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田中正恭の汽車旅日記

ここは、紀行作家・田中正恭 (たなかまさやす) が、つれづれなるままに各地の旅や、鉄道に関する話題について綴っています。原則として毎週日曜日に更新しており、時には鉄道以外の話題になることもありますが、ご了承ください。また、2018年10月より「テツドラー田中の乗り鉄日記」としてYahoo!クリエーターズプログラムにもレギュラー投稿していますので、そちらもご覧頂ければ幸いです。なお、内容につきましてのご感想や、執筆や講演、出演などの依頼がありましたら、お気軽にメッセージをお寄せください。なお、写真や文章の無断転載はご遠慮願います。

さようなら野辺山SLランド

去る8月31日、長野県野辺山高原の南牧村にあった小さな遊園地「野辺山SLランド」が惜しまれながら閉園しました。
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私がここを訪れたのは1回だけで、娘が幼少だった平成11年に家族旅行の時に立ち寄ったのが最初で最後でした。
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このブログではこれまで、家族のプライベートな写真は一切、公開していなかったのですが、
昭和61年の開園以来、32年間に渡って多くの家族連れに親しまれてきたこのSLランドの惜別にあたって初公開することにしました。
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本物の蒸気機関車を初めて見た3歳の娘は、その汽笛に驚いて泣き出してしまったことを覚えています。

園内には蒸気機関車のほか、このような豆列車も走っていました。
IMG_20180901_0002.jpg
そのほか、ゴーカートや子供向けの遊具がいくつかある入場無料の遊園地でした

訪れた時期は高原に秋の気配が漂う8月の下旬、あたりには、コスモスの花が咲いていました。
IMG_20180901_0001.jpg
最終日にも、園内には同じようにコスモスが咲き誇っていたそうです。

一度しか訪れる機会はなかったけれど、こんな素朴な遊園地が消えていくのは本当に残念です。
この小さな蒸気機関車が、その後、どうなるのかが心配です。
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  1. 2018/09/02(日) 00:02:44|
  2. 甲信越
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惜別「NO.DO.KA」の旅

今週は、去る1月7日に、新潟県内を走った「惜別NO.DO.KA」ラストランの旅をご紹介します。

「NO.DO.KA」は、平成2年に「シルフィード」の名前で運転を開始したJR東日本新潟支社の団体専用ジョイフルトレインです。
この列車は、485系交直両用電車で、29年間、新潟県内を中心に、時には九州までも足を延ばしたこともあるそうです。

けれども、老朽化のため、この日が最後の旅となりました。

9時30分、「惜別 NO.DO.KA」の横断幕に見送られ、新潟駅を発車しました。
①新潟出発
車内で配られたシールです。
②惜別NODOKAシール
ラストランの列車は、新潟を発車すると、信越本線で直江津まで行き、直江津で折り返して犀潟から北越急行ほくほく線を経由し、六日町へ。六日町からは上越線を北上して宮内から再び、信越本線に戻り、新津まで。さらに新津からは羽越本線で新発田を経由し、白新線で新潟に戻ってくるというルートで、新潟県内を一周します。

最初の停車駅、新津に停車中の列車です。
③新津駅
主要駅ではそれぞれ、10~20分程度、停車します。

「NO.DO.KA」は、近くで見ると、驚くほど老朽化していることがわかります。
④老朽化1⑤老朽化2
でも、クルマならせいぜい10年前後ぐらいが寿命なのに、この電車は30年近くも過酷な豪雪地帯の新潟県内を走り続けたのですから、本当にご苦労様でした。
⑥老朽化3

さて、車内で、私はもちろん「呑み鉄」です。
⑦「越後鶴亀」
越後は酒どころ、まずは手始めに「越後亀鶴」から。

長岡では、特急「しらゆき」に出会いました。
⑧長岡しらゆきと

長岡で買った酒は「長岡城」。
⑨「長岡城」呑み鉄

柏崎に停車中です。
⑩柏崎
隣のホームには越後線の列車が発車を待っていました。

柏崎を発車すると、右手の車窓に日本海が見えてきます。
⑪日本海
冬の日本海は、この日も荒れていました。

直江津では、えちごトキめき鉄道の列車が停車していました。
⑫直江津
えちごトキめき鉄道は、平成27年の北陸新幹線長野~金沢間の開業に伴い、新幹線と並行する信越本線の直江津~妙高高原間と北陸本線の直江津~市振間を第三セクター化した路線です。

直江津で折り返し、犀潟から北越急行ほくほく線に乗り入れます。
ほくほく線は、北陸新幹線が開業するまでは、首都圏と北陸を結ぶメインルートとして、上越新幹線の越後湯沢から金沢方面に向かう特急「はくたか」が行き交っていました。
⑬ほくほく線トンネル
豪雪地帯を走るほくほく線には、長大なトンネルがいくつもあります。

長いトンネルを抜け、十日町付近の車窓です。
⑭十日町付近
あたrは、深い雪に包まれています。

六日町に着きました。
⑮六日町駅名票
六日町からは信越本線と合流する宮内まで上越線を走ります。
⑯六日町構内
六日町駅構内もたくさん雪が積もっていました。

これは、JRが設置したのではなく、同乗の鉄道ファンの方が作ったサボ(列車名票)です。
⑰サボ

そして、別のファンの方からは、このような手作りの乗車記念券を頂きました。
⑱乗車記念券
車内は「NO.DO.KA」に別れを惜しむ鉄道ファンでいっぱいでした。
⑳車内1
皆、それぞれに記念写真に興じます。
㉑車内記念撮影

車内ではこのような駅弁が配られました。
⑲駅弁

そして、雪見酒は「越乃雪蔵」。
㉒越乃雪蔵
上越線の車窓からは白銀の山々が見えます。
㉒2白銀の山々

羽越本線に入り、新発田から白新線に入ります。
㉓新発田惜別横断幕
新発田駅でも惜別の横断幕に見送られました。

あたりはすっかり暗くなり、最後の停車駅、新崎です。
㉔新崎

そして、17時28分、ついに、朝出発した新潟駅に戻って来ました。
㉕新潟長い汽笛
新潟駅から車庫に向けて発車する時、長い長い悲しそうな汽笛を鳴らして駅から去って行きました。
㉖惜別カード
NO.DO.KA号、長い間、お疲れさまでした。


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  1. 2018/02/04(日) 00:02:14|
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木曾森林鉄道と木曽路の国鉄蒸気機関車

今週は、このブログをご覧になった元木曾森林鉄道の運転士の、上田鎭男さんからお送り頂いた貴重な写真をご紹介します。

以前にもご紹介しましたが、木曾森林鉄道は、木曾の山々から檜や椹などの木材を搬出するため、大正5(1916)年に最初に敷設された森林鉄道です。

これは昭和46年ごろの写真だそうです。
①
中央本線の上松から赤沢を結ぶ小川線を皮切りに、最盛期の昭和30年代には57路線延べ428キロの長大な路線網を持っていました。
②
木材だけでなく、山で暮らす人々の貴重な足になって活躍していたのです。
③
美しい紅葉の中を小さな列車が走ります。
④

バックに木曾の御嶽山が白い雄姿を見せてくれています。
御嶽山を西側より見た写真はめったにないとのこと。貴重な写真ですね。
⑤
「夏でも寒いヨイヨイヨイ」と木曾節でも歌われていますが、大噴火を起きたのは記憶に新しいところです。

⑥
当時、三浦ダム周辺の標高1302メートルの所を走っていたのです。


こちらは、開業当初から昭和35年まで走っていたアメリカ製の蒸気機関車、ボールドウイン号の1号機です。
⑦
一時は10両以上が主力機関車として活躍していたそうです。

この線が廃止される直前に、この1号機は復元され、再び、木曾谷にその汽笛を響かせたのでした。
⑧
この木曾森林鉄道が廃止されたのは、昭和50年5月30日のこと。
⑨
その後は道路ができ うっそうとした森林もなくなり、見る影もなく淋しい状況になってしまったと上田さんは嘆いておられました。

さて、これも上田さんからお送りいただいた中央本線の木曽福島駅でのD51(デゴイチ)です。
⑩D51
同じころ、中央本線でもまだ蒸気機関車が現役で活躍していたのでした。
⑪D51木曽福島

ここからは当時、高校生だった私が撮影した初期の写真です。
⑫木曽福島扇状車庫
木曽福島駅構内には、このような扇形車庫があり、蒸気機関車たちの寝床になっていました。

木曽福島駅構内のC12です。
⑬C12199
最後は、この駅の構内で入れ替え用に活躍していました。
⑭C12
この機関車は、今でも中央本線の奈良井駅の近くに静態保存されているそうです。

こちらは田立付近のD51です。
⑮田立D51
中央本線が無煙化されたのは電化工事が完成した昭和48年のこと。
⑯田立
この写真は電化が完成するその直前なので、新しく設置された架線が写っています。

木曾谷に森林鉄道や蒸気機関車の汽笛が聞こえなくなって40年以上の年月が過ぎ去ってしまいました。

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  1. 2017/12/24(日) 00:01:00|
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糸魚川の風景

今週は先週に引き続き、長良川鉄道をご紹介する予定でしたが、去る12月22日に発生した新潟県糸魚川(いといがわ)市での大火に伴い、急遽、火災前の糸魚川の風景をご紹介することにしました。

まずは、この度の大火で被災された糸魚川市の皆さまには心からお見舞い申し上げます。
①新聞記事
報道によればこの火災は糸魚川駅に近い大町地区で発生し、
強い南からの風にあおられて駅の北側の広い地域まで延焼しました。

実は、正に今回、被災した地域を、私は昨年1月、北陸新幹線開通直前に訪れていました。

北陸本線の富山行普通列車で糸魚川駅に到着しました。
②普通列車
昨年3月の北陸新幹線開業後は、並行在来線であるこの区間の北陸本線は第三セクターの「えちごトキまめき鉄道」に転換されています。

糸魚川駅です。
③糸魚川駅
アルプス口(南口)の高架下には、かつて駅構内にあった赤レンガ車庫の壁面を移築した「糸魚川ジオステーション ジオパル」があります。
⑭ジオステーション ジオパル
内部には平成22年まで大糸線を走っていたキハ52形が静態保存されていました。
⑮キハ52形
車内の座席は待合室として利用されています。

