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田中正恭の汽車旅日記

ここは、紀行作家・田中正恭 (たなかまさやす) が、つれづれなるままに各地の旅や、鉄道に関する話題について綴っています。原則として毎週日曜日に更新しており、時には鉄道以外の話題になることもありますが、ご了承ください。また、2018年10月より「テツドラー田中の乗り鉄日記」としてYahoo!クリエーターズプログラムにもレギュラー投稿していますので、そちらもご覧頂ければ幸いです。なお、内容につきましてのご感想や、執筆や講演、出演などの依頼がありましたら、お気軽にメッセージをお寄せください。なお、写真や文章の無断転載はご遠慮願います。

「北斗星」の旅も、あとわずか

今週は、惜しまれながら間もなく姿を消す寝台特急「北斗星」の旅にご案内します。
「北斗星」は、昭和63年の青函トンネル開通と同時に運転を開始した上野~札幌間1214.7キロを結ぶ寝台特急列車です。豪華なA個室寝台ロイヤルや、食堂車グランシャリオが連結された今までにない豪華列車としてデビュー当時から人気を呼び、最盛期には一日に三往復が運転されていました。

けれども、車両の老朽化(それなら新造すればいいと思うのですが)や、青函トンネル内の北海道新幹線工事の影響により、先に発表された大阪~札幌間の「トワイライトエクスプレス」とともに、この3月13日に定期運用を終えることとなったのです。

下りの「北斗星」は上野駅の13番線から発車します。
1上野13バンホーム
毎晩、発車時刻が近づくと、ホームは活気づきます。
2EF510
上野から青森まではブルーに塗装されたEF510が列車の先頭に立ちます。

平成22年までは赤いEF81が牽引していました。
3白岡EF81
これは、白岡~新白岡間を行く上り列車です。

この列車で一番人気があるのが、A個室寝台「ロイヤル」です。
4ロイヤル
この写真は、15年前にロイヤルで旅した時のものです。

でも、今回は最も廉価なBコンパートでした。
5Bコンパート
4人一組上下段になっており、4人グループで買うと個室になります。

そして、北斗星の夜の楽しみは、ダイニングカー「グランシャリオ」です。
6北斗星グランシャリオの夜
この夜は、素敵な新婚カップルのお二人と、グラスを交わしました。
7カップル
ちゃっぴりお邪魔をしてしまいましたが、おかげまで、いい夜になりました。どうぞ、お幸せに!

ロビーカーもついています。
8ロビーカー
でも、内装は「トワイライトエクスプレス」の方が豪華でした。

列車は青函トンネルを抜け、夜が明けると、ほどなく函館に着きます。
9ED79切り離し
函館に着くと、夜中に青森で交換した電気機関車ED79を切り離し、ここからはディーゼル機関車DD51の重連が列車を牽引します。
10函館発車DD51
函館を発車してしばらくすると左手の車窓に小沼が見えてきました。
11小沼湖畔
この朝は残念ながら雄大な駒ヶ岳の頂上は雲に隠れていましたが、このあたりまで来ると北海道に来たことを実感します。
12小沼湖畔走行シーン
これは、別の日に小沼湖畔で撮影した下り列車です。

そして、こちらはグランシャリオの朝食です。
13和定食
今回は和定食をオーダーしました。


列車は11時15分、終着駅の札幌に到着します。
14札幌到着
ブルーのボディに輝くエンブレムが誇らしげでした。
15エンブレム
「北斗星」は定期運用を終えた後、今夏の需要期に臨時列車として運転された後、完全に姿を消すそうです。こんな、優雅で夢のある列車がなくなってしまうなんて、本当に残念でなりません。

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  1. 2015/02/08(日) 00:01:55|
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美しき富士山

