル事故の教訓であったはずです。
また、煙が出ても乗務員が炎を目視しなければ火災と認めないとは、一体どういう根拠だったのでしょう。もし、乗客が自主的に非常ドアを開けて脱出しなければ、多数の死者が出ていたことは、真っ黒に炎上した車体を見れば明らかです。
今後、全国の鉄道会社が再発防止のため、全力を尽くして頂きたいのはもちろんですが、この事故により、鉄道離れが起きないかということが心配です。特に事故を起こしたJR北海道は、札幌近郊を除いて乗客が極端に少なくなっています。そんな中で、札幌と釧路や帯広を結ぶ石勝線の特急は、道内では大動脈と言ってよいでしょう。でも、この区間も高速バスや航空機との競争が厳しく、事故によるイメージダウンで今後の鉄道離れが予想されます。それによりJR北海道の苦しい経営状態がさらに悪化し、ローカル線の廃止や列車の削減につながならなければよいのですが…。

【炎を目視で初めて火災…JR北マニュアルの不備】
北海道のJR石勝線・第1ニニウトンネルで特急「スーパーおおぞら14号」が脱線炎上した事故で、JR北海道の社内マニュアルでは、車両火災として実際に乗務員が炎を目視して初めて、「火災」と覚知することになっていることが分かった。…車掌は、車内の煙がひどいため、午後10時7分、「降りてトンネルから避難した方が良い」と指令センターに連絡したが、指令は「トンネル内なので乗降ドアを開けたとしても煙が入ってくる。ドアを開けるのは待つように」と指示した。
  1. 2011/05/31(火) 08:33:00|
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国鉄時代の取材とアジサイの花



昨日、今日と昭和40年代から50年代にかけて国鉄の宣伝広報活動に裏方として携わった方々のお話を伺いました。先日、寄稿した昭和62年の鉄道旅行が好評だったので、それよりも古い時代についての執筆依頼が来たのです。
ディスカバージャパンに代表されるこの時代、大きな赤字に苦悶しながらも国鉄は国民生活にとって欠かせない大動脈でした。そんな古き良き時代をいくつかの角度から綴ってみたいと思います。
震災企画の原稿も佳境に入っており、なかなか休めることがありません。
昨日は板橋区成増、今日は地元鎌倉の喫茶店での取材でした。降りしきる雨の中、鎌倉では紫陽花が可憐な花を咲かせておりました。

  1. 2011/05/29(日) 12:49:00|
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22キロの線路と23駅流失・・・




悲しいです。仙石線などまだ調査しきれていない線を含めるともっとたくさん流されてしまったと思います。気仙沼線や山田線など復旧することがあるのでしょうか。
気仙沼市の市街地にあった南気仙沼駅、女性駅員がいた志津川駅、渋い駅舎の女川駅、立派な跨線橋のあった大槌駅、海の見えた大船渡駅…みんななくなってしまったんですね。…悲し過ぎます


【23駅と線路22kmが津波で流失】
JR東日本〈9020〉は31日、東日本大震災で津波を受けた大船渡、気仙沼、常磐など東北地方の在来各線を緊急点検した結果、23駅と18カ所総延長約22キロの線路が流失したと発表した。同社によると、30日までに、津波を受けた7線区約400キロのうち、約152キロの線路と、111駅のうち95駅を点検した。気仙沼線の志津川など9駅、大船渡線の陸前高田など6駅、山田線の大槌など4駅、常磐線の富岡など3駅、石巻線の女川駅が流されてなくなった。

◇東日本大震災で流失した駅(JR東日本調べ)
【気仙沼線(9駅)】
陸前戸倉、志津川、歌津、陸前港、陸前小泉、小金沢、最知、松岩、南気仙沼 (2枚目の写真)
【大船渡線(6駅)】
竹駒、陸前高田、脇ノ沢、小友、細浦、大船渡
【山田線(4駅)】
陸中山田、織笠、大槌、鵜住居
【常磐線(3駅)】
富岡、新地(1枚目の写真)、坂元
【石巻線(1駅)】
女川

