田中正恭の汽車旅日記

ここは、紀行作家・田中正恭 (たなかまさやす) が、つれづれなるままに各地の旅や、鉄道に関する話題について綴っており、原則として毎週日曜日に更新しています。時には鉄道以外の話題になることもありますが、よろしくお願い致します。内容につきましてのご感想や、執筆や講演などの依頼がありましたら、お気軽にメッセージをお寄せください。なお、写真や文章の無断転載はご遠慮願います。

氷見線の旅

今週は富山県の高岡から氷見(ひみ)までの16・5キロを結ぶJR氷見線をご紹介します。
氷見線の起点、高岡駅は、昨年まではJR北陸本線の主要駅でしたが、北陸新幹線の開業に伴い、並行在来線である北陸本線は第3セクターの「あいの風とやま鉄道」に変換されました。
けれども、本線が三セク化された後も、高岡駅を起点とする氷見線と城端(じょうはな)線は、JRとして残ったのです。

これは、高岡駅構内にある氷見線と城端線の列車の車庫で出番を待つ列車たちです。
①高岡駅車庫

高岡駅で発車を待つ氷見行の列車です。
②高岡駅ホーム
氷見市は漫画家の藤子不二雄@さんの出身地であることにちなみ、列車には「忍者ハットリくん」のイラストがラッピングされています。

途中駅の伏木です。
③伏木駅
ホームに跨線橋のある趣のある駅です。
④伏木駅跨線橋ホーム
この写真は平成14年に訪れた時のもので、列車はこのような地味な塗装でした。
⑤伏木駅貨物H14
その当時、伏木駅には貨物列車姿も見られましたが、最近は運転されていません。

近くの小矢部川の伏木と対岸の六渡寺間には渡し舟が運行されていました。
⑥1如意の渡
でも、平成21年に近くに伏木万葉橋が完成し、渡し船は廃止されました。

河畔には弁慶と義経の像があります。
⑥2勧進帳
これは、頼朝に追われ、奥州に逃れる途中にこの川の渡る時に疑われ源義経をかばうため、家臣の武蔵坊弁慶が、義経を打ちつけて疑いを晴らしたという義経伝説によるものです。この話は舞台を加賀の安宅関に変えて歌舞伎の勧進帳にもなっています。

さて、氷見線の旅を続けましょう。
⑦越中国分駅
越中国分を過ぎると、やがて右手に富山湾が見えてきます。
⑧雨晴~越中国分
越中国分~雨晴(あまはらし)間を行く列車です。
⑨雨晴~越中国分◎
このあたりは雨晴海岸と呼ばれる絶景の地です。
⑩源氏岩
これが義経岩です。

⑪雨晴~越中国分3
日中は一両だけで運転されています。

雨晴駅での上下線列車のすれ違い風景です。
⑫雨晴駅交換
ラッピングされた列車同士がこの駅で出会いました。

これは雨晴駅です。
⑬雨晴駅舎
雨晴海岸は駅から歩いて10分ほどの位置にあります。

終点の氷見駅に着きました。
⑭氷見駅ホーム

これは現在の氷見駅です。
⑮氷見駅H29

こちらは平成14年の氷見駅。
⑯氷見駅H14

同じ日、氷見駅に列車が停車しています。
⑰氷見駅ホームH14

そして、こちらは昭和47年、国鉄時代の氷見駅です。
⑱氷見駅S47
時代ごとに、すこしずつ姿を変えているのがわかります。

たくさんのカモメが戯れる氷見海岸です。
⑲氷見海岸
海はいつ来ても変わりません。

氷見駅と雨晴駅のスタンプです。
⑳スタンプ

そしてこれは国鉄時代の氷見線の入場券です。
㉑入場券
そのころから40年以上が過ぎてしまいました。

これは、高岡駅の南方にある国宝・瑞龍寺です。
㉒国宝瑞龍寺
曹洞宗の大きなお寺です。

そして、こちらは高岡駅の北側にある高岡大仏寺。
㉓高岡大仏
このお寺の開祖は13世紀と古いのですが、大仏は何度も火災で焼失しており、現在の大仏は昭和8年に再建されたものです。
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  1. 2017/06/25(日) 00:01:02|
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