きょうは、新年最初の更新にあたり、美しき富士山の姿をお目にかけましょう。
私が長年撮りためていた各地からの富士山の雄姿を集めてみました。

まずは、箱根大観山から眺めた朝日を浴びる赤富士です。
3大観山

大観山からは眼下に芦ノ湖を眺めることができます。
大観山夜明け直後
夜明けから時間がすぎに従って、富士山の色が変わっていきます。
4大観山

夜が明けてから1時間も過ぎると、青空の下の見慣れた富士山になりました。
5大観山

芦ノ湖もきれいですね。
6芦ノ湖
クマザサをアクセントとして手前に入れてみました。

そしてこちらは眼下に御殿場の町が広がっています。
7御殿場

こちらは、富士五湖のひとつ、精進湖から眺めた富士山です。
精進湖溶岩流
荒々しい溶岩流を見ることができます。

こちらは、富士吉田に近い山梨県西桂町から見た富士山です。
IMG_4151三つ峠UP
こんなに大きく見えるのかと思うほどの素晴らしさでした。

そして、三つ峠~寿間を走る富士急の電車です。
IMG_4193三つ峠富士山
富士急にお天気のいい日に乗ると、車窓から雄大な富士を眺めることができます。

こちらは長野県の車山高原から見た夏の富士山です。
1車山
富士山からはかなり離れているのですが、夏にこれだけ見えるのは珍しいことです。
2車山

こちらは神奈川県の江の島から見た夕景です。
8江ノ島
なんとも神秘的な美しさです。

逗子の小坪海岸では恋人たちが抱き合っていました。
9逗子小坪海岸
なんともロマンチックな風景です。

そして、鎌倉の稲村ヶ崎からの夜の富士山です。
10 稲村ヶ崎
冬の晴れた日は、日没からかなりの時間が過ぎても、このような影絵のような美しい姿を眺めることができます。


なお、静岡県からの富士山は、あまりいい写真がありません。なぜか、いつも曇ったり雨が降ったりするのです。
近々、タイミングを見計らって静岡県側からの富士山も狙ってみるつもりです。





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  1. 2015/01/04(日) 00:01:16|
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「トワイライトエクスプレス」の旅

今週は、先日乗って来た札幌~大阪間1508.5㎞を走る寝台特急「トワイライトエクスプレス」の旅をご紹介しましょう。
この列車は、青函トンネルの開通とともに運転を開始した「北斗星」に対抗してJR西日本が、平成元年に運転を開始した豪華寝台特急です。基本的に週3往復の臨時列車ですが、多客時には毎日運転されることもあります。デビュー以来、高い人気を誇っていましたが、大変残念なことに、来年3月のダイヤ改正で、姿を消すことになりました。

それは、車両の老朽化に加え、この列車走る金沢~直江津間の北陸本線が、北陸新幹線の開通と同時にJRから分離して三セク化されること、再来年開業予定の北海道新幹線の、開業に先だって、新幹線が共有する青函トンネル内の工事や試運転の影響によるものです。

さて、これは札幌近郊の苗穂付近を行くトワイライトエクスプレスです。(これは下り列車)
1苗穂
北海道内では東室蘭~五稜郭間が非電化のため、ディーゼル機関車が牽引します。

札幌を発車した列車は、たがて白樺林の中を走ります。
2トワイライト上野幌14-1121
これは、上野幌~北広島間です。

こちらは自慢の食堂車「ダイナープレヤデス」です。
3ダイナープレアデス
ディナーには本格的フランス料理のフルコースが供されますが、人気が高いので、なかなか予約することができません。

ディナーの準備が整ったようです。
4トワイライトもうすぐディナータイム

登別を過ぎ、東室蘭あたりで西の空に日が沈んでいきます。
5トワイライト室蘭14-11-22
正にトワイライトの世界です。

洞爺駅に停車中です。
6洞爺にて
洞爺を発車すると、次にドアが開くのは、新潟県の新津駅です。まだまだ、終着の大阪ははるか彼方です。

パブタイムにダイナープレアデスで、自慢の白ワインを片手のチーフマネージャーです。
7ワイン

サロンカーで出会った旅の友と共に、ワイングラスを傾けます。
8トワイライトパブタイム

やがて、青函トンネルを抜けて、青森に着きました。
9青森
青森では機関車を交換し、乗務員がJR北海道からJR西日本に引き継がれます。青森駅では運転停車のため、ドアは開きません。この写真は、別の日に撮影したものです。