糸魚川は酒処です。
④一斗樽
駅構内には糸魚川にある蔵元の一斗樽が並んでいました。

そして、糸魚川はひすいの採れる所としても知られています。
⑤ひすい
これは市内で産出されたひすいの原石です。

こちらは大町地区の伝統的な雁木(がんぎ)のある通りです。
⑥雁木
雁木とは冬季の降雪時に雪除けになる、木製の頑丈なアーケードのような屋根のことです。
けれども、このあたりの雁木のある街並みも、今回の大火で焼失してしまったそうです。

こちらは昭和初期の日本家屋そのものの老舗旅館である「平安堂旅館」です。
⑦平安堂旅館
旅館というよりは、旅籠と呼んだ方がいい古い建物ですが、大変残念なことに、全焼してしまったとのことです。

こちらは、越後最古の蔵元「加賀の井酒造」です。
⑧加賀乃井酒造
加賀藩前田家が参勤交代の折に宿所にしていたことから、越後にありながらこの名があるそうです。
江戸時代初期の慶安3年創業以来466年の歴史を刻んだ県内最古の蔵元です。

内部には加賀藩からの献上品が展示されていました。
⑨加賀藩献上品

日本酒品評会で受賞したカップもありました。
⑩カップ

⑪加賀の井一斗樽
けれども、この酒蔵も全焼したとの報道がありました。
何杯も利き酒をさせていただいただけに本当に悲しい気持ちです。

すぐ近くには日本海が広がっています。
⑫日本海

そして、駅の南側には住宅街の向こうに雪を抱いた北アルプスの山並みが広がっていました。
⑬雪を抱く山

帰りの列車での呑み鉄は、もちろん「加賀の井」でした。
⑯加賀の井呑み鉄

やって来た列車は新潟行の特急「北越」です。
⑰北越
金沢~新潟間を結んでいましたが、北陸新幹線の開業と同時に廃止されてしまいました。

どうか、今回の大火で被災された地区が一日も早く復興しますように、心からお祈りしています。

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  1. 2016/12/25(日) 00:02:01|
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羽越本線・村上駅、鮭と酒の町・村上の情景

今週は晩秋に訪れた新潟県にある羽越本線村上駅と、城下町村上の情景をご紹介します。
村上市は16世紀に本庄氏が築城した村上藩の城下町として栄えました。

新潟から快速「きらきらうえつ」に乗ると、50分で村上に着きます。
①きらきらうえつ

これが村上駅です。
②村上駅
村上はすべての特急列車が停車する新潟県北部の中心都市です。

城下町、村上にはいくつかの武家屋敷や古い街並が残されています。

これは旧成田家住宅です。
③成田家
赤い紅葉がなんともきれいでした。

こちらは旧若林家住宅です。
④重文若林家
江戸時代中期のこの建物は国の重要文化財に指定されています。

若林家の軒下に干されている鮭です。
⑤若林家の鮭
村上は200年以上前に、青砥武平治という人が、鮭が産卵のため川に登ってきやすいように工夫したために豊漁となり、鮭とともに栄えてきた町なのです。

紅葉が本当に綺麗ですね。
⑥木羽葺き石置屋根
左奥にある建物は木羽葺き石置屋根という、北越後特有の伝統的な屋根で、屋根の上の石が、冬の強い風雪にも耐えられるように造られています。

こちらは「おしゃぎり会館」にある村上大祭の山車です。
⑦おしゃぎり会館
この地方では山車のことを「おしゃぎり」と呼びます。

おしゃぎり会館からは村上城跡を望むことができます。
⑧村上城址
臥牛山(がぎゅうざん)に築かれた城址には、今は石垣が残されているばかりです。

こちらは安善小路にある黒塀です。
⑨安善小路の黒塀
このあたりにはいくつかのお寺が並んでいます。
⑩浄念寺のイチョウ
浄念寺のイチョウが見事に色づいていました。

民家の板塀にも鮭の模様が施されています。
⑪鮭の板塀
それだけ、鮭と縁の深い町なのです。

それとともに、村上は酒どころでもあります。
⑫田村酒店
こちらは越後の地酒を売る田村酒店です。

そして、こちらは大洋酒造の和水蔵(なごみぐら)です。
⑬大洋酒造和水蔵
蔵の中の試飲コーナーです。
⑭利き酒
9種類ものお酒を試飲しましたが、クルマだとこうはいきません。これは列車の旅の特権ですね。
村上は鮭と酒の町なのです。

夕暮れの村上駅に新津行の普通列車がやって来ました。
⑮夕暮れの駅
羽越本線は全線電化区間なのに、時々、電車ではなく、ディーゼルカーがやって来ることがあります。

今と昔の村上駅のスタンプです。
⑯スタンプ今⑰スタンプ昔
やはり、図柄に鮭が描かれていました。

⑱入場券今昔そして、今と昔の入場券です。

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  1. 2016/12/11(日) 00:01:11|
  2. 甲信越
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今はなき弥彦線・越後長沢

新潟県の国鉄廃止線、第三回目は、弥彦線の東三条~越後長沢間です。
国鉄弥彦線は、弥彦神社に近い弥彦から、越後線に接続する吉田、信越本線に接続する東三条を経て越後長沢までを結ぶ25・3キロの路線でした。この線には弥彦と越後長沢というふたつの行き止まりの終着駅があり、中間に越後線、信越本線とふたつの線とクロスするというとても珍しい線形でした。
さらに、昭和57年に上越新幹線が開業時に弥彦線にも燕三条駅を新設したため、3つの国鉄線とクロスすることとなったのです。
しかしながら、弥彦~東三条間(7・9キロ)は昭和59年に電化されたものの、東三条~越後長沢間は、以前から利用者が少なく、昭和60年に廃止されてしまったのでした。

これが、越後長沢駅です。
6越後長沢駅
長沢村の中心から離れていたため、駅の周りはひっそりとしていました。
7越後長沢駅名票
青い板に白い文字の渋い駅名票と、駅のスタンプです。
10スタンプ
こんな小さな駅にもDISCOVER JAPAN」のスタンプが置かれていたのです。

これは途中駅の越後大崎駅です。
8越後大崎駅名票
ホームには初夏の花が、美しく咲いていました。

そして、これらの駅の入場券です。
9越後長沢きっぷ
こんな小さなローカル線の途中駅も駅員さんがいたのでした。

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  1. 2016/01/10(日) 00:01:02|
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今はなき魚沼線の残像

今週は、先週に引き続き、新潟県の国鉄廃止線をご紹介します。

こちらは昭和55年に訪れた魚沼線の終着駅・西小千谷です。
1西小千谷駅
魚沼線は信越本線の来迎寺駅から西小千谷までの12.6キロを結んでいたローカル線でした。
この線の歴史は古く、明治44年に日本初の軽便線の魚沼鐵道として開業。その後、大正9年に信濃川をはさんだ対岸に上越線が開業すると客を取られたものの、国鉄に接収され魚沼線になり昭和59年に廃止されるまで走り続けました。

西小千谷と書いて「にしおじや」と読みます。
2西小線谷駅名票
この駅から、上越線の小千谷駅までは、信濃川をはさんで徒歩15分ほどしか離れていませんでした。

少し恥ずかしいのですが、西小千谷駅のホームに停車中の列車と、若いころの私です。
3西小千谷列車と
このころ、全国、どににでも走っていた朱色の気動車が懐かしいです。
この時、西小千谷駅にやって来る列車は土曜日のみ5本で、そのほかの日は朝と夕方だけの4本だけでした。

そして、これが途中駅の方片貝です。
4片貝駅


当時の入場券です。
5魚沼線きっぷ
途中駅の片貝にも駅員さんがいました。

そして、昭和59年に廃止された時の記念入場券です。
1_20151217002550ebb.jpg2_201512170025525e4.jpg3_20151217002553ef0.jpg
この線が地図から消えてから、早くも31年が過ぎてしまいました。

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  1. 2016/01/03(日) 00:01:48|
  2. 甲信越
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今はなき赤谷線の思い出

今週は国鉄末期の昭和59年に廃止された新潟県の赤谷線をご紹介します。
赤谷線は羽越本線の新発田から東赤谷までの18・9キロを結ぶ鄙びたローカル線でした。
開業当初は、赤谷鉱山製鉄所の専用線として、鉄鉱石の輸送を目的に大正11年に新発田~赤谷間が開通。その後、大正14年には国鉄赤谷線となり、昭和16年に東赤谷まで延伸して全線が開通しました。

これは、昭和55年に訪れた時の五十公野(いじみの)駅です。
①五十公野
途中にある5駅のうち、3駅が有人駅で、ほかに東中学校前と言う仮乗降場がありました。

米倉駅の線路脇に「赤谷線廃止反対」の看板がありました。
②廃止反対[米倉駅)
当時、すでに第一次廃止対象線区に指定されていたのです。

東赤谷駅に停車中の列車です。
③東赤谷ホーム
この駅は全国の国鉄の終着駅で唯一のスイッチバック駅でした。

東赤谷駅には、小さな木造駅舎がありました。
④駅舎
飯豊山の登山口にあたりため、登山客の利用も多かったようです。

ホームにたった一個だけあった駅名票です。
⑤駅名票
後ろに貨車の姿が見えますね。この時点ではまだ貨物列車がこの線を走っていたのでした。

赤谷線の有人駅の入場券です。
⑥入場券
日付が同じなのに、赤谷駅は60円、米倉駅と五十公野駅が80円になっているのがおかしいですね。
赤谷駅で「料金変更」のスタンプを押し忘れて発行したようです。

そして、廃止時のさよなら入場券です。
⑦廃止記念券
この線が廃線になって、もう31年あまりが過ぎてしまいました。

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  1. 2015/12/27(日) 00:04:36|
  2. 甲信越
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新津鉄道資料館

