田中正恭の汽車旅日記

ここは、紀行作家・田中正恭 (たなかまさやす) が、つれづれなるままに各地の旅や、鉄道に関する話題について綴っており、原則として毎週日曜日に更新しています。時には鉄道以外の話題になることもありますが、よろしくお願い致します。内容につきましてのご感想や、執筆や講演などの依頼がありましたら、お気軽にメッセージをお寄せください。なお、写真や文章の無断転載はご遠慮願います。

日田彦山線、筑前岩屋~大行司の風景

今週は、福岡県南部にある日田彦山線の筑前岩屋駅と大行司駅付近の冬の風景をご紹介します。
日田彦山線は日豊本線の城野と久大本線の夜明を結ぶ69.7キロのローカル線です。北半分はかつての炭鉱地帯を、南半分は深い山の中を走ります。この線は田川後藤寺までは日中、ほぼ1時間に1本は運転されているものの、南に行くほど運転本数が少なくなり、彦山以南に行く列車は一日9本しかありません。

冬の朝、山の中にある筑前岩屋駅を発車した田川後藤寺行・上り列車です。あたりは雪景色でした。九州でも、北部の山間部は雪が降ることが珍しくはありません。
①キハ125
黄色いキハ125が、向こうに見える全長4380mの釈迦岳トンネルに向けて発車して行きました。

これが筑前岩屋駅です。無人駅ですが、平成8年に建て直されました。
②筑前岩屋駅
この駅には日本の名水百選に選ばれた岩屋名水が湧き出ています。

私は筑前岩屋駅から隣の大行司駅までの4.2キロを歩くことにしました。

これはこのあたりを走る列車の車窓から眺めた風景ですが、この付近には多くの棚田が見られます。
③棚田
あたりは白銀の世界が広がっていました。とても九州とは思えません。まるで東北地方のような風景です。

やがて、そんな中を日田行の下り列車がやって来ました。
④雪の棚田を行く
静かな山村に気動車の走行音だけが響きます。
そして、列車がゆっくりと通り過ぎると、あたりは再び静寂に包まれるのです。

こちらは栗木野橋梁です。
⑤◎栗木野橋梁
この付近には昭和初期に造られたコンクリートのアーチ橋が並んでいます。なんとも美しいモノトーンの世界でした。

こちらは宝珠山橋梁です。
⑥宝珠山橋梁
この橋は国の近代産業遺産に指定されています。

大行司駅の近くには、こんな大きな古い木造校舎が残っていました。
⑦旧宝珠山中学校
昭和61年に廃校になった宝珠山中学校の旧校舎が、今もその姿をとどめているのです。なんだか懐かしい木の温もりを感じさせてくれますね。

こちらは大行司駅です。
⑧大行司駅
昭和21年の開業当時の木造駅舎がそのまま残っています。
⑨大行司駅内部
今は無人駅になってしまいましたが、駅舎の中は昔懐かしいローカル駅の佇まいが残されています。

そんな駅に小倉行の上り列車がやって来ました。
⑩キハ147
国鉄時代からのキハ147がよく似合います。

こんな味わい深い手書きの駅名票がありました。
⑪青い駅名票
そして、これは国鉄時代のこの駅の入場券です。
⑫大行司駅入場券
大行司駅に駅員がいたのは、いつの頃までだったのでしょうか。

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テーマ:日本の旅 - ジャンル:旅行

  1. 2015/03/08(日) 00:03:39|
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