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田中正恭の汽車旅日記

ここは、紀行作家・田中正恭 (たなかまさやす) が、つれづれなるままに各地の旅や、鉄道に関する話題について綴っています。原則として毎週日曜日に更新しており、時には鉄道以外の話題になることもありますが、ご了承ください。また、2018年10月より「テツドラー田中の乗り鉄日記」としてYahoo!クリエーターズプログラムにもレギュラー投稿していますので、そちらもご覧頂ければ幸いです。なお、内容につきましてのご感想や、執筆や講演、出演などの依頼がありましたら、お気軽にメッセージをお寄せください。なお、写真や文章の無断転載はご遠慮願います。

昭和後期の路面電車(その2)

昭和後期の路面電車シリーズの第2回、こちらは、昭和46年の静岡鉄道の清水市内線です。
6静岡鉄道73-3024
この線も昭和50年に廃止されてしまいました。
静岡鉄道と言えば、現在も新静岡~新清水間を軌簡1067ミリの電車が走っていますが、かつては、清水市内線のほか、静岡市内線、秋葉線という路面電車と、静岡県中央部を走る駿遠線という軌間762ミリの軽便鉄道が走っていましたが、いずれも、昭和37年から45年の間に廃止されています。

これは、昭和56年の豊橋鉄道の市内線(東田本線)です。
11豊鉄198111231
豊鉄市内線は、一部路線を延伸するなどして、今も市民の足として元気に走っています。


岐阜駅前を行く昭和48年の名古屋鉄道モ510形電車です。
12名鉄岐阜7308

そして、これは昭和57年の徹明町付近です。
14岐阜徹明町820729
名古屋鉄道は、岐阜市内線、谷汲線、揖斐線、美濃町線など、多くの路面電車を走らせていましたが、平成17年までにそのすべてが廃止されました。

これは、路面電車とはいえないかもしれませんが、木曽川の道路併用橋を行く名鉄犬山線の特急電車です。
犬山198308239
平成12年に道路専用の犬山橋が完成するまで、このような光景を毎日、見ることができたのです。小さな路面電車ならともかく、こんな大きな高速電車がクルマと並んで同じ橋を渡っていたことは大変珍しいことでした。


さて、これは昭和45年の東山通を行く京都市電です。
15京都市電東山通をゆく016
京都市電は、明治28年に、日本で最初の電車として開通し、80年以上も市民の足として親しまれていましたが、昭和53年に全線が廃止されてしまいました。

錦林(きんりん)車庫に留置されている京都市電です。
16京都市電錦林車庫017
今は市バスの車庫になっています。


こちらは昭和59年、京阪電鉄京津線の蹴上付近です。
蹴上198412238
京津線は、京都市営地下鉄東西線の延伸に伴い、平成9年に蹴上付近を含む三条~御陵間が廃止され、同区間は地下鉄に相互乗り入れをするという発展的解消を遂げました。

こちらは昭和57年の阪堺電気軌道・恵美須町駅です。
恵美須町19821231237
恵美須町と、天王寺駅前から大阪の下町を走り堺市の浜寺駅前までを結ぶこの電車は今も健在です。
しかしながら、特に大和川以南の堺市区間の経営は厳しく、存続か否かは今後の利用状況によっては予断を許さない状況が続いています。


こちらは昭和50年5月6日の最終運転日の阪神電鉄北大阪線です。
17阪神北大阪線75-5-6023

同じ日に廃止された甲子園線の電車には、「さようなら」との看板が付けられていました。
18阪神浜甲子園75-5-6022
甲子園線は甲子園球場や阪神パークの前を走っていたのです。

こちらは、昭和47年の阪神国道線の田中~甲南学園前付近です。
19阪神国道線田中付近74
国道線は国道2号線の上を野田~東神戸間を走っていましたが、上甲子園以西は、昭和49年に廃止されました。


こちらは昭和46年3月13日の廃止当日、三ノ宮付近を行く神戸市電です。
20神戸市電三宮710313

そして、こちらは新長田付近です。この時、すでに阪神高速道路の高架橋が開通していたのですね。
21神戸市電新長田710313
神戸市電が廃止されてから、早くも42年の歳月が流れてしまいました。

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  1. 2013/03/12(火) 19:58:44|
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