宴は、サロンカー「サロンデュノール」に移りました。
10サロンデュノール敬礼
車掌さんとともに敬礼です(笑)

食堂車のスタッフとも仲良くなりました。
11スタッフと
楽しい夜が更けて行きます。


朝、気がつくと長岡駅に停車していました。
12長岡
時刻は早朝5時20分でした。

直江津駅です。ここから列車はJR東日本エリアの信越本線からJR西日本エリアの北陸本線に入ります。
13直江津
なお、この写真は、別の日に撮影した下り列車です。

富山には8時01分に着きました。
15富山駅
来年3月に北陸新幹線が開業すると、北陸本線の富山駅は第三セクターの「あいの風とやま鉄道」に変換されます。

ダイナーブレアデスの朝食です。
14朝食
朝食は前夜に予約しなければなりません。

敦賀に停車中です。
16敦賀
敦賀では機関車の交換中に1号車スイートルームの窓ガラスの清掃が行なわれていました。
17掃除

敦賀~新疋田間を行くトワイライトエクスプレスです。
18敦賀 - 新疋田(撮影・西村剛)
これは友人の西村剛さんが撮影したものを拝借しました。

湖西線に入ると、やがて、左手に琵琶湖が見えてきます。
19琵琶湖
ここまで来ると、終着の大阪はもうすぐです。

一夜を過ごしたのは、8号車の禁煙Bコンパートでした。
20Bコンパート
4人でこの席を買うと、個室になります。

列車は12時53分、定刻に終着駅の大阪に着きました。
21大阪
札幌を出てから22時間48分、夢のような旅が終わりました。

22きっぷ23シャワー券



寝台券の入手が困難な列車

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  1. 2014/12/14(日) 00:01:45|
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最後の急行列車「はまなす」

今週は、全国のJRで唯一の急行列車「はまなす」をご紹介します。

国鉄時代、日本中の数多くの路線に急行列車網が敷かれていました。航空機や高速バス、そしてマイカーも今ほど普及していなかったころ、庶民の最も身近な足として活躍したのが急行列車でした。昭和30年代までは特急は正に特別な急行列車で、運転本数も幹線のごく一部に数往復しかなく、急行列車は正に長距離列車の主力でした。

それが、ヨンサントウと呼ばれた昭和43年10月の国鉄ダイヤ大改正のころから、特急が大幅に増え始めました。
ヨンサントオ
その後、昭和末期までは幹線においては、特急と急行が同じ路線に並走する時代が長く続きました。

昭和40年代の懐かしい急行列車の一部をご紹介しましょう。
ながと
これは下関~新大阪を結んでいた急行「ながと」(摂津本山~住吉間)、

ちほく
こちらは帯広~北見を、廃止された池北線経由で走っていた急行「池北」(仙美里~足寄間)、

たてやま
そして、これは大阪~富山間の急行「立山」(大阪駅)です。

けれども、その後、各地で新幹線の開業などにより、長距離急行列車の多くは廃止、または特急に格上げされ、中距離の急行は逆に快速に格下げされるなどして、徐々に本数が削減されていきました。

そして、現在、札幌と青森を結ぶ急行「はまなす」は、日本中のJRで最後まで残っている唯一の急行列車なのです。
1札幌発車案内
上り「はまなす」の札幌駅の発車は22時ちょうどです。「はまなす」にはB寝台車2両、指定席車3両(うち1両はのびのびカーペットカー)、自由席車2両の、合計7両編成です。この夜の寝台車と指定席車はすべて完売でした。