今週は新潟県にある新津鉄道資料館をご紹介しましょう。
①腕木式信号
新津鉄道資料館は、信越本線、羽越本線、磐越西線が交差し、昔から鉄道の要衝として栄えた旧新津市にあり、現在は平成の大合併により新潟市秋葉区になっています。
②資料館正面
資料館は新津駅からバスで8分ほどの場所にあります。

屋外には初代上越新幹線の200系と、C57蒸気機関車が展示されています。
③200系・C57
屋内には新津保線区の保線車両があります。
④保線車両
展示されている車両は少ないのですが、ここは新潟に特化した資料館で、地元に関係のある貴重な資料が並んでいます。

これは、明治時代の初代新潟駅です。
⑤明治初代新潟駅
新幹線が発着する現在の新潟駅からは想像できないのどかな駅ですね。

そして、こちらは昭和初期の新津駅です。
⑥昭和初期新津駅(H13解体)
蒸気機関車がよく似合う趣のある駅舎で、「SLばんえつ物語号」が運転を開始した当初はまだ健在でした。けれども、残念なことに平成13年に解体されてしまいました。

これは、昭和57年の上越新幹線開通記念入場券です。
⑦上越新幹線開通記念切符
開通してからすでに33年の月日が流れました。

こちらはさよなら魚沼線記念入場券です。
⑧さよなら魚沼線記念入場券S59
魚沼線は信越本線の来迎寺から西小千谷(にしおじや)を結んでいましたが、国鉄末期の昭和59年に廃止されてしまいました。

これは、国鉄末期に新津駅に掲げられていた時刻表です。
⑨国鉄末期新津駅時刻表
磐越西線の「西」の字がありません。

そして、こちらはかつて新津駅正面にあった大時計です。
⑩新潟駅大時計
いったい、何年間、時を刻んでいたのでしょうか。

「SLばんえつ物語」のヘッドマークです。クリスマスバージョンのものもありました。
⑪ばんえつヘッドマーク
向こう側には「出羽」と「鳥海」のヘッドマークも見えますね。


国鉄JRだけでなく、今は廃止された蒲原鉄道と新潟交通の関連資料もありました。
⑫蒲原鉄道新潟交通

屋外にあった国鉄赤谷線の駅名票です。
⑬赤谷線駅名票
赤谷線は羽越本線の新発田(しばた)駅から東赤谷を結んでいましたが、昭和59年に廃止されました。

さて、街を歩いてみましょう。
鉄道の町、新津はあちこちで、鉄道に関する物を見ることができます。
⑭マンホール
マンホールには蒸気機関車が描かれています。

商店街に機関車の動輪が置いてありました。
⑮動輪

そして、なぜか、踏切の警報器が立っています。
⑯街中の警報機
建物の壁には蒸気機関車の写真が飾られ、「鉄道の町・新津」の文字が見えます。

これが、現在の新津駅です。
⑰新津駅
かつては、大阪~青森の日本海縦貫線を行く特急「日本海」「白鳥」や、急行「きたぐに」が停車し、この3月までは札幌~大阪を結ぶ寝台特急「トワイライトエクスプレス」が停車していました。
でも、今では日本海縦貫線を走る旅客列車は一本もありません。
⑱長岡行到着
やがて、長岡行の普通列車がやってきました。
  1. 2015/06/21(日) 00:01:58|
  2. 甲信越
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雪の飯山線

今週は、信濃から越後の豪雪地帯を行く、冬の飯山線をご紹介します。

飯山線は、信越本線の豊野と上越線の越後川口間を結ぶ96.7キロのローカル線です。
沿線は国内でも有数の豪雪地帯として知られており、冬期間は大雪のため、運休になることも珍しくはありません。

長野駅で赤い列車はしなの鉄道の電車と並んで、発車を待つ飯山線の列車です。
①長野駅
飯山線の起点は豊野ですが、すべての列車が県都の長野まで乗り入れています。

信州の地酒「渓流」を片手に出発進行!
②地酒渓流
飯山線は、正に渓流に沿って走ります。
③上今井付近
これは、上今井付近を行く列車から眺めた千曲川の流れです。

替佐(かえさ)~蓮(はちす)間の千曲川に沿って走る飯山線の列車です。
④替佐~蓮
長野では雪がなかったのに、このあたりまで来るとだんだん積雪が多くなっていきます。
⑥お地蔵様
蓮駅の近くのお地蔵さまは雪に埋もれていました。

蓮駅に到着した越後川口行の列車です。
⑤蓮
JR東日本のローカル線ではお馴染みのキハ110が走っています。

列車は飯山駅に到着しました。
⑦飯山駅到着

なんとも趣のある駅舎がありました。
⑧飯山駅舎
でも、北陸新幹線飯山駅開業を前に、駅は300メートル豊野寄りに移転してしまいました。

これは、ホームにあった飯山駅名物の「七福の鐘」です。
⑨飯山駅幸福の鐘
でも、この鐘も移転先のホームでは見ることができません。

冬には珍しく、本当にいいお天気でした。
⑩千曲川
千曲川は、この先、長野県から新潟県に入ると、信濃川とその名が変わります。

県境の駅、森宮野原にあるJR日本最高積雪地点の記念碑です。
⑪森宮野原の記念柱
ここで、終戦間近の昭和20年2月12日に、7メートル85センチもの積積があったそうです。

津南駅です。
⑫津南駅

そして、こちらは越後水沢駅です。
⑬越後水沢駅
このあたりは本当に雪が深いですね。

列車は十日町に着きました。
⑭十日町駅停車中
背後に北越急行(ほくほく線)の高架橋が見えています。平成9年に開通したほくほく線は、越後湯沢で上越新幹線からバトンタッチして北陸方面でのメインルートとして特急「はくたか」が疾走していましたが、北陸新幹線の開業とともに特急は全廃され、ローカル輸送だけになってしまいました。わずか、18年間で幹線として特急が走っていた高架線がローカル輸送だけになってしまうのは、あまりにももったいないことだと思います。

これは、十日町駅構内の除雪車です。
⑮十日町駅除雪車
雪国を走る鉄道には欠かせない車両です。

終点の越後川口に到着した列車です。
⑯越後川口駅
越後川口では上越線に接続しています。

さて、ここからは、昭和55年2月の飯山線です。
⑰S55上今井
上今井駅のようすです。この当時は、まだ飯山線に貨物列車が走っていました。

雪深い越後田中駅です。
⑱S55越後田中駅
渋い木造駅舎が残っていましたが、今は、もう跡形もありません。

そして、十日町駅です。
⑲S55十日町
まだ、ほくほく線は影も形もありませんでした。

国鉄時代の切符です。
⑳国鉄時代切符
当時は有人駅が多く、自動販売機がなかったので、硬券切符が普通に使われていました。昭和は遠くなってしまいましたね。


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  1. 2015/03/22(日) 00:03:18|
  2. 甲信越
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北陸本線・筒石駅

今週は新潟県にある北陸本線・筒石駅にご案内します。
この駅は、北陸本線の最も北端に近い、糸魚川~直江津間に位置する延長11353メートルの頸城トンネル内にあるもぐら駅です。
この駅は大正元年の開業時には、今よりも海側の地上にありましたが、旧線が急峻な地形により、しばしば災害に見舞われたため、昭和44年の北陸本線複線電化と同時に長大な頸城トンネルの中に移転されました。
1ホーム
これが上りホームから下りホームを眺めたようすです。

この駅は特急列車が高速で通過するため、ホームから駅舎に向かう通路には厳重な扉が設置されています。
2出入口扉
この駅に停車する普通列車の発着時には、駅員がこの扉の開閉を行ない、安全を確認しています。

ホームからの階段を上がると、苔むした地下通路を通ります。
3苔むした通路
途中にこんな案内表示があります。
4表示板
さらに、駅舎まで、このような長い階段を登らねばなりません。下りホームから駅舎までは、標高差176メートル。290段の階段が続きます。
5長い階段
左側の水路にはチョロチョロと地下水が流れていました。

これが地上の駅舎です。
6駅舎
あたりは静かな山の中でした。

駅から筒石の集落まではおよそ800メートルです。
7高台からの漁港
下り坂をブラブラと15分ほど歩くと、高台から筒石漁港が見えてきました。

近海は鯛の漁場で、この日、帰ってきた船は1トンもの水揚げがあったそうです。
8漁船
漁港には無数の大きなカモメたちが舞っていました。
9鴎

帰りは駅まで坂を登って20分の道のり。
10富山行き電車
やがて、富山行の電車がやってきました。

なお、今年3月14日の北陸新幹線の開業により、この区間の北陸本線は、JR西日本から第三セクターの「えちごトキめき鉄道」に移管されることが決定しています。この駅がJRの駅であるのは、あと数日になってしまいました。


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  1. 2015/03/01(日) 00:02:11|
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勝沼ぶどう郷駅と、旧大日影トンネル

今週は、山梨県にある中央本線の勝沼ぶどう郷駅と、その近くの旧大日影トンネルをご紹介します。
ぶどう畑の囲まれたこのあたりは、ワインの産地として有名です。駅名は、平成5年にかつての「勝沼」から「勝沼ぶどう郷」に改められました。

ある晩秋の日に、勝沼ぶどう郷駅を訪れました。これは甲府行の普通列車です。
1ホーム
未だに国鉄時代の115系電車が使われていますが、間もなくこの電車も引退の時を迎えます。

昭和55年に建て替えられた駅舎です。
2駅舎
駅前のイチョウの木が鮮やかですね。

駅の近くには、かつて中央本線の貨物列車を牽引したEF64電気機関車が、静態保存されています。
3EF64
よく見かけたこの機関車も、いつの間にか新型に置換されてしまいました。

駅から甲斐大和寄りに少し歩いたところに大日影トンネルがあります。
4大日影トンネル①
5大日影トンネル②
左側の新線のトンネルは、特急「あずさ」「かいじ」と、普通列車が頻繁に通過します。
そして、右側にあるのが、明治36年の開通時から平成9年まで、94年間にわたって使われてきた旧大日影トンネルです。

この旧トンネルは、現在では遊歩道として開放されています。中は歩道が整備され、照明もついているので誰でも歩くことができます。
6トンネル内部
長さは1367.8メートル。歩いて20分ほどの距離です。トンネル内の天井は、蒸気機関車時代の煤が今も残っています。

