田中正恭の汽車旅日記

ここは、紀行作家・田中正恭 (たなかまさやす) が、つれづれなるままに各地の旅や、鉄道に関する話題について綴っており、原則として毎週日曜日に更新しています。時には鉄道以外の話題になることもありますが、よろしくお願い致します。内容につきましてのご感想や、執筆や講演などの依頼がありましたら、お気軽にメッセージをお寄せください。なお、写真や文章の無断転載はご遠慮願います。

今はなき下津井電鉄

岡山県の廃止線第三弾、今週は茶屋町から下津井を結んでいた下津井電鉄をご紹介します。

下津井電鉄は国鉄宇野線の茶屋町から瀬戸内海沿いの下津井までの21・0キロを結んでいました。
全通は大正3年と古く、下津井港から海を渡って丸亀港への連絡船があったため、国鉄宇高連絡船とともに、本州と四国を結ぶルートとしての役目を担っていたこともありました。

しかし、時代の流れと共に年々利用者が減少、昭和47年には茶屋町~児島間が廃止され、末端区間の児島~下津井間6・3キロを残して、国鉄とは接続しない単独の短い路線となってしまいまったのです。
私が訪れたのは、末端区間だけがまだ残っていた昭和56年の大晦日のことでした。

これが、道路の脇にポツンと建てられたプレハブ造りの児島駅です。
①児島駅
茶屋町までつながっていた時には、もっと立派な駅舎があったそうです。
②サボ
児島~下津井のサボ(行先表示板)です。

児島駅近くを行く列車です。
③児島付近
下津井電鉄は線路の幅がわずか762ミリしかないナローケージでした。

途中の主要駅だった鷲羽山駅に着いた列車です。
④鷲羽山駅到着
訪れたの日が大晦日だったので、お正月に備えて列車の前には、小さなしめ縄が結び付けられていました。

なんとも味わい深い手書きの駅名票がありました。
⑤鷲羽山駅名票

⑥鷲羽山付近1
いずれも鷲羽山付近を行く列車です。
⑦鷲羽山付近2
枯草の中をのどかに走っていましたが、残念なことに写真が退色してしまいました。

鷲羽山の頂上からの眺めです。
⑧山からの眺め
下津井港の向こうに瀬戸内海が緋色がっています。
この時点では、まだ瀬戸大橋は工事中でした。

終点の下津井駅のホームです。
⑨下津井駅ホーム

駅の構内には使われなくなった古い列車が放置されていました。
⑩古い車両クハ5
もっと早く茶屋町まで走っていた時代に訪れたかったなあと思います。

これが下津井駅です。
⑪下津井駅舎
いかにも風格のある終着駅でした。
駅前には丸亀港行の連絡船の時刻表が掲げられています。

⑫車内券
これは廃止前に使われていた切符です。
⑬入場券

そして、これらは、茶屋町までつながっていた頃の乗車券です。
⑭昔の乗車券⑮三ノ宮行と往復券
未使用のものは、私が訪れた時に下津井駅で記念品として売っていたのです。日付がありませんが、3等の表示があるのはおそらく昭和30年代に使われていたものでしょう。

そんな下津井電鉄は、瀬戸大橋が開通した3年後の平成3年に全線廃止されてしまいました。

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  1. 2017/06/18(日) 00:02:51|
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