発車を待つ「はまなす」です。
2DD51
札幌から函館まではブルーに塗装されたDD51が牽引します。

3寝台車エンブレム
1号車のB寝台車には、エンブレムが掲げられていました。

4指定席5のびのび="0" width="320" height="213" />
指定席はドリームカーと呼ばれるグリーン車仕様のリクライニングシートの座席車と、のびのびカーペットカーが連結されています。でも、車体がかなり老朽化しているのを隠せません。

これはカーペットカーの内部です。
6ノビノビ内部
一両しか連結されていませんが、急行券と指定席券だけで横になれるので、一番人気のある車両です。毛布や枕も用意されていて、頭の部分にカーテンで仕切りがあるので、ある程度のプライバシーは保てるようになっています。これなら間違いなく高速バスよりもラクなので、十分高速バスに対抗できると思うのですが、一両当たりの定員が25名と、一般座席車よりかなり少ないので、あまり収益につながらないかもしれません。

ドリームカーには、こんなミニロビーの設備もあります。
7ミニロビー

函館駅には2時52分に着きます。
8函館駅ホーム

30分間停車するので、外に出てみました。
9函館駅舎
深夜の函館駅前には誰もいませんでした。

函館からは向きを変え、ED76が青森まで牽引します。
10函館駅発車前

そして、青森には5時39分に到着します。
11青森到着
北海道新幹線が新函館北斗まで開業する平成28年3月には、廃止されるのではないかと言われています。
けれども、上下線とも常時、かなりの乗車率であり、せめて札幌~函館間だけでも存続してほしいと願っています。
  1. 2014/09/28(日) 00:01:17|
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昭和後期の路面電車(その3)

昭和の路面電車シリーズ最終回、今回は中国・四国・九州地方をご紹介しましょう。
まずは、こちらは昭和56年の岡山電気軌道の風景です。
22岡山電軌198112225
岡山電気軌道は最近では水戸岡鋭治さんデザインの「桃太郎電車」を走らせて人気を博するなど、かなり頑張っているようです。

これは、昭和55年、広島電鉄市内線の横川付近です。
23広電横川8012221
広島市は、8系統の路線網が広島市内中心部を網羅する日本一の路面電車王国で、今もその当時と変わらぬ路線が数多くの市民を乗せて活躍しています。原爆が投下されたわずか1週間後に運転を再開したことはあまりにも有名です。

広島港で発車を待つ旧神戸市電の1150形です。
24広電宇品8012222
広電は、当時から各地で廃止された路面電車の車両が走っていました。


昭和50年の土佐電鉄桟橋線の電車です。
26土佐電750319219
高知では、土佐電鉄のことを「とでん」と呼ばれ、今も健在です。

こちらは知寄町付近の「ごめん」と謝りながら走る電車です。
ごめん
後免と伊野を結ぶこの電車は「ごめん」「いの」と平仮名の行先表示板を付けて走っていました。

これは昭和50年の伊予鉄・市内線です。
25伊予鉄750321220
今も松山市民や道後温泉への観光客を乗せて元気に活躍中で、最近では観光用の坊っちゃん列車も走っています。


昭和56年の西鉄北九州線・中央町付近です。
28西鉄北九州中央町198112224
折尾駅前から門司まで、支線を含む4路線が北九州市内を走っていましたが、平成12年までに順次廃止されてしまいました。

昭和46年の西鉄福岡市内線の天神付近です。
29西鉄福岡市内線027
こちらも福岡市内各地を縦横に走っていましたが、昭和54年に全線が廃止されました。


こちらは昭和56年の筑豊電鉄・筑豊直方駅です。
27筑豊直方198112226
筑豊電鉄は熊西から西鉄北九州線に乗り入れて黒崎駅前まで走っていましたが、北九州線の廃止に伴い、熊西~黒崎駅前の線路を西鉄から譲り受け、今も同じ区間を走っています。


