田中正恭の汽車旅日記

ここは、紀行作家・田中正恭 (たなかまさやす) が、つれづれなるままに各地の旅や、鉄道に関する話題について綴っており、原則として毎週日曜日に更新しています。時には鉄道以外の話題になることもありますが、よろしくお願い致します。内容につきましてのご感想や、執筆や講演などの依頼がありましたら、お気軽にメッセージをお寄せください。なお、写真や文章の無断転載はご遠慮願います。

旧国鉄湧網線・計呂地駅の今

北海道の廃線・廃駅シリーズ第6弾です。
国鉄湧網(ゆうもう)線は、名寄本線の中湧別と石北本線の網走を結ぶサロマ湖畔を走る89・8キロのローカル線でした。
白樺林の中を走る、それは風光明媚な車窓風景が楽しめる路線でしたが、国鉄末期の昭和62年に廃止されました。
計呂地(けろち)駅は、そんな湧網線のサロマ湖の近くの小さな駅でした。
幸いなことに、この駅は現在も駅舎が保存され、周囲は計呂地交通公園として整備されています。

これは、昭和60年2月に湧網線を訪れた時の計呂地駅です。
①S60計呂地駅
この時から約2年後に湧網線は廃止されてしまいました。

そして、これは現在の計呂地駅跡です。
②現計呂地駅
駅舎は当時のままの姿で残され、内部は資料館になっています。

駅舎内部です。
⑧駅舎内部資料館
往年の湧網線関連の資料が所狭しと並んでいます。
管理人さんのいない時には施錠されていますが、事前に電話でお願いするとすると、無料で内部を見学することができます。

往年の時刻表です。
⑨時刻表
旅客列車は、上り6本、下り5本の合計11本しか運転されていませんでした。

こちらは運賃表です。
⑩運賃表
左側一列の駅は、すべて廃止されてしまいました。

計呂地駅の正面です。
③計呂地駅舎正面
廃線から30年近く過ぎた今も、きれいな状態で保存されているのが嬉しいですね。

腕木式信号の残る駅構内は、今にも列車がやって来そうです。
④駅構内
湧網線の沿線には、白樺の木がたくさん生えていました。

この駅に残る線路には、1923(大正12)年ベルギー製を表す刻印があります。
⑤ベルギー製線路
計呂地駅の開業は1935(昭和10)年ですから、それより12年も前に輸入されたものということになります。

駅舎の脇には転轍機が残されています。
⑤転轍機
この駅は列車交換が行なわれるこの線の主要駅でした。

構内には、C58型蒸気機関車と旧型客車が静態保存されています。
⑥C58
ですが、私の知る限り、湧網線を走っていた蒸気機関車は9600型だった記憶があります。
この蒸気機関車は、釧網本線を走っていたのだと思います。
⑦旧客

駅のすぐ近くにはサロマ湖があります。
⑪サロマ湖

そして、講演には鉄道記念碑が建っていました。
⑫鉄道記念碑
計呂地駅が湧網西線の駅として開業したのは昭和10年、湧網線が全通したのは昭和28年のことでした。

湧網線の全有人駅の入場券です。
IMG_20160925_0001 (2) (269x350)IMG_20160925_0001 (3) (257x350)
サロマ湖畔の白樺林の中を走る列車に乗ったのは、遠い過去の記憶となってしまいました。
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テーマ:鉄道旅行 - ジャンル:旅行

  1. 2016/10/02(日) 00:02:34|
  2. 北海道
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

平成3年頃にこの辺りをたずねましたが、
もう既に廃線だったのですね。
厳寒のなか、こういう列車に乗って旅をすると、
旅情もひとしおでしょうね。
  1. 2016/10/02(日) 01:15:42 |
  2. URL |
  3. μ #./IoKDwU
  4. [ 編集 ]

μさん

こんにちは。
北海道のローカル線は昭和末期から平成初期にかけて、次々と廃止されてしまいました。そして、残念なことに、昨年、江差線が廃止されたのを手始めに、今後、留萌本線、日高本線、夕張支線など、次々に廃止されそうなので、寂しくて仕方がありません。
  1. 2016/10/02(日) 05:09:01 |
  2. URL |
  3. Tまさやす #-
  4. [ 編集 ]

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