1枚目の写真は跡型もない仙石線東名駅。仙石線にはまだ調査が入っていないため、上記の流失駅には含まれていない。

  1. 2011/03/31(木) 20:17:00|
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編集者の人たちと酔っぱらい(笑)

今夜は私の著書『消え行く鉄道の風景』と、『夜汽車の風景』の編集者兼どん行会の仲間たちとの飲み会でした。
場所は武蔵溝ノ口、鉄道談義はもちろん、今後の出版業界、次の出版企画について語り合いつつ、いつしか今夜もいい気持ちで酔っぱらってしまいました(笑)

  1. 2011/02/09(水) 23:39:00|
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鉄道カレンダーと昼の新年会




今年は2種類の鉄道カレンダーを入手!一枚目の写真はJR東日本のもので、これは毎年、使っています。今年の表紙は3月にデビューする予定の東北新幹線E5系はやぶさで、ほかにはやて、こまち、つばさのほか、リゾートしらかみ、リゾートみのり、スーパービュー踊り子、SLみなかみなどが各月を飾ります。
また、2枚目は富士通の世界の車窓からです。こちらの表紙はオーストラリアメルボルン郊外を走る保存鉄道パフィングビリーです。この列車は昔、乗ったことがあり、とても懐かしい思い出の地です。この列車は森の中を20キロぐらい走る本格的な鉄道で開拓時代の列車がボランティアの手で運行されています。子供たちは窓枠から足を投げ出して乗るのがオーストラリア風で、なんとものんびりした列車でした。他にアジアや欧米の列車がたくさん登場する、世界の車窓からならではの豪華なカレンダーです。
  1. 2011/01/04(火) 20:47:00|
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蒸気機関車がいっぱい!




今日は12年前に50歳の若さで亡くなった某プロカメラマンの奥様の家にお邪魔し、彼の膨大な量の遺作を見てきました。彼は徹底的に蒸気機関車にこだわった人で1967年から1975年にかけて全国各地の汽車のある風景を数限りなく残されています。D50、D51、D60、C11、C12、C56、C57、C58、C62、8620、9600など当時のほとんどの形式が網羅されており、その数、ざっと二千枚。その半分位のポジの中から選択して遺作写真集を作ろうというのが、今回の目的です。写真はすべて車両形式毎に分類されているのですが、撮影日時や場所などのデータが記載されていません。手掛かりは、蒸気機関車の形式番号とその時期に配置されていた機関区の資料、そして、故人が残した日記のみ。駅名票など場所を特定できる物は少なく、たまたま写っていた駅の構造や周囲の風景で何線のどこかを特定させるのは、気の遠くなるような作業です。とある編集プロダクションからの依頼なのですが、はたしてどこまでお役にたてることやら… ともあれ、圧倒的な数のプロの作品の迫力に、ただただ感心するばかりなのでした。


  1. 2010/11/21(日) 19:25:00|
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鉄道歴史展示室「日光道中」




きょうは、汐留にある鉄道歴史展示室の企画展「日光道中―江戸の旅・近代の旅―」を見てきました。
以前にも書きましたが、この展示室は「汽笛一声新橋を♪」で有名な陸蒸気の新橋駅のあった場所に、創業時の駅舎を復元して建てたものです。

さて、この展覧会は日光への旅、今、昔を紹介するもの。江戸時代は、杉並木でお馴染みの日光街道を辿っての徒歩か駕篭の旅だったわけですが、日光線が開通したのは、1890(明治39)年のこと。現在の駅舎は大正元年に建てられた瀟洒なルネッサンス風の木造駅舎で、文化財的な価値の高いものです。私の最も好きな駅舎でもあり、ちょうど、今月発売された『鉄道ひとり旅・ふたり旅』の私もアンケートに協力した企画で、好きな駅舎ベスト10の第3位にランクインされています。その記事には、1行だけですが、日光駅についての私のコメントが掲載されています。