昭和57年の長崎電気軌道・蛍茶屋付近です。
30長崎蛍茶屋198207227
長崎では、今も市民や観光客の欠かせぬ足として大活躍しています。


これは昭和46年の熊本駅前を行く熊本市電です。
31熊本市電1197108
こちらも今も元気に活躍中です。

こちらは昭和52年の鹿児島駅付近を行く鹿児島市電です。
32R鹿児島市電031

鹿児島市電の伊敷線の終点だった昭和57年の伊敷町ですが、昭和60年に廃止されてしまいました。
33鹿児島伊敷町198207228
一部の支線は廃止されたものの、今も鹿児島市内では鹿児島駅から郡元、谷山を結ぶ2系統の電車が大勢の乗客を運んでいます。

このように西日本では、今も路面電車が活躍している町がたくさんあります。
最近では環境に優しく、お年寄りでも利用しやすい路面電車が見直されつつあります。
どうかこれからも、各地の路面電車が活躍し続けることを願ってやみません。
  1. 2013/03/16(土) 10:27:39|
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昭和後期の路面電車(その2)

昭和後期の路面電車シリーズの第2回、こちらは、昭和46年の静岡鉄道の清水市内線です。
6静岡鉄道73-3024
この線も昭和50年に廃止されてしまいました。
静岡鉄道と言えば、現在も新静岡~新清水間を軌簡1067ミリの電車が走っていますが、かつては、清水市内線のほか、静岡市内線、秋葉線という路面電車と、静岡県中央部を走る駿遠線という軌間762ミリの軽便鉄道が走っていましたが、いずれも、昭和37年から45年の間に廃止されています。

これは、昭和56年の豊橋鉄道の市内線(東田本線)です。
11豊鉄198111231
豊鉄市内線は、一部路線を延伸するなどして、今も市民の足として元気に走っています。


岐阜駅前を行く昭和48年の名古屋鉄道モ510形電車です。
12名鉄岐阜7308

そして、これは昭和57年の徹明町付近です。
14岐阜徹明町820729
名古屋鉄道は、岐阜市内線、谷汲線、揖斐線、美濃町線など、多くの路面電車を走らせていましたが、平成17年までにそのすべてが廃止されました。

これは、路面電車とはいえないかもしれませんが、木曽川の道路併用橋を行く名鉄犬山線の特急電車です。
犬山198308239
平成12年に道路専用の犬山橋が完成するまで、このような光景を毎日、見ることができたのです。小さな路面電車ならともかく、こんな大きな高速電車がクルマと並んで同じ橋を渡っていたことは大変珍しいことでした。


さて、これは昭和45年の東山通を行く京都市電です。
15京都市電東山通をゆく016
京都市電は、明治28年に、日本で最初の電車として開通し、80年以上も市民の足として親しまれていましたが、昭和53年に全線が廃止されてしまいました。

錦林(きんりん)車庫に留置されている京都市電です。
16京都市電錦林車庫017
今は市バスの車庫になっています。


こちらは昭和59年、京阪電鉄京津線の蹴上付近です。
蹴上198412238
京津線は、京都市営地下鉄東西線の延伸に伴い、平成9年に蹴上付近を含む三条~御陵間が廃止され、同区間は地下鉄に相互乗り入れをするという発展的解消を遂げました。

こちらは昭和57年の阪堺電気軌道・恵美須町駅です。
恵美須町19821231237
恵美須町と、天王寺駅前から大阪の下町を走り堺市の浜寺駅前までを結ぶこの電車は今も健在です。
しかしながら、特に大和川以南の堺市区間の経営は厳しく、存続か否かは今後の利用状況によっては予断を許さない状況が続いています。


こちらは昭和50年5月6日の最終運転日の阪神電鉄北大阪線です。
17阪神北大阪線75-5-6023

同じ日に廃止された甲子園線の電車には、「さようなら」との看板が付けられていました。
18阪神浜甲子園75-5-6022
甲子園線は甲子園球場や阪神パークの前を走っていたのです。

