田中正恭の汽車旅日記

ここは、紀行作家・田中正恭 (たなかまさやす) が、つれづれなるままに各地の旅や、鉄道に関する話題について綴っており、原則として毎週日曜日に更新しています。時には鉄道以外の話題になることもありますが、よろしくお願い致します。内容につきましてのご感想や、執筆や講演などの依頼がありましたら、お気軽にメッセージをお寄せください。なお、写真や文章の無断転載はご遠慮願います。

大嶺支線の思い出

きょうは、拙著『消えゆく鉄道の風景』に取り上げた、山口県の美祢線大嶺支線をご紹介しましょう。
大嶺292
これは、昭和55年の大嶺駅です。この駅は、山陽本線の厚狭から山陰本線の長門市を結ぶ美祢線の南大嶺駅から大嶺まで分岐していた大嶺支線の終着駅です。大嶺支線は、平成9年に明治38年の開通以来、92年に及ぶ歴史に幕を降ろしました。かつて、この駅は大嶺鉱山から産出された石灰石や石炭を積み出す基地として、多くの蒸気機関車が牽引する貨物列車が発着していました。


この駅名票は、その当時から掲げられていたものと思われます。
大嶺293
しかし、鉱山の閉山に伴って、貨物列車は廃止され、旅客も年々減少し、晩年は一日15人程度でありました。


これは昭和55年に訪れた時の硬券入場券です。
きっぷ290
当時は、まだこの駅に駅員が勤務していました。


南大嶺駅に停車中の大嶺行列車です。
南大嶺291
朱色の近郊型キハ30系が一両で行き来していました。


こちらは廃線間際の、平成9年3月の大嶺駅です。
大嶺294
一両だけのキハ23が、廃止された南大嶺~大嶺間を最後まで走っていました。
大嶺296

かつて、何両もの貨車が留置されていたであろう駅構内は、ひっそりと静まり返り、枯草が風に揺れてなんとも物悲しい風景でした。
大嶺295

この場所に列車が来なくなって早くも16年が過ぎました。
大嶺297
今はこの山里はどうなっていることでしょうか。



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  1. 2013/04/29(月) 05:25:49|
  2. 中国(山陰山陽)
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