展示室には、昔の日光駅界隈の写真、日光金谷ホテルやトーマスクック社が発行した乗車券、大正から昭和初期の駅弁掛け紙など興味深いものが展示されています。
今では、東武日光駅に大きく水を開けられ、ひっそりとした日光駅ですが、この駅の佇まいは正に歴史と風格が感じられます。


なお、2枚目の写真は旧新橋停車場・鉄道歴史展示室、1枚目は、今年1月に訪れたJR日光駅と男体山の風景です。
  1. 2010/08/25(水) 13:27:00|
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今夜も鉄道居酒屋「せとうち」




またまた行ってきました。千駄木にある鉄道居酒屋「せとうち」へ。
今夜は総勢9名の大鉄道談義大会でした。
もう何回も日記に書いていますが、この店は鉄道ファンの聖地。ところ狭しと、列車サボや駅に実際に設置されていた時刻表など本物の鉄道関連品が並んでいます。

つい最近には鉄道ファンとして有名な前原国土交通大臣までこの店を訪れたそうです。

今夜もお母さんの手作り料理を頂きながら、鉄分の濃い夜が更けていきました。
  1. 2010/06/03(木) 23:13:00|
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編集会議とキムチ鍋


きょうは、私の次作『夜汽車の風景』の編集会議。版元のクラッセさん(種村直樹さんや壇上完爾さん、山崎友也さんの著書の版元)に伺いました。といっても、クラッセ社長のトミタンさん(種村直樹さんのご著書に登場)こと富田さんのご自宅の一室が事務所なのです。
先週訪れた大館駅での寝台特急「日本海」の発車シーンの30秒露光写真を表紙のメインにすることを決定。割り付けや語句の使い方、数字と漢数字との使い分け、ルビ(読みがな)や、写真挿入の原則などを決めました。上梓予定は今年の3月中旬~4月上旬ですので、鉄道ファンの皆さんで、ご興味を持たれた方は、よろしくお願い致しますm(_ _)m
ご購入頂かなくても、最寄りの図書館でリクエストして頂ければ、大抵取り寄せてくれます。
会議の後は、前著『消えゆく鉄道の風景』の編集者の宮下さんも合流し、トミタン夫人お手製の絶品キムチ鍋(写真参照)で温まった一夜でした。
  1. 2010/01/30(土) 22:51:00|
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同窓会と阪急甲陽線




昨日は金沢に半日だけ滞在した後、サンダーバードで大阪経由、神戸の実家に里帰り中です。
今回の主目的は、35年前の大学生時代に私が創設した『旅と鉄道愛好会』の同窓会。私が先に休刊になった雑誌『旅と鉄道』をイメージして友人たちと立ち上げたクラブで、以来、嬉しいことに今も後輩たちが脈々と引き継いでくれています。ただ、今は名前を『旅愛好会』に変更しているのは残念ではありますが。
昨夜は創設初期の男女32名が集結。楽しかった学生時代の旅の思い出に花を咲かせました。
当時はユースホステル全盛時代。皆がそれぞれ、自由気ままに、日本全国にきままな旅を続けたものです。最近の若者は自分で旅程を考えることもできず、旅する人自体が少なくなったということは皆が共通して憂うことです。
若者たちよりも元気で、いくつになっても意気軒高なおじさん、おばさんたちの夜は更けていきました。

そして、きょうは永らく乗ったことがなかった阪急甲陽線に行ってきました。阪急神戸線の夙川駅からわずか二駅、2キロ余の小さな支線です。3両編成のワンマン電車が桜並木が美しい夙川に沿って閑静な住宅街の中をゆっくりと走ります。こんな短い路線が出来たいきさつは、ライバルの阪神電鉄が甲陽園から阪神電車の駅とを結ぶバス路線を開設したのに対抗するために敷設したのだそうです。
途中駅の苦楽園口でも途中下車し、夙川の清流を眺める小道をしばし、散歩しました。
  1. 2009/09/27(日) 21:37:00|
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