こちらは、昭和47年の阪神国道線の田中~甲南学園前付近です。
19阪神国道線田中付近74
国道線は国道2号線の上を野田~東神戸間を走っていましたが、上甲子園以西は、昭和49年に廃止されました。


こちらは昭和46年3月13日の廃止当日、三ノ宮付近を行く神戸市電です。
20神戸市電三宮710313

そして、こちらは新長田付近です。この時、すでに阪神高速道路の高架橋が開通していたのですね。
21神戸市電新長田710313
神戸市電が廃止されてから、早くも42年の歳月が流れてしまいました。

  1. 2013/03/12(火) 19:58:44|
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昭和後期の路面電車(その1)

今回は、北から順に3回に渡って、昭和45年から60年ごろにかけての、日本全国を走っていた路面電車の懐かしい姿をご紹介しましょう。その中には、すでに廃止されてしまった路線もたくさんあります。
路面電車は、昔からチンチン電車とも呼ばれながら、全国各地の都市の足として活躍していました。
現在でも、札幌から鹿児島まで各地で現役で走っており、最近では環境に優しい乗り物として、見直されています。けれども、昭和後期には、モータリーゼーションの波に押され、乗客の減少や、道路を走るクルマの邪魔者扱いにされて、多くの路線が廃止に追い込まれました。


これは、昭和51年3月の札幌市電です。
1札幌市電025
札幌市電は、今も当時と同じすすきのから、中島公園前、藻岩山へのロープウエイ入口などを経由し、ぐるっと一巡する形で大通に近い西4丁目までを走っています。


こちらは、昭和56年の函館ドック付近を行く函館市電です。
2函館ドッグ前198111230
温泉のある湯の川から、函館駅前、十字街と中心部の十字街を経て、函館どつく前と谷地頭を結ぶYの字の路線が今も健在で、市民や観光客の足として活躍しています。


これは、昭和47年の仙台市電です。
3仙台7203234
仙台の市電は昭和51年に廃止され、現在では地下鉄の富沢車両基地近くの仙台市電保存館に車両の一部が保存されています。


これは、昭和49年の新潟交通の県庁前付近です。
新潟740816

そして、昭和58年の大雪の日も元気に走っていました。
新潟198302241
新潟交通の電車は、県庁前から燕を結び、市内中心部の県庁前~東関屋間だけ路面を走行していましたが、路面区間は平成4年に、月潟~燕間は翌平成5年に廃止され、平成11年4に全線が廃線となってしまいました。


これは、昭和46年の秋葉原・万世橋付近の東京都電です。(村山勉氏撮影)
4東京都電須田町-万世橋1971
東京都電は、昭和30年代には都内を網の目のように走っていましたが、荒川線を除いて昭和47年までにすべて廃止されました。


これは、昭和55年の荒川線の早稲田電停です。
早稲田19801026236
荒川線は現在も早稲田~三ノ輪橋間を元気に走っています。この線は、路線の大部分が道路上を走らない専用軌道だったために、生き残ったのです。



こちらは、現在も走っている東急世田谷線の昭和55年の風景です。
5玉電801026223
世田谷線の前身は、渋谷から三軒茶屋を経て二子玉川と、下高井戸を結ぶ玉川線でした。長らく玉電として親しまれていましたが、昭和44年に渋谷~二子玉川間が廃止され、残された三軒茶屋~下高井戸間が世田谷線と名を変えて存続したのでした。かつて、下高井戸や、二子玉川から渋谷まで直通の玉電が走っていたことを知る人も少なくなったことでしょう。当時、渋谷~二子玉川間は玉川通の上を走っていたのでした。


富山地方鉄道市内線は今も健在です。
7富山地鉄028
これは昭和47年の写真です。
8富山地鉄197208
富山駅前も、現在は北陸新幹線の工事中で、随分、様変わりしました。


