田中正恭の汽車旅日記

ここは、紀行作家・田中正恭 (たなかまさやす) が、つれづれなるままに各地の旅や、鉄道に関する話題について綴っており、原則として毎週日曜日に更新しています。時には鉄道以外の話題になることもありますが、よろしくお願い致します。内容につきましてのご感想や、執筆や講演などの依頼がありましたら、お気軽にメッセージをお寄せください。なお、写真や文章の無断転載はご遠慮願います。

今はなき長野電鉄河東線①/通称・屋代線(屋代~須坂)

今週から2回にわたって長野電鉄河東線をご紹介します。
元々、河東線は、国鉄信越本線の屋代駅から松代、須坂、信州中野を経て、木島までの50.4キロを結ぶ長野電鉄の本線ともいうべき路線でした。屋代~須坂間の開通は最も古く、大正11年のことでした。かつては、国鉄屋代から上野や名古屋始発の急行列車が河東線に乗り入れていたものです。

しかしながら、あとから完成した須坂~長野間の長野線に幹線としての地位を奪われ、運転系統は長野~須坂~信州中野~湯田中が長野電鉄のメインルートとなります。そして、屋代~須坂間は通称屋代線、信州中野~木島間は通称木島線として、それぞれ別の線のような運転系統となりました。

その後、急速なモータリゼーションの発達と、少子化などにより、利用者が激減。ついに、平成14年に信州中野~木島間の通称木島線が廃止され、さらにその10年後の平成24年には屋代~須坂間の屋代線も廃止されてしまったのです。

今週は、今から2年半前、平成24年3月に廃止された屋代線(須坂~屋代間)をご紹介します。
なお、今回の写真は、廃止間際の平成24年1月、平成14年2月、そして、昭和58年8月に撮影したものです。

これは、長野線との乗換駅、須坂です。
1須坂
訪れた日は、小雪の舞い散る寒い日でした。

須坂の次の駅、井上の運賃表です。
2井上
この井上駅は、「いのうえ」の「の」の字の語尾をあげて発音します。「井上さん」と呼ぶときには「の」は下げて発音しますよね。

これは綿内駅です。
3綿内駅舎
このような古い木造駅舎がたくさん並んでいました。

綿内駅構内にあった鉄塔です。
4綿内鉄塔
この鉄塔の表示は「河東線」の文字が消えかかっていますが、「大14・12」、つまり大正14年12月からここに掲げられていたと思われます。

駅舎内にあった面白い時計です。
5綿内時計
時計の文字盤に数字がなく、数字の代わりに「ここはわたうちのえきです」と右回りに平仮名の文字が並んでいるところがユニークですね。

こちらは信濃川田駅です。
6信濃川田
駅前広場にロータリーがある典型的なローカル駅でした。でも、あたりに人影はありませんでした。

信濃川田駅の駅舎内にあった看板です。
7信濃川田看板
でも、この時点(平成14年)で、かなり以前にこの駅は無人駅となっていたと思われ、ホテルの案内を駅長室に頼もうと思ったとしても、駅員は誰もいなかったのです。

信濃川田付近を行く電車です。
8信濃川田電車
元、東京の地下鉄日比谷線を走っていた電車が、ワンマン用に改造され、二両編成で走っていました。

そして、これは沿線の中心駅、松代(まつしろ)です。
9松代駅舎
昭和の古き良き時代の雰囲気を残した駅で、最後まで駅員さんが勤務していました。

そんな松代駅内部です。
10松代駅舎内部
着物姿のご婦人の後ろ姿が、この駅に本当によく似合っていました。

松代駅にある、名所案内です。
11松代名所案内
周辺には見どころも多く、何度でも訪れてみたい町でした。

駅前には、童謡「汽車ぽっぽ」の歌碑が建っていました。
12汽車ぽっぽ
この歌の作詞者が、松代の出身なのだそうです。駅が廃止された後、この碑はどうなったのかなあ。

これが松代城跡です。
13松代城址
真田氏の居城でしたが、天守閣などの城郭は残っていません。

こちらは松代温泉です。
14松代温泉
茶色く濁った鉄分の多いお湯がなんともいえません。寒い日に訪れたので、ほっこりと温まりました。

そして、これが、しなの鉄道側から見た屋代駅です。
15屋代駅
駅は、しなの鉄道が管理する共同駅でした。

さて、ここからは時代がさかのぼって昭和58年の夏です。
16S58須坂駅
須坂駅には長野電鉄のオリジナル電車は、たった一両でぽつんと停まっていました。

松代駅に到着した電車です。
17S58松代
この時には、まだ腕木式の信号機が健在でした。

屋代駅のようすです。
18屋代電車
やって来る電車は変わっても、このホームの雰囲気は最後まで同じでした。

そして、これは国鉄時代の屋代駅です。
19旧屋代駅舎
今では建て替えられてしまい、この渋い木造駅舎の面影は残されていません。写真に写っている子供たちも、『今ではもう40歳ぐらいになっていることでしょう。

これが昭和58年の河東線の切符です。
20きっぷ
けれども、今でも長野電鉄では現存する多くの駅で、昔ながらの硬券が普通に使われています。
スポンサーサイト

テーマ:鉄道旅行 - ジャンル:旅行

  1. 2014/09/14(日) 00:04:15|
  2. 甲信越
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
<<今はなき長野電鉄河東線②/通称・木島線(信州中野~木島) | ホーム | 『ブルートレイン・プレミアムボックス』に寄稿&製作協力をしました。>>

コメント

この辺りは訪ねたことがありますが、
鄙びた温泉が印象的です。
レトロな雰囲気の列車も可愛く、
沿線の田園風景とあっていますね。
でも、もう今は昔に。
  1. 2014/10/05(日) 11:28:57 |
  2. URL |
  3. μ #./IoKDwU
  4. [ 編集 ]

いつもありがとうございます。
あのレトロ電車は30年以上も前のもので、廃止間際は東京の日比谷線の中古車が走っていました。松代温泉は、タオルが真茶色になるほど、泥んこの温泉でした(笑)
  1. 2014/10/05(日) 16:33:57 |
  2. URL |
  3. μさん #-
  4. [ 編集 ]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://tanakamasayasu.blog.fc2.com/tb.php/1164-348d719a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)