これは、トンネル内にある110キロメートルのキロポストです。
7キロ゚スト110km
中央本線の起点である、東京駅からの距離を示しています。

トンネル内の待避所には様々なオブジェが展示されており、暗いトンネルの中を歩いても、退屈しないようになっています。
8内部彫刻
また、このあたりの線路下には地下水を流すための水路が設けられています。トンネルの中に水路があるのは、珍しいそうです。

これが、甲斐大和側の出口です。
9出口
トンネルを出ると、短い鉄橋を渡って、すぐに向かい側の別のトンネルがありました。

東側の出口です。
9トンネル出口
あたりは深い山の中、色づいた山の木々が見事でした。

すぐ脇には新線の線路があり、次々とトンネルを出た列車が通過していきました。
10 115系
115系普通電車が元気に通過します。。

そして、これは特急「かいじ号」です。
11 かいじ
トンネルとトンネルとの間のごく短い区間に顔を出した瞬間をカメラに収めました。
12 115系

これは、大日影トンネルを出て、すぐ向かい側にある旧深沢トンネルです。
13 旧深沢トンネル現在では、勝沼トンネルワインカーヴとして、地元ワインの熟成場として利用されています。
14 ワイン貯蔵庫

再び、トンネルをくぐって駅まで戻りました。
15 旧駅ホーム
近くには、昭和43年まで、この駅でスイッチバックが行なわれていたころの旧ホーム跡が、今では小さな公園になってひっそりと佇んでいました。

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  1. 2014/12/28(日) 00:03:07|
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上田電鉄・別所線の旅

今週は、長野県の上田電鉄別所線をご紹介します。
上田電鉄別所線は、大正10年、前身の上田温泉電軌、のちの上田丸子電鉄の一路線として開業。最盛期は上田を中心として、丸子線、青木線など五路線が57.2キロの路線網を形成していましたが、昭和47年までに順次廃止され、現存するのはこの別所線11.6キロだけになってしまいました。この線は、当初から主に別所温泉への湯治客の輸送を目的としており、今は温泉への観光客のほか、沿線の通勤通学の足として走り続けています。

別所線は、長野新幹線としなの鉄道(旧信越本線)と接続する上田駅から発車します。平成10年に、それまでの地上駅から高架駅に生まれ変わりました。
①上田駅
現在は、旧東急の1000系電車を中心に運行されています。

これは、下之郷~中塩田間の田園地帯を行く電車です。
②下之郷-中塩田
あたりは秋の気配が漂い、稲刈り間近でした。

こちらも下之郷~中塩田間にある鉄橋を渡る電車です。
③下之郷-中塩田

中之郷駅構内には、旧東急の7200系電車が留置されていました。
④7200系
白と黒のツートンカラーに塗り替えられています。このカラーは、元々の別所線のオリジナルカラーです。

こちらは中塩田駅です。
⑤中塩田駅
モダンな古い木造駅舎が、きれいに保たれていました。

中野駅に上田行電車が到着しました。
⑥中野駅
東京の中央線にある中野駅と同名ですが、ホーム一面だけの小さな無人駅でした。

中野駅のすぐ近くに、小さな造り酒屋の若林醸造があります。
⑦若林醸造
地酒の銘柄名は「月吉野」です。

これが、終点の別所温泉駅です。
⑧別所温泉
この駅の佇まいは、いつ訪れても変わることはありません。

駅では大正時代のような袴姿の女性が出迎えてくれました。
⑨袴
駅は観光案内所になっており、彼女たちは委託駅員を兼ねています。

これは、かつて「丸窓電車」として親しまれた5250形電車で、駅構内に静態保存されています。
⑩丸窓5250形
昭和61年まで、運転されていました。

こちらは駅の近くにある、共同浴場「大湯」です。
⑪大湯
なんだか、昔懐かしい雰囲気の日帰り温泉でした。

小雨がやみ、塩田平に美しい虹がかかりました。
⑫虹
帰りの電車では、「月吉野・純米酒」で呑み鉄です。
⑬呑み鉄
ロングシートの電車ですが、帰りはよく空いていたので、そっと静かに冷酒を味わいました。

上田電鉄の切符です。
⑭切符⑮観光入場券
観光用入場券のほか、今も硬券乗車券が使われています。

そして、これは、昭和57年に訪れた時の上田駅に停車中の5370形電車です。
⑯S57年5370系
国鉄信越本線と同じ構内にある地上駅から発着していました。
  1. 2014/11/09(日) 00:01:41|
  2. 甲信越
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「越乃Shu*Kura号」の旅

今週は、今春から新潟県で運転を開始した「越乃Shu*Kura」をご紹介しましょう。


この列車は、旧型気動車のキハ40を改造し、酒どころ、新潟の酒蔵をイメージした呑み鉄専用のジョイフルトレインです。
ほぼ基本的に毎週土日に運転されており、朝、信越本線の高田駅を出発し、日によって行先が異なります。
「越乃Shu*Kura号」として運転される日は、高田~長岡~越後川口~十日町、「ゆざわShu*Kura」として運転される日は、高田~長岡~越後湯沢、そして、「柳都Shu*Kura」の日は、高田~長岡~新潟の経路で走ります。
いずれも、朝、高田を発車した列車は、目的地の駅まで着くと、午後に折り返して高田に戻ってきます。

私が乗ったのは、越後湯沢から高田までの、「ゆざわShu*Kura」でした。14時29分に越後湯沢を発車します。
1越後湯沢
列車は3両編成で、1号車はJR東日本の「びゅう」専用・団体車両、2号車はイベントスペース、3号車は一般用の座席指定車両です。

これが私の乗った3号車の一般座席指定車です。
2【3号車】
この列車は快速列車扱いなので、時期によっては青春18きっぷと座席指定券があれば乗ることができます。

2号車にある、「蔵守」と呼ばれるサービスカウンターです。
3蔵守
ここで、飲み比べクーポンを買うと、新潟県の5種類の地酒を飲み比べることができます。
この日は、長岡の「極上吉乃川」、佐渡の「真野鶴」、上越の「妙高山」、新発田の「夢」、柏崎の「銀の翼」の五銘柄呑むことができました。
5飲み比べクーポン
お酒のほかに、おつまみも売っています。

カウンターのお姉さんたちと楽しそうに笑っているおじさんです。
4蔵守河野さん
お姉さんたちの笑顔も素敵ですね。

イベントスペースでジャズの生演奏が始まりました。
6ジャズ
地元のミュージシャンが、日替わりで演奏してくれます。

じばらくすると、利き酒大会が始まりました。
7利き酒
この日は六日町にある青木酒造さんの若い蔵人君と、アテンダント嬢が、代表銘柄の「鶴齢」を何杯も注いでくれました。この蔵元の創業は一七一七(享保二)年、芳醇で淡麗な味わいの伝統の味が、五臓六腑に染みわたります。

こちらは、団体専用車両の1号車です。
8【1号車】
みんな、お酒が入って来ると、知らない人とも一緒に、和気あいあいと呑んでいます。

アテンダントのお姉さんが持っているのは、新井の地酒「君の井」です。
9お姉さんたち
いったい、この日、どれだけ飲んだかわかりません。

こちらは、君の井酒造の越乃Shu*Kuraオリジナルボトルです。
10オリジナル酒
立ち呑みで疲れたので、席に戻ってじっくりといただきました。爽快な飲み口のこのお酒は、新潟の酒米「越淡麗」で造られた大吟醸酒です。

下り列車は、日本海に最も近い駅、青海川で27分間停車します。
11青海川駅
乗客たちは、夕方の海を眺めながら、この駅でそれぞれの時間をゆったりと過ごします。

12車掌君とお姉さん
若い車掌君も、なんだか楽しそうです。

直江津では、大阪から札幌に向かう「トワイライトエクスプレス」が停車していました。
13トワイライト
この列車は、残念ながら、来年3月の北陸新幹線開業と同時に廃止されることが決まっています。

そして、18時13分、終着の高田駅に到着しました。
14高田到着
あっと言う間の楽しい3時間44分の旅でした。
高田駅は、新幹線開業後は、第3セクターのえちごトキめき鉄道に変換されてしまいます。
でも、きっと越乃Shu*Kura号は、走り続けることでしょう。
  1. 2014/10/19(日) 00:05:43|
  2. 甲信越
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今はなき長野電鉄河東線②/通称・木島線(信州中野~木島)

今週は先週に引き続き、長野電鉄河東線の廃止区間をご紹介します。信州中野~木島間12・9キロ(通称・木島線)は、先週ご紹介した屋代線よりも11年も早く、平成14年3月末に廃止されました。

これは、昭和58年夏の木島駅です。
①S58木島駅
丸っこい顔の、かわいい電車が走っていました。

そして、こちらは、廃止直前の平成14年2月の同じ場所から撮った写真です。
①H14木島駅
電車が元東京の地下鉄日比谷線を走っていた3000形に置換されていました。

こちらは昭和58年、湯田中への山ノ内線との分岐駅、信州中野駅です。
②S58信州中野駅
瓦屋根が印象的な、なんとも趣のある木造駅舎でした。

それから19年後の信州中野駅です。
③H14信州中野駅
どこにでもある都会の駅のようになっていました。でも、地元の人はこちらの方がいいのかもしれませんね。

これは、信州中野駅付近の木島行の電車です。
④木島線走行写真
元日比谷線の電車が、ワンマン対応に改造され、二両編成で走っていました。
この電車は、今も、長野~湯田中間で健在です。

信州中野の次にあった中野北駅です。
⑤中野北駅
ホームに木造の待合室があるだけの無人駅でした。

こちらは四ヶ郷(しかごう)駅です。
⑥四ヶ郷駅
ホームにあった大きな桜の木が印象的でしたが、この桜の花が咲くころには、もうこの駅に電車がやって来ることはありませんでした。