これは昭和56年に富山県高岡市を走る加越能鉄道です。
9加越能198105233
この線は、廃線の危機に陥りましたが、平成14年に第3セクター鉄道「万葉線」として、生まれ変わりました。

そのほか、富山県では、元JR富山港線が平成18年に富山ライトレールに返還されました。富山駅北~奥田中学校前に新規に路上に軌道を敷設し、その先は終点の岩瀬浜まで従来の富山港線の線路をモダンな連接低床の路面電車が走っています。こちらは、別の機会のご紹介することにしましょう。
富山ライトレールは北陸新幹線開通後は、富山地方鉄道市内線と相互乗り入れをする計画もあり、富山県は正に路面電車天国といえましょう。

さて、昭和後期の路面電車シリーズ・第1回目の最後は、昭和56年の福井駅前の福井鉄道福武線です。
10福井198105232
田原町と福井から越前武生を結ぶ福武線は、福井寄りの赤十字前~田原町・福井駅前間だけが路面を走ります。この線は現在も地元の足として走り続けています。

第2回は東海・近畿地方の路面電車をご紹介する予定です。
  1. 2013/03/08(金) 21:01:53|
  2. 国内広域の話題
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  4. | コメント:6

夜汽車の風景

きょうは、今は残り少なくなってしまった夜行列車をご紹介しましょう。

これは、拙著「夜汽車の風景」の表紙に使った写真です。
00日本海残光
冬の夜、秋田県の大館駅を発車する寝台特急「日本海」大阪行の残光です。三脚を立てて絞りを小さく絞り込み、シャッター速度を遅くして、去りゆく列車のテールライトを撮ったものです。
この列車は長年、大阪~青森を結んでいましたが、昨年3月に廃止されてしまいました。


ここからは、現在も走っている夜行列車をご紹介しましょう。
これは、上野~札幌間を結ぶ「北斗星」です。
10北斗星大沼2
今では毎日運転されている定期列車で唯一食堂車が連結されており、A個室ロイヤルやロビーカー、シャワールームが連結されています。撮影したのは、函館本線の大沼付近です。

こちらは、室蘭本線の白老付近を行く「トワイライトエキスプレス」です。
トワイライト20100916
大阪~札幌間を結ぶ豪華列車で、週に3往復運転されています。


これは、東北本線の白岡~新白岡間を行く上野~札幌間の「カシオペア」です。
12カシオペア20100117
北斗星と同じ上野~札幌間を週に3往復走っており、こちらはオール個室の豪華列車です。


奥羽本線の大館駅に着いた上野~青森間の「あけぼの」です。
11あけぼの
典型的なブルートレインですが、車両の老朽化のため、廃止されるのではないかと危惧されています。


こちらは東海道本線の藤沢~大船間を行く「サンライズ」です。
サンライズ
オール2階建てで、現在、運行されている夜行列車の中で唯一の電車寝台列車です。14両編成のうち、7両は東京~出雲市の「サンライズ出雲」、7両が東京~高松の「サンライズ瀬戸」で、途中の岡山で分離します。

この他には、函館~札幌間の「はまなす」と、臨時で需要期だけ走る「ムーンライトながら」「ムーンライト信州」「きたぐに」「能登」が残されているばかりとなってしまいました。


ここからは、ここ数年に姿を消した夜汽車たちです。
21日本海2
大阪から遠路はるばる青森に着いた「日本海」です。

22日本海1
青函トンネルを抜けて函館まで運転されていた時期もありました。


こちらは、金沢駅の急行「能登」です。
24能登金沢駅
最後の国鉄こだま型として人気があるオール座席列車でした。


こちらは、東海道本線新子安付近の東京発熊本行「はやぶさ」と大分行「富士」です。
25富士はやぶさ新子安
もともとは別の列車でしたが、晩年は本州内は併結して運転されていました。


