田中正恭の汽車旅日記

ここは、紀行作家・田中正恭 (たなかまさやす) が、つれづれなるままに各地の旅や、鉄道に関する話題について綴っており、原則として毎週日曜日に更新しています。時には鉄道以外の話題になることもありますが、よろしくお願い致します。内容につきましてのご感想や、執筆や講演などの依頼がありましたら、お気軽にメッセージをお寄せください。なお、写真や文章の無断転載はご遠慮願います。

日本一の赤字線・添田線

今週は、昭和60年に廃止された福岡県の添田線をご紹介します。
この線の歴史は古く、大正4年に石炭や石灰石などの輸送を目的に小倉鐡道によって開業し、戦時中の昭和18年に国鉄に買収されました。
添田線の起点の香春(かわら)と添田(そえだ)は共に日田彦山線に接続しており、日田彦山線の東側を並行して走っていました。
香春~添田館間の営業キロ数は、添田線12・1キロに対し、本線に相当する日田彦山線は16・1キロと添田線の方が4キロも短かったのです。
しかしながら、沿線に大きな集落もなく、炭鉱が閉山となって、昭和45年に貨物列車が廃止されてからは衰退の一途をたどりました。
そして、昭和51年には営業係数3376(100円稼ぐのに経費が3376円かかる)となって全国の国鉄線の中で赤字ナンバーワンという不名誉な記録で有名になりました。

これが、昭和58年の添田駅です。
①添田駅
すでに取り壊されたこの駅舎は、添田線乗り場に隣接し、あとから開通した日田彦山線とは100メートル以上離れていました。

添田線と日田彦山線とは、このような立派な跨線橋で結ばれていましたが、今では撤去されています。
②添田駅跨線橋
ここに停車中の4両編成の気動車は、日田彦山線の列車です。

跨線橋から眺めた添田駅の構内です。
③添田駅構内
かつて、多くの蒸気機関車や貨物列車がひしめいていた構内は閑散としています。

添田線の駅名票です。
④添田駅名票
添田線の次の駅である「いばる」は漢字では伊原と書きます。

駅舎の近くに添田線の気動車がポツンと発車を待っていました。
⑤添田駅ホーム
当時、添田線の列車は朝夕の6往復しかなく、この列車は添田を8時間ぶりに発車する夕方の列車です。

添田線のサボ(行先表示板)です。
⑥添田線サボ
あのころ、日本中のローカル線で走っていたキハ20でした。

途中駅の大任です。
⑦大任駅 (550x382)
この時、乗降客は誰もいませんでしたが、廃止されるまでこの駅は有人駅でした。
⑧大任駅名票

こちらは今任駅です。
⑨今任駅
誰もいない駅に灯る駅名票の照明が、いかにも寂しげでした。

そして、終着の香春に着きました。
⑩香春駅
この時から1年3か月後に、ひっそりと添田線はその役目を終えました。

大任駅では入場券の常備がなく、最短区間の乗車券に入場券のゴム印を押して代用していました。
⑪きっぷ
こんな寂れた駅で入場券を買うのは、よほど物好きな人しかいなかったことでしょう。

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テーマ:鉄道の旅 - ジャンル:旅行

  1. 2016/02/21(日) 00:01:50|
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