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田中正恭の汽車旅日記

ここは、紀行作家・田中正恭 (たなかまさやす) が、つれづれなるままに各地の旅や、鉄道に関する話題について綴っています。原則として毎週日曜日に更新しており、時には鉄道以外の話題になることもありますが、ご了承ください。また、2018年10月より「テツドラー田中の乗り鉄日記」としてYahoo!クリエーターズプログラムにもレギュラー投稿していますので、そちらもご覧頂ければ幸いです。なお、内容につきましてのご感想や、執筆や講演、出演などの依頼がありましたら、お気軽にメッセージをお寄せください。なお、写真や文章の無断転載はご遠慮願います。

旧新橋停車場

今週は東京の汐留にある我が国の鉄道発祥の地、旧新橋停車場をご紹介しましょう。
明治5(1872)年10月14日(太陽暦)、新橋~横浜間に開通した陸蒸気が汽笛を鳴らし、日本の鉄道の歴史が始まりました。
以来、大正3(1914)年まで、銀座の入口の汐留にあった旧駅舎は、東京駅が新設されるまで東京の旅客ターミナルとしてその役目を果たしてきました。
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東京駅開業後、旧新橋駅は、貨物専用の汐留駅となりましたが、旧駅舎は大正12(1923)年の関東大震災で焼失してしまいました。
しかし、それ以降も物流の一大拠点として戦前戦後にわたって機能しましたが、昭和61(1986)年にその使命を終えたのです。

その後、汐留再開発にあたっての発掘調査により、旧新橋駅の遺構が発掘され、同じ場所に再建されたのが、現在の旧新橋停車場です。
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今は、汐留駅跡地を再開発された高層ビル街の中に、ひっそりと旧駅舎が建っています。
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開業当時は、銀座に向かって偉容を誇っていたそうです。
それまでは新橋から横浜まで歩いて10時間もかかったのが、1時間足らずで行けるようになったのでした。

開業当時の写真が正面入口にあります。
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駅舎正面には9段の石段がありました。
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その一部が発掘され、同じ場所に保存されています。

西洋式の建物は正に文明開化の象徴でした。
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プラットホームの横には当時の線路の一部が再現されています。
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創業時の線路の断面は上下対称のI型で双頭レールと呼ばれていました。

こちらは、プラットホーム側にある0哩(ゼロマイル)標識です。
当時はキロ表示は採用されておらず、欧米式にマイル表示だったのです。IMG_0988.jpg
この場所に再建され、モニュメントのように立っています。

復元されたプラットホームです。
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12月の夜になると、このようなイルミネーションが美しく輝いています。
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旧駅舎の内部は、鉄道歴史展示室とレストランになっています。
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展示室は年に何度か入れ替えが行われ、現在は3月3日まで『NIPPON鉄道の夜明け』と題して明治の黎明期の歴史をたどる展示を見ることができるほか、昭和中期までの映像が随時、放映されています。
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新橋駅から徒歩5分ほどの場所にあり、入場は無料ですので、お近くに行かれた際は、足を運ばれてはいかがでしょうか。
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テーマ:歴史・文化にふれる旅 - ジャンル:旅行

  1. 2019/01/20(日) 00:02:48|
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