田中正恭の汽車旅日記

ここは、紀行作家・田中正恭 (たなかまさやす) が、つれづれなるままに各地の旅や、鉄道に関する話題について綴っており、原則として毎週日曜日に更新しています。時には鉄道以外の話題になることもありますが、よろしくお願い致します。内容につきましてのご感想や、執筆や講演などの依頼がありましたら、お気軽にメッセージをお寄せください。なお、写真や文章の無断転載はご遠慮願います。

エジプト・鉄道の旅(その2)

さて、ルクソールからは、庶民の乗る列車で南部のアスワンに向かいます。
21ルクソール時刻表275
これは、ルクソール駅に掲出された列車の時刻表ですが、発車時刻はあってないようなものなので、アテになりません。それに、アラビア文字はまったく読めません。

カイロ行の普通列車が入線してきました。
22ルクソール普通列車274
ここで、アスワン行と交換するのです。

これは3等列車の男です。
23ルクソール3等の男276
すんなり撮影に応じてくれましたが、この後、バクシーシ(ほどこし・チップ)を要求されました。

これは、ルクソールからアスワンまでの2等乗車券です。
24きっぷ277
立派な硬券ですが、この切符を窓口で買うのには、言葉も通じないし、横から割り込む輩が多いので、かなり苦労しましたよ。前売りはなく、かなり早く駅に行って買いました。

やがて、アスワン行の急行列車が入線してきます。観光客が乗るような列車ではないので、外国人はほかに誰も乗っていませんでした。
25急行列車278
列車はナイル川沿いに南下しますが、川は車窓から見ることはできず、乾いた砂漠地帯を走ります。


これは、途中駅のエドゥフです。
26エドゥフ駅279
この街にも神殿があるそうです。


そして、コムオンボ駅。
27コムオンボ駅280
比較的大きな街らしく、何人もの人が乗降しました。


南部の街、終着駅アスワンに着きました。これより先に線路はありません。
28アスワン駅281
ここまで来ると、アラブ人ではなくヌビア人が多数派を占めます。彼らは、カイロ付近の人々より肌の色が黒く、ブラックアフリカにやってきたことを感じました。


アスワンの人々の生活は常にナイル川と共にあります。
28ナイル川282
川の上には、人々の足となるカルッカと呼ばれるヨットが無数に行き交っていました。


河辺で洗濯をする女たちです。
29ナイル川283
この直後、「写真を撮るな」と彼女たちに怒鳴られました。


フィラエ神殿もナイル川の中の島にあります。
30フィラエ神殿285
ここには、船で渡ります。


アスワンからはるか南にあるアブシンベル神殿まで足を延ばしました。
31アブシンベル神殿284
ここは、すでにスーダン国境に近い砂漠の中にあります。


そして、カイロに戻って市内を走る路面電車です。
32カイロ路面電車286
車体に人々が鈴なりになってしがみついている様子は、日本の戦後間もなくの混乱期のようです。

そして、これはカイロの地下鉄です。
33カイロ地下鉄287
日本製の真新しい電車が走っていましたが、車内の床は砂漠の砂だらけでした。

あれから22年、あのはるかなる国はどうなっていることでしょうか。
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テーマ:海外旅行 - ジャンル:旅行

  1. 2013/04/17(水) 06:52:16|
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