柳沢間に入線する木島行電車です。
⑦柳沢付近

そして、これが柳沢駅。この駅は、木島線内で唯一の交換可能駅でした。
⑧柳沢駅
この駅は高台にあったので、ホームから千曲川が見えました。「この駅は一番、景色が良くてねえ」この駅で会った人の言葉が印象に残っています。ホームの上に一部2階建の駅舎があり、2階は駅員の宿直室になっていたそうです。待合室の木の椅子には、地元の人たちの心づくしの座布団が並んでいました。

これは駅の中にあった運賃表です。
⑨路線図
下に「木島線廃止のお知らせ」の文字が見えるのが寂しいですね。「最後は、田舎の弱いもんが切り捨てられるんだで」
待合室にいたお婆ちゃんの言葉です。

そして木島駅です。
⑩木島駅
いつきても変わらない昔ながらの佇まいを見せてくれる駅でした。
⑪木島駅
廃止前には無人駅になっていましたが、昭和58年には硬券切符を売っていました。
⑫硬券⑬車内券
右側の長い切符は無人駅から乗った時の車内乗車券です。この車内券にある線のうち、今も残っているのは、長野~湯田中間だけになってしまいました。どうか、残った区間だけでも、いつまでも元気に走り続けてほしいものです。

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  1. 2014/09/21(日) 00:04:18|
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今はなき長野電鉄河東線①/通称・屋代線(屋代~須坂)

今週から2回にわたって長野電鉄河東線をご紹介します。
元々、河東線は、国鉄信越本線の屋代駅から松代、須坂、信州中野を経て、木島までの50.4キロを結ぶ長野電鉄の本線ともいうべき路線でした。屋代~須坂間の開通は最も古く、大正11年のことでした。かつては、国鉄屋代から上野や名古屋始発の急行列車が河東線に乗り入れていたものです。

しかしながら、あとから完成した須坂~長野間の長野線に幹線としての地位を奪われ、運転系統は長野~須坂~信州中野~湯田中が長野電鉄のメインルートとなります。そして、屋代~須坂間は通称屋代線、信州中野~木島間は通称木島線として、それぞれ別の線のような運転系統となりました。

その後、急速なモータリゼーションの発達と、少子化などにより、利用者が激減。ついに、平成14年に信州中野~木島間の通称木島線が廃止され、さらにその10年後の平成24年には屋代~須坂間の屋代線も廃止されてしまったのです。

今週は、今から2年半前、平成24年3月に廃止された屋代線(須坂~屋代間)をご紹介します。
なお、今回の写真は、廃止間際の平成24年1月、平成14年2月、そして、昭和58年8月に撮影したものです。

これは、長野線との乗換駅、須坂です。
1須坂
訪れた日は、小雪の舞い散る寒い日でした。

須坂の次の駅、井上の運賃表です。
2井上
この井上駅は、「いのうえ」の「の」の字の語尾をあげて発音します。「井上さん」と呼ぶときには「の」は下げて発音しますよね。

これは綿内駅です。
3綿内駅舎
このような古い木造駅舎がたくさん並んでいました。

綿内駅構内にあった鉄塔です。
4綿内鉄塔
この鉄塔の表示は「河東線」の文字が消えかかっていますが、「大14・12」、つまり大正14年12月からここに掲げられていたと思われます。

駅舎内にあった面白い時計です。
5綿内時計
時計の文字盤に数字がなく、数字の代わりに「ここはわたうちのえきです」と右回りに平仮名の文字が並んでいるところがユニークですね。

こちらは信濃川田駅です。
6信濃川田
駅前広場にロータリーがある典型的なローカル駅でした。でも、あたりに人影はありませんでした。

信濃川田駅の駅舎内にあった看板です。
7信濃川田看板
でも、この時点(平成14年)で、かなり以前にこの駅は無人駅となっていたと思われ、ホテルの案内を駅長室に頼もうと思ったとしても、駅員は誰もいなかったのです。

信濃川田付近を行く電車です。
8信濃川田電車
元、東京の地下鉄日比谷線を走っていた電車が、ワンマン用に改造され、二両編成で走っていました。

そして、これは沿線の中心駅、松代(まつしろ)です。
9松代駅舎
昭和の古き良き時代の雰囲気を残した駅で、最後まで駅員さんが勤務していました。

そんな松代駅内部です。
10松代駅舎内部
着物姿のご婦人の後ろ姿が、この駅に本当によく似合っていました。

松代駅にある、名所案内です。
11松代名所案内
周辺には見どころも多く、何度でも訪れてみたい町でした。

駅前には、童謡「汽車ぽっぽ」の歌碑が建っていました。
12汽車ぽっぽ
この歌の作詞者が、松代の出身なのだそうです。駅が廃止された後、この碑はどうなったのかなあ。

これが松代城跡です。
13松代城址
真田氏の居城でしたが、天守閣などの城郭は残っていません。

こちらは松代温泉です。
14松代温泉
茶色く濁った鉄分の多いお湯がなんともいえません。寒い日に訪れたので、ほっこりと温まりました。

そして、これが、しなの鉄道側から見た屋代駅です。
15屋代駅
駅は、しなの鉄道が管理する共同駅でした。

さて、ここからは時代がさかのぼって昭和58年の夏です。
16S58須坂駅
須坂駅には長野電鉄のオリジナル電車は、たった一両でぽつんと停まっていました。

松代駅に到着した電車です。
17S58松代
この時には、まだ腕木式の信号機が健在でした。

屋代駅のようすです。
18屋代電車
やって来る電車は変わっても、このホームの雰囲気は最後まで同じでした。

そして、これは国鉄時代の屋代駅です。
19旧屋代駅舎
今では建て替えられてしまい、この渋い木造駅舎の面影は残されていません。写真に写っている子供たちも、『今ではもう40歳ぐらいになっていることでしょう。

これが昭和58年の河東線の切符です。
20きっぷ
けれども、今でも長野電鉄では現存する多くの駅で、昔ながらの硬券が普通に使われています。

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  1. 2014/09/14(日) 00:04:15|
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新潟県・柏崎「コーヒースタンド駅前」

今週はちょっと趣向を変えて、新潟県の柏崎駅前にある面白い喫茶店についてご紹介しましょう。
IMG_1742.jpg
ご覧の通り、店の外観は、ごく普通のどこにでもある昔ながらの喫茶店です。

ところが、入口の扉を開けて中に入ると、びっくり。
IMG_1737.jpg
客席は列車の4人掛けボックス席で、店の中には、所狭しと鉄道グッズが飾られていたのです。

懐かしい列車名や、鉄道時計、線路で作った文鎮などが並びます。
IMG_1741.jpg

「信濃大町行」の大きな看板は、国鉄時代に大糸線の電車の先頭に表示されていたものです。
IMG_20140621_0004.jpg

今では見られなくなった赤帽さんの帽子や、車掌の腕章もありました。
IMG_1735.jpg

「浦川原」は、昭和46年に全線廃止された頸城(くびき)鉄道の終着駅の名前で、現在の北越急行うらがわら駅の近くにあったそうです。
IMG_20140621_0002.jpg
頸城鉄道は、国鉄信越本線の黒井駅に接続する新黒井と浦川原との15.1キロを結んでいた軽便鉄道でしたが、残念ながら私は乗ったことがありません。

このお店は信越本線柏崎駅の目の前にあります。
IMG_20140621_0001.jpg
もし柏崎に行かれる機会がありましたら、立ち寄ってみてはいかがでしょうか。

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  1. 2014/07/06(日) 00:05:11|
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ほくほく線・美佐島駅

きょうは、新潟県の北越急行・ほくほく線にある美佐島(みさしま)駅をご紹介しましょう。
ほくほく線は、国鉄が昭和43年に着工したまま、工事が中断していた北越北線を引き継いだ第三セクター鉄道で、平成9年に開業しました。ほくほく線は、上越線の六日町と、信越本線の犀潟(さいがた)間の59.5キロを結んでいます。越後湯沢で上越新幹線と接続して、金沢方面を結ぶ特急「はくたか」が通る東京と北陸とを結ぶ幹線の一役を担っています。路線は深い越後の山の中を走るため、全線の約3分の2にあたる40.4キロがトンネル区間です。

そんなほくほく線の十日町と六日町の間にある小さな無人駅が美佐島です。
この駅は、ホーム全体が全長10.7キロの赤倉トンネルの中にあります。
IMG_5618.jpg
この狭いホームは、列車が通過すると非常に危険なので、停車した列車の発車後、2分でホームドアが閉まります。なにしろ、「はくたか」は、在来線最速の時速160キロで疾走するのですから、このホームにいたら風圧で吹き飛ばされてしまうかもしれません。


階段を63段登ると、地上に出られます。
IMG_5620.jpg

これが、地上の駅舎です。無人駅ですが、集会室そして地元の人たちが利用することができます。
IMG_5622.jpg

駅の構内には、凧が飾られていました。
IMG_5623.jpg

冬の朝、この駅に降り立つと、周囲はひっそりと静まり返り、駅前には小さな川の流れの音が聞こえるばかりです。
IMG_5626.jpg

春になると、このあたりはトレッキングに最適な山が広がっており、駅前には案内板が立っていました。
IMG_5628.jpg

次の列車の時間が近くなると、階段を下りて地下の乗り場に向かいます。
IMG_5633.jpg
けれども、ホームへの扉は固く閉ざされており、列車が到着するまでは開かないので、知らない人だと列車に乗り遅れないかと焦ってしまうかもしれません。

やって来た普通列車は「ゆめぞら号」でした。
IMG_5661.jpg

トンネル区間が多いほくほく線ならではの列車で、長大トンネルに入ると、列車の車内照明を暗くし、天井をスクリーンとして音楽あわせて光のショーが行なわれるのです。
IMG_5638.jpgIMG_5644.jpg
私の乗った列車は、華麗な「白鳥の湖」の曲に合わせて、星空に浮かぶ花火が繰り広げられました。
この列車は、減速として1日に2往復運転されており、団体貸切にも応じるとのことです。
IMG_5662.jpg
これは越後湯沢駅に着いた「ゆめぞら号」です。ほくほく線の列車は大半がJRの越後湯沢~直江津を直行します。

