田中正恭の汽車旅日記

ここは、紀行作家・田中正恭 (たなかまさやす) が、つれづれなるままに各地の旅や、鉄道に関する話題について綴っており、原則として毎週日曜日に更新しています。時には鉄道以外の話題になることもありますが、よろしくお願い致します。内容につきましてのご感想や、執筆や講演などの依頼がありましたら、お気軽にメッセージをお寄せください。なお、写真や文章の無断転載はご遠慮願います。

尾小屋鉄道・懐かしの風景

きょうは、昭和52年に廃止された石川県の尾小屋鉄道をご紹介しましょう。
この鉄道は大正8年に開業した尾小屋銅山のために敷設された線路幅762ミリの鉱山鉄道で、北陸本線の小松駅に隣接する金小松駅から尾小屋駅までの16.8キロを結んでいました。鉱産物輸送のほか、地元住民の足として58年間にわたり活躍したミニ鉄道です。

これは、昭和46年に訪れた新小松駅です1尾鉄新小松駅136
「新」が冠せられるのが不思議なほど、古びた木造駅舎でした。


駅構内で発車を待つ小さな気動車です。16.8キロの距離を50分もかけてのんびりと走っていました。
2尾鉄新小松駅構内137

これは新小松駅構内に留置されていた5号蒸気機関車です。
3尾鉄新小松駅SL138
貨物輸送に活躍していた機関車ですが、この時点ではあまり使われることもなかったようです。
でも、この機関車は現在も尾小屋にある「ポッポ汽車展示館」で静態保存されています。


これは、途中駅の金平です。
4尾鉄金平駅134
沿線で唯一の交換可能駅で、駅員が勤務し、タブレットの交換が行われていました。

終着駅の尾小屋です。白山の麓、ひっそりとした山の中にある小さな駅でした。
5尾鉄尾小屋駅135
6尾鉄貨車146
駅構内には鉱山輸送に使われた貨車が留置されていました。
7尾鉄きっぷ144


観光用鉄道を除けば、非電化の軽便鉄道で最後まで残ったのがこの尾小屋鉄道でしたが、銅山の廃止と、沿線人口の減少、モータリゼーションの発達により、昭和52年に廃止されました。

廃止から24年過ぎた平成14年に、尾小屋鉄道の廃線跡を訪れました。
8尾鉄廃線鉄橋147
これは、倉谷口~長原間に残る小さな鉄橋の後です。そこは、雑草に覆われ、完全に自然に帰っていました。

苔むしたキロポストが、廃止からの年月の長さを感じます。
9尾鉄廃線キロポスト145


木製の橋梁は、居間にも崩れ落ちそうに傾いていました。ここを再訪してからすでに10年以上が経過していますから、もはや、この橋は完全に崩落しているかもしれません。
10尾鉄廃線橋梁140


小さなトンネルがひっそりと山の中に佇んでいました。
10尾鉄廃線トンネル139
このトンネルを小さな列車に揺られながら訪れた日のことが、つい昨日のように思い出されます。


この鉄道の車両の一部は、嬉しいことに今も保存されています。
11尾鉄廃車キハ3141
これは、尾小屋の「ポッポ汽車展示館」に静態保存されている「キハ3」です。


正に昭和46年に私が載った車両そのものでした。
12尾小屋車内133
廃線になる5年半前の時点でも、こんなに大勢のお客さんが利用していたのです。

これが同じ車両の内部です。
13尾鉄廃車キハ3車内142
この時、31年ぶりの再会に感無量でした。


そして、これはJR粟津駅に近い粟津公園で「なかよし鉄道」として今も週末などに運転されている「キハ1」です。
14尾鉄廃車なかよし鉄道143
楽しそうな子供たちで満員でしたが、一番喜んでいたのは、懐かしい軽便鉄道との再会に感無量の私だったかもしれません(笑)。

なお、尾小屋鉄道については、拙著消えゆく鉄道の風景(自由国民社)の中で詳しく書いていますので、ご興味にある方は、そちらもご参照頂ければ幸いです。
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テーマ:鉄道の旅 - ジャンル:旅行

  1. 2012/12/16(日) 18:40:56|
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