東海道本線芦屋~甲南山手の「なは」(熊本~京都)と「あかつき」(長崎~京都)です。
26あかつき・なは芦屋
この列車は鹿児島本線の鳥栖で分割併合を行っていました。

27なは西鹿児島
これは西鹿児島に着いた「なは」です。この列車は九州新幹線が開業するまでは西鹿児島まで走っていました。


東海道本線の大船に着いた九州「銀河」です。
23銀河大船到着
東京~大阪間の大動脈を行く夜行列車として出張族にも重用されていましたが、3年前に廃止されてしまいました。

昭和の全盛期には上野、東京、大阪などのターミナルから1日に何十往復も発着していた夜行列車も、ほんのわずかしか残されていません。残された夜汽車たちは、できるだけ長く頑張って欲しいと思います。
  1. 2013/01/03(木) 17:30:12|
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懐かしの蒸気機関車(本州西南部篇)

今日は懐かしの蒸気機関車シリーズ最終回、本州西南部篇です。


まず、最初は岐阜県の明知線・阿木付近を行くC12牽引貨物列車です。
00阿木~東野73-4-5・525
小さな豆タンク機関車が、山の中をのんびりと走っていました。
現在では明知線は第3セクターの明智鉄道として運行されています。


これは、中央本線の田立付近のD51重連です。
00田立73-3-・566
撮影は中央西線が電化される直前の昭和48年3月で、すでに架線が設置されていました。


こちらは、能登線の鹿波~甲間を行く「ふるさと列車おくのと号」です。
鹿波7308043
この列車は、昭和40年代後半に観光用として金沢~珠洲間を週末などに運転されており、旧型客車とお座敷車両が連結されていました。
なお、能登線は、国鉄民営化後、3セクののと鉄道に移管されましたが、平成17年3月に廃止されてしまいました。

こちらは、関西本線の加太~柘植間の難所「加太越え」です。
加太越え720922
ピントが甘く当時の私の写真技術の低さをお許しいただくとして、ここは、正に「前引き後押し」、2台のデゴイチ猛煙を吐きながら峠に挑む姿は圧巻でした。

そして、これは信楽線の貴生川~勅使間の鉄橋を行く短編成の貨物列車です。
00信楽線貴生川・526
こんな小さなローカル線にも貨物列車が走っていたのは、今では考えられないことですね。
信楽線は、現在も3セクの信楽高原鐵道として走り続けています。


これは、東海道本線の立花~甲子園口間の武庫川橋梁です。
00SL白鷺・武庫川527
昭和47年に臨時列車としてC62牽引の「SL白鷺号」が京都~姫路間を運転されました。


播但線の長谷~寺前間を行く貨物列車です。
長谷~寺前720923
いい感じの煙を吐いていますね。

00寺前72-9-23・560これも寺前付近です。


これは、山陰本線。須佐~宇田郷間のコンクリート橋梁を渡る旅客列車です。
00宇田郷~須佐72-8-・559
このあたりの山陰本線は、今でも素晴らしい日本海の眺めを堪能することができます。


山陰本線・越ヶ浜付近を行く貨物列車です。
00越ヶ浜72-8-・552
山陰本線はD51が主流で、あちこちでごく普通に見ることができました。


東萩駅構内で休むデゴイチです。
00東萩72-8-・558
機関士さんたちものんびりと休憩していますね。


そして、最後は山陰本線が山陽本線と合流する幡生駅に着いた旅客列車です。
00幡生72-8-・553
ホームを歩く清楚な女子高生たちも、今では50代のおばさまになっているはずです。


現役の蒸気機関車が日本の国鉄から消えて37年余り、今では各地で観光用として復活運転がされていますが、このシリーズでご紹介したような飾り気のない普段着の旅客列車や、猛煙を吐きながら長大な貨物列車を引く雄姿は、もう二度と見ることはできません。
本当に時の流れるのは早いものです。




テーマ:鉄道の旅 - ジャンル:旅行

  1. 2012/11/04(日) 12:33:33|
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