けれども、北陸新幹線が開業すると、東京~金沢間を新幹線が直行し、越後湯沢~金沢の特急列車は全廃されることが予想されます。ドル箱の特急列車が通らなくなると、沿線人口少ない北越急行の経営は非常に苦しくなる思われますが、なんとか知恵を絞って集客に努めてほしいものです。

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  1. 2014/03/02(日) 01:17:23|
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富士急行の旅

今週は、中央本線の大月と河口湖とを結ぶ富士急行大月線をご紹介しましょう。
①都留市
都留市駅を「フジサン特急」が通過して行きます。季節は5月、ホームには白いツツジが咲いていました。

谷村町駅に停車中の三つ峠行の普通電車です。
②谷村町2008

こちらは十日市場~都留文科大学前を行く電車です。
③十日市場~都留文科大学前
富士急の車両は様々な色の塗装がされています。

三つ峠駅です。
④三つ峠駅
この駅からは天気がいいと富士山が正面に見えます。

小山からやってきた「ホリデー快速富士山3号」です。
⑤ホリデー快速
以前は「ホリデー快速河口湖号」と呼ばれていましたが、富士山が世界遺産に登録されたことを機会に名前が変わりました。

これは三つ峠~寿間を行くフジサン特急です。
⑦フジサン特急
富士山に向かう方向だけ、片側が流線型になっています。

中央本線の高尾まで直通する普通列車です。
⑧115系
JRの115形電車が乗り入れています。

富士山をバックに走る世界遺産ヘッドマーク付きの電車です。
⑨世界遺産ヘッドマーク

そして、トーマス号もやって来ました。
⑩トーマス号
富士急では、本当に色々な電車に出会います。

これは下吉田駅です。
⑪下吉田

富士吉田駅は、平成23年7月より「富士山駅」に名称変更されました。
⑫富士吉田
私としては、富士山と言うとあまりにも大き過ぎるので、元々の地名である「富士吉田」の方がしっくりとくるのですがねえ…。

これは終着の河口湖駅です。
⑬河口湖駅
この駅の佇まいは、昔から変わることがありません。

河口湖ロープウエイから見下ろす河口湖です。
⑭河口湖
今も昔も多くの数多くの観光客が訪れます。

こちらは、昭和58年の大月駅です。
⑮S56大月
今から思えば、クラシックな電車が停車しています。

河口湖付近を行く昭和58年の電車です。
⑯S56河口湖
唸りながら走る吊り掛け電車の音を思い出します。

そして、硬券切符も懐かしいですね。
⑰きっぷ
富士急はPasmoやSuicaなどのICカードを未だに導入していませんが、通常の切符は軟券ばかりになってしまいました。

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  1. 2013/12/01(日) 00:10:54|
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小海線の旅

今週は秋の小海線にご案内しましょう。
小海線は今はしなの鉄道に移管されましたが、信越本線の小諸駅から、中央本線の小淵沢を結ぶローカル線です。
かつて、高原のポニーと呼ばれる蒸気機関車が走る線として有名でした。今でも八ヶ岳山麓を走るこの高原列車は人気が高く、多くの観光客に利用されています。

これは、小諸駅に停車中のキハE200形気動車で、世界初のハイブリッドディーゼルカーとして注目を集めている車両です。
①小諸駅
この列車は、蓄電池とディーゼルエンジンを併用して走り、特に発車時には、気動車独特の「ブルルルル……」というディーゼルエンジンの音がほとんどせず、静かに駅を離れていきます。


こちらは中込駅構内です。平成21年秋には、こんな列車が走ったこともありました。
②中込駅旧型客車
「セピア色の小海線号」と名付けられた旧型客車が、DE17に牽引されて小海線を走ったのです。私は仲間と一緒にこの列車に乗りました。

こちらは線名にもなっている主要駅の小海駅です。
③小海駅
小海線では、このようなメルヘンチックに建て替えられた駅がいくつか見られます。

こちらは、平成22年11月に訪れた佐久海ノ口駅です。
④佐久海ノ口駅
昔ながらの木造駅舎がなんともいえない味わいを見せてくれていました。

⑤佐久海ノ口駅本当に紅葉がきれいでした。

でも、残念なことに今年行った時には、すでにこの建物は取り壊され、今は簡素な駅舎に建て替えられていました。

これは佐久海ノ口~佐久広瀬間の千曲川を渡る列車です。
⑥海ノ口~広瀬
信州の山には秋に赤茶色になるカラマツが多く、背後の山々はまるで燃えるような美しさでした。

こちらは信濃川上駅で交換するキハ110形気動車です。
⑦信濃川上駅
このあたりは高原野菜の里として知られています。

佐久の地酒「初鶯」です。
⑧初鶯
信濃川上の酒屋さんが「これしか扱わない」というこだわりの酒です。

こちらは、信濃川上~野辺山間の山間部を行く列車です。
⑨信濃川上~野辺山
このあたりは海抜1000メートル以上の高原を走り、JR最高地点が近づいてきました。

こちらは、野辺山駅に停車中の列車です。野辺山駅は海抜1345.7メートルに位置し、JRの駅の中で最も標高の高い位置にある駅として知られています。
⑩野辺山駅
観光客の多いこの駅もメルヘン調に建て替えられていますが、私はどうもこういう駅舎はあまり好きになれません。

これは、車窓から見えるJR最高地点の碑です。
⑪最高地点
この場所の海抜は1375メートルです。

野辺山~清里間の車窓から見える八ヶ岳連峰です。
⑫八ヶ岳
この山は四季折々に美しい表情を見せてくれます。

これは、白樺林に囲まれた甲斐大泉駅です。
⑬甲斐大泉
駅の近くには八ヶ岳を望む温泉があります。

10月になると、木々が色づき始めます。
⑭紅葉

こちらは、甲斐小泉~小淵沢間にある大カーブを行くE200形気動車です。
⑮大カーブ
天気がいいと、背後に雄大な八ヶ岳が広がるのですが、この日はやや曇っていました。

そして、こちらは「セピア色の小海線号」です。
⑯大カーブ
蒸気機関車が牽引していたら、どんなによかったことでしょうね。

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  1. 2013/11/17(日) 00:03:47|
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木曾森林鉄道を訪ねて

今週は、木曾の山中、長野県上松町の赤沢自然休養林の中を走る保存鉄道「木曾(赤沢)森林鉄道」をご紹介しましょう。
①
木曾森林鉄道は、木曾山中の豊富な森林資源を運搬するため、大正5年に上松~赤沢間の小川森林鉄道の開通を皮切りに次々に敷設されました。この鉄道は林業関係者など地域住民の足として旅客輸送も行ない、戦後の最盛期には57路線総延長428キロにも及んでいました。

⑤
これは、現役時代の森林鉄道の雄姿です。アメリカ製のボールドウィン蒸気機関車が主力機関車として活躍していましたが、昭和35年に引退し、ディーゼル機関車に置換されました。
⑥
しかし、ディーゼル化されるとほぼ同時に、道路の整備とモータリゼーションの急速な発達により、徐々に規模を縮小。上松~王滝間の王滝森林鉄道を最後に、昭和50年に全面的に廃止されてしまいました。

その後、大正から昭和にかけて60年にわたりこの地域に貢献した産業遺産を後世に残そうと、昭和62年に赤沢自然休養林の中に延長わずか1.1キロではありますが、保存鉄道として路線を復活させたのです。
②
現在では、4月末から11月上旬にかけて、森林浴に訪れる人々を乗せてほぼ毎日運転されています。

さわやかな風の中を、列車は小川の流れに沿ってゆっくりと走ります。
③

ここは、終点の丸山渡です。この先にも今は使われていない線路が続いているそうです。
④
ここで、機関車を付け替えて列車は折り返します。ここで下車して帰路は森林の散歩道を歩いて帰る人もいます。
でも、ここから片道乗車することはできません。

赤沢にはボールドウィン号が昔のままの姿で保存されています。
⑦
大きなキノコのような煙突が特徴的です。こんな形になったのは火の粉の飛散を防ぐための工夫だそうです。

赤沢の森林鉄道記念館には、往年の小さな機関車や客車たちが展示されています。
⑧
これは長さわずか2.2メートル、重さ650キロのミニモーターカーです。さすがに貨車や客車の牽引には使えず、作業現場の見回りや、保守点検、連絡などに使われていたそうです。

これはC4型ディーゼル機関車です。
⑨
昭和33年に製作され、最後まで活躍していました。

これは、マッチ箱のような当時の客車です。
⑩
今は、休憩所として使われています。
⑪
同じ復活させるなら、この車両に乗りたかったですね。

これは珍しい理髪車の内部です。
⑫
山奥で働く人々のための理髪店が森林鉄道の車内で営業していたなんて、面白いですね。
⑬
車内は貴重な情報交換の場であったそうです。

今は、長野営林局が建てた木曾森林鉄道の記念碑が、ひっそりと佇んでいます。
⑭

なお、赤沢自然休養林へは、中央本線上松駅から一日3~4本のバスで約30分です。
昔の写真は森林鉄道記念館からお借りしました。

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  1. 2013/09/15(日) 00:01:42|
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松本電鉄上高地線の夏

今週は松本電鉄(アルピコ交通)上高地線をご紹介しましょう。
松本と上高地への玄関口、新島々とを結ぶこの線は、JR松本駅の大糸線と同じホームから発車します。
①松本

二駅目の渚には、この線のイメージキャラクター「渕東(えんどう)なぎさ」ちゃんが敬礼しています。
③渚

渚~信濃荒井間の鉄橋を新島々行の電車が渡ります。
④信濃荒井~渚

これは、新村駅の旧駅舎です。
⑤新村旧駅舎
屋根の下には、前身の筑摩鉄道の社章を見ることができます。

けれでも、2012年3月に隣接して新駅舎が完成し、旧駅舎は現在は使われていません。
⑥新村新旧駅舎
保存と言うよりも、壊すにもお金がかかるので、そのまま放置されているという感じです。

こちらは、新村駅構内にある車庫です。
⑦新村車庫
現役の旧京王線の電車のほか、今は使われていない東急の電車の姿も見ることができます。

構内には昔走っていた木造の有蓋貨車も、朽ち果てそうになった姿で置いてあります。
⑧新村旧貨車
側面には「松本」の文字が残っています。

新村~三溝間の田園地帯を走る電車です。
⑨新村~三溝
後方には北アルプスの山々が見えています。

かたくりの郷、渕東駅には、ひまわりの花が元気に咲いていました。
⑪渕東
でも、この駅には渕東なぎさちゃんの姿はありませんでした。

終点の新島々に到着です。
⑫新島々
ここで、上高地や乗鞍に向かう大勢の観光客がバスに乗り換えます。

駅前には、昭和58年の夏まで、もう一駅にあった島々駅のモダンな駅舎が移築復元されていました。
⑬旧島々

新島々~島々間は、昭和58年9月の台風による土砂崩れにより不通になり、そのまま廃止されてしまいました。

これは、その夏、昭和58年8月の島々駅です。⑭島々S58


そして、こちらは当時の松本駅。
②松本
停まっている電車は変わりましたが、ホームの佇まいは、30年後の今も、昔とほとんど変わっていません。

⑮きっぷ
使われている切符も、今も昔も同じです。

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  1. 2013/08/25(日) 01:07:11|
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篠ノ井線・姨捨駅

今回、ご紹介するのは、篠ノ井線の姨捨(おばすて)駅です。
161姨捨駅舎
この駅は特急や快速列車はすべて通過する小さな駅で、構内はスイッチバックになっています。


この駅で交換する上下線の普通列車です。
IMG_2669姨捨駅
いずれも、駅に停車した後、一旦後退して、それぞれの方向に向かって走って行きます。


この駅のホームからの眺めは、昔から日本三大車窓のひとつと言われる絶景です。
IMG_2649信濃平
秋の善光寺平の風景が広がっています。


特急「ワイドビューしなの」は、この駅のホームに入線せず、スイッチバックすることなく、駅の下方を走り去っていきます。
IMG_2635しなの
そのため、特急の乗客の大部分は姨捨駅を通過したことに気がつきません。


辰野から飯田線に直通する快速「みすず」です。
IMG_2656みすず
この列車も姨捨駅を通らずに走り去って行きました。

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  1. 2013/06/05(水) 05:30:01|
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身延線の旅

昨日、身延線に行ってきました。身延線は東海道本線の富士駅と中央本線の甲府駅を結ぶ88.4キロのローカル線です。富士を出ると西富士宮までの11.9キロは複線ですが、あとはゆったりとした流れの富士川に沿って山の中を走る単線の線路が続きます。

富士駅で発車を待つ身延線の列車です。
IMG_9102富士駅
途中の西富士宮までは、頻繁に運転されています。


天気がいいと堅掘駅からのこの角度に富士山がよく見えるはずでした。
IMG_9108堅堀普通
でも、朝はあいにくの曇り空で、その雄姿を眺めることはできませんでした。

これは堅掘付近を行く特急「ふじかわ」です。
IMG_9114堅堀特急
3両編成のコンパクトな特急電車ですが、静岡~甲府間を毎日7往復しています。

これは、十島(とうしま)駅の風景です。
IMG_9122十島
この駅で列車交換が行われました。


もちろん、車窓の友は地酒です。
IMG_9148七賢
こちらは身延で買った山梨の酒「七賢」(しちけん)。

そして下部温泉で買った「春鶯囀」(しゅんのうてん)です。
IMG_9200春鶯囀
昼間から、車窓風景を眺めながら飲むお酒は最高ですよ。
身延線ではオールロングシートの列車も半分ぐらいあるのですが、運のいいことにこの日に乗った電車のほとんどはボックスシートでした。4人掛けのボックスシートでゆったりとお酒を飲んだり、駅弁を食べていると、いかにも旅を楽しんでいるという風情がありますが、ロングシートだとただに酔っ払いのオッサンですからね。昔はローカル線はすべてボックスシートでしたが、今では各地で都会の近郊電車のようなロングシート車両が増えているのは困ったことです。

途中、下部温泉で下車し、あたりを散策しました。
IMG_9162下部温泉
これは下部温泉の中心部ですが、ひっそりと静まり返り、連休中日にもかかわらず人の気配がありません。30軒近くある旅館も閉館になった所も多く、ここを訪れる観光客は最盛期の4分の1にまで減少したそうです。
あたりの小高い山に登り、静かな熊野神社に参詣した後、
IMG_9180熊野神社
「立ち寄り湯歓迎・普段着の宿」の看板につられて入ったのが「かがみゆ」という宿でした。
IMG_9198かがみゆ
IMG_9193露天風呂IMG_9197おじさんと柚子
そこは家族経営の小さな旅館。ご主人の娘さん一家が番をしていて、入湯料800円を払いうと可愛い孫のお嬢ちゃんがお釣りをくれます。写真の露天風呂は残念ながら冬季休業中。でも、2つの浴槽の熱めの湯とぬるめの湯を交互に入り、のんびりと足を延ばすと、ほっこりと温まり、旅の疲れが癒されます。
そして、湯上りには、サンタクロースのような立派なお髭のご主人が、温かいコーヒーと、手作りの柚子のジャムを用意して待っていて下さいました。おじさんが手にしているのは大きな柚子です。「この旅館は家族でやっているからお客さんも家族みたいに仲良くなるんですよ」「お客さんは減ったけど、どの旅館もひとつずつ特徴を持たなきゃ」と熱く語るご主人と話すうち、いつしか甲府行の電車の時間が近づきました。そして、お土産に柚子のジャムをもらった上に、娘さんに駅まで送ってもらったのです。わずか1時間足らずしかいなかったのに、まるで泊まったような気分で宿をあとにしました。
全国で数多くの立ち寄り湯に入っていますが、こんな歓待されたのは初めてのこと。機会があったら、ゆっくり泊まってこのご主人とお酒でも酌み交わせればいいなと思った次第です。


さて、身延線の旅はまだ続きます。
IMG_9205市川大門
これは、市川大門駅で交換した特急「ふじかわ」です。青春18きっぷの旅なので、特急には乗れませんが、この日、何度、この列車と出会ったかわかりません。


これは、途中下車をした東花輪駅です。
IMG_9210東花輪
身延線の駅は古い駅舎が残っている駅は少ないのですが、ここは、嬉しいことに昭和3年建造のモダンな赤い屋根の駅舎が健在です。この駅はすべての特急列車が停車する主要駅で、私がこの駅で降りたのは、33年ぶりのことでした。


さらに甲府に近づいた国母(こくぼ)駅のベンチで、列車を待つ人々です。
IMG_9211国母
なんとなく旅情を感じさせてくれる小さな駅の風景ですね。


南甲府の駅舎には、身延線の前身の甲州鐵道の本社がありました。今もどっしりとした風格のある建物が残っています。
IMG_9217南甲府
南甲府まで来ると、終点の甲府まではすぐ近くです。こうして今回の身延線の旅は終わりました。

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  1. 2012/12/24(月) 19:49:59|
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大糸線、どん行会の旅

さて、大沢温泉で心地よい夜を過ごしたあとは、早速、どん行会の仲間と4人で朝から飲み鉄の旅の開始です。
IMG_8925.jpg
六日町から乗った「はくたか4号」から糸魚川で降りた時には、もう越後の酒,「八海山」と、地ビールの「エチゴビール」が空になっていました(笑)。


糸魚川からは、大糸線の気動車に乗り、美しい姫川の流れを眺めつつ、平岩で途中下車をしました。
IMG_8948.jpg
大糸線は、北陸本線の糸魚川と篠ノ井線の松本を結ぶ105.4キロのローカル線ですが、糸魚川~南小谷(みなみおたり)間の未電化区間がJR西日本、南小谷~松本間の電化区間がJR東日本と管轄が分かれています。
このうち、JR西日本区間は、姫川に沿った風光明媚な区間を走りますが、一日7~9往復の気動車がごくわずかの乗客を乗せて走るだけの閑散路線で、北陸新幹線開業後、廃止されるのではないかとの噂が耐えません。


これは、平岩~小滝間を行く糸魚川行の列車です。
IMG_8960.jpg
姫川温泉白馬館から撮影しました。


これは、立ち寄り湯をした白馬館の露天風呂です。いかにも昭和の雰囲気の残る鄙びた旅館でした。
IMG_8970.jpg
おどけているのは、「天才鉄道カメラマン」の山崎友也クンです。彼の作品は、数々の鉄道雑誌や写真集でも発表されており、しばしばテレビにも登場するので、ご存知の方も多いことでしょう。彼のブログは、私のブログの左側からリンクを貼ってありますので、よかったらそちらもご覧ください。


幸運なことに、平岩駅前には酒屋さんがあったため、湯上りに越後の酒「謙信」を飲みました。
IMG_8978.jpg


これは、平岩から乗った南小谷行です。
IMG_8991.jpg


これは南小谷駅です。また、天才カメラマン氏と、クラッセ編集長のトミタン氏が酔っぱらっておどけています。
クラッセさんは、私の著書の版元で、こちらのホームページもリンクしています。
IMG_9012.jpg
この駅で乗り換えて、JR東日本区間に入ります。



またまた、「白馬錦」という地酒を見つけたので、飲まないわけにはいきません(笑)。
IMG_9044.jpg

南小谷から松本までは「リゾートビューふるさと」というハイブリッド車の臨時快速列車に乗って快適な旅。
IMG_9054.jpg
これは、穂高駅に停車中の「リゾートビューふるさと」です。


そして、車内販売で、またまた「オバステ正宗」という純米酒を買ってしまいました。
IMG_9058.jpg
いったい、この日はどんだけお酒を飲んだのでしょうか。
でも、酔っぱらっていても、ちゃんとメモと写真はとっていたんですよ。

こうして、朝から晩まで飲み続けた「飲み鉄・乗り鉄」の一日が終わりました。
列車の旅は、クルマと違っていくらでもお酒が飲めるのがいいですね。
それにしても、どん行会のメンバーは呑兵衛ばかりです。





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  1. 2012/11/16(金) 21:45:02|
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上越線・どん行会の旅

11月11日から12日にかけて、年に一度の鉄道ジャーナリストの親睦会「どん行会」の第74回の会合が新潟県の大沢山温泉で開催されました。
私がこの回に参加させてもらって6年目になります。この会は35年の伝統があり、鉄道好きな人なら誰でも知っているプロの鉄道ライター、アナリスト、カメラマン、編集者などの皆さんが参加されており、今回は17名が集合しました。

この会は基本的に現地集合現地解散なので、皆さんそれぞれ、好きなコースで集合地点に向かいます。
私は、拙著の版元の方2名と高崎に集合して、まずは、C61蒸気機関車牽引の「SLみなかみ」に乗車します。
IMG_8765.jpg

私たちの旅に、地酒は欠かせません。
IMG_8775.jpg
これは渋川で買った「聖冠」。


紅葉に囲まれた山の中の無人駅、湯檜曽で途中下車をします。
IMG_8787.jpg
湯檜曽で降りたのも乗ったのも私ひとり。駅付近に人の気配はまったくありません。
IMG_8806.jpg
この駅の上りホームからは、ループ線を降りてくる列車を眺めることができます。



こちらは、大沢駅付近行く越後湯沢~金沢を結ぶ特急「はくたか」です。
IMG_8829.jpg
この列車は2年後に北陸新幹線が開通すると、廃止されることが予想されます。


同じく大沢付近の普通列車です。
IMG_8846.jpg
水上以北は新潟仕様の塗装がされています。


列車撮影後は、大沢駅から2キロほど山の中に入った大沢山温泉「大沢館」に荷を解きました。
IMG_8909.jpg
どん行会は、毎回、紅葉の時期に風光明媚な温泉に泊まるので、とても楽しみです。


本当に色鮮やかですね。
IMG_8911.jpg

宿では、こんな風流な温泉にゆったりと浸かりました。
IMG_8892.jpg
ぬるっとした肌触りの無色透明で、熱めのお湯でした。

翌日は、六日町から「はくたか」に乗り糸魚川へと向かいました。
IMG_8918.jpg
この「はくたか」は、北越急行所属の車両です。この続きは、日を改めてご紹介します。

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  1. 2012/11/13(火) 00:17:19|
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長野から盛岡へ…長い1日




今日は,まずは朝一番の「あさま」で長野へ。3月末で廃線が決まっている長野電鉄屋代線へ惜別の旅に行きました。朝8時過ぎに早くも長野に着くと、直ちにフリー切符を買い、桐原、柳原と本線上の古い駅で途中下車しながら、須坂へ。ここで、廃止される屋代線に乗り換えて屋代まで行き、折り返し、松代と綿内でも途中下車して、開業以来の古い佇まいの駅に別れを告げました。松代では加賀井温泉一陽館という渋い茶色の湯の立ち寄り湯に入ります。この温泉は石鹸もシャンプーも使えず、掛かり湯もなく、しかも湯船と脱衣場に仕切りがなく、野天風呂に行くには、雪の中、全裸で走って行くしかないというすごい所。夕方には湯田中駅前にある楓の湯にも浸かり、湯田中からはかつて成田エキスプレスに使われていた赤い電車で長野に戻りました。この電車、今は「特急スノーモンキー」となって信州で余生を過ごしています。
長野から「あさま540号」で大宮までトンボ返り。さらに「はやて37号」に乗り継いで盛岡までやってきたのでした。こんな旅ができるのも大人の休日倶楽部パスのおかげです。明日はやはり3月末で廃線になる青森県の十和田観光電鉄にお別れに行った後、雪深い秋田内陸縦貫鉄道の阿仁マタギまで行く予定です

  1. 2012/01/20(金) 23:30:00|
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セピア色の小海線の旅




きょうは、長野新幹線の始発列車『あさま501号』で佐久平へ。目的はきょうだけ、たった1往復走る旧型客車の『セピア色の小海線号』に会いに行くことです。
1ヶ月前に朝5時に並んで買ったこの列車の指定席券、同行者は4人です。

ガッタンゴットン、噛みしめるようにゆっくりと日本最高地点の八ヶ岳山麓を走ります。中込~小淵沢間65.5キロを2時間44分をかけ、正に地を這うような速度。車窓からは稲刈りの真っ最中の黄金色の田んぼ、収穫の実がなる柿や林檎、栗の木、それにキャベツ、ナス、ネギなどの農作物が実りの秋の表情を見せてくれます。
そして、山々は赤や黄色く色づき始めました。
小淵沢到着後は、有名な大カーブで中込行きの旧型客車などを撮影。
その後、中央本線岡谷から飯田線に入り、今は飯田市内のホテルにいます。

写真はセピア色の小海線号と、途中下車した夕闇迫る飯田線伊那大島駅です。

2人は先に帰ったため、明日はKさんと2人でいくつかの小さな駅で途中下車しながら、閉園間近の佐久間レールパークと湯谷温泉に立ち寄って豊橋経由で帰ります。
  1. 2009/10/17(土) 23:04:00|
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冨士急行の旅と寂れた昭和の街並




きのう、きょうと、どん行会のついでに富士急行線をまわってきました。あいにくの曇り空で富士山をバックに電車の写真を撮るという思惑ははずれましたが、それでものどかな旅を満喫することができました。
早速、アルバムに富士急の写真をアップしましたので、ご興味のある方はそちらもご覧いただければ幸いです。

富士急は、わずか26.6キロの小さな私ローカル私鉄ですが、運賃は大月から終点の河口湖まで1110円もします。乗り降り自由のきっぷがないかなと調べたところ、東京や横浜から大月までの往復と、富士急行鉄道全線、河口湖、西湖周辺のバス、それに河口湖天上山ロープウエイが乗り放題、2日間で4600円という「河口湖。西湖フリーきっぷ」という格安きっぷを見つけました。これはバスやロープウエイに乗らなくても富士急の河口湖駅まで往復しただけで得になります。
そのきっぷのおかげで、きのうの三つ峠、十日市場、谷村町に続き、きょうはロープウエイで河口湖と富士山の裾野だけを眺めたあと、富士吉田、月江寺、下吉田の各駅に途中下車してきました。
下吉田の駅は昔の名古屋駅本屋を模したというモダンな建物で、この駅から隣の月江寺駅にかけては昭和時代に街並が並んでいるということでぶらぶら散歩してみました。確かにその街は昭和から手付かずの街だけれど、言い方を変えれば30年以上建て直さずにそのまま古びてしまったという街でもあります。ご他聞に漏れず、廃屋になったり、閉まったままのシャッターが並び、その通りを歩いている人はほとんど見かけません。レトロな街並というよりは、寂れ果てた街といった方が正しいと思います。今や、全国の中小都市で見られるシャッター通り。あまりにも大都会に集中し過ぎ、また大規模郊外店舗が各地に次々と出来て以来、昔ながらの駅を中心とした商店街の多くは、哀れなほどに寂れてしまいました。時の流れとはいえ、それは、あまりにも寂しいことだと思います。
  1. 2008/05/19(月) 23:46:00|
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山梨県大月市橋倉鉱泉にて




爽やかな朝を迎えました。きょうは休暇を取り、新緑に囲まれた山奥の一軒宿にいます。あたりは小鳥たちのさえずりしか聞こえません。
昨日から半年に一度の鉄道ジャーナリストの皆さんが集う「どん行会」の定例会で山梨県に来ています。
昨日はマイミクのKさんたちと富士急行の途中下車の旅。三ツ峠、十日市場、谷村町で鉄道写真を撮りながらのんびり歩きました。
午後はここ、橋倉鉱泉で深夜までまったりと飲み続け、今、朝湯からあがったところです。
曇り空で富士山は見えそうもないけど、きょうも富士急行に行く予定です。


  1. 2008/05/19(月) 07:27:00|
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信越地方駅巡り

奥蓼科での一夜のあと「どん行会」のメンバーと3人で茅野→松本→姨捨→長野→二本木→脇野田→直江津→越後湯沢→東京の順にぐるりと大回りをして帰ってきました。

目的は、日本三大車窓のひとつでスイッチバック駅の姨捨駅、同じくスイッチバックの二本木駅、そして、北陸新幹線が完成したら上越駅(仮称)として移転が決まっている脇野田駅で途中下車することです。

まず、最初の姨捨駅は日本三大車窓のひとつとしてあまりにも有名ですが、私はこれまで降りたことがありませんでした。
あたりは、紅葉真っ盛りで、雄大な信濃平の風景を眺めながら、鉄道写真撮影を楽しみました。これは飯田線に直通する快速@みすず号」です。
>


長野を経て信越本線を北上すると、まだ11月だというのに、やがて黒姫のあたりから深い雪に閉ざされています。次に訪れた二本木駅は、そんな豪雪地帯にある駅で、まだ、紅葉したままの木と雪とが同時に見られました。
文字色


この駅でも、普通電車はすべてスイッチバックをしながら進んで行きました。

脇野田まで行くと、もう雪はありません。

この駅は、青い屋根の昔ながらの木造駅舎ですが、駅の裏では北陸新幹線の工事が着々と進行しています。新幹線の完成は、まだ5年以上先ですが、完成後は、脇野田駅は(仮称)上越駅となって新幹線駅に統合されることが決まっています。そうなると、この区間の信越本線は第三セクター鉄道となることが予想され、この駅を取り巻く風景は大きく変わってしまうことでしょう。
  1. 2007/11/19(月) 23:40:00|
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弥彦から咲花へ




弥彦駅は開業以来92年間、変わらぬ弥彦神社を模した社殿造りの素晴らしい駅舎です。(写真左)今は白アリ除去のための補修工事中でしたが、いつ来ても変わらぬ落ち着いた佇まいを見せてくれました。弥彦山から佐渡島の島影をながめた後は、五泉駅で途中下車し、蒲原鉄道の廃線跡を探索。(写真中)さらに咲花に移動し、蒸気機関車ばんえつ物語号を撮影し、今は咲花温泉の夜(右の写真は泊まった一水荘の料理)です。今夜は鉄道界の重鎮、ジャーナリストなどの皆さん16人との宴会に参加させていただき、楽しいひと時を過ごしました。br />
  1. 2007/05/20(日